安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

猫の災難(前)

2006年07月17日 | 落語
  「酒は呑むべし呑むべからず」 なんてえことをもうしますが、まァ、ほどに召し上がっとくと、まァ、お酒もたいへんに体のためになるんですが、どうしてもお好きなかたは度をこします。そういうところから体をこわしたり、間違いを起こすなんてえことンなttまいります。また、呑みたいとなるてェ と、お好きなかたはどんなことをしても呑もう、あらゆる艱難(カンナン)苦労をしてこの、酒にありつこうてンですから恐ろしいもんですな。

熊: (ひとりごとで) さァ、朝湯から帰(ケエ)っときて、なァ、さっぱりして一杯(イッペエ)やりてえと思うんだが、こういうときにかぎって文無しときてやがンだからやンなっちゃうなァ、ンとになァ・・・・呑みてえなァ・・・・たまの休みだってのになァ。なんとかして呑めねえかなァ
隣人: (上手へ) あら、熊さん帰(カイ)ってたの?
熊: (下手へ) あ、隣のおかみさんすか? いえねェ、ゆんべ遅かったもんすからね、えゝ。いま朝湯から帰ってきたんです。 (のぞきこんで) おかみさん、なんか皿へ入れて持ってンですね
隣人: (扇を開いて要の方を両手で持ち、皿を持った態で) えゝ? いえねェ、うちの猫が病気でねェ、お見舞いにわきから鯛を貰ったのさァ。柔らかいところを煮て食べさしてね、頭としっぽが残っちゃったんだけどのねェ、どうしようかと思って・・・・捨てちまおうかと思ってさァ
熊: (目を丸くして) えゝ? 捨てる? それを? それァもってえねえや、それァ・・・・そのねェ、その鯛の頭、それァ大変ですよ、それァ・・・・その眼肉(ガンニク)がうまいんですからにェ
隣人: そうォ? あたしンとこはそういうとこあんまりやらないしねェ・・・・
熊: じゃァあっしが貰いやしょうか
隣人: あら、貰ってくれる?
熊: えゝ、いただきますよゥ
隣人: それァ悪い・・・・
熊: いえ、悪いことァない。こっちィ貸してください。(と、両手をのばして皿を受け取り) へェえ、驚いたねェ、立派な鯛(テエ)でなァ、これァ・・・・猫によろしく言ってくださいよ
隣人: なにを言ってンだねェ、この人ァ
熊: はッはッはッは (と、隣のおかみさんは去ったところで、以下ふたたびひとりごとで) ありがてえね、どうもなァ。えゝ? こうやっておめえ、朝湯から帰えってきて、鯛の頭を貰っちまうなんてのァしめたなァ。(と、皿を床に置く) こいで猫がなァ、見舞いに酒ェ貰ってくれりゃァいいんだよなァ。えゝ(と、前の鯛を眺め) 大きな鯛だ。これ、ざるかぶしてみようか。(と、下手奥からざるを両手で取り、かぶせる) あらッ、ざるゥかぶしたって頭としっぽが出ちゃうんだからなァ。てえしたもんだなァ
兄貴: おゥ、いるかァ
熊: おゥ、兄貴じゃねえか。上がンなよ (ひろげたまま床に置いてあった扇を閉じて脇へ置く) 
兄貴: えゝ? おめえと一杯(イッペエ)やりてえと思って来たんだがなァ
熊: あゝ、ちょうどいいや。おれも呑みてえと思っているころだよ。ちょうどよかった。だけどねェ、兄貴、おらここンとこだめなんだようゥ。もうやかんの蛸で手も足も出ねえんだよ、おれァ
兄貴: うゥん。まァいいさ。おれの方がふところ都合がいいんだから
熊: そうかい?
