ぽかぽか容器

元バレー坊主。

2009年 忌野清志郎さん

2013年04月25日 | 日記
昨日の続きです。

表題の通り、2009年9月、忌野清志郎さんがお亡くなりになりました。


伝説のロックバンド「RCサクセション」のヴォーカルであり、
伝説のロックシンガーだった清志郎さん。


私は15歳の時に、RCの楽曲と出会いましてね、
それこそ10代の頃は、神のように崇めていました。


若い頃の清志郎さんは、奇行というか、
俗に言う「やんちゃ」の過ぎる方で、
そういった行いは、実像よりも先行して世間に広まってしまうので、
特異な目を向けられることが少なくなく、
ロック、バンドマン(この言葉には拘りをもってらしたようです)としての活動に、
とてもピュアな、真摯な考えを持った方であることは、
ファンにしか分からないことだったように思います。


すでにファンの方々には、私などがとやかく述べることでもないし、

ファンでない方々に、特別に理解を深めていただこうとも思わない
(そんなことは私の役目ではないので)ので、
忌野清志郎さんという人物についての記述は詳細には記しません。



RCサクセションというバンドも、晩年は、ファンにとっては悲しいエピソードの連続でした。

メンバーの不仲説、脱退、めまぐるしいサポートメンバーの入れ替え
そして、活動の休止…

清志郎さんが、ソロ活動に力を入れれば入れるほど、
RCを見限ってしまったのではないかと、複雑な心境になりました。


今、思い出しても、辛い気持ちが胸の奥に去来してしまうので、
あまり、詳細に思い出したくはないのですが、

清志郎さんが癌に罹患したことを発表され、

その後、復活され、ほどなくして、癌の転移が見つかり、


私は、その訃報を、
友人とのキャンプの最中、携帯のニュースで知り、
愕然として、立ち尽くしてしまったことを覚えています。


中途半端な文章で、申し訳ありません。
本当に、今思い出しても辛いので、あまり掘り下げて思い出すことができないんです。

現在は、RCサクセションの軌跡についても、忌野清志郎さんの生涯についても、
かなり詳細に検索が可能ですので、
興味のある方は、お調べになってみてください。



多感な青春時代、不安定で、脆い、不器用な若い感情を、
夢の世界の出来事のように、魅了してくれて、
様々な場面の、そのバックグラウンドに、いつも寄り添い続けてくれた、
RCサクセション、忌野清志郎さん。


もう、今更後悔したって始まらないけど、
当時私は、どうしてもその事実を受け入れられなくて、
葬儀に参列することができなかったんです。

まあ、未熟者とはいえ大人ですからね、
生活に支障をきたすようなことはありませんでしたけど、
本当にあの頃、楽しいことには気持ちが向いていかずに、
落胆して過ごしたことを覚えています。



子供の頃は、テレビで有名人の訃報が流れるたび、

両親が感慨深げに、様々な思いを語り合っているのを見て、
不思議な感情を抱いたのを覚えています。

今となっては、亡くなる方のほとんどのお名前は、
そのご活躍と共に、記憶のどこかに佇んでいて、

歳を重ねていくことに、光と影があるとしたら、
その影の部分を、したたかに突きつけられているような気持ちになります。


今更ながら、

私の青春時代を魅了し続けてくださった、忌野清志郎さん。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

そうして時は流れて…

2013年04月24日 | 日記
ニュースなどで、有名人の訃報を目にして、
先日、ふと考えました。


有名人が亡くなったり、スポーツの選手が引退されたりすることで、

自分にとっての、ひとつの小さな時代が終わってしまうように
感じることってありませんか?


その感覚に捉われた、私にとっての最初は、

「ビートルズ」でした。


小学生だったんでね、いくら「小さな」と形容詞をつけても、
時代の終焉というには、大袈裟が過ぎますが、

それでも、ビートルズの楽曲と出会い、
どんどんのめりこんで行って、
書物で、ビートルズの様々なエピソードを知るようになり、

このグループの全盛期に立ち会えなかったことの不幸を、
本気で嘆き、落胆しました。

そして、以前の日記にもちょっと書きましたが、
ビートルズの解散エピソード、名曲「Let it be」は、
私の中の禁忌(ちょっと言葉が違うかなw)になってしまいました。



世界の王貞治さんの引退も、当時の私には、受け入れがたい出来事でした。
特別ジャイアンツファンだったわけではないんですが、
王選手だけは大好きで、
ちょうど、私より上の世代の方々が長島茂雄さんに心酔されていたのと
同じような感覚だと思います。

