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春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

国境を越えてカーリング

2018-03-07 15:59:00 | イベント

季節を告げる梅の花が開き、華やいだ雰囲気作りに一役買っている
本陣の前庭に咲く梅が、2本あるが、日差しに接する梅が先に咲き
日陰の部分の梅は後を追うように咲いた。
<うすピンク色の梅>

<真っ赤な梅>

二本の梅の木が同時に咲き、両者を比較すると、白身を帯びた
ものと真っ赤なものとお互いに違うことが初めて判った。

この梅の木を前に日曜日は最後の雛祭りで、300人近くの来館者が
通っていった。
大勢の来館者の中に二人の中国女性と1人の韓国女性が、それ
ぞれ来館された。
国際化の渦がこんな所に及んでいるが、余り珍しいことでは無く
なった。総じて、イントネーションがちょっと違うが、見事なま
でに日本語を使っている。

(韓国女性を前に)
テダニ(大変)イルボンマル(日本語)チョウスミニダ(お上手ですね)
とやったら、目を向いて驚かれてしまった。
時、あたかも話題を呼んだ平昌オリンピックの話が自然と出てし
まった。
韓国もメガネ先輩の統率され、実力の持つチームで、銀で輝いた。
、韓国ではそのキム・ウンジョン選手が試合で指示を出す時に
連呼していた「ヨンミ~」という言葉が大流行。

一方日本ではカーリング女子を通じて、親しみ深い北見のイント
ネーショを持った「そだね」も親近感を以て、こうして茶の間に
広がった。
持ち時間が限定されており、その状況を考察し時間内で皆で
決めた戦術は「そだね」で確認する。
「そだね」は韓国語で「クレヨ」、もしくは丁寧に言うと「クロ
ッスムニダ」であるが、余り使われていなかった。

美人揃いのカーリング女子の中でもあのあどけない笑顔の藤沢
選手が人気が高い。

平昌五輪で一躍、“氷上のアイドル韓国でも藤沢選手の人気が
高く、親近感を以て受け入れられているようだ。韓国女優パク
ポヨンと似ていると言われているのも背景にあるようである。
家に帰って二人の写真を比較したが正直それほどとは思えない。
しかし、ぽっこりとした丸顔と額など美人顔の下地は何となく
似ているようにも思える。

本論の歴史の案内を終えた後、他愛ないことで、共通話題で
思わず盛り上がってしまった。
ソウル在で通訳で来日されておられる。再びの来館を期待して
タジマンナプシダ(また会いましょう)と挨拶して、見送った。
さび付いたハングルマル(韓国語)も断片的であるが、未だ
使えることに、ン十年前の、痕跡が未だ残っていた。

平昌(ヒョンチャン)ドラマに感動

2018-02-28 15:28:00 | イベント
冬季オリンピックもとうとう終わってしまった。
スキー、スケート最早、無縁の存在に余り、感心もなくなってしまった。
まして今回はなりを潜めていた北朝鮮が、急に参加、メデイアが競技より軍隊まがいの変な応援団ばかりを追い、辟易していた。
しかし、競技進行に連れメダルラッシュに日の丸が翻ると、日の丸に全く無関心な己が自然と駆り立てられるのはやはりナショナリズムなのであろうか・・・。

長い長い4年のスパンにかけての努力を一瞬にして、勝負が終わってしまう競技に勝者は勝利に湧く一方、敗者にはなんと言って悔しさを伴う残酷な結果がつきまとう。
国際的な大会を踏まえ、その実績から、評価され、絶対確実とか、取って当たり前の風評が本人にもの凄い負担となって、のしかかるであろう。
その結果に当事者はもとより、我々のような外野も地球上で繰り広げられる大会に嫌が上でも期待感が刷り込まれてしまう。

陸上の場合、400mのリレー競技は唯一銀を取れたが、それ以外の大会の華であるトラック競技の日の丸は全くほど遠く、まして色の違う金などは更に遠い遠い。『宇宙のきらめく星』のような存在である。
元より、体格の小さいがたいの日本人が世界に伍して戦えるのは徹底的な訓練とも併せ、リンク上を高速で走ることに科学的メスが入れら、戦略になり勝利に結びついたとも言われいる。
檜舞台に登場するまでの演習は国の垣根を乗り越え、競技先進国で徹底的に鍛え上げている。競技の場面では、そのコーチングスタッフの中核は外国人であり、最早、純国産のオールジャパンと言うより国枠を越えた国際レベルであることが素人目に画面を通して伝わってくる。

