オペラで世間話

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ゲオルグ・ショルティ 著 『ショルティ自伝』(草思社)

2008-03-10 | オペラの本
 ショルティはオペラ・交響曲、その他あらゆる分野で活躍した大指揮者ですが、いろいろな評論家の意見を耳にしても、なぜかはわかりませんが日本での評価はあまり高くないようです。私は好きな指揮者の一人ではあります。そのショルティの自伝ですが、これがかなり読ませる内容で、ショルティ・ファンでなくてもおすすめです。ショルティの辿ってきた人生が、偏りなくバランス良く語られています。あたかも彼自身の演奏のようです。

 ショルティはデッカに膨大な録音を残しましたが、こんなふうに言ってもらえると、安心して聴くことができます。

《私は録音してから発売の許可をだす前に、注意深く自分のレコードを聴く。》(260頁)

 ショルティの録音なら、ファースト・チョイスとしても無難なところではないでしょうか。

 オペラについて、例えば、生前に直接R.シュトラウスに会い、何を教授されたのか貴重な記述もあります。

《私はシュトラウスに、「ばらの騎士」のいくつかの部分について、テンポはどうあるべきか尋ねた。彼は万能の解答を与えてくれた。「かんたんだ」彼は言った。「私はホフマンスタールの台本を朗読するときの感じで曲を書いている。自然な速度と自然なリズムで。台本を声にだして読んでみれば、正しいテンポがわかるよ」》(103頁)

《彼はオックスのワルツは、一小節を三つにではなく一つで振れと言った。「クレメンス・クラウスの真似をしてはだめだ。彼はワルツを三つに振る。だが、一つで振ってごらん。そのほうがフレージングが自然になる」》

 これは『ばらの騎士』を聴くにあたって、よく考えてみなければならない点です。ついショルティの指揮した『ばらの騎士』のDVDを見てみたくなりますよね。

 また、こういう自伝にはショルティの情報だけでなく、他の種類の情報が散りばめられているところも魅力的です。例えば、シカゴ交響楽団のショルティの後任として、クラウディオ・アバドとダニエル・バレンボイムの二人が候補に挙がったようですが、ここでオケのメンバーの投票に関する記述の中でなかなか興味深い記述があります。

《メンバーに投票してもらった結果、アバドはリハーサルのときに細部にこだわりすぎ、オーケストラに作品全体の捉え方を示唆しないという理由で退けられた。七対三の割合で、バレンボイムがアバドを抑えて選ばれた。》(232頁)

 別にこの部分を引用して私がアバドを否定しているわけではありません。個人的にアバドは好きですが、こんな記述にその指揮者の性格というか特徴が現れています。

 本書の最後の部分には、ショルティの音楽に関する解釈が各作曲家ごとに載っています。例えば、バッハの『マタイ受難曲』について、
《私はこの作品を宗教曲であると同時に、徹頭徹尾苦しみぬく人間の悲劇を描く「オペラの形をとらないオペラ」と捕らえている。》(267頁)
という具合です。こういうことはなかなか聞く機会がないので、この最後の部分だけでもこの本を読む価値があります。

 処世訓にも満ちています。私が一番いいなと思ったのは以下の記述です。

《生涯をとおして、私は良き音楽家になりたいと願ってきた……たんに成功を目指したのではなく、自分の才能を開発し向上させたいと願ったのだ。》(261頁)

 単に、あれになりたい、こういう賞を得たいという目標を掲げていると、それを獲得したときにそれで自分を見失うことにもなりかねません。ショルティのように成功した人にとってはまさにそうでしょう。具体的な目標を立てることも大事ですが、「良き音楽家になりたい」とか「自分の才能を開発し向上させたい」といった目標の方が、自分が思っていたよりも前の方に自分を進めてくれるのではないかと思います。