1962年に、初の本塁打王のタイトルを獲得すると、
その後74年まで、実に13年連続で、本塁打王の座を守り続けました。
75年、その不動のタイトルを、阪神の田淵選手に奪われた(しかも二位にすらなれなかった)時は、
まだ小学生だった私は、あまりの悔しさに、
トイレでひっそりと泣いたのを覚えています。

その五年後、引退をされるのですが、
衰えゆくキングの姿は、幼い私にとって見るに耐えない姿でした。

ついに引退をされてしまった時、
恐らく、人生で初めて味わう、例えようのない虚脱感に襲われました。


その後も、いろいろな有名人の訃報と接しましたし、
それぞれに、私なりの様々なドラマがありましたが、
すべてを記すわけにもいかないので、
亡くなられて、強烈なショックを受けた、
私にとっての「ビッグ2」をご紹介します。


2004年 いかりや長介さん

言うまでもない、日本のお笑い界をリードし続けた、
「ドリフターズ」のリーダーですね。
本当は「漂流者たち」という意味の、シブいグループの名前も、
「ドリフ」なんて約されちゃって、お茶の間の子供には大人気で、
いつもPTAを敵に回してましたね(笑)
それに元々は、バンドだし(笑)
ビートルズが来日した際、前座を務められたのは有名なエピソードですね。


なにしろ…

あの名物番組「ドリフの大爆笑」
開始はなんと、1977年で、
放送周期の変化などはあったものの、2003年まで続き、
私たちが子供の頃、楽しませてもらった番組が、
世代を越えて、私の子供達を楽しませてくれました。

長さんの晩年は、俳優としての活動が主だったようですが、
年に1~2回の放送とはいえ、亡くなる前年まで、
ドリフのリーダーとして、頑張っておられたのですね。

現在でもドリフは解散していませんし、メンバー皆さん、
お元気にご活躍でいらっしゃいますが、

やはり、長さんのあの
「オイ~~~ッス!」が聴けないのは、寂しいものです。



ちょっと長くなってしまったので、
もうお一方は、次回でご紹介します。

続き

2013年04月18日 | 日記
私は、「タダトモ」用に、ソフトバンクとも契約しています。

これはもう、純粋に「タダトモ」専用で、
ネットに繋いだり、ショートメール(SBでは別の呼称だった気もするけど)
以外のメールも一切使わないので、
月額基本使用料のみ、毎月支払っています。


さて、スマホ問題。


いや、あくまでも私の周辺に限った話なんですが、
ドコモのスマホがあまり評判がよくないんです。
機能的なことと言うより、料金体系について、特に悪評が多いです。


私がスマホに変更する場合の選択肢としては…


1 FOMAから、Xi(クロッシーって、こう表記するんだねw)への契約変更。

2 ソフトバンクの携帯をiphoneへと契約変更。

3 ソフトバンクの携帯を一旦契約解除し、iphoneを新規契約。


で、iphoneと契約した場合…


1 ドコモ携帯を契約解除。

2 ドコモ携帯を電話専用として使用するため、パケット契約を解除



上記の選択肢について、疑問に思われる方もいるかもしれませんが、

いやぁ…
さすがに18年も使っていると、ちょっと簡単には、契約解除に踏み切れないんです(笑)

友人にはね、
「ドコモってさ、長期契約してるからって、たいして優遇されないじゃん」
って、至極もっともな指摘をされています。

確かに、せいぜいポイントの貯まり方が早いくらいのもんで、
あとは、例えばスマホに乗り換えるにしても、
なんじゃそら? って、くらいの子供騙しな優遇条件しか用意されていません。


でもねぇ…
長年使っていたというだけじゃなく、メアドが変わってしまうことにも
かなり抵抗があります。
仕事関係も含めて、300件近い登録があるので、
この方々すべてに

「メアド変わりました」

どれほど手間がかかることか…


だからって、iphoneとFOMA携帯両方を所持するのは、
もの凄い無駄なことだし、そんなに金銭的なゆとりもありません(笑)



スマホとしては、ソフトバンクでiphoneを契約するのが、もっとも低額なようだけど、
iphone一本に絞ってしまうと、アドレスを変更しなければならない。

Xiに契約変更するのが、一番問題が少ないように思えるけれど、
iphoneと比較すると、料金が倍以上高額。

だからって、iphoneとFOMA、両方を所持しても、FOMAでメールを使用するのであれば、
結局、Xiで契約するより高額な使用料になってしまう。


ネット上では、それぞれについての賛否が溢れかえっていて、
閲覧するだけではそれらの取捨選択の根拠に乏しく、
ほとんど参考になりません。



いや、あの…

よくよく考えれば、
別に携帯で音楽を聴くわけでもない(聴くこともあるけど、なくても困らない)し、
外出時、それほどインターネットに依存しているわけでもないし、
ゲームもやらないし、
必要ない(スマホが)、っちゃあ、必要ないんですよね(笑)


