安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

だくだく

2017年07月11日 | 落語
八公: こんちわ、こんちわ、先生いますか
先生: はいはい、おー、なんだ、八っつぁんじゃないか、珍しいな、上がりな。暫く鼻の頭ァ見せなかったな
八公: エェ、そうなんです、どーも、忙しくてねェ
先生: おー、忙しい、そいつは良かったな、仕事か
八公: ぃえ、それが仕事じゃネェんですよ。実はね、あっしが住んでる家の店賃をね、一年と12ヶ月ばかり
溜め込んまいましてね
先生: 二年だ
八公: あ、そういうことンなりますかね。二年溜め込んじゃったんですよ。そしたら大家の野郎がやいのやいの
うるさくってね、もう、しょうがねんですよ
先生: そりゃァ大変だな
八公: それが大変じゃ、ねんですよ・・・て言うのがね、あっしの友達がね、取り壊しンなるんだけど、
それまでなら店賃も何にもいらねェってところを見つけてくれたンですよ
先生: そいつァ良かったな
八公: それが、良くねぇんですよ。て言うのがね、何にもねぇったって、荷物が有ンでしょ。それについちゃさ、
一人じゃ運べないから、誰か人を頼んだりなんだすりゃぁ、それだけお足がかかる。
そのお足がねんですからどうにもしょうがねぇ
先生: あー、そいつは弱ったな
八公: それが弱らねンですよ
先生: お前の話はどっちなんだ、わからねぇな
八公: それがね、そこん所へ、“くず~い、屑屋おはらい”ってのが来ましたンでね、まぁ、家ン中にある物をバッタに
売りましてねぇ・・・ま、ずぶんなお足ンなるかと思ったんですけど、あれで案外ならねんですね、えぇ。
で、僅かなものを、こう懐へ入れて・・・昼間のうちは静かにしてましてね、真夜中時分にそ~っと引越しをしたんです
先生: 夜逃げってんだ
八公: 夜逃げなんですねぇ、しょうがねぇんですねぇ。ま、情けねぇったらありゃぁしねぇんですがね・・・。
ところがね、その夜逃げした先、家財道具一切合切売っちゃいましたんでね、何にもねんです。
寂しくってしょうがねんですよ。そこで、先生に頼みがあるですけどね、家財道具の絵を描いてもらいてんですよ
先生: 家財道具の絵を?
八公: そぅそぅ、絵を描いてもらいたいんですよ
先生: ん、そんなもの家財道具の絵なんか描いたって、役にも立たないだろ
八公: いぃいぃ、そらァいいんですよ。あっしはそういう物はそれでいいんです。あのー、いつも、気で気を養ってる、えぇ。
ねぇものはねぇ、あ、悔しいな、ってそうじゃないんです、有るつもりで暮らすんす・・・。
だか、お足がない、お足がないのは嫌だなって落ち込まないんです、あっしは。お足はない、今はお足はないけど、
本当は、ほうぼうに貸していて、まだ戻ってきてないって考ぇる、先生ンとっからもまだ戻ってきてない!
先生: な、なに、お前の頭ん中では、あたしも借りてることになってるのかぃ
八公: そ、そう、いい加減、返してもらいたい・・・
先生: 何を言ってる
八公: まぁまぁまぁ・・・女だってそうですよ。どうして俺ンとこには女房がこないんだろう、どうしてなんだろう、もてねんだろ、
悔しいな・・・そうは思わないン・・・・・本当はもてるんだ、もう女房はいるんだと、だけども今あすこに通りかかった
あの男に貸しているんだ・・・・・
先生: そんな奴はいないだろ
八公: そ、そう考える・・・ですから、ひとつ、家財道具の絵をお願いしますよ
先生: いやだけどね、そんな物を描いたって・・・
八公: だって、先生、いつもそうおっしゃってるじゃありませんか『あたしゃぁ、下手な絵のひとつも描くよ』って。
下手な絵でいいんですよ、下手で
先生: まったくお前はなぁ・・・・まぁまぁいいよや、あたしもな、退屈してるから。じゃァ・・・そこにな絵の道具があるから、
それを持って、案内をしなさい
八公: へぃ・・・こちらでございます・・・・え~、これなんです