兄貴: だけどなァ、おれァ変なとこィ行って呑むのァいやなんだ。白粉(オシロイ)ッくせえ女なんぞ出て来て酌ゥされたりなんかァしてねえ、どうも落ちつかねえやなァ、うん。おめえとふたァりでなァ、差向(サシ)でゆっくり話しながら呑みてえと思うんだが、どうでえ、ここでやろうじゃねえか
熊: あゝ、それァここだって構わねえやなァ。だけどここじゃァ肴ァないよ
兄貴: 買やあいいじゃァねえか、なァ。だから・・・・(上手遠くに視線をとめ) おい、なにを言ってやがンだ、肴がねえどころじゃねえ、台所(デエドコロ)にたいしたものがあるじゃァねえかァ。大きな鯛だなァ、あれァ・・・・
熊: えゝ?(と、上手奥をふりむき) あは、あれかァ。あれ、貰ったんだよ
兄貴: なんだなァ、そういうものを貰ったらおめえ、すぐおれを迎えにきたらどうだい。友達甲斐(ゲエ)のねえ野郎だなァ、ンとに・・・・じゃァあれ肴に一杯やろうか
熊: (至って気がなさそうに、やや間をおいてから) あゝ
兄貴: なァ、いいだろう
熊: (同じく間をおいて) うん
兄貴: あれを三枚におろしてよゥ、片身ィ刺身にしてなァ、で、片身ィ塩焼きだとかなんとかいろんなことして食おうじゃねえか
熊: あゝ、それァ食おうと思やあ食えねえこともねえさァ
兄貴: ・・・・いやにおめえ気がねえなァ、おい。いいんだろう
熊: あゝ、いいんだよ、いいんだよ
兄貴: なァ、じゃァそこに一升瓶があンなァ。(と、ちょっと顎をしゃくり) それ貸せえ。おれ、買っつくるから・・・・あのゥ、めえの酒屋へ行っておめえンとっから来たって言やあいいな
熊: だめだめ
兄貴: えゝ?
熊: おれンとっから来たなんて言やあねェ、もう銭だけ取られちゃっておめえ、酒kれやあしねえやなァ
兄貴: どうして・・・・
熊: 去年の分いただきますってね・・・・
兄貴: 借りがあンのか・・・・あ、じゃ、その先にあらあ、酒屋が・・・・あすこィ行きゃァいいな?
熊: だめ。おととしの分・・・・
兄貴: なんだい、おい・・・・どこならいいんだい
熊: これねェ、あのゥほら (と、ちょっと右手で下手横を示し) 三丁ばかり行って橋を渡るだろ?そうすっと左ッ側にねェ、酢屋満(スヤマン)てえ酒屋があンだよ、あゝ。なにしろここの酒いい酒なんだ・・・・ただ量りがわりいよ
兄貴: 少なくよこすのかァ?
熊: いやァ、五合買やあ五合しかよこさないよゥ
兄貴: そりゃあたりめえじゃァねえか
熊: ふふ、だけどさァ、好きなやつってえものァねェ、お猪口に一杯でも二杯でも余計にあるとねェ、心持のいいもんなんだよ、あゝ。だからおれァあすこィ買いに行くときァ一升瓶でもっておれァ一合買いに行くんだァ
兄貴: 一升瓶で一合?
熊: いやな面ァするんだよ。そいからおらァすぐ言ってやンだよ。おめンとこィ来ンのにゃァね、何軒も酒屋ァ通り越して来ンだぜ。それにおめンとこの酒はいい酒だァ、なァ、でえいち量りがいいやァ、このおめえ、一升瓶で一合買うと、この、瓶の肩ンとこまでくるから・・・・
兄貴: 冗談言うない
熊: はッはッはッ、いや、そう言うとさァ、むこうが面食らってはかりこみァしねえかとおもってさァ
兄貴: なにを馬鹿なことを言ってやがンだい・・・・じゃァなんだな、そこィ行って買やあいいんだなァ。じゃァ五合ありゃァいいだろう
熊: あゝ、五合ありゃァおめえ、たくさんだな
兄貴: そいじゃァそこィ行って買っつくるからな、あとちゃんとしとけよ・・・・鯛の、この鱗をはがすの、こりゃおめえむずかしいよ
熊: そりゃ大丈夫だよ。おらちゃんとやるから・・・・
兄貴: おめえは器用だからなァ。そいからほら、燗のできるようにな、火をちゃんとおこして・・・・
熊: あゝあゝ、ちゃんとやっとくから大丈夫だよ
兄貴: じゃ頼むぞ、あとを・・・・・
