goo

共有体験を蓄積させていく空間

 「言葉」と「文字」の誕生のプロセスは、外部環境にある「意味ある出来事」の膨大な情報量を圧縮・抽象化するプロセスでした。それは外部にある情報をいかに選別し、ある意味いかに切り捨てるか、ということでもありました。
 
脆弱な身体しか持たない人類が世界の中で生存するための唯一の方法は、自分と他者を明確に区別し、敵対する他者に対しては共同で対処することでした。そしてそのためには同一の環境体験を共有することが不可欠で、それによって初めて仲間である他者との間で共通の「意味ある出来事」を認知し、共有することが可能となったのです。そしてそのコミュニケーションの効率性を高めるために外部参照できる「モノ」との相互作用の中でその認知過程は進行していったのです。多くの人々が共同して活動する領域を囲い込み、その内部での共有体験を蓄積させていく物理的な空間は、この外部参照できる「モノ」を形成するものでもあったのです。
 
三万一千年前の人類最古の壁画が見つかったショーヴェ洞窟では、人間の骨は見つかっていません。そのため住居は別のところにつくられ、そこは彼らの共有空間、祭祀の場所であったと考えられています。その囲われた場所は、人間を外敵や外部の風や雪などの様々な環境圧から守るシェルターであると同時に、周囲の環境から発せられる過剰な情報を物理的に遮るものでもありました。漆黒の闇が支配していたそこは、ある意味昼夜の区別さえ遮断していたのです。
 
その囲われた場所で、共同で暮らす人々は、脳内に記憶した環境の意味あるイメージを洞窟の壁面に投影し、トレースすることによって、初めて他者と共用できる実体を持ったイメージをつくりだすことに成功したのです。この脳内に記憶されたイメージはヴィジュアルな画像情報を含めた様々な関係・対応・経験の蓄積の総体としてのイメージで、いわゆる「夢」と同じように視覚などの感覚器官を直接経由しないで経験する「非知覚的イメージ」でした。それは他の多くの動物たちも持っているものですが、人間は唯一、それを初めて自分以外の他者へ伝える能力をその時獲得したのです。

 

 

「世界最古の洞窟壁画-忘れられた夢の記憶」
ヴェルナー・ヘルツォーク

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 言葉と文字の... 「世界」を形... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。