till the promised end

the story from the sudden birth to the compulsory death

吹越という苗字

2006-11-30 11:18:49 | Weblog
さて、俺の部屋にはいくつの印鑑があるのであろうか。

教員免許の一括申請が今日までということで授業がないのに大学に来たわけであるが、事務所に行って一括申請の申し込みをしようとしたら、事務所の人の第一声がこれである。

「本日、印鑑をお持ちですか?」

いつも、シャチハタの印鑑なら持ち歩いているが、どうもシャチハタではまずいらしい。納入だけして印鑑を明日押す、というのもまずいらしい。

そこで、どこかで印鑑を買えばいい、という結論に至った。

しかしである。

高田馬場には結構な数の印鑑屋が存在するが、どこで見ても「吹越」なんていう稀有な苗字の印鑑など存在しない。

さて、そこで残されている選択肢として、家に帰って印鑑を持って再び大学にいく、というものが浮かび上がった。

しかし、家~大学は凡そ50分かかる。往復すると100分である。

100分あったら卒論がどれだけ進むことか。

結果、どこかで何とかして印鑑を買うしかない、という結論に至った。

その時、俺の頭にある重要な事実が浮上してきた。

ダイソーなら「吹越」という印鑑が売っている!!

北海道は札幌市手稲区前田(最寄り駅:手稲駅)に存在するダイソーで「吹越」という苗字の印鑑が売られていることをかつて確認し、また、埼玉県は飯能市大字新光(最寄り駅:仏子駅)に存在するダイソーに売られていることも確認していた。

ならば、俺はダイソーに行けば買うことができる、という結論に至った。

さてさて、次なる問題として浮上してきたのが、「では、最も近いダイソーはどこであろうか。」ということである。

しかし、この問題を解決するのは至極容易かった。以前に落語研究会でおつかいで100均で買い物をしたことがあった。明治通沿いに100均があることを思い出し、そこがダイソーであったことを思い出した。

かくして、俺はダイソーに行き、予定通り印鑑があったため購入し、学部事務所に行って教免一括申請をしましたとさ

そして、このようにして買われた印鑑が俺の部屋には相当数ある・・・

2ヶ月ぶりに・・・

2006-11-26 18:25:34 | Weblog
自炊しました!!

最近、アホみたいに食欲が出てきて、一日三食食べるようになった結果、全てを外食で済ますなんていうことをやっていると財布がとっても危険な状況になってきたので、自炊を再会しました。

で、今日、スーパーに行って食品売り場をふらふらっとしていると、アスパラが目に入ったので、かごの中に入れてみた。そして、キャベツやソーセージもかごに入れてみた。そして、レジに行って会計を済ませる。

そして、途中、今晩飲むための焼酎を一升、酒のディスカウントショップで買って家に帰る。

さあ、家に帰って気づいたこと・・・

これでどんな料理を作れるんだ!!

焦って彩乃にメールして「何ができるの?」と尋ねてみると、「ポトフでもやってみたら?」と言われたので、その後の紆余曲折を経た後、ネットで調べてみると、どう考えても俺の腕では作ることが不可能だと判断したため、ポトフの夢を諦める。

さて、そこで何を作ったかというとアスパラのバター炒めになりました。

そして、味噌汁を作った。

ただね、このときにスペシャルにアホなことをやってしまいまして・・・

かつお出汁の入った味噌を買ったにもかかわらず、鰹節で出汁をとっちゃった!!