熊: あゝ、じゃァすまないねェ、あとをちゃんとやっとくから。(と、下手遠くへ見送り) うふッ、ありがてえありがてえ。
えゝ? とうとう酒が湧いて出たよゥ。なァ、隣の猫のおかげだぜ・・・・だけど、あいつもそそっかしいなァ、大きい大きいっておめえ、鯛の頭としっぽを見て喜んで行っちめえやがったなァ。三枚におろしておめえ、刺身にもなんにもはじめっからねえんだからなァ・・・・ああ喜ばれちゃ、まさか猫のおあまり貰ったんだって言いにくくなっちゃうじゃねえか・・・・どうしようかなァ。帰って来て怒るだろうなァ、あいつなァ。なんとかごまかさなくちゃなンねえなァ・・・・ェェと、実はその・・・・そうだ、隣の猫が来て・・・・となりの猫にゃ悪いけどもな、しょうがねえや。となりの猫が来て、三枚におろした鯛をくわえて逃げちゃったってそう言うよりしょうがねえや、あゝ・・・・もうそうきめちゃおう、しょうがねえから・・・・
兄貴: (上手へ威勢よく) おゥ、行ってきたぜ。(と、右手で瓶の首をつかみ、左手で底をささえて酒を持っている)むこうでちょいとやってみたが、なるほどいい酒だぜ。はい五合ッ (と、それを両手で置く)
熊: おゥ、そうかァ、それァどうもご苦労さま・・・・もうあすこの酒にかぎるんだよ、もうねぇ、おれも、あすこしきゃもう買やあしねえんだから・・・・
兄貴: おゥ、あのゥなにか?燗の方やなんかはもうすぐできるようになってンのか?え?火やなんかおこって・・・・
熊: (大袈裟に) おゥおゥ、それなんだよ、それ。・・・・それだよおれ、おめえが帰ってきたらおれァねェ、本当になんと言って詫びをしようかと思ってねェ・・・・
兄貴: なにが・・・・
熊: いやもうンとにおら、おめえにすまねえと思ってンだァ・・・・いえ、おれねェ、あのゥ魚をねェ、三枚におろしてねぇ、そいでこっちィまァ燗のできるようにと思って火をおこしにきてたんだよ。そうすっとおめえ、台所の方でね、がたがたってんだよ。おやっと思っておらァすゥッと跳んでったんだなァ。で、見るてえとおめえ、あのゥ(と、声を少し低めて) となりの猫がねェ
兄貴: なに?
熊: (同じく) となりの猫
兄貴: (大声で)となりの猫?
熊: しい・・・ッ、大きな声しちゃァ・・・・
兄貴: いいじゃァねえか、となりの猫がどうしたんだい
熊: あのねェ、三枚におろした鯛をぱくッとくわえてねェ、ぱッと逃げようとするン。そいからおらァ思わず、あッ、もしもしっておれ・・・・
兄貴: なんだい、おい。猫にもしもしったってしゃァねえじゃねえか
熊: だ、だけどそ言ったんだよ。それを持ってっては困りますよって、おれが・・・・
兄貴: 猫にそんなこと言ったってしょうがねえじゃねえか
熊: でもさァ、聞き分けのねえ猫だから・・・・
兄貴: なにを言やがンでえ、猫に聞き分けなんぞあるけえ
熊: 食ってぱァッと逃げやがったから、おれももうしょうがねえと思ってすぐあとをぴゅゥッと追っかけたんだよ。だけどおめえ、相手は四本の足だよ。おれァ二本の足だもんおめえ、とっても追いつきゃしねえやなァ・・・・もうおらァ情けねえ、なんつっておめえに詫びをしようかと思って・・・・
兄貴: なんだなァ本当に。気をつけなきゃァしゃァねえじゃねえかよゥ。となりィ行って文句ゥ言ってやれェ本当にィ
熊: いや、そりゃ文句を言いてえんだけど、おれァねェ、ふだんから世話ンなってンだよゥ。こっちは独身者(シトリモン)だろう? 留守は頼むしねェ、お湯は貰うしさ、こんなもの煮たからおあがンなさいなんてね、まァ、火種も貰ったりいろいろ世話ンなってっから、そりゃまァ文句言いてえけど・・・・
