福島興三写真展 朝鮮ーピョンヤン・ソウル・プサン

2014-07-12 17:30:21 | フォトレポート
2014・7・10~7・16 アイデムフォトギャラリー「シリウス」(新宿御苑前下車)

まずは、作品解説を読む・・・

戦後68年が経過しました。
現在、韓国・北朝鮮との関係はよくありません。
人々の生活は、政治に翻弄されています。
27年前(1986年)、韓国ソウル・プサンの人々の表情、
限られた撮影条件下での北朝鮮ピョンヤンの街で、
人々の表情を撮影しました。
2013年、発展したソウルを訪れ街を撮影すると
27年前とは街、人々の表情は全く違って見えました。
この27年の時間の経過が、少しでも表現されていれば幸いです。


ギャラりー シリウス で、福島カメラマンが迎えてくれました。
この時期になると愛用しているハット。福嶋さんから頂戴した”ボルサリーノ”で、新宿にでかけました。



1986年 5泊6日の取材旅行 
ピョンヤン駅、ご存じの銅像、(パリのよりも高さを誇る)凱旋門、105階建てのホテル・・・ガイド付きの移動バスの中から撮影が許された写真・・・。





本写真展に訪れた方が、・・(下にある三角形をした105階の建物)
    「柳京ホテルは営業してなく廃墟となっていました」と。
また「板門店軍事境界線」を北側から撮っ写真を前に、
     「ここの展望台はなくなって、ビルが建っていました」と近況を語ってくれた、という。



「万景台金日成主席 生家を訪れる兵士」や、「訪れる着飾った親子や小学生」「寺院のガイドさん」「カラオケバーの若いお姉さん」など、その当時の当局が撮影を許して案内された時の写真・・・。



丁寧に説明する福嶋さんに熱心に質問する若い青年も。
「今はスナップ写真を撮りにくい時代なのに、よく撮れましたね」
「今はこの地域はガードマンがいて、撮影禁止ゾーンでしょうね」



滞在中はパスポートを当局に預けていた。
早朝に泊っていたホテルを飛び出して、パスポートなしで危険を冒して・・・
バス通勤光景を撮ったり、市民の生の生活をカメラに収めた・・・



ことし3月に銀座・竹川画廊で個展を開いた妻の美重さんは、今回は夫の会場でご接待・・・おしどり芸術家ですね。



福島カメラマンは、写真を撮るだけではありません。
カメラ職人、だから、写真をプリントしたそのあとのフィニッシュまで自分の手で仕上げます。
今回は、画面の左右はノートリミングでも、上下に空白が残る。それをビッグカメラから受け取った後に、自分でカッターで切って全体のサイズを合わせた。A2のボードにプリント作品をはって仕上げた。器用さと繊細なセンスがなければ、業者頼みしなければならない。が、それを3分の一の制作費用であげた、と(貧乏な芸術家)彼はいう。

 会場を訪れた外国の若者とも、さまざまに意見を交わしていました。

  

仁寺洞(インサードン)・・・
ご夫婦で訪れた先で、骨董市場めぐり。
漆塗りの和紙を探し当て、それをキャンパスとした作品を描いた。夫がパリから持ち帰った新聞紙などもキャンパスになった。
画材にも貪欲な興味がわき、その特性を活かした作品が、銀座・竹川画廊の個展会場に並んでいました。

その市場で買った綿のパンツ・・・とても涼しくてはき易いのよ、とお気に入りのポーズ。



2013年ソウル

ソウルの街は、日本の原宿や新宿みたい。その賑わいのなかに、アメリカナイズされた街の光景と風俗があった。

自分の足がズームレンズだ。

目測2メートルに設定して、スーッと被写体に近寄って、カメラ目線をとおして一枚だけ撮る。手巻き、一発勝負のシャッターチャンスを狙う。(そこに、“デジタル”の発想はない。)
大きな体その風貌と、ゆったりとした話しぶりとは裏腹に敏捷で、腕っぷしも強い。カメラを持って現場に行くと、ヒトが変わる芸術家カメラマンだ。


ベレッサRA  25ミリ  F4 ワイドレンズ
フジネガフィルム 200 ネットで(10本2400円)購入して、愛用している。
 


社会を見る目として、写真を残しておくことの重要性。そしてそれが、いまの時代だからこそなお一層のこと、意義あること。日本と朝鮮の関係が、さまざまに揺れ動いています。この七月がまた、熱い夏となっています。



(下にある)1986年ソウルと、2013年ソウルと・・・
      それぞれの2枚だけでも左右の光景とカラーの調子が違います。

戦前は一つの国だった。

38度線で北朝鮮と韓国に分断された・・・ピョンヤンとソウルを訪れた今回の写真展。そしていつか個展を、とあたためていた写真素材を選んだ。今回の個展開催を準備しながら、今の韓国を撮ろう!と、昨年奥さんと二人でプサンを訪れました。

「わかんない国だよなあ」と、何回も口に出していました。

  「戦争を仕掛けた人間は、戦争を避けることができる」「いや、戦争は避けなければいけない」

プサンで生まれて、5歳まで海のそばで育った南浜の家の写真も展示された会場にいて・・・さまざまに教えられ、いまを学ばせていただいた個展でした。ありがとうございました。





(7月12日投稿のブログを、本日19日校了しました)(外はまだゲリラ豪雨です)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。