こうした日頃の労苦と廻りの支援から、金銀ザクザクではないが、高木姉妹のように二人で5個のメダルが手にすることが、如何に凄いことか、この大会の成果の大きさを物語る。

<競技を通じて幾つかのドラマが生まれ、感動を呼んだ。>
リンク上を何度もフラッシュバックされ、競技場面が刷り込まれる焼きつくが、さ~て、どんな場面かと思うか・・・。

500mで戦い終わった後、優勝した小平(右)は2位の李相花と健闘をたたえ合い抱き合うシーンが、何とも印象的であった。
戦う前は頂点を目指し競いあったが、戦い終わった後、手を広げ、敗者を慰める小平の懐の深さ、泣きながら飛び込んでいく李相花に 抱き合う二人に国枠を越えて、熱いものが伝わってくる。「ああ~これがオリッピクなのだ」

女子マススタートで銀メダルを獲得した韓国の金ボルムは、レース後、観客席に向かって、満面の笑みを浮かべ、歓喜に呼びかけるのが、本来のあるべき姿と思うが、リンク上にひざまずき、国旗を前に深々と頭を下げていた。

金は韓国チームが7位に終わった前の19日の団体追い抜き予選で、敗れた責任を最後尾の選手に押しつ
けるような発言をして、韓国内で激しい非難を浴びていた。
金の発言を巡っては、韓国大統領府に代表選手としての資格剥奪を求める請願が50万人分も寄せられる
騒ぎになっていた。そんな背景を背負いながらの、マススタートへの登場、と強張ったセレモニーの姿が好対照であった。
ことの残悪をより厳しく、追い詰める、激しい国民感情は相変わらず凄い。
終わってしまい、色々話題の多いオリンピックに夢中になってしまった。

平昌(ヒョンチャン) オリンピック テダニ カムサハンムニダ!!
平昌(ヒョンチャン) オリンピック 大変 ありがとう

時間の経過と共にハングルマル(韓国語)はイラボロスミニダ(忘れてしまった)

オリンピックで賑わう平昌の近くで

2018-02-11 21:20:00 | イベント

オリンピックで沸き返る平昌であるが、当時の厳寒体験が蘇ってくる。
遥か昔、平昌から西、隣り立石里(イプソプリ)」で半年間、その厳寒
の中で仕事をしていた、。
ソウルから東に山岳地帯を抜け朝鮮半島を横断し、慶州まで通じる
「中央線」がある。ソウルのから約150㎞の所に「堤川(ジェチョン」
があり、更に「太白線」に乗り換え13㎞の所が赴任先の「立石里」
である。
「堤川市」は、韓国では最も内陸にある都市で、冬の冷え込みが
厳しい地域である。東西に走る「車嶺(ちゃりょん)山脈を控える
「立石里」はその「堤川市」に属する一寒村で場所ある。

時間の経過から、既にかびの映えたフィルムからその様子を拾ってみる

1日の数本の「太白線」小雪舞う、極寒の地。身震わせながら、
狭い乗降口に殺到し、押し合いながら満員車両に乗り込む乗客達。
数人の アズモニはタオルで姉さん被りで、それぞれ頭に荷物を
載せ、目一杯生活に揉まれているようで、着飾る姿は未だ未だ
縁遠い世界であった。その群れの中、ニンニク臭で一杯、中に入る
のもためらったが、自然と同化した。日本に帰って、しみ込み、臭い
と言われてしまった。

◇極寒の世界

写真はタンクからオーバーフローする水がご覧のように1m近い巨大な
つららに完全に凍結してしまった。
丁度厳冬期にマイナス22℃まで経験し、色々な事件があった。
休止中のコンプレッサーの冷却水を抜かなかったため、冷却水が
凍結し、コンプレッサーを壊してしまった。
その係員が即刻、懲戒解雇で退職を命じられた掲示が守衛所に
貼り出されてあった。労務者がごろごろ人余り時代に、いとも
簡単に切り落とせる、象徴的な出来事でもあった。

容赦ない寒さの中のフィールド作業。 手袋を外し、ネジなど
直接金物に手を触れるとくっついてくる。全く、原始的である
が、寒さの中、ガスバーナで指先を温め、何とか指先の感覚を
確かめながら、 動かし、作業を行う。
部屋に戻って確かめると、指先に痛みが走り、外では全く気付
かなかった火傷をおっていた。

こんな物凄い厳寒の世界に宿舎の窓から、ワインを出し、天然
冷蔵庫と思ったが、瞬く間に凍結してしまった。部屋に戻し、
氷のワインを、音を立てかじったが、余り美味くはなかった。