異常に味は濃くなった・・・。しかも、鰹節をね、そのまんま鍋の中に入れてしまい・・・、鰹節を全て取り出すことが不可能になった始末・・・。

あ~、久しぶりにやった料理、味噌汁という基本的なところでミスった・・・。しかも、大量に作ったからな・・・。

Flags of Our Fathers

2006-11-26 14:14:37 | movie


1941年12月8日、「ニイタカヤマノボレ」の暗号文と共に始まり、「トラトラトラ」の暗号文で成功を収めたパールハーバーへの帝国海軍による奇襲攻撃に始まった太平洋戦争(大東亜戦争)。

1942年6月のミッドウェー海戦での大敗を機に帝国軍の敗退が続いていく。

そして、1944年10月には、史上最大の海戦といわれるレイテ沖海戦。ここで、初めて神風特別攻撃隊による「自爆攻撃」が行われるも、帝国軍は敗退する。

1944年7月にサイパン島が攻略されていたことにより、B29による日本本土攻撃は可能ではあったが、その間に存在した硫黄島がアメリカ軍にとっては邪魔くさかった。

硫黄島から日本本土へとアメリカ空軍による攻撃を伝えられていたため、アメリカ空軍が日本本土に着くころには日本では対空防御体制が整っており、思うとおりにアメリカは攻撃ができない。

そのため、アメリカにとって硫黄島攻略は重要なミッションとなった。

逆に日本側から見ても、サイパンが攻略された今、硫黄島が最後の砦となっていたため、絶対に明け渡すわけにはいかない。

その硫黄島における戦いを、アメリカ側からの視点で描いたのがこのFlags of Our Fathersである。一方で、日本側からの視点で描いたのが『硫黄島からの手紙』という、来月公開の映画である。

できるだけネタばれにならないように話してはいきますが、日本語のタイトルからじゃわからないけれども、Flagsってなっているのがミソだよね。

何で、flagsって複数形なの?

これが、この映画のカギになるわけですよ。

あと、この映画は、軍隊の中を描いているからなのか、four-letter wordsが非常に使われていたね。fxxking beautiful.とか、God dxxn xxとか、非常に数多くの放送禁止用語が使われていて、なかなか驚いたね。

次にこの映画の全体のストーリーとしては、戦闘シーンはメインになってないね。戦闘シーンは回想的に使われている関係で、迫力に欠いて、ただグロテスクさだけが残る、という印象だったね。俺は、だから、この映画の評価はあまり高いものは出せない・・・。

まあ、『硫黄島からの手紙』を楽しみにします☆

on the verge of destruction

2006-11-25 09:30:19 | daily thought
昨日は、貴夫presents、吹越及び優の誕生日会だった。貴夫、Dankeです。

18時に馬場のBIG BOX集合だったが、18時丁度について誰一人として着いておらず(そういえば、WESAの奴らが集まるときは、集合時間を15分から20分意図的に早く設定しなければいけなかったな(汗))、ロータリーの周辺を徘徊した後に再びBIG BOXにいくと、川さんがいたので、合流。

そんなこんだで全員がそろったら、馬場のごっちへ。

馬場のごっちは、川さんと優さんは初であった。雄一郎さんと貴島松夫は去年、コミ会の後に何度か来たことがあった。どうも、雄一郎さん曰く、馬場ごっちで意味不明の一気飲みをやったことがあると言うが、俺は一切記憶に無い・・・。ただ、どうも、一気飲みを吹っかけたのはどうも俺らしい・・・ごめん、やっぱり記憶にないわ・・・。

店に入ると、5人いる、ということに加えてみんな腹をすかせていたため、とりあえず適当に焼き鳥やその他つまみを頼む。飲み物は、貴夫が「全員、生でいいだろ!!な、優!!」みたいなことになり、全員が生ビールとなる。(俺と雄一郎さんと川さんは、貴夫の指示が無くとも生ビールだった)

そして、一杯目の杯を乾かした後、二杯目に突入。その時、貴夫は日本酒を飲むということで、日本酒のメニューに目をやる。すると、「貴」という日本酒があったため、貴夫はそれを何の躊躇も無く決める。

そして、口をつける貴夫。



貴夫が「貴」を飲む、ということがネタになるため、まず優さんが写真を撮る。そして、川さんも撮り、俺も撮った。その間、貴夫は日本酒にずっと口をつけていたため、ちょっと酔いが回ったらしい。