先生: ほうほうほう、え?これが?取り壊しンなんの?店賃がいらないの?あそう、勿体無いね・・・で、これ、何を描く
八公: えー、そうしましたらね、正面に箪笥を、総桐の箪笥を大きめでお願いします・・・・端っこに金具をつけてくだはい、
高そうに見えますから・・・はい、上の方が棚ンなってまして・・で、そこに預金通帳が5・6札・・・あー、いいですね、
金持ちだないいな。で、真ん中ンとこは観音開きで・・・下ァ三段の引き出しンなって・・・あーいいな・・したら、
隣に、茶箪笥をお願いします・・・はい・・・チョット贅沢に、真ん中ァガラス戸にして・・・で、夫婦茶碗を・・・・
先生: お前、一人もんだろぅヨ
八公: 居なくたっていいん、居るつもりで生きてン・・はい、で、その脇ンところへ、羊羹を・・はい、三切れでお願いします。
あんまり薄っぺらに切らねぇで・・・・・そ、で、左端が少し傾いて・・・あー、うまそうだなー・・・・
そしたら、その上にラジオを・・え、天気予報を・・ありがとうございます・・・したらね、その横に本棚をお願いします
・・・本ですか?何でもいいです・・ただ、家庭の医学はお願いします、なんかの時に役立つと思うんで。
あとは、そうですねぇ、ここへ床の間をお願いします・・・床柱をドーンと、こうねじれてるやつを・・・掛け軸?あー、
文字ですか?どうしよう、季節ですからね、えー、『冷やし中華始めました』・・・あ、いいですね、はい・・・
じゃその隣にお仏壇をお願いします・・・へい、ありがとうございます・・もう、信心深いんで・・あの、観音開きで、
えー、中ァ諸国行脚している弘法大師の旅姿でお願いします・・・で、その隣に、あの、阿弥陀様のお立ち姿を・・・
あ、そうですそうです、あーいいですね、その後ろにマリア様を
先生: どういう宗旨なんだ
八公: え、もう何でも信心しちゃうン・・・そこん所へ金庫を・・・はい、フタぁ締めないで・・・8千万ばかり、こう溢れさせて・・・
ぅわー、金持ちだね・・・・そしたら、その上に時計を・・そ、大理石のどっしりと重そうなやつを・・え?時間ですか?
わ、どうしよう・・・あんまりお腹が空かないように4時10分・・・はい、いいですね・・・
そしたら、ここん所へ火鉢をお願いします、へい・・お湯沸かしといて、えぇ、でお、この猫板ンところへ猫を・・・
ぃいえ、寝てないンす、起きてもいない、今、昼寝から覚めて、こう『あァあ』って、こう伸びィしてる、そう、そう・・・
わっ、可ー愛いな、まるで絵に描いたようだな
先生: ぃや、絵なんだよ
八公: はいはい、えーそうすると、大体こんなもんかな・・・あの、押し入れに絹布の布団をどっと詰め込んでいただいて、
そこん所へ脱ぎっぱなしの袴やなんか、えぇ、えこう掛けン所へ、細紐と手ぬぐいを掛けていただいて、はい、はい、
あっ、天井ンところが寂しいな・・・なげしに槍を一本描いてください
先生: 槍?槍なんかどうする
八公: ぇえぇ、悪い野郎が来たらそれでもってトーンと追い返そうと思って
先生: あァそう、じゃ・・あァなげし、ちょいと高いな、届くかな・・踏み台を描くか・・
八公: そーんな・・・先生もノッテきた・・
先生: あー、大丈夫大丈夫、描けた描けた
八公: あーそうですか。おっ、立派なもんですね。そしましたら、台所へお願いします、はいはいはいはい・・・
えー、そしましたらね、ここに大きめのへっついを・・・はい、で、あっしは薪を惜しまない、ワーっとワーっと・・・
で、鍋は二つ、え、一つはおまんまで、も一つは味噌汁で・・中身は二日酔いにいいシジミの味噌汁で・・・
わー、すっかり所帯が出来上がっちゃった。さすが先生ですねー、え?くたびれたでしょ・・家ィ帰ってお茶でも
飲んだらどうです・・・
先生: ・・・お前はねぇ・・あのね、お前のために一生懸命描いたんだ、そう言う言いぐさはないだろう
八公: あ・・・そう・・・羊羹食べます?
