このテーマで調べたら100歳超の現役ダンサー、アイリーンさんがヒットしました。
フランスの国営放送は彼女を詳しく取材しており、流石は芸術の国と言えます。
アイリーンさんは「芸術家ではない自分を想像できない」と語っており、絵画と文芸にも本腰を入れているそうです。
こうした「神の息吹」を与えられた女性を近未来の物語「Sun」でも描いており、フランス人のシルヴィアは16歳の時にカトマンドゥの仏舎利塔で15歳の秀祥(シューシャン)と出会って、それ以来このトゥルク(活仏)と姉妹のように親しくなりました。
当時の秀祥は精神的なトラウマに苦しんでおり、それは占領された祖国(優樹)に友達や親戚を残して来たからで、ヒマラヤ越えの途上で父親を亡くしたショックも引きずっていました。
一方でシルヴィアは当時すでに「神の息吹」を与えられ、徴兵拒否(ベトナム戦争)してインドに逃れて来たフランス人やアメリカ人たちに励ましのエールを送っていました。
シルヴィアは秀祥を励ますコトによってその「神の息吹」を甦らせ、彼女が起こす奇跡に参加するコトでその息吹を自らのモノとしました。
秀祥が起こした奇跡の中でシルヴィアが特に活躍したのは、ニューヨークのセントラルパークを犯罪の巣窟から平和な公園に変えた奇跡で、シルヴィアは秀祥と使徒ジャック-ブラウンのギター-デュオに踊り子としてパーカッションを加えて場を盛り上げました。
この「セントラルパークの奇跡」は現実でも芸術の力によって果たされたとされ、それについてはベトナム反戦運動で休校を余儀なくされたコロンビア大学(セントラルパークに隣接)の物語「いちご白書」でも描かれています。
そこでは貧しい黒人エリア(ハーレム)をいかに明るい街にするかも重要テーマとされたので、秀祥は早朝と夕暮れ時にハーレムを平和行進しました。
平和行進は太鼓のリズムに合わせて唱題する日本山スタイルで、秀祥は優樹国の法王-行善から団扇太鼓を引き継ぎました。
この外を歩きながら祈る修行では「声、仏事を成す」を旨とし、シルヴィアの声は秀祥の声と混ざり合って(相互唱題では8拍の内4拍が被る)平和を広めて行きます。
唱題行についてもう少し言及しますと、これはまず「妙なる法が蓮華のように咲きほこる経(世界)に南無(オーム)する」コトで、世界との一体化を目指します。
そしてその世界が自分と共に善くなって行くようにと、自己愛と世界愛を融和させる気持ちで祈ります。
おそらく祈りというのは、この1つの「究極の祈り」に収斂されるかと思え、つまり宗教は究極的にはこの1つの祈りに集約されると考えられます。
これは「一乗の教え」と言い、「大乗」や「小乗」のように互いに侮るコトなく、すべての命は平等に神聖だという教えと捉えられます。
永くなったので締めますと、シルヴィアは106歳になっても秀祥と共有した「神の息吹」を広めようとし、カイラスでそれを受け取った難民たちはとても励まされます。
シルヴィアは裸で平和行進に参加するジャイナ教徒たちを特に励ますとしましたが、世界中からチベット高原に希望を求めて登って来た気候難民たちにも、精一杯の息吹を与えるとします。