そして、何故かプチ撮影会となって、俺も被写体に自ら進んで入ることとなった。



その中で、互いの就活の話をしたり、男のみが集まった場合に避けて通ることのできない女の話になったり、WESAのことを話したりした。

そして、立っていることに疲れたため、春夏秋冬へと場所を移すこととなった。

その時、川さんは次の日7時に起きて徹夜することになるから、と帰ろうとするものの、俺と貴夫のタッグによって阻止し、春夏秋冬へ拉致することとなった。

全員、金を節約したい方向だったので、俺が足繁く通ってためたポイントカードを使うこととなる。そして、その時持っていたポイントカードの枚数で頼んだボトルは

EARLY TIMES

こいつは・・・、きつかった・・・。俺はこの店でウィスキーを頼んで潰れなかったことがあるだろうか・・・。昨日は、例に漏れず、つぶれる事となった。

中盤までは記憶があり、you-tubeの話をしたり、雄一郎さんがXからLUNA SEAからライブビデオをyou-tubeで全部見た、と言う話で盛り上がったりした。どうも、現代の大学生にとってyou-tubeは必要不可欠なものと化したようだ。

そして、俺は記憶をなくす。

また例のごとく、それ以降の記憶は動画ではなく静止画であるのです。どうも、タクシーに乗ったらしいという記憶はあります。

そして、俺は2時頃に気がつくわけなのだが・・・

何か記憶に無い発信記録とメールの跡がある!!

しかも、見事にバイト先の室長とのメール形跡まであり・・。一気に酔いが冷めました・・・。

そして、俺は一抹の不安を抱えながら、眠りました。

今日の昼頃、優さんに電話をして、俺が一体どのような状況になっていたのかを尋ねると、春夏秋冬を出た後、BIG BOXのゲーセンに行くものの、俺はふらふらしてゲームをするわけでもなく、ゲーム機に体当たりなどをしていたらしい・・・。

ANYWAY

貴夫、優、川さん、雄一郎さん、昨日はありがとう!!

最終兵器~誕生日編~

2006-11-22 01:13:04 | daily thought
昨日は俺の誕生日だったが、そろそろ歳をカウントするのが嫌になってきたので、生徒に「この日は俺の誕生日だから、何かプレゼントをくれ!!ただし、『土地』か『株』に限ることな」と、ネタにするレベルで終る始末。

でも、その中で俺にバースデーメッセージを送ってくれた、ANN、おじいちゃん、木戸、剛介、彩乃には感謝します。本当にありがとう。

そして、俺の部屋に、今日、最高のプレゼントが届いた。

ナイス蚊っち

写真を見せれば、これである。

これのスイッチを押せば、小蠅をころせまくる。ぞりゃ、面白いけどね・・・ぱちぱちいって殺されていくさまは面白いけど・・・。

小蠅は変わらない。

そして、寝ていったとさ。




寒いので、ついに・・・

2006-11-17 19:08:15 | daily thought
コタツ運転開始!!

今日は家でじっとしていました。

you-tubeを見ると、クレヨンしんちゃんのブリブリ王国の秘宝が前編載っていたために、それを全部見てしまっていました。

その時です。

足が冷たくなってきたのです。

上は、ジャンパーを家の中でも着ていたので問題ないのですが、意味不明に俺は冷え性な関係で、非常に冷たくなるのです。

だから、椅子に座っている時も、胡坐をかいて膝の裏に両方の足をしまいこんで暖めていたのです。

しかし、それにも耐えられなくなってきたので、ついにコタツの運転を開始させることを決意しました。

しかし、ここで問題が発生しました。

コタツの上が、本とプリントとパンフレットで一杯!!

しょうがないので、とりあえず全てのものを床の上に緊急避難させました。これが緊急避難になるかどうかはまた別の議論になってくるため、ここでは緊急避難である、という認識で話を進めていきたいと思います。

これで、コタツの上は片付きました。そして、コタツ布団を被せることができる状態になったため、コタツ布団をかけたその時です。また、新たな問題が発生しました。

コタツの下も、本とプリントとパンフレットで一杯!!