◇集落での表情

休日、息抜きに集落の賑わいを見せる商店街に出る。
写真中央のリヤカー姿はシャンシャンとはさみを鳴らし、背
負子がリヤカーに載せた飴を売っている。金物が貴重な物資
に拾い集めた金物でも飴を交換してくれる。
金物欠乏時代に高価に取引されたようだ。
あのシャンシャンとした金属音が遠くまで聞こえ、未だに忘
れられない懐かしい音である。
白いチマチョゴリの民族衣装にトンガリ帽子はお坊さんである。

物流の主力は未だ人力のリヤカーが幅をきかせ身の丈以上の
積み荷を運んでいる。廃棄物が、所かまわず棄てられ道路は
凸凹になり、陽気が温かくなると、それが溶けだし異臭が漂い、
溶けた水が溜まり、一面がご覧の通りドロンコ道になる。
剥がれかかった軒先はシートで覆われ、道端に並べられた商品。
これが商店街の姿と当時の 時代を象徴する姿が見えてくる。
殆ど茅葺きの屋根に、泥壁か板壁,石を積み上げただけの壁も
ある貧相な世界。薪で暖を取るせいか、煙にいぶされ、出会
う人々が皆、炭鉱上がりのように煤けた顔に見える。

それが、今や急速な近代的な歩みに、猛烈な勢いで急成長を
遂げている。かってのあの寒村と人々の暮らし向きは大きく
変わったが、南北に関わる問題は、時代を越えても、一向に
変わっていない。

果たして御利益は『高幡不動』

2018-01-05 16:15:00 | イベント
<山門前で>

『凄い凄い人出』正月参拝で渦巻く人の群れの高幡不動であった。
毎年通例の車の安全祈願は夜明け頃に行くため、流石、参拝客は少ないが、今年は孫娘と一緒に我が家から歩いて1時間、人の渦に飛び込んだ。

<ものものしい警備の北野街道>

大半の参拝客は京王線、高幡不動駅利用が多いが、不動側の降車口から目の前の参道口へはロープが張られ廻りは誘導員に固められ駅から繋がる参拝に人の渦の行列が始まっていた、
何時、動くか遅々として進まぬ行列に、皆従順に待ち続けている。
地元の利、駅側に繋がる行列を前にショートカットし、北野街道の交差点から山門に入る渦の中に突入する。
<ラッシュの不動堂>

押し合いへし合い、肩が触れそうな境内の混み合いに、行列が全然動かない。山門から10数mの距離であるが、亀の如き動きに、押し込められ只事ならぬ状況に、皆いらだってくる。
漸く拝殿前の賽銭箱前に辿り着く、僅かな空間、背後から人並みを気にしながら、慌ただしく祈願を済ます。
年の初め、神仏に向き合う、厳粛な場所での大事な儀式であるが押し流される流れに逆らえず、拝殿前で何を拝むかなんて、沈黙思考なんて余裕もなく、人の渦から退避し、やれやれと安堵する。
◇奥殿へ
混雑を避け混雑の『不動堂』から『奥殿』へ向かう。
元々の不動明王像はこちらが本尊で、護摩炊きで活躍しているのが身代わり本尊なのである。
<奥殿の全景>

◇丈六不動明王像とは
暮れの時期になると、ラジオから各所の新年祈願の勧誘の案内が繰り返し流されるが、高幡の場合は日本一の『丈六不動明王像』と流される。
この『丈六』とは何だろう?
尺貫法の長さの表記で1丈=1尺であり 丈六は1尺6寸となる。
1寸、概算30cmで計算すると約5m
立つと約5mの高さの巨大な不動明王になるが、像は座っており258.8cmの高さになる日本一と伝えられる不動明王なのである。

<不動明王像>

◇苦難の不動明王が平成の時代で復活
元々不動堂に収められていたが、像の痛みがひどく早急な修理の必要性から、平成9年から約4年間かけて修理した。徳川九代将軍家茂がこの不動を一番近い所で拝みたいと、言うことで此処高幡から江戸に人力で運んだが、倒れたり、風雨に晒されたり痛みがひどく、平成の大修理に繋った。
将軍色を背景に権力にものを言わせた家茂公の我が儘もあって、1t余りの巨像をトラックなど物流が無い時代にワッセワッセとひたすら人力で高幡から江戸までの運ばせたのである。

