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相対的な美への移行

 建築の美しい外観や用途にふさわしい形態を定める“比例”のルール=「美」の理を提起したウィトルウィウスですが、ピュタゴラス=プラトン流の“数”的原理*01によってそれを説明することによって、その“数”のもつ魔術的機能も加わり、その後実に2000年の永きに渡って数多くの熱烈な信奉者を生み出し続けることになります。
 
ウィトルウィウスの著作はルネッサンス期に再発見されますが、15、16世紀を通じてほとんどの建築家たちがこうした“数”の魔術的機能に魅了されて建物を設計していたといわれています。その影響は建築だけに限りません。レオナルド・ダ・ヴィンチがウィトルウィウスの記述を元に作成したUomo vitruviano(ウィトルウィウス的人体図)の例のように、その「美」の理は、絵画や彫刻などあらゆる造形の世界に波及していきました。建築ではアルベルティやパラーディオがそれをさらに発展させていきました。20世紀に入ってからもル・コルビュジェがモデュロールというあらたな比例体系をつくりだしたことはよく知られています。
 
シュムメトリアの“数”的原理は“神”の数値としてルネッサンス期にも引き続き受け継がれていきました。しかし18世紀以降のいわゆる“神の死”の時代になると、この“数”的原理からも神の威光は急速に失われていきます。その数値は、産業革命を経て神から機械の原理、すなわち機能性・合理性を重視した20世紀のモダニズムの原理へと引き継がれていくのです。ル・コルビュジェのモデュロールも建築の工業化に対応する規格化の流れの中で生まれてきたものだったのです。
 
一方、森田慶一さんが感性の原理と呼んだ*02エウリュトミアは、“数”が神の数値と認識されていた時代までは、シュムメトリアと合わせて「美」の理を構成していました。しかし「理性でいまだ理解できないもの」であったエウリュトミアは、神という絶対的な統合の後ろ盾がなくなった時、万人共通の絶対的な美の原理としての地位を失っていきます。
 
シュムメトリアとエウリュトミアはバラバラになり、かたやモダニズムの機能・合理性一辺倒の実証的手法として発展を遂げていきます。もう一方は絶対的な美の原理の座を追われ、数多くの感性の原理のひとつとして相対的な地位へと移行していくのです。


エーゲ海の東端に位置するギリシアのサモス島は、2500年前に、世界で初めて「物理的な宇宙の迷宮をくぐり抜ける」*01道案内を始めたピュタゴラスの出身地として有名です。

*01:ピュタゴラスの音楽/キティ・ファーガソン/柴田裕之訳 白水社 2011.09.01
*02:建築論/森田慶一/東海大学出版会 1978.02.22

ピュタゴラスの音楽
キティ・ファーガソン
白水社

 

 

 

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