そこで、再びコタツの下にあるものを全て他の場所に緊急避難させました。

そして、コタツの中に物が入らないようにコタツ布団でガードし、引火の要因をなくしました。

さあ、これで今季初のコタツ始動開始か、となった時に、更なる問題が降りかかってきました。

コンセントが無い!!

コタツにとってコンセントが無い、ということは、早大生にとって酒が無い、早稲女にとって女らしさがある、ということと同じであり、さらに核に近い話で言えば、車にガソリンが無いのと同じである。

去年はコタツが動いていたわけだから、必ずこの部屋の中にコンセントはある。それ故に、必死になって探すことを決意した。

その時である。俺は、一つのことを考えた。

同僚Uならきっとコンセントの場所を知っているのではないであろうか。

しかし、ここは俺の部屋だから、何とかして自分で見つけようと決意した。それで見つからなかったら、同僚Uに聞けばいいと考えた。

しかし、その時、この部屋は様々なものを床に緊急避難させていた関係で、物が大量にある。というか、床が見えない。

換言すれば、コンセントを見つけ出す、ということは、遺跡から、例えば土器を原形で見つけるようなことである。

しかし、やらねばならない。ケネディ大統領も、月面着陸計画に関する演説で「容易いからやるのではなく、むしろ困難だからこそ、月に行くことを選択した」ということを言っていた。ならば、俺も、困難だからこそ、コンセントを見つけなければならないと再確認した。

塵も積もれば山となる、千里の道も一歩から、という言葉に表れているように、一つ一つを積み重ねていけば、必ずやこの計画は成功するという確信の下に、ビン集め、本棚への整理を行った。

ついに、俺は目的を達成した。つまり、コンセントを見つけることに成功したのである。

そして、コンセントをコタツに挿し、スイッチをオンにした。

そして、今は、そのコタツでこの記事を書いています。


さ~て、どこにしようか。

2006-11-17 01:35:23 | Weblog
俺の就職活動の現状

最終:5社(一社は既に辞退済み(ちなみに、バイト先(笑))
内定:1社(保留中)

まあ、本当は、3社辞退する予定だったんだけど、一社は電話番号を調べるのを忘れて辞退できずにいて、一社は熱烈なラブコールがあって(正確に言えば、辞退の電話を入れた3時間後に、「やっぱりうちの会社がいいですよ~。もう一度話しましょうか」という電話が来た)、あっさり口説かれて今日面接を受けてきた感じ。

で、その最終面接を受けに、今日は、宇都宮まで行ってきたわけですよ。

で、俺は社員の数が本格的に足りないから、言って来ているもんだとすっかり思っていたから、服装もかなり適当(いや、勿論スーツだけど、赤色ネクタイ、ブルーYシャツ)にしていたわけなんだけどね。

副社長から「ああ、吹越さん。うちの人事の人が、非常に勧めていた方ね。」と言われた時、「あ、営業トークではないの・・・かな???」と思い、本当に求められていたと感じた。

俺が先日内定を貰った会社は、東証一部上場の会社で、世間的評価も高く、俺はそのような会社の内定を貰った人、というレッテルを貼られているための評価かもしれない。しかし、その内定を貰う前から、態度は同じであった。

今日受けた会社からは、俺のことを真剣に採用しようとしてくれている。(勿論、最終面接自体は今日あったわけだから、内定をもらえているわけではない。しかし、話は結構肯定的である)

ちなみに、その会社は、俺のバイト先をけちょんけちょんに貶してくれるんだけどね(笑)しかも、的を射ているのがイタイ・・・。

あ~どうしよ~~。いっそのこと、指が一本しか上がらないほうがいいかも・・・(笑)(おじいちゃん!!中指立てちゃダメ!!)

内定!!

2006-11-13 17:49:24 | Weblog
やっと内定が出た!!

就職活動を抜いて、2回の「受験」というものをやってきた。

高校受験

大学受験

高校受験では第一志望の高校に合格、大学受験では第一志望・第二志望は落ち、第三志望の大学・学部に進むことができた。

そして、今回は、第一志望の企業の内定を獲得しました!!

貴夫、覚えているか。いつだかお前が俺に言ったな。確か、お前が内定取ったときだったと思うが。

"It's your turn."

