2025.3.7
21:03
「思い、思われ、ふり、ふられ」がdailymotionにあったので発泡酒と包装米飯と初めて購入したシャウエッセンなめらかの食事会で観賞会開始。大統領の陰謀は最後まで観れなかったがシャウエッセンなめらかは確かになめらかで品質が高すぎて私の味覚に合わないというよりパンチ、もっと下品な食物連鎖を味わい深い健康的で生来的な味覚ではないからもう買わないというかシャウエッセンを買う身分になったことは一度もないんだがなめらかは二度と買わないとうっすら心に決める。シャウエッセンファンの食卓の機微、変化という彩りやるのも大仕事という輩の範囲だろうけれども。
スマホの漫画アプリで最近キュンキュン漫画を少し読んだ中にあった当映画だったようだったが、再婚した親のべつばらの子供同士が意外と好きあってる?ようなところまで漫画で読んでなかったのでなるほどと思う。主人公?の男の子と女の子は別の映画で見覚えがあるが思い出せない。美男美女は記憶に残らないとさえ思えなくもない。見覚えがあるから美男美女だったなと思い直す。見覚えがないのは映画が思い出せないということを変質させた内容の吐露っこな私だった。と思えなくもない。
2025.3.8
17:16
「思い、思われ、ふり、ふられ」観賞会再開し、ちょっとつまらないので観賞会中断。dairymotionにあった「君の膵臓を食べたい」観賞会開始。数年前Amazonプライムで一度観たが、この映画ほど記憶に残らなかった映画は私には稀だったのと、小説は古本買って読まずだったようにも思うけれども、何らかのトレンディがあるように思うので観たいと思う。
「思い、思われ、ふり、ふられ」の兄弟ではないかと思わなくもない。男の子は観たことあると思ったが、女の子はどちらかいいと男の子が王子さまの女の子が精彩というか可愛さがあって、実は兄弟の女の子は君の膵臓を食べたいの女の子という可愛い女の子ではないかと思う。男の子は北村匠海?という人らしい。君の膵臓を食べたいにそもそも踊る大捜査線の官僚、名前が出てこねぇ。山田優さんのぽこちんのイケメンが出てるのをよく分からなかったほど、君の膵臓を食べたいだけはとことん観賞会の記憶がない私には稀有な映画であるな思う。小栗旬さん。1分もかからず名前を思い出せた。
2025.3.9
17:49
観賞会再開。チェックインまで観る。最近アダルトビデオの嗜好が変化した私は背徳シリーズが脳裏を先ずは手順として過るが、ホテルに限らず、腐った膵臓のクソガキにおもてなしをしなかったという痛恨というかかいしんのいちげきは、最早私は140歳のアホタレどもすらもうまれたてとしか思わなくなりつつある瀬戸際だが、そのいちぶだとかいちわり、いちりん、いちぱーせんとというはんしゃかいせいにつごうのこんじょうもんのクソガキどもは、おのれの肉体そのものが時空間としてはそれにすらみたない時空間でしか哺乳類が原始生物によりらせっきんじだいかはよう分からんかったし調べるとか知っていくということの根気、漢字通りの根性、魅力、ぶっさされてもどうでもいいということが私は1秒も、一ミリもないから取り組まないだけですますが、やぼをくみとるという腐った膵臓のクソガキどものたんきけっせんはやふやらないの本質を凌駕、あるいみでのみかいぶんめいどのあきらめるとかくじけるとかいうより、さいくるだとかいうよりというぶんぎょうざの範疇の奴等というような論理展開にしようと思って書き始めてないが、そのように書くようになるしかなかった程度でもいいやと思って観賞会再開しようと思う。
