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History, Strategy, Ideology, and Nations

巨星・ウォルツの翻訳出版

2010年05月31日 | THEORY & APPROACH
 国際政治学を勉強した人なら、間違いなく必読文献として挙げられるにもかかわらず、
 これまで訳されてこなかった文献が、ようやく日本語で読めるようになった。

 ケネス・ウォルツ/河野勝・岡垣知子訳
 『国際政治の理論』
 勁草書房、2010年

 原著のタイトルは、ご存じの通り、「Theory of International Politics」である。
 初版は1979年、いわゆる「ネオリアリズム(新現実主義)」の聖書とも言える文献だが、
 国際政治学の分野で、本書以上に激しい論争を巻き起こした文献をついぞ知らない。
 そして、その論争は今もまだ継続中である。
 結局、1980年代以降における国際政治学の論争とは、
 煎じ詰めると、ウォルツの理論をどのように解釈するかという議論にほかならなかったと言える。
 それほどまでに、大きな影響力を与えた文献なのである。

 読み所は色々あるが、あらかじめ、ウォルツの主張を簡単に述べてしまうと、
 「国家の行動は、国際的な構造によって規定される」ということに尽きる。
 ここでいう「構造」とは、秩序として無政府状態(アナーキー)であると同時に、
 諸国家の間に存在する国力の相違によって形成された勢力バランスを指している。
 その中で、国家は自己の安全を確保するために、合理的に行動すると考えられる。
 ウォルツが潔かったのは、ここに余計なものを加えなかったことである。
 つまり、モーゲンソーをはじめとする古典的リアリストは、
 ついつい規範的な議論や価値の問題に言及したことで、
 本来、並置して議論できるはずもないことを、同じ次元で捉えようとしてしまった。
 ウォルツの理論では、そうした関心は見事に切り捨てられ、
 アナーキーな勢力バランスで構成される国際的な構造の下で、
 国家が採り得る行動の可能性を、純粋に追求したことにオリジナリティーがあったのである。

 この理論は、提示された当初から激しい批判が浴びせられた。
 経済的関心や規範の影響を重視する「リベラリズム」の立場を採る論者からは、
 そうした要因をまったく考慮していないことが指摘された。
 また、歴史学者からも、あまりに理論的に国際政治を捉えすぎているために、
 現実に起こり得る変化に与えた政治指導者や国内政治の影響を無視していると批判された。

 その際、最大の論点となったのが、冷戦終結をめぐる論争である。
 ウォルツによると、国際政治は二極体制が最も安定するはずであった。
 特に相互依存関係が希薄であればあるほど、その安定性は高まると論じていたにもかかわらず、
 実際には、安定するのではなく、冷戦自体が終結してしまったからである。
 俄然、勢いを得たのは、リベラリストと歴史学者であった。
 リベラリストは、西側諸国からの情報浸透や経済・文化交流の深化によって、
 共産諸国の価値観に変化が生じ、それが民主化のうねりとなって冷戦終結になったと解釈した。
 また、歴史学者は、レーガンとゴルバチョフこそ、
 国際的な構造を克服し得る偉大なパーソナリティーを持っていたと称賛した。
 
 だが、新たに台頭してきたネオリアリズムへの批判に対して、
 ウォルツは「ソ連が崩壊して、二極体制が崩れたのだから、冷戦が終結するのは当然だ」と反論した。
 そして、ソ連の崩壊も、批判者が指摘したような事実によってではなく、
 単純に国内経済の破綻とイデオロギー上の失敗によってもたらされたものにすぎないとした。
 
 さあ、ここでウォルツの反論にどう答えるかということになるのだが、
 その点については、実際に本書を手にとって、ウォルツの理論に触れた後に考えてみてもよいだろう。
 いずれにせよ、手元において損はない一冊である。
 普段、理論に興味がない人にこそ、一読を勧めたいと思う。