ちょっと人より遅れたけど、俺もキメたぞ。

そして、今回の就職活動において、俺は絶対に忘れはしないし、本当に頭が上がらない人たちがいる。

俺のバイト先の上司・同僚達である。

室長の先生は、俺に貴重な時間を割いて面談をしてくれ、様々な叱咤をしてくれた。その叱咤が無ければ、俺は絶対にこんなに一生懸命はやらなかったと思う。様々なアドバイスをしてくれ、俺はそのアドバイスを胸に面接を行い、見事そのアドバイスどおりのことをやったら、綺麗に通過できた。本当に感謝しています。

そして、もう三重に行ってしまっているけれども、同じく上司のMさん。

俺のES、履歴書の文面等を見てくれ、その他、就活における心構え、身だしなみ等を教えてもらいました。あの履歴書の文面で全て突入していました。心より感謝をしています。この気持ちは言葉では表しきれません。

そして、同僚のU。

ある時は、自分で一度も書いたことが無いのに、俺のESを見てくれたり、あるときは俺のスーツのしわを取ってくれたり、ほんと、身の回りの世話をしてくれたね。マジでありがとう。

元同僚の成さん

大学院受験を考えていた時から、様々なアドバイス、叱咤をしてくれたね。俺が手を抜きそうになったとき、成さんの言葉が頭をいっつも過ってたよ。だからこそ、今回の就職活動も真剣にできたんだと俺は確信しています。本当にありがとうね。

今名前を挙げていない人たちにも、様々アドバイスを貰ったり、心配してもらったりしました。ありがとうございました。

今回の就職活動を通して、世間の常識、会社とは、という社会に出て必要なこと、そして人間が生きていく上で必要な、人情、というものを本当に学びました。

ちなみに、この喜びを伝えるために、電話をかけた順を示しておくと

貴夫⇒U⇒Mさん⇒父親⇒笹山 でした☆

Waseda Festival ~Takao~

2006-11-06 01:07:56 | Weblog
11月5日。日本一の学園祭と言われる早稲田祭の二日目。

俺の所属する早稲田大学落語研究会では、家元に弟子入りをなさった平林さんがくるなど、勝負をかける日である。

なぜならば、二日目はつまりは最終日だからである。

イベントとしても、勝俣やルー大柴、夏目ナナが来るなど、充実していた。

しかし、その傍ら、ある一つのバンドが、ガラクタの音を出し始めた。その名は



DEAD POETS

俺はこのブログで一度も触れてこなかった。

写真に写っているvocal、貴夫は俺の大親友である。

だからこそ、俺は意図的に触れてこなかった。

大親友だからこそ、俺は、この手の話を貴夫がブログに書いたとき、一切コメントは残さず、メールでさえ俺の真意を伝えなかった。

でも、もういいだろう。

今日、奴はライブを終えた。

奴にとって、ライブを終えることは最終目標ではないと俺は思う(そうだろ?貴夫。お前は、ライブを通して何かがしたいんだろ?)が、一つの節目ではあるだろう。

だからこそ、俺はこの場を利用して、お前のブログのコメント欄でもなく、お前の携帯へのメールでもなく、俺が好き勝手使える俺のこのブログを利用してお前へのメッセージを送りたいと思う。

以前、yahooブログ時代にお前を紹介したことはあるが、もうそのブログを知る人は少ないし、消してしまったから、全てを話したいと思う。いいだろ?

