安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

町内の若い衆(ちょうない の わかいし)

2007年11月23日 | 落語
町内の若い衆(ちょうない の わかいし)

熊: ごめんください、ごめんください
おかみ: はーい、どなた?・・・・・あら、熊さん、よくいらしったわね。おひさしぶりで・・・・・まあ、おあがんなさいな
熊: へえ・・・・・すっかりごぶさたしちまいまして・・・・・なんとももうしわけねえしだいでござんして・・・・・
おかみ: まあ、そんなことはよござんすよ。ごぶさたは、おたがいですもの・・・・・
熊: あのう・・・・・兄貴は?
おかみ: それがあいにく、組合の寄り合いで、いま出かけたところなの・・・・・まあ、いいから、おあがんなさいな
熊: へえ、ありがとうござんす・・・・・しかし、まあ、相変わらずお忙しくって、なによりでござんすね。
あの組合だって、言ってみりゃァ、兄貴の力で持ってるようなもんだって、もっぱらの噂でござんすからね
おかみ: まあ、熊さんたら、お世辞のおじょうずなこと
熊: いいえ、どういたしまして・・・・・お世辞なんぞじゃァござんせんよ。兄貴のえれえのにゃァ、あっしゃァ、すっかり感心してるんでござんすから・・・・・おや、まあ、つい気が付きやせんでしたが、いつのまにか、あちらに建て増しができたんでござんすねェ。へえ、この木口の高えってェのに、まったくてえしたもんでござんすねェ。いや、恐れ入りました。まったくもって兄貴は働きもんでござんすねェ
おかみ: あら、いやですよ。なァに、うちのひとの働きひとつで、こんなことができるもんですか。これも、みんなあなたがたのおかげですよ。まあ、言ってみれば、町内のみなさんが、よってたかってこさえてくだすったよなものですよ
熊: いや、そう言われちゃァ、あっしも町内のもんのはしくれとしちゃァ、面目ございやせん。
では、またうかがいます。兄貴によろしく・・・・・
おかみ: あら、ちょっとお茶でもあがってらっしゃいな
熊: いえ、またうかがいますから・・・・・さようなら・・・・・ふーん、さすがに兄貴ンとこのおかみさんはえれえや。
まったく、言うことが違うぜ。おれが、『この木口の高えのに、まったくてえしたもんでござんすね』
と言ったら、普通だったら、『そりゃそうさね、おまいさんたちとはできがちがうからね』って言うのに、
おかみさんときたら、『うちの人の働きでなくって、町内のみなさんが、よってたかってこさえてくれたようなもんだ』 って、ふーん、えれえなァ、まったくえれえや。言うことがおくゆかしいや・・・・・
それにひきかえて、うちのかかァってものは、ありゃなんだい。満足に挨拶ひとつできねえンだから、まったくいやンなっちまうなァ・・・・・こねえだだってそうだ。女のくせにあぐらァかいて、たばこ吸ってやがるから、『おい、いいかげんにしろい、あぐらなんかかいて・・・・・おめえ、それでも女か?』 って聞いてやったら、あんちくしょうが、また、言やがったね、『女かいって聞くけど、おまえさん、身に覚えがあるだろう?』 って・・・・・口だけは達者なんだから、あきれけえちまわァ。ああいうやつはずうずうしいから、生涯おれに食いついて離れねえよ、きっと・・・・・煮え湯をぶっかけてみようかしら・・・・・それじゃァシラミだよ、まるで・・・・・おっかァ、いま帰った
女房: あら、いま帰ったじゃないよ。いま時分まで、どこをのたくってたんだよ
熊: のたくってただってやがら・・・・・おらァ、へびじゃァねえぞ
女房: あたりまえだよ。気の利いたマムシなら、値よく売れるんだから・・・・・
熊: あれッ、あんなこと言ってやがらァ。おめえにてえに口のわりいやつはねえぞ。かりにも、おれは、おめえの亭主だぞ。夫なんだぞ
女房: 夫だって?ふん、笑わせるんじゃないよ。下にドッコイをつけてごらん
熊: おっとどっこい・・・・・なにを言ってやがるんだ・・・・・おめえってものは、だいたい了見がよくねえぞ。
ちっともおくゆかしいってところがねえンだから・・・・・そこへいくと、兄貴ンとこのおかみさんをみろ。
おめえなんかたァ大ちげえだ
女房: あら、そうかい。おなじ女じゃないか、部分品はおなじだろ?
熊: また、それだ。おめえの言うことは、いちいちそれだからやンなっちまうんだ・・・・・いいか、いま、おれが、帰りがけに、兄貴のうちの前を通ったから、ちょいとのぞいてみたンだ
女房: あら、いやだよ、この人は・・・・・のぞき見したなんて・・・・・
熊: そうじゃないよ。ちょっと寄ってみたんだ。いいか・・・・・そうしたら、兄貴は留守だったが、ふと見ると、建て増しができてるンだ
女房: あら、そうかい、この諸式値上がりだっていうのに・・・・・
熊: そうなんだ。だから、おれが言ったんだ。『この木口の高えのに、まったくてえしたもんでござんすね。
いや、恐れ入りました。まったくもって、兄貴は、働きもんでござんすね』 って・・・・・そうしたら、あねさんの言うことがえれえや。『あら、いやですよ。うちの人の働きひとつでできるもんですか。