でもさ、ことFOMAに限って言えば、ガラケーのラインナップがごっそり減ってしまって、
将来的にも、決して明るい未来はないんですよね。




う~ん…




スマホかぁ…

2013年04月18日 | 日記
前回の日記にいただいたコメントで、
スマホについて一考。


ドコモと契約して18年になります。

もう、何回機種変更したかも忘れてしまいました。


以前、ポイント交換のみで機種変更が出来た時代、
仕事で使用していたために、もの凄い勢いでポイントが貯まっていったので、
お金を払って機種変更をしたことがありませんでした。

現在は、ポイントのみで機種変更をすることができないけれど、
ドコモの使用料金って高額だから、
気がつくと、結構なポイントが無駄に貯まっています(笑)


さて、昨今の(いや、すでにもう落ち着いてきた感もありますが)スマホブーム。



日本に於ける、スマホのパイオニア的存在は、やはり
「iphone」
でしょう。

ドコモでは、取り扱いされていません。

ドコモが、おさいふケータイの導入について譲らなかったから、とか、
噂を耳にしたことがありますが、真相はわからないし、
理由の如何に関わらず、取り扱いがないことには変わりがありません。


あまり詳しくないんだけど、ドコモのスマホは「クロッシー」とか言うんだっけ?



あ、ちょっと脱線するけど、
こないだラジオで、
「スマホ」という略はおかしい、って、誰かが力説してたな。

スマートフォンなんだから、「スマフォ」だろ、とかなんとか。

割と、どーでもいいかな。
間違っちゃいないけど。




え~…

で、私もスマホを検討していない訳ではありません。

ところが、結構個人的に厄介な事情もあって、踏ん切りがつかないでいます。


続く

いよいよバレー坊主から、ただの坊主(頭)へ…

2013年04月17日 | 日記
諸事情により、今後、バレーボールの活動を継続することが、ほぼ困難になりました。

日曜日のみ、僅かに活動の時間を割けるかもしれないものの、
ごく近所に限られる上、
例えば試合に出場しようにも、普段練習に参加せずに、試合にだけ参加するというのは、
私自身、あまり感心しないので、
これもできません。

まあ、バレーができなくなるのは確かに残念なんですが、
これはあくまでも趣味の活動なので、仕事などの都合で、
活動がままならなくなるのは、珍しいことではないから、
仕方のないことと割り切っています。

でも、体力の衰えについては、かなり危機感を抱いています。

以前は、5km程度とはいえ、ランニングをしていたのですが、
膝が悪いために、すぐに痛みが出てしまって、
なかなか継続ができません。

筋肉を部位ごとに鍛えることは、室内のトレーニングでカバーできますが、
心肺機能の維持となると、簡単ではありません。


なんだかね、
嗚呼、こうやって衰えていくのかなぁ…
なんてね、

いや、まだ50歳にもならないのに、なに言ってんだか、と言われそうですが、

そんな風な寂寥感が、心の奥底に湧いてきて、
さびしくなります。


もっとも活動できていた時期は、週に4日~5日(平日は夜の練習のみですが)、
なんらかのバレーの練習に参加していました。
今となってはもう、以前の日記にもしつこいほど記しましたが、
体力的にも、筋力的にも、現状維持だけで精一杯で、
ほんの3ヶ月ほど練習できなかっただけで、
もう、ゼロからのスタートのように、身体が重くなります。


そんなこともあって、
例えば、もう少し若かった頃のように、
いつかまた、必ず復帰しよう、という、気持ちの根拠が持てないのです。
今から数年後、仮にまた自由な時間が持てるようになった時、
もう、活動に見合うだけの体力をつけることなど、不可能なのではないかと思ってしまいます。


考えすぎなのかなぁ…


でもね、50歳半ばで、一から競技を始めようというのは、訳が違います。

ずっと継続していて、少しずつ衰えを実感しながら
歳を重ねていったのなら、多少、心持ちも違うと思います。

多分ね、あまりの衰えに失望して、
バレーを楽しむような心境に、なれないと思うんだな。
私ゃ。


盆栽でも始めようかなぁ~