俺と貴夫が知り合ったのは、大学一年のある月曜日の夕方。俺が、授業を終えて帰る途中にあった吉野家で一緒に牛丼を食ったのが全ての始まりであった。

そこでクラスが同じ、サークルが同じと言うことを知り合い、以後、よく話すようになった。

そして、一年の夏休み。サークル合宿の後、こいつは発熱をした。

こやつは、広島から出てきているゆえ、誰かが看病をしなければいけない。

何をトチ狂ったか、俺は「こいつは俺が診なければいけない」という感情の芽生えに気づき、その日一晩の看病を行う。とはいっても、物質の調達くらいであった。俺にできることなんてそれくらいであった。俺は無知な人間ゆえ、基本的には何をすればいいかわからないのである。

しかし、それを満足なこととして受け入れてくれた貴夫とは、それ以降完全なる信頼関係におかれた。

今だから言おう。

俺がWESAに残ったのは、他ならぬ貴夫がいたからである。

特に55代のメンバーにおいては、勘付いている人は多いであろう。

他のメンバーには申し訳ないが、これは事実である。

俺がイギリスにいけたのも、こいつのおかげである。

貴夫が俺のことを知っていたから、俺がイギリスをこよなく愛していることを知っていたから、俺にエディンバラでの学会発表、畑違いではあるが参加を呼びかけてくれた。そして、貴夫のゼミの先生にお願いに行く時にも一緒に行ってくれた。

そして、実際にイギリスに行き、俺はイギリスへの愛情を深めることができた。

全ては貴夫のおかげである。

全ては、と言えば語弊があるであろう。松阪先生の寛大なる御慈悲があったというのもある。ゼミが違うためである。

しかし、きっかけは貴夫が与えてくれたものである。

俺がWESAに居ることができたのも、貴夫のおかげである。

本来俺がプレゼンスべきことを、全て貴夫はやってくれた。

もう、いつもの俺の態度からは想像できないだろうが、俺は貴夫への感謝の気持ちで一杯である。だからこそ、この場を利用して言っている。

貴夫よ。

お前は天才だ。

きっと、大学を卒業してからも、その天才っぷりをみせていくことであろう。

でも、ちょっとは弱いところも見せろよ。

俺には見せなくとも、パパだとか、見せることのできる奴はいるだろ?

俺は、お前が42.195キロを全力疾走しているようにしか見えないんだ。

全力疾走しようと努力することを俺は心配しているのではなく、お前がその苦難に耐えられるかどうかが心配なんだ。

俺は、いつでも、お前の一番のファンだぞ。

だから、俺が「大親友」って言い切るんだ、お前のことを。

肩の荷が・・・

2006-11-04 17:28:25 | Weblog
大分軽くなってきました。

昨日、某会社の三次選考を受けたわけなんだけれども、その結果が、今日わかることになってたの。

昨日、結果通知方法に関して伝えられて、合格の場合は今日の13~15時の間に電話で連絡がくることになっていて、「ご縁が無かった」場合には、後日手紙にて通知、ということであったから、つまり、今日電話が無ければ、会社のほうからすれば「ご貴意に添えません」ということである。

もうね、気持ちとしては、自分の最愛の人が働いている地域で爆弾テロが起こって、彼若しくは彼女の安否が確認取れていない状況で、「俺(私)は無事だよ」のメールないしは電話を待っている、と言う状況を想像していただければわかるだろうし、就活経験済みの人はその時にあった気持ちを思い出して(笑)

まあ、ちょっと俺がアホなところとして、三次選考は模擬授業一本だったんだよね(笑)まあ、パーソナルシートを書かされている、と言う事実はあるけど・・・。どうなんだろう。やっぱり、書かされている以上、考えているのかな・・・。

で、こうやって明るく書くことができている、ということは、電話が来たの!!

で、最終選考の日程を言われたら・・・

その日保護者会じゃん!!

折り返し電話をする旨を伝えて、即行バイト先に電話。

そうすると、室長いない・・・

まあ、違う社員の人に伝えて、伝言を残しておいてもらっていたら、1時間後にバイト先から折り返しの電話が来、室長にOKを貰う。

その時に、「最終選考に進めた会社があるってことは、ちょっとは成長したんだね」って言われて、かなり嬉しかった。ちょっと自信が持てました

そして、俺が会社に折り返し電話した時に、事件を起こしてしまう。

「教室長からの許可が貰えましたので」

と、言ってしまった・・・。

自分側の人間を高めて言っちゃった!!

常識的に考えて、「責任者」だよな・・・。

あ~大丈夫かな・・・。