北川景子ちゃんも出てたのすら全く記憶にないほど、当映画は映画観賞会の記憶はかたわではあるがすさまじい部分があるときもあるが全くやくにもたたないしなにかにいかそうとかでもないからいみもないんだが一度しか見てなくても記憶に全くない映画は珍しいのはなぜだろうと見ても、何となく記憶に残りづらいプロットという新機軸がテクストにある映画だとこじつけも可能な稀有な映画ではあるように思う。やわらのみちというしげきのていかに取り組んだ映画だろうか。
2025.3.10
22:22
観賞会終了。意外と泣いた。落涙までした。北村拓海さん?だけが読む権利能力がある手記でのさくらちゃんのお母さんとの涙のご対面と、星の王子さまに忍ばせた手紙のさくらちゃんの朗読会は泣けた。
2025.3.11
5:58
Dailymotionで「世界の中心で愛を叫ぶ」「ストロボ・エッジ」「きょうのキラ君」も見つけた。観賞会予定。dailymotionから「ぼくは明日、昨日のきみとデートする。」をダウンロードしたが、高画質過ぎて早送りとかに対応出来ない私のスマホ能力らしいと思わなくもないが、どうぶつ奇想天外のミッキーはYouTubeでは公開完全版からの風化させないその時々の人々向けなのか、それとも盲導犬オリバーを忘れちゃってるのか、それとも盲導犬オリバーは現役最後の映像で、雪上でも可能な手袋での戯れがとか思いながら、体を掻いてたら、年々ほくろもだが、イボのようなのも増え続けてるなと、それは私の体質だろうが思いつつ、「世界の中心で愛を叫ぶ」はDVD化当時かVHS化当時レンタルビデオ屋さんでレンタルビデオしたきり観てないし観ようと思いさえしなかったほどつまらなかったというか感動のしどころさえなかったという記憶を言語化しようとしても思い出せないので、昨日観賞会を終えて二度と観ないと思ってないが思えばそのように言語として思うだけだった「きみの膵臓を食べたい」は落涙しちまったもんで改めて観賞会に挑もうとほとんど日中床に着きながらうっすら思うだけである。「ストロボ・エッジ」「きょうのキラ君」は観たことがないけれども、キュンキュン出来たらいいなぁという内心の決意もうっすら思うだけである。ストロボ・エッジは
たかとしっ
が出てるらしい。
タカトシっ
が出てれば泣けるかも知れない。キュンキュンというより。
エミ
いまオレ、エミって言ってたというかタップした?
いい んじゃ ない かなっ
エミは糸という映画でも泣かせやがるからタカトシもと期待せずにはいられない。
か い か ん
のアクセントだろうか。
ちょっとアブナイ独り書きだが、こういうのは特に私は大昔から恥ずかしいと思わないのでどうということもないし言う機会も大昔からないからどうということもない。
3.12
7:17
dairymotionでアイフィールプリティは観れないのが無念だが映画の題名の肩書きは連合艦隊総司令官で合ってると思うけれども山本五十六が観れるので、ぼくは昨日だったら明日、簡単に言えば今日、葬送のフリーレンの漫画を110円コーナーでちなめこになって探しにいこうという目的意識の高さとともに、110円不存在の事態ならば、存在していてさえも、ぼくは昨日だったら明日、ひらたく書くと今日、山本五十六の観賞会をしようと思う。その数秒前までマルクスなら可愛げがある運動会だが、フロイトってのは不味いだけだっぺと思ったのを思い出した。ハイデガーの場合、ハイデッガーもあるからどくせぇしゃかいうんどうになっても、こそどろと同じで、りとるぼーいにしてもこそどろとりとるぼーいを書くとどうということないけれども、あいだとかいのちだとかせいこうだとかのワンコンプというのはわからない奴等でなんぼという原理主義だが、そう言えばガガーリンで思ったが、ガガーリンから半世紀経っても数単語のロシア語は分かる程度の私はガガーリンの業界用語というよりもロシア語がおぼつかないなと思う。日本語に訳されても意味がわかるようなことをやってる奴等ではないから不便はその範囲ではないなとか。