◇顔は怖いが優しい
左手の縄で言うことを聞かない悪人を強引にたぐり寄せ、右手の剣で刺し、後ろの火焔で焼き尽くす。
随分手荒な殺生であるが、正に悪いことしたらこうなるぞと戒めとなる。
「胸に手をあて過去を振り返り、悪事をどうかお許しください、明王様」と拝んでおいた・・・。
顔は大変怖いが、心の中は大変優しい。何時でもお参り出来る、親近感を配慮している。

物凄い人の渦を前に疲れた。果たしてお利益は、

横浜JAZZ PROMENARD

2017-10-11 21:13:00 | イベント
京急日の出町から野毛の急坂を登って、孫娘と一緒に野毛山動物園へ行く。小さい子供達を主役に家族連れで賑わう。
アップダウンの地形に樹木に覆われる自然の中、様々な動物の檻が、居並び、身近な距離で動物と触れ合える。
<ハローウインで飾られる野毛山動物園>

ウサギやハムスターなど、直に抱き抱え、動物の温もりを確かめ会える、一体感がちびさん達には一番良かったようである。

<桜木町駅前の雑踏>

その野毛山で楽しんだ後、海側に向かい、JR桜木町駅からみなとみらい側に出る。
桜木町駅前の人の群れ、「さあ~これから何処へ向かうのか」みなとみらいを前に雑踏の渦、流石、横浜と思い知らされる。
何時も遠目に見ているが、駅前から目の前に巨大なノッポビルのランドマークタワーの凄さに目を奪われ、お上りさん気分になってしまう。

更に海側に向かうが、歩道橋へ、登る途中で、ドラムのリズミカルな刻みにトランペットの金属音やギターの生音が耳をよぎる。
おやっと、その音源を確かめると街角の一角、人の群れに目を注ぐと、ライブ姿が目に入る。お祭り男の心を揺すり、その群れの音源に自然と足が向かってしまう。
折しも、国内最大級のジャズの祭典「横浜ジャズプロムナード」が10月7、8日の両日、横浜市中区、周辺で開かれていた。
今年で25回目、プロからアマチュアまで国内外からなんと約3000人のジャズプレイヤーが集まい秋風漂うハマの街を彩る。
「街全体をステージに」を合い言葉に1993年に始まった同フエス、音楽ホールや街角など50会場をステージに300余公演を予定する。・・・広報資料から

目の前の人の群れはその一貫で街角ライブで19会場で約200組みのアマチュアバンドの熱い演奏が横浜の街を彩る。
「おお~やっている、やっている」、その群れをかいくぐり、懸命に演奏する若きジャズマン達の前に躍り出て、軽快な音に触れる。



若き男性に交じり、一人だけ女性が、鮮やかにドラムを叩き、刻むリズムに「わあ~恰好いい」と思わず、その姿に惹かれる。
聴衆は大半が白髪まじりのおじさんたち、廻りを全く気にせず、このリズムに合わせ、小刻みに頭を動かし、バンドと聴衆が一体になって、ジャズに心酔している。
ははあ~これが、正にジャズの世界である。

孫娘の一人は既に中学生。部活はブラバンに入り、パーカーション一役を担い、練習に明け暮れているが、やはり通じる物があるのか、演奏の最前列で真剣に聞き入っている。
老若男女、垣根を越えた一体感、皆ジャズの素晴らしさに心酔している。

若手からベテランまであらゆるジャズ2日間でまとめて聞くことが出来るのが、ジャズプロの魅力と言われ、このジャズプロを楽しみにフアンが集まっている。
会場の一角、野毛の老舗ジャズ喫茶「ちぐさ」が存在し、戦後サックスプレイア渡辺貞夫ら多くのジャズミュージシャンンを育ててきたと言われている。
横浜のジャズ文化の原点であり、言わば草分け的な存在である。
そんな背景から地元出身の若手ミュージシャンもステージを盛り上げる。
イオンの前で別の街角ライブ、此処はバンドを背後に女性ボーカルが、豊かな音域で聞き覚えのあるジャズを唄い、正に横浜の彩りを飾っている。
おじさん達も一点に集中し、聞き入ってる

ジャズも色々なジャンルがあるので、聞き比べ、自分の好きなスタイルを見付ければ良い。
その浜の風に乗り、メロデイがあちこちに流れ、心地良い一時であった。
横浜、近代文明の発祥の地、新しいものを受け入れる風土は此処から、典型的なアメリカナイズされたジャズ文化もしっかり息づいている。
「あ~あ横浜っていいなあ~」と溜息を付きながら、浜線で田舎へ帰る

ようこそ松崎家の世界へ

http://mzk.on.coocan.jp/