Akatsuki庵

日々と向き合って

お猿さんがいっぱい

2010年09月18日 00時00分19秒 | 美術館・博物館etc.
千家茶道の継承 裏千家十三代 圓能斎鉄中宗室」
茶道資料館  ※9月26日(日)まで サイト

この夏、行きたかった展覧会。
行った方からも「よかったよー」と噂を聞いて、時間をやりくりしてなんとか滑り込めた

円能斎というと、時代も明治・大正と近いし、何よりも小説『松風の家』を読んだ印象で、
とても身近な気がしている。
実際、お茶会に行っても掛物や茶杓を拝見する機会もチラホラとあるネ
だから、これほど円能斎ゆかりのお道具を一堂に拝見できた事はとても有意義だった。

パッと見た感想は「わー、お猿がいっぱーいっ
見ても見ても、お猿が出てくる。
「やっぱ、申年なんかなぁ」と思ったら、やはりそう。(←でなきゃ、これほど揃えない
猿画賛「大猿も子ザルもともに」と微笑ましい筆だし、猿曳釜もいい形。
現在のお家元も申年生まれでいらっしゃるから、干支のものはよく拝見するけれど、
申し訳ないけど、比較にならないくらいに気合が感じられた“お猿グッズ”コレクション。
(あとで図録を読むと、実際に飼っていらっしゃったらしい)

個人的にだけど、ワタシ自身は自分の干支の動物を愛せない(?)ので、
ここまで自分が生まれた年の干支に愛着が持てるヒトって、うらやましいなぁと思った。

次に意外に感じたことは十二代の又玅斎と十四代の無限斎との合筆。
顔ぶれもだけど、点数が多いことに少なからず驚いた。
いずれとも、実の親子だから当然と言えば当然なんだけど、

なんせ、十二代はさっさと代を譲ってお家を出てしまったヒトだから
って、これは「松風の家」の小説の印象。
いくら自分が養子で厭だったからと、十代の息子に押しつけて、家出するなんて、
それは、いくらなんでも無責任でしょー

『今日庵歴代』で代を譲った後もちゃんとフォローしていらっしゃったようで、
「小説を鵜呑みにしすぎたかなー」と反省したけど、改めて事実を実感したかな。
実際は仲の良い親子三代だったからこそ、裏千家が繁栄できたのだろうと思えた。

あとはお道具ではないけれど、許状が興味深かった
前回の「茶書にみる茶の湯の歴史」展では薮内流の許状?が展示されてあって、
「他所の流派のじゃなくて、裏千家の許状が見たいのに」と残念に思ったので

真之行台子と大円伝法?(←これはどっちや~?)。
許状の大きさはだいたい同じくらい?
文言もこんな感じだったかな?
(現在、手元に自分のがない状態なので、帰宅したら図録のと見比べて見たい)

決定的に違うのは、展示されているのは全部が直筆であるということ
今は名前のところだけで、文言は「コピーっぽいナ」だから、
ちょっとうらやましかった。

呈茶席では奈良の辻村史朗さんのお茶碗でいただいた。
灰色の粉引っぽい肌合いが温かい感触でよかった。
お床の花も吾亦紅(われもこう)。
「暑いけど、もう秋なのよねぇ」と心が和んだ。

★参考 当ブログにおける茶道資料館訪問記
2010年5月「茶書がいっぱい」
2009年11月「わび茶の誕生-珠光から利休まで-」
2009年3月「春に笑む
2008年10月「鎌倉時代の喫茶文化」
2008年8月「涼を求めて 染付磁器の魅力」
2007年11月「千宗旦」

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