これは「あるべき論」と「するべき論」のすれ違い問題です。
みなさんが「あるべき論」を論じているところ、私は「するべき論」を述べるのですが、これは論理のすり替えではなく、議論の進め方に関する問題提起です。
「需要か供給か」という不毛な論争(池田信夫)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51330123.html
「改革」はどこへ行った?―民主党政権にチャンスはあるか― 竹中平蔵(藤沢和希)
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51628789.html
わかります。
気持ちは痛いほど理解できます。
反論するところもありません。
しかし、みんなにもう少しだけ、ほんのあと少しだけでいいからリアリストになって欲しいと思います。
(竹中平蔵氏はいつも「政策担当者はリアリストでなければならない。」と言っています。)
「菅直人じゃだめだ」ではだめなのです。
「菅直人じゃないとだめだ」にならなければなりません。
いいですか。
当Blogが当初から主張しているように、民主党の国家戦略担当相に菅直人氏が就任したのは不幸中の幸いです。
(みんながいうように不幸ではありません。)
もし、このポストに他の民主党員が就いた場合のことを考えてください。
・・・考えたくないほどの惨劇が待っている可能性があります。
仮に、構造改革路線に近い思想をお持ちの方(政治家でも民間人でも)が就任された場合、あっという間に潰れます。
コントロールタワーを特定のパワープレーヤによって牛耳られる可能性が高いです。
民主党を取巻く全方位からのプレッシャーに耐えられません。
このポストをやれるのは、周囲の空気を読まないタイプで、かつ間違っていても(たとえ負けることがわかっていても)持論を通せるタイプの人間だけです。
そんな人間は民主党では小沢一郎を除いて菅直人だけです。
よって、「民主党政権下で国家戦略担当相をやれるのは菅直人を置いて他になし。」なのです。
であるならば、我々がやるべきことは唯一つ。
菅直人氏に対して、並居る競合相手より増して説得力あるレクチャをできるか否か。
これにかかっています。
そういう意味で、竹中平蔵氏のレクチャは評価されるべきであるし、どのような理由であれ竹中平蔵氏を招いた菅直人氏側をより評価するべきです。
いいですか、ここで菅直人氏側を評価してあげることで、より先鋭的な議論ができる土俵を作り上げさせてあげることです。
やることなすこと批判されるんじゃ、やる方もやる気を失ってしまいます。
そもそも、経済素人内閣なのだったら国家戦略相というポストを置かなければいいではないか。
という意見があるとすれば、それは正論だ。
しかし、そうすると、なんで民主党になったんだっけ?
という大命題が覆る可能性があって、国民は自己矛盾に向き合うことになるだろう。
国民は「政権交代のコスト」を選んだのである。
みなさんが「あるべき論」を論じているところ、私は「するべき論」を述べるのですが、これは論理のすり替えではなく、議論の進め方に関する問題提起です。
「需要か供給か」という不毛な論争(池田信夫)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51330123.html
「改革」はどこへ行った?―民主党政権にチャンスはあるか― 竹中平蔵(藤沢和希)
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51628789.html
わかります。
気持ちは痛いほど理解できます。
反論するところもありません。
しかし、みんなにもう少しだけ、ほんのあと少しだけでいいからリアリストになって欲しいと思います。
(竹中平蔵氏はいつも「政策担当者はリアリストでなければならない。」と言っています。)
「菅直人じゃだめだ」ではだめなのです。
「菅直人じゃないとだめだ」にならなければなりません。
いいですか。
当Blogが当初から主張しているように、民主党の国家戦略担当相に菅直人氏が就任したのは不幸中の幸いです。
(みんながいうように不幸ではありません。)
もし、このポストに他の民主党員が就いた場合のことを考えてください。
・・・考えたくないほどの惨劇が待っている可能性があります。
仮に、構造改革路線に近い思想をお持ちの方(政治家でも民間人でも)が就任された場合、あっという間に潰れます。
コントロールタワーを特定のパワープレーヤによって牛耳られる可能性が高いです。
民主党を取巻く全方位からのプレッシャーに耐えられません。
このポストをやれるのは、周囲の空気を読まないタイプで、かつ間違っていても(たとえ負けることがわかっていても)持論を通せるタイプの人間だけです。
そんな人間は民主党では小沢一郎を除いて菅直人だけです。
よって、「民主党政権下で国家戦略担当相をやれるのは菅直人を置いて他になし。」なのです。
であるならば、我々がやるべきことは唯一つ。
菅直人氏に対して、並居る競合相手より増して説得力あるレクチャをできるか否か。
これにかかっています。
そういう意味で、竹中平蔵氏のレクチャは評価されるべきであるし、どのような理由であれ竹中平蔵氏を招いた菅直人氏側をより評価するべきです。
いいですか、ここで菅直人氏側を評価してあげることで、より先鋭的な議論ができる土俵を作り上げさせてあげることです。
やることなすこと批判されるんじゃ、やる方もやる気を失ってしまいます。
そもそも、経済素人内閣なのだったら国家戦略相というポストを置かなければいいではないか。
という意見があるとすれば、それは正論だ。
しかし、そうすると、なんで民主党になったんだっけ?
という大命題が覆る可能性があって、国民は自己矛盾に向き合うことになるだろう。
国民は「政権交代のコスト」を選んだのである。
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