結羽〜青い風にふかれて

ゆらめく心 きらめく心 うたかたの夢

夜気

2019-06-18 02:25:00 | ショートストーリー
吹き荒れる風
叩きつける雨
部屋に閉じ込められた週末。
することもなくリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。
とたんに響くけたたましい音。
画面の中で手を叩き大笑いする人たち。
なにがそんなに面白いのだろう。

ふと、外が静かになったことに気づき、窓を開けベランダに出た。
すると、いつの間にか雨はやみ風もおさまっていた。
流れる雲の隙間から月が見える。



私は、ふぅっと小さく息を洩らすと、ベランダの柵にもたれ、さっきまでいた自分の部屋を眺めた。

開けたままの窓から風が滑り込み、レースのカーテンをふわりと持ち上げる。

赤いクッション
小さなテーブル
空のグラス
テレビの音

見なれたはずの部屋なのに、まるで知らない場所のよう。
ぼんやり眺めていると、しだいに夜の闇に溶け、自分の存在そのものがなくなってしまうような不思議な感覚に陥る。

あわてて部屋から視線を落とし、ベランダの隅にある室外機に目をやった。
そこには、雨水を溜めた灰皿がぽつんと置かれていた。

忘れていったんだ。

喉の弱い私を気づかい、いつもベランダで煙草を吸っていたひと。

でもね…
煙草の煙を纏い部屋に戻ってくる、あなたが好きだったの。

煙と混ざり合う、あなたの香りが好きだったんだよ。

今だから言えるけど…。

あの日、突然別れを告げられ、物わかりのいい、大人の女の振りをして「さよなら」と言った。
強がっていなければ、崩れ落ちそうだった。
あれから涙もどこかへ置き忘れてしまったみたい。 

バカな女…。

私はくるりと向きを変え、ベランダの柵をつかむと、大きくひとつ屈伸をして夜の空気を吸い込んだ。

あっ、海! 海の香りがする。

もう一度海を感じたくて、今度は苦しくなるほど、深く…深く吸い込んだ。

湿気を含んだ夜気は、身体の隅々まで行き渡り、渇いた心にじわじわと染み込んでいく。
その時、なにかが頬を伝った。
やがてそれは唇に触れ、口の中にわずかなしょっぱさを残した。

なに? 泣いて…いるの?

恐る恐る頬に手をやると、少し濡れている。
驚いて、次に無性に可笑しくなって、私は声をたてて笑った。
ひとしきり笑うと、なんだか心が軽くなったような気がした。

くしゅん…。

思いのほか長く外にいたようで、すっかり身体は冷えてしまい、私は慌てて部屋の中へと戻った。

開けた窓からは、静かに夜気が忍び込み、部屋は海の香りで満ちていた。
























6 コメント

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おはようございます (ケンスケ)
2019-06-18 08:55:47
素敵な女心のつぶやき
同じ空間に引き込まれました

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女の気持ち、 (izukun)
2019-06-18 11:31:18
女の偽らざる気持ちを作品に書き込んで、
それがいずれ陽の目を見ることをいまから期待していますよ。

これは!サザエさんちの「きりこさん」が読んだら、泣くな。
あれは悪い男だった、という観測もあるけどね。
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ありがとうございます (結羽)
2019-06-18 12:45:13
ケンスケさま

私と同じ空間を共有していただいたとのこと。
そう言っていただけることが励みになり、次への意欲となります。

このお話の空気感というか、時の流れというか
そういうものを感じていただけたら、とても嬉しいです。

ケンスケさん いつもありがとうございます。

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三重県出身 (結羽)
2019-06-18 12:53:54
クンちゃんさま

いつもは、最初から文書を作って書いていくのですが、今回は、大筋だけ書き込んで、それに肉付けしていくというやり方で書いていきました。

読み直すたび、直すところが出てきて、きっと終わりはないのだろうと思い、えーい!投稿しました。

サザエさんちのきりこさんは三重県出身で、なんだか気になり、このお話を書くとき、ちらっと頭をよぎりました。
さすがクンちゃん 鋭いですね!
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Unknown (白桂)
2019-06-19 08:45:56
おはようございます。

素敵なエッセイですね。嵐の後の湿った空気
「つぶやき」言外の雰囲気も好きです。
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海の街 (結羽)
2019-06-19 18:18:32
白桂さま

私の住んでいるところは海が近くて
雨上がりなど、空気の湿っているときは
潮の香りを強く感じます。
そんな日にこのお話を書きました。

全体から受ける印象が、重くなりすぎないようにしようと思い書いたつもりですが…あまり自信はありません。
(^o^;)

でも雰囲気を感じていただけたのなら、嬉しいです。


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