兄貴: あゝそうかァ、喧嘩ッ早えおめえが、普段世話ンなってっから我慢したってんだな・・・・じゃァしょうがねえやな。おれも我慢しようじゃァねえか・・・・(ちょっと考えて、不審そうに) それにしても、まだ片身残ってッだろう
熊: あッ、それ、それなんだよ。それがよくなかったんだな。まだ片身あるからいいなと安心をしたその・・・・それがいけなかったんだ。図々しいもんだよ、そのね、こっちが安心してる隙をうかがっておめえね、片身ィ口へくわえたろ? で、片身ィ爪で ぴょいッとひっかけてね、ひょいッとこの、脇の下ィすッ(と、右手で引っ掛けて、そのまま左脇腹へもって行く形) 肩へぴょいッと (と、右手を肩へとあおりあげる)
兄貴: なんだい
熊: (あわてて、どもり気味に) いえ、だからさ、あの・・・・もう俺、我慢できねえんだから、本当に・・・・あン畜生とッつかまいて叩ッ殺して (と、右手の掌で左掌を打ち) 本当に・・・・
兄貴: なんだな、おめえは・・・・おめえは隣に世話ンなってっから我慢したってんだろう
熊: あ、あ、そ、それなんだよ・・・・じゃァおめえもなにかい、我慢してくれるかい
兄貴: くれるかってしょうがねえじゃァねえかよゥ・・・・なんだなァ本当に、あれだけ鯛があるからおらァ酒を買ってきたんじゃねえか。そうしておめえ、肴ァなくなっちまうなんて・・・・まァいいよゥ、もうしょうがねえ。じゃァおれが買ってくるから・・・・
熊: そうかい? 悪いなァ
兄貴: 悪いったってしょうがねえやなァ本当に
熊: 買ってくるったっておめえ、なにも鯛でなくったっていいじゃねえか。なんだっていいじゃァねえか
兄貴: いや、そうでねえよ。はじめっから鯛があったン。鯛でなきゃァ心持が悪いやなァ
熊: そうかい?
兄貴: まァおれが買っつくるからあとをちゃんとしといてくれよ、おい。えゝ? いいなァ
熊: あゝあゝ、大丈夫だよ、ちゃんとしとくよゥ・・・・気の毒だなァ
兄貴: 気の毒だい。まるっきり気の毒だァ、本当に・・・・いいよゥ、まァあとを頼むぞ
熊: あゝ(下手遠くへ見送りながら大声で) すまないねぇ・・・・うふッ、ありがてえありがてえ。こいで酒と肴ができたよ。えゝ? うまくいったなァ。(と、前の酒を眺め) あゝいい色してやがンなァ。あいつァむこうで呑んだってけどもな、おれもちょいとやってみようかな。(と、右手で瓶をつかんで手前へ引き寄せ) この湯飲茶碗でな(と、下手奥から茶碗をとり) この大きいやつ一杯ぐらいいいんだよ。どうせあいつァの呑みァしないんだい。あいつは一合上戸の方なんだからね。(と、右手で瓶の栓を抜き、左手で瓶の首をにぎり、右手で底をささえながら酒を茶碗に注ぐ。左手で栓をして) あとみんなこっちが貰っちまうんだから、ねェ。(と、右手で茶碗をとりあげ)あゝいい色だ、これァ、どうです、えゝ? 山ンなって・・・・こぼさねえようにね、口の方からおむかいだ、これァ。(と、一口呑み) へェえ、いい酒買ってきやがったなァ、あいつァ・・・・えゝ? おらこんないい酒買ったことァねえぞ。(と、呑む) うまいね、これァ。呑みてえ呑みてえと思ってるところだからたまらねえやなァ。きゅゥッとお迎えに出てきたよ、まるで。のどの穴がすゥッとひろがってくようだねェ・・・・うまいね、どうも・・・・冷酒(シヤ)ってのァまた口当たりがいいからなァ。(と、呑みほし) あゝ腹ン中があったかくなったよ、これァ・・・・(ちょっと考え) もう半分ぐれえいいだろうな。どうせあいつァ一合上戸なんだからな。(と、今度は左手だけで瓶の首をつかんで酒をつぎながら) もう半分ぐれえ大丈夫だよ。(あわてて瓶を持ち上げ) あァあァ、いっぺえついじゃった、これァ・・・・まァいいや、二杯ぐらい大丈夫だい、これァ。どうせあいつは呑まねえんだからね。(と、呑み)けど、どうしてあいつァ肴、肴って食うことばかり言ってやがンだからなァ。