乳がん手術から6年目

45歳二児の母。2007年1月右乳房全摘。
乳房再建終了。ゾラテックス終了。ノルバテックスも終了。


 

入院中

2007-03-10 | 乳がん入院手術
術後2日目 食事の片付け自分でオッケー、もうケアは要らないみたい。
     首からさげたポシェット状のものにドレーンの袋を入れてお遍路さん状     態。まだまだ赤くてなまなましい液体が。。
     体重計ったら、入院時とまったく同じ。49キロ。
     痛み止めはもういらない。

術後3日目 ひとりで下半身入浴。気持ちよい~~。
     手術以来ご無沙汰だったウンチ君、やっと出てくれました。
     抗生剤、ストップ。


術後4日目 毎日の回診で傷口にゲンタシン軟膏をぬってもらう。
     昔のアイスクリームのスプーンのような、木製?のへらで。
     それがとても違和感がある。しびれていて気持ちが悪い。
     脇から背中部分もしびれている。
     くしゃみをすると、痛いよ~

術後5日目 ドレーン抜去。 回診時に突然始めるもので、びっくり。
      にょろ~って感じでするすると体内から引っ張り出される。
      結構太い管なのに、そのままテープで止めるだけ。
      人間の体って結構強い。

術後6日目 シャンプーしてもらう。ナースって、女の鏡。

術後7日目 回診時にエキスパンダーに生理食塩水40CC。合計80CC。
     これまた突然やるのね、ぶっとい注射をブスリって。
     初のリハビリ。 コリをほぐしたり、リンパに沿ったマッサージ。
     このマッサージ、クセになります。

術後8日目 傷口に防水テープを張り、初シャワー。
     自分で自分のことができるって幸せ。
     だんだん、傷口の痛みはなくなり、脇と上腕のしびれだけが
     残りつつあることに気がついてきた。ドクターは、これは数年単位で
     改善していくだろう、ずっと残る人もいる、と。
     神経にも触れているんだもんね、仕方ないか。
     腕は着々と上がるようになってきた。


術後13日目 回診時に、傷口5針分抜糸。痛くない。

術後14日目 ガーゼ外れる。軟膏のみで、自分でエラスコット。
     生食40CC。(トータル120)
     おそるおそる鏡で傷口を見る。
     少し内出血、ひきつれて、自慢の鎖骨の形も変わったような…
     じわっつと涙が出てきた。
     ちょうど検温にいらしたナースが様子に気づき、『どうかしました?』
     その声で、号泣してしまいました。
     いろんなキモチが入り混じる。ここで泣いておかないと、って
     冷静な自分もいるけど、涙が止まらない。
     命と引き換え、今日だけは泣いてみよう。

術後17日目 生理の予定ではあったけれど、2日で終わってしまい、
     気のせいか右下腹部痛あり、ドクターに相談。
     すぐに婦人科に紹介状書いてもらい受診。
     子宮頸がんと、体がんの検診を受ける。結果は1週間後。
     エコーでは病気が潜んでいる影像は見えませんでした。ほっとする。
     婦人科ドクターは、精神的なもので、今回は不正出血ではないか、と。
     腹痛の原因は??のまま。

術後18日目 外出届を出して外へ散歩。
     本屋で読書。どうしてもがん関連書になるなぁ。
     パンを買って帰る。
     りんごを切るとき力が入りにくいことに気づく。

術後19日目 友人と会う。心配かけたけど、あなたがいてくれて感謝。

術後20日目 形成の外来日。そして退院の日。
      エキスパンダーには190ccの状態。
      ドクター、左を見て『あら、もういいみたい』 
      
      思い切って質問。 健康な方も豊胸する場合の期間や費用。
      
      『左もやるんだったら250cc入れましょう。』
      ①皮膚が十分伸びたところで、シリコン挿入、乳輪は足首から。
       5日間ほどの入院、そこで、左も同時に。
      ②乳首は後日。右乳首は左のを半分にして使います。
       その時は日帰り。その後、週一を3回外来で処置。

      ③費用は、右60~65万円+乳首8万円+左30万円=約100万円

      噂では、右だけで100万円だと聞いていたのと、
      出来上がりのたくさんの写真を見て即決、即答。

      これくらいやらないと気合入りません。
      勢いで未知の世界へ突入。
     


手術翌日

2007-03-03 | 乳がん入院手術
2007年1月6日

朝5時トイレへ。未明のトイレで起き上がるときの痛さがよみがえり、
   起きるのが怖かった。 胸が痛くて、重くて。

   まだポータブルで、そして下着もずらしてもらう。自分でできない。。。
   あ~、こんなになるのか。。

7時 朝食が来る。 ベッドを起こしてもらい目の前にしっかりセッティング。
   なんだ、お箸使えるやん。そしておいしい。
   ふらつきながらもしっかり食べる。食い意地、大事。

7時半 体を拭いてもらう。術着から自分のパジャマに着替える。
   回診で付け替えてもらう。 (胸の感覚は全く無い)