先生: いらない、あたしが描いたン・・・・・まままぁ、いいや、また退屈したら遊びにおいで、わかったな
八公: へい、ありがとうございますー
*呑気なもんで・・・これから、手ぬぐい肩にしますと、湯にでも出かけるんでございましょう、長屋を出て行く・・・
入れ違いに、この長屋に入ってまいりましたのが泥棒で・・・この泥棒、長年の渡世ではございますが、腕に光る
ものがない・・・しかも、寄る年波で、目を患っておりまして、ぼんやりとしか物が見えない
泥棒: なんだな~、貧乏長屋に入ェって来ちゃったなぁ・・・いや、だけどそうでねェんだ、案外ェこういう所に住まっといて、
金を貯めようなんてのが居るんだよな・・・・・お、ここ、開いてる・・・・・・・・・思ったとおりだ、えー、すごいとこへ
隠し持ってンだよ・・大したもんだね・・・よし、夜ンなったら、ここへ入ろう・・
*ガンを付けまして、そのまんま帰っていく、夕暮れ近くなりますと、八公の野郎、どこでどう算段いたしましたか、
湯上りに一杯やって帰ってくると、小さな灯りを点けたまんまゴロンと横ンなったらそのまんま、
グーっという高イビキ。・・・・・・・夜も深々とふけて真夜中時分に、昼間の泥棒が戻ってくる
泥棒: ・・・・・ぅわー、見れば見るほどいい道具だ・・・・・あれ?誰か変な野郎が寝てやがるナ。・・・夫婦者だと思ったがな
・・・あー、留守番か。留守番頼まれてんだ。それが寝ちまったてえやつだ。・・・・
・・・・・ワッ!へっついから、こんなに火が出てンじゃねぇか・・・危ねぇな、火事ンなったらどうすン・・ま、ま、いいや、
火事ンなる前にみんな盗んじゃえば、さ、何から盗んでやろうか・・
八公: ・・・・ふぁ~・・・・ん?見慣れねぇ野郎だな・・は、泥棒か、こりゃぁ・・大変でも何でもねな・・・あの泥棒、うちに入って
何すんだろう・・・・ふっ、暫く見てようかな
泥棒: ・・・(箪笥の引き出しをまさぐり)・・・あぁ?え?・・・・・え?・・絵?おぉお、絵だ、え?・・・あァあ、そうかそか、
今度ここへこういう寸法の箪笥を置こうんでわざわざ絵に描いてんだ、贅沢なことをするな、金持ちってのァ・・
・・ま、ま、まいいや、今は着物の時代じゃねェからな・・・わ、金庫がある・・・く、くっ・・・興奮して手につかない・・
・・ん?これも絵か・・・・はっ、これ、みんな絵か・・・そうか、この野郎、何にもねぇんだ、何にもねぇから、絵に描ぇて
あるつもりンなって暮らしてやがン・・・そうーか、ひでぇ野郎だな、この野郎・・・
そうだよな、こんな貧乏長屋にこんないいもんがあるはずねぇもんな・・・おかしいと思ったんだ・・
だって、掛け軸が『冷やし中華始めました』なんて書かないもの・・・猫はあくびしっぱなしでこのまんまだもの・・・
時計はズッと同じ時間だし、『連休中は晴れ』ラジオから字が出てるもの・・・ぃよーし、よーし、いいよ、こっちだって
泥棒だ、向こうがあるつもりでいるんだ、こっちだって負けていらんねぇや、盗んだつもりんなってやろう。
(パン!)まず、箪笥の下の引き出しを開けると、大きな風呂敷があったんで、こいつをパッと広げたつもり、
中から着物をドンドンドンドン重ねたつもり、二段目の引き出しから、帯と・・・羽織を・・・重ねたつもり、
金庫から現金を1億2千万ばかり懐にねじ込んだつもり、それから、大理石の大理石の時計を重ねたつもりと、
(パン)こいつを、結んで、持ち上げっ、持ち上げっ、ンッ、ハッ、重くて、重くて持ち上がらないつもり・・・
八公: いい泥棒だな~、粋だな~嬉しいな~ここまでノッてくれると嬉しくなっちゃうな・・・・
だけど、あの野郎ばかり楽しんでてもな~俺の家だから、俺もひとつ付き合ってやろう・・
よっ、絹布の布団をパッと跳ね除け、脱ぎっぱなしの仙台平の袴をはいて、細紐をたすき十字に綾なして、
手ぬぐいでハチマキをして、なげしにあった槍を取って鞘を払い、2,3度隆々としごいたつもり、
泥棒: はっ、こいつはいけない、荷物を投げ出し逃げ出すつもり
八公: そうはさせじと突くつもり
泥棒: そいつを上手にかわしたつもり
八公: なんのなんのと突くつもり
泥棒: 痛てててててっと突かれたつもり
八公: ぐいぐいグイっとえぐったつもり
泥棒: 血がだくだくっと出たつもり
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