食うもんなんざいいんだよ。俺なんざ、二合や三合の酒なんざあなんにも要りゃァしねえや。ちょいっと塩をほうりこんでやっちまわァ。(と、また呑み)あいつァむしゃむしゃ食いながら呑もうってんだからね。酒呑みじゃァねえんだァ、あいつのァ、食って呑もうってんだからいやしいんだな、ああいうのはなァ。(と、また呑む。そろそろ酒がまわったという態で) だけど、いい味だね。朝酒はかかあ質に置いても呑めなんてぇけども、まったくかなァ。この味ばかりは本当に (と、呑む。いっそう酔った態で) うまいね。(と、呑みほす) そうだ。あいつの分を燗徳利ひとつ取っといてやろうな。(と、茶碗を下に置き、下手奥やや高目から燗徳利を右手でとり) な、この燗徳利ィ取っとこう。(と、左手に燗徳利を持ち、右手で徳利の首をつかんで) これがまたね、むずかしいんだよ。入れ方が悪いとこぼしちゃうからねぇ・・・・
どうもうまくいかねえんだ、またねェ (と、注ぎはじめる) ほろほら、まだ大丈夫だ大丈夫だ。あゝ大丈夫だ、このなにが・・・・(と、瓶の底の方を眺めながらさらにどんどん注ぐ。) あふれて来たのであわてて あ、あ、あ、あ、こりゃいけねえ。(と、瓶を持ち上げ、脇に置く) うゥう、もってえねえ勿体ねえ。(と、畳にこぼれた酒をあわてて口をつけて吸い上げ、濡れた畳を拭き取るつもりで軽く叩き、その手を頭へなすりつけながら) こりゃえれえことしちゃったよ、これァ。すっかりこぼしちゃったよ、これァ・・・・あゝあ、あれあれ(と、左手に持った徳利を眺め)山盛りだよ。これじゃァ燗もなにもできゃァしねえや。こっちィあけて・・・・あ、あけることァねえ。吸い上げちまやあな。(と、徳利に口をつけて呑む) あ、みんなすいあげちゃった、これァ・・・・こりゃいけねえや。今度ァちゃんと入れとこうじゃァねえかなァ。ェェ今度ァねェ。(と、徳利を持ち上げてみて) あれ? なんだ、おい。もうこれっぱかりかねえぞ・・・・こりゃおかしいなァ。量りァ悪いなァ・・・・待ってくれよ。(と、徳利を置き)量りは悪いってけども五合の酒だからなァ。ェェおれがこの大きな湯呑茶碗で二杯のんで、畳ィこぼして、燗徳利のを吸い上げて、そいでここにこいだけ・・・・あゝ大変だ、これァ、みんなやっちゃった。これァ弱った
なァ、これァ・・・・どうしようかなァ・・・・水ゥ割っちゃおうかしら・・・・でもなァ四合(シゴウ)ぐれえンとこへ水ゥ割るんなら水っぽいなァぐれえですむけどもなァ。一合ぐれえしかねえんだからなァ。そこィ四合の水ゥ割ったんじゃァ酒(サカ)っぽい水ンなっちゃうからなァ、弱ったなァこれァ。どうしようかなァ・・・・ェェと、実は隣の猫が来て・・・・猫は酒ェ呑まねえからなァ。困ったなァ、これァ・・・・ぇぇと、実はここの家に年ふるく大蛇(オロチ)が棲んでて、その大蛇が出てきて・・・・大蛇はまずいね、これァどうもなァ。ェェ隣の猫・・・・また隣の猫ンなっちゃう。あゝしょうがねえ。隣の猫にゃァ気の毒だけども、もう隣の猫のせいにしよう。隣の猫がまた来たもんだから、こっちはこの野郎ってんで追っかけたらぴゅゥッと逃げて、逃げる時に後(アト)足でもって一升瓶を蹴飛ばしたんだ。こっちは口をとっといたもんだから瓶がころがって中の酒がみんなこぼれちゃった・・・・