これもみんなあなたがたのおかげですよ。まァ、いってみれば、町内のみなさんがたが、よってたかってこさえてくだすったようなものですよ』 って・・・・・どうだ、えれえもンじゃねえか。どうでえ、こんなことが、おめえに言えるか?
女房: 言えるよォ、それくらいのことが言えなくってさ。いってやるから建て増ししてみやがれ
熊: ちくしょう! 人の急所にいきなり斬りこんできやがったな・・・・・あァ、いやだ、いやだ。おらァ、気分直しに湯へ行ってくるから・・・・・
女房: あァ、ついでに沈ンじまえ
熊: なにを言やァがるんだ。いいかげんにしろい!
 *あきれた熊さんが、銭湯へ行こうとすると、途中で、八っつぁんに逢いました。
八公: よう、熊じゃねえか、なにをぶつぶつ言いながら歩いてんだィ。あれ、もう湯へ行くのか?いい身分じゃァねえか
熊: なァに、べつにいい身分で湯に行くわけじゃァねえんだ。あんまり、うちのかかあのやつが、ガサガサしてやがるから、気分直しに出かけてきたのよ
八公: あァ、おめえンとこのかかァは不思議だよ。え、となりのなんとかは・・・なんとかってさ・・・・・いや、だから、ひとンちの女房はきれいに見えるってことよ。だけど、おめえンとこのかかァだけは違うね。
あれを見てうちィ帰ると、うちのかかァが小野小町に思えるからな
熊: ・・・・・あッ、そうだ・・・・・すまねえが、おめえ、おれが湯へ行って留守のうちにさ、おれンちィ行って、なにかおれのことをほめて、うちのかかァが、どんな挨拶をするかためしてみてくんねえ。
それによって、あのあま、ただはおかねえから・・・・・
八公: そんな、ただはおかねえなんて、どうもおだやかでねえや
熊: まあ、なんでもいいから、おれのことを働きもんだってほめて、かかァをためしてみてくんねェ。一ぺェ飲ませるからよ
八公: そうかい。じゃァ、やってみるか
熊: たのむぜ。あしたにでも一ぺェおごるから・・・・・
八公: あァ、楽しみにしてるよ・・・・・
・・・・・でも、なにがあったのかね、なんかほめろって・・・・・あッ、あいつ、なんか買ったんだな。
そんならそうと言やァいいのにな・・・・・・
あァー、いたいた、あぐらかいて煙草ォ吸ってやがるよ、熊の気持ちィ、わかるね・・・・・
女房: だれだい? 聞えてるよ。人ンちの前でブツブツ言ってンじゃないよ。
八公: いやー、大将居るかい?
女房: あーら、八つァんじゃないの。大将? だれ? それ。青大将? え? うちのかぼちゃ野郎のこと?
それなら、いま、なまいきに湯へ行くなんて出て行ったンだけど・・・・・どうせ洗ったところで、どうにもなるもんでもないのにさ、あきれるじゃァないか・・・・・そこの塀にへばりついてったけど逢わなかったかい?
八公: 塀に・・・へばり・・・ヤモリだね、まるで・・・・・いいえ、逢わなかったけど・・・・・その・・・・・
女房: そうかい。また、どっかへむくずりこんじまったのかしら? あのムジナ野郎・・・・・
八公: ひどいねえ、どうも、言うことが・・・・・あァてと、ほめなくっちゃァ・・・・・しかし、そうおっしゃるけど、おたくの大将は、てえしたもんですぜ。ちょっとお座敷を見たって・・・・・あれ? なんにも買っちゃァいねえようだし・・・・・買うどころか、なんにもねえじゃァねえか・・・・・しかし、まァ、なんでござんすね、えーっと、あっ、おたくの大将はえらいね、ここァ六畳でしょ? ね、普通のうちなら箪笥やら火鉢なんぞがあって、四畳半ぐれェにしかつかえねェとこ、ここンちは六畳が六畳のまンま、そっくりつかえるから、どうもてえしたもんで・・・・・まァ、掃除するときはやりやすいや。
だから、掃除のほうがきれいにできて・・・・・あれッ、きれいじゃねえや・・・・・道具がねえところに、紙くずが投げ散らかしてあるから、よく目立っていけねえ・・・・・こいつァ、どうも弱ったなァ、でている座布団は、綿がまるっきりはみだしてるし・・・・・土瓶は、口がねえし・・・・・畳は擦り切れちまって、タタがなくって、ミばかりだし・・・・・ほめるとこなんぞ、なんにもねえじゃァねえか・・・・・こうなると、なにをほめたらいいンだろう?
 *八つァんが、なにをほめようかと、あれか、これかと思案のあげく、ふと見ると、かみさんの腹が、ぐっとせりだして、臨月だというので、肩でようやく息をしている始末。これだとばかり・・・・・
八公: (声を高くして) えらい! えらいね、どうも・・・・・さすがに大将だ。なにがって、そうでござんしょう。
この諸物価の高えおりから、赤ん坊をこせえるなんて、じつにどうも、てえしたもんだ。やっぱり大将は働きもんだ。いや、おそれいりやした。まったくおそれいった
女房: あら、いやだよ。これというのも、べつに、うちの人の働きじゃァないよ。
町内のみなさんが、よってたかってこさえてくれたようなもんなんだよ
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