8時 ナースと歩いて自分の部屋に移動。ゆっくりゆっくり。フラフラ、ズキズキ

午前 早速、携帯チェック。友のメールに涙。。現実には 我にかえる というか

   姉が来てくれる。(身の回りのお願いを今日一日お願いしてた)
   姉妹の存在、ありがたい。サンキュ。

午後 夫、子供たち登場。
   息子は昨夜、布団をかぶって泣いていたとのこと。
   今朝起きて『ママが帰ってくるゆめをみた』って。
   長生きしなきゃ、絶対。

食事の片付けなどは姉がやってくれました。
トイレは部屋の隣で、歩いて行けます。
起きるときはベッドを起こして、寄りかかる状態。
今日はほぼ一日中横になってました。

マンマ体操: ソフトなボールをにぎにぎ。 

手術当日

2007-03-03 | 乳がん入院手術
2007年1月5日

外はよい天気。
14時手術で、13時半に歩いてオペ室へ向かうことになっている。
食事は前日9時以降絶食。水分のみ11時までオッケー。

ナースに言われエラスコットを売店にて購入。
麻酔科に呼ばれて説明を受ける。全身麻酔について。
点滴ルート確保。
胸にはペンでAのマーク。臨場感が増してくる。

家族がやってくる。点滴押しながらおしゃべり。

13時30分 予定通りオペ室へ歩いていく。家族は後ろからぞろぞろ。。
     5歳の息子が、『僕も行く、ママ行かないで』と涙。
     なんかドラマのよう、と思いながらも、頭をなでるので
     精一杯。振り切って『いってきまーす』

13時50分 手術台の上。コブクロの曲が流れている。
     朝のジョギングのときにきいていたCDだ、なんだか落ち着く。
     息子を抱っこしなかったことを後悔。
     主治医のT医師登場。『先生がんばってください』
     『はい、がんばります』
     点滴のルートから麻酔。『だんだん眠くなると思うよ』
     『あ~顔がしびれてきました』ここから覚えていない。
     オペ室の時計ではこの時間だった。

17時10分 『○○さん、』 呼びかける声に目が覚める。
     手術台の上、さっきの時計がこの時間になっている。
     『終わりましたよ』
     ストレッチャーに乗せられる。

ガラガラガラ~と観察室へ移動。
心電図、サチレーション、足の血流のための機械がついている。
子供たちがそばに来る。割とまともに話していたみたい。でも唇は紫色だったそう。 主人はとったものを見せてもらっての説明を受ける。
写真は撮れなかった、というか、撮る気分ではなかった模様。

そして、忘れてしまいたい一夜が始まった。

痛いのなんのって。のどは渇くし、足は暑いし。
再建のためのエキスパンダーを入れているからなおさらのようだけど、
6時間後にトイレのために起き上がるときなど、
痛いのは右胸だけのはずなのに、全身が痛く感じる。
予定では歩いてトイレ、だったけれど、出血が多くポータブルで。

自分で下着を下ろせない。。みじめ~
ナースに恋する患者の気分が分かる。彼女たちは天使。ありがとう。。

『エキスパンダーが入ってますからね~、余計痛いんですよ』とナース。
『そんなこと、聞いてなかったですよ!』って何度も、怒った様に
 言ってた気がする。

そんなこんなで夜が更けていきました。(って時間の感覚なんかさっぱりでした)

足の機械が外れてから、少しおとなしくなったみたいです。(暑くてあつくて)
水分オッケーになってから、お水を飲んだ飲んだ。すっごくおいしかった。
あと、唇が乾燥するからリップもぬってもらいました。感謝感謝。

自分がこんなわがままになるって知りませんでした


手術前日

2007-03-03 | 乳がん入院手術
2007年1月4日

入院。
担当の看護婦さんから事情徴収を受ける。
病棟見学。廊下のホワイトボードの垂直とびの記録みたいなやつ、
妙にリアル。 私もオペ前に記録。この線を目標にがんばるそうです。

病室は今日のみ6人部屋。明日ベッド空き次第2人部屋に希望している。
一人は寂しいもんね。

子供たちと離れ、一人になるのって久しぶりでそのことで気が紛れている。

DVDでオーシャンズ11観賞。美しい男たちにうっとり。
テレビではオーラの泉で、彼と彼女?がすごく胸に響くことを言ってたけど、
今となっては忘れてしまった。

右の胸にお別れは、この2ヶ月間、何度も何度も言ったような、
だからだろうか、この前日は、なんとも思わなかった。
そして初めてのんだ睡眠剤でよく眠りました。

当日のメモには、
【ママを応援してね、無事に終わり、病理の結果もよいものと信じる。
 ありがとう。まだ、生かしてくれてありがとう】

とあります。

入院準備

2007-03-03 | 乳がん入院手術
2週間予定の入院。出産以来久しぶり。

準備したもの
・前あきパジャマ
・前あき肌着(一度も着なかった。胸帯2日間のあとはエラスコット
        を巻きました。エキスパンダーがずれないようにと)
・ゆったりタンクトップ(こちらのほうが必要)
・電動歯ブラシ(右側だったので必要かと…結局要らなかったかも)
・洗面具 (リラックスのためにすべてマークスアンドウェブ)
・i pod (必需品)
・ポータブルDVDプレーヤー (こんな時間、めったにない)
・本いろいろ
・娘との交換日記