そうだ。そう言うよりもうしょうがねえ。猫にゃァ悪いけどそうしよう。そう決まりゃァなにものれなァ、一合ばかり残してみたってしゃァねんだから・・・・みんなやっちゃおう、これ。(と、茶碗を床に置いて酒を注ぎ、瓶の酒を二三度ふり切って、下手床に置く) ははァ、こうなりゃァもう度胸すえンだよ、もう。この一升瓶むこうへころがしときゃいいんだ。(と、右手で瓶を突き飛ばす)燗徳利は向こうの方へやっとけ。(と、右手で下手横から後ろへと押しやる。茶碗を取り上げ) あゝなんだかいい心持ンなってきた、これァ。(と、呑み) あゝ、うまいな、これァなァ・・・・野郎帰えってきてどうも驚くだろうなァ、ははははァ・・・・酒がねえったらなァ、びっくりするぜェ。しょうがねえなァ、なんてんで野郎また酒ェ買いに行くだろう。その留守におれァ肴食っちゃおうかなァ、はっはっはっは。こんだ、肴によゥッ・・・・しょうがねえなァッて・・・・また肴ァ買いに行く。そいでおらまた酒呑んじゃう・・・・あの野郎うちィ出たりへぇったり出たり入ったり・・・・はっはっはっ、大笑えだな、こりゃどうも。(と、呑み)だけど、どこをあいつァ歩いてやがンだい。早く帰えってきて呑むがいいじゃァねえか。馬鹿だな、あいつァなァ、(と、呑み) あんなやつァないね、本当にィ。だから付き合いにくくってしょうがねえや・・・・ははァ、あァいい心持だな、これァなァ・・・・さァこいでおつもりだ。(と、呑みほし、茶碗を下へ置く) あァ・・・、いい心持だ・・・・
なんか踊りたくなっちゃったなァ、まったく・・・・酒はいいね。『酒なくてなんおおのれが桜かな』 とかなァ・・・・
なんつったって酒だよ・・・・『夜桜は年寄りの見るものでなし』 なんてなァ・・・・やっぱりこれで花となるてえと、
夜桜なぞはいいねェ・・・・
(節をつけて)♪ よざくゥらァやァ・・・・なんてね・・・・ちつてつとちつてちりんてとん(と、口三味線)
♪ 浮かれェがらァす・・・・あ、そうだ、うかれちゃいらンねえんだ。あの野郎けえってきたら猫を追ってるような格好をしなくちゃいけねえな。そうだ、肌ァぬいじゃってな。(と、肌ぬげになる態) 片肌ァぬいじゃってね、鉢巻をして(と、鉢巻をする態) こう鉢巻をして出刃包丁をもって、出刃包丁をこう逆手(サカテ)にもちましてね・・・・(と、扇を半開きにしたのが出刃包丁のこころ、右手で逆手に持って) これでいいんだ、これで。(と、左手の腕をまくって包丁をふりまわしながら大声で) さァ、さぁ、もう勘弁できねえぞ本当に、畜生ッ、そめねえでくれよ、おゥ、とめちゃァ困るぜ。おらァ本当にねェ・・・・相手がいなきゃしょうがねえや・・・・どこ歩いてンだろうなァ、あいつァなァ。早く帰ってくるがいいじゃねえかなァ・・・・なにも鯛なんか探してることァねえや、まったく・・・・あ、足音がして、あ、帰ってきたかな。(と、ちょっと緊張して座りなおし、出刃包丁を高く構え) さアッ、さアッ畜生、本当にィ、もうとめねえでくれ。おらァまったくこらァ本当に腹ァ立っておれ、もうあの野郎とっつかまえてたたき殺してね、おれ本当に逃がすんじゃねえんだから、おらァさがしだしてあン畜生、あんだぞう、畜生・・・・なんだァ(と、下手から上手へと見送り、がっかりしたように小さな声となり) なァんだい、通り過ぎちまやがった・・・・郵便やかな、あれァ・・・・なにをしてやンだなァ本当になァ、早く帰ってくるがいいじゃねえかなァ。待つ身にもなったらどうだろうなァ、本当に。やんなっちゃったなァほんとうになァ。かったるくなっちゃったおれ・・・・(と、出刃包丁を逆手にもったまま、右肘を右膝の上にのせ、前かがみ) 眠くなってきちゃった・・・・あァあ、いやンなっちゃうなァ、早く帰ってこいやい。どこを歩いてやンだなァ。(鼻唄で) はァ・・・だ。いい心持だなァ
・・・・やめておくれよ付き合い酒を、なんてえけどもなァ・・・・それが浮気の種となる、なんて・・・・はっはっは、本当だよ。(と、すっかり眠くなって、口を半分しか開かずにだるそうに) この酒をとめちゃいやだよのましておくれなんてなァ、あァ、うん、う・・・・、くゥ・・・・(と、がくんと首が落ち、寝込んだ態)
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