真の動物福祉牧場を目指して

日本の自由について No. 2

 前回は日本の古代を語ったので、今回は近代とします。
 戦国時代や江戸時代を飛ばしますのは、正直それが余りに現代とかけ離れていて興味が持てないからです。

 しかし日本の学校教育で教える日本史はこの辺がメインで、縄文時代と近代は敬遠されており、その為に日本史に興味を持てない若者が増えている気がします。

 近代を教えられないのは、そこで日本が蒙った「罪と罰」を総括できていないからに思え、その一助になれたらと思って「Sin/Syn」の物語を書きました。(ブログで下書きを)

 今回はこの物語でも借用した、「戦争×文学」(集英社)シリーズの、「兵の巻」から特に強く心に残った「にせきちがい」をもう一度詳しく紹介したいと思います。

 この「にせきちがい」に成った兵士(本人)は中々のインテリで、学徒動員により強制的に中国戦線へ送られました。
 彼は「ただ生きて帰りたい」と願い、その心は他の誰よりも大きく、将来に希望を抱いておりました。

 一方、当時の蒋介石が擁する重慶政権はアメリカの軍事支援を受け、火力では日本軍を圧倒しておりました。(「菊と龍」参照)
 そんな砲撃戦で死にたくない為に、彼は吹き飛ばされて意識を失った機会に、頭がイカれたフリをします。

 この時の彼の葛藤は詳しく書かれており、非人間的な軍隊で彼のプライドと良心がどれだけ痛め付けられたかを語り、そんな戦争にはもう二度と戻りたく無いという決心が述べられています。

 しかし、彼の真の戦いが始まったのはここからでした…
 
 常人が「きちがい」のフリをし通すというのは、とんでもない葛藤の連続を意味します。
 上手く戦線は離脱できても、軍の病院に収用されて医者に診られ、下手に「きちがい」だと信じ込ませると、デンパチを受けさせられます。

 彼と同じように「きちがい」のフリをしていた学徒兵はそれにより死んでしまい、当時は電圧の調整がアバウトだったみたいです。
 彼もデンパチを受け、その後1週間は歩くことはおろか指もほとんど動かなく成ったと言います。
 次にまたやられたら死んでしまうと思った彼は、「きちがい」がデンパチで治ったと必死にアピールします…

 私が読んで来た「戦争モノ」で、ここまで壮絶な戦いを本人の体験として描いたモノは他になく、国が国民の殺生与奪の自由を握る怖さが真に伝わって来る物語です。

 話を締めますと、近代は日本国がアジアで「覇権」という自由を得ようとした為に、アジアの民と国民は自由を奪われた時代でした。
 学校でこのコトを子供達に教えるのを、大人はヘビー過ぎると考えるのか、尻込みしてしまっています。
 しかしその為に、軽過ぎて何も残らない様なコトしか教えられなく成っている感は拭えません。

 ヘビーな歴史を子供達に教えるコトは、決して大人達にとって恥でも非愛国的でもなく、それに真摯に向き合うコトで、子供達の尊敬を勝ち得る一助にして貰いたいと希望します。

 
 
 
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