26号線の風に吹かれて

50歳半ば好奇心旺盛なオヤジの独り言・・・

思い出・・・

2015-01-08 10:35:06 | 日記
昨年1月に行われた、のどごし生夢のドリームCM「東京ドーム編」は
素晴らしい企画でした。その夢舞台に出場したメンバーの何人かとはFBでも
仲良くしていただき、この数日彼らの1年前の想いを振り返った記事を読んでいて
我々の舞台裏もぜひ知っていてもらいたい・・・と思い、ここで紹介させていただきます。
長文になりますがおつきあいいただければと思います。
東京ドーム編の数ヶ月前、私はのどごし夢のドリーム企画で、憧れの野茂投手と
対戦させて頂くという幸運に恵まれました。54歳(当時)という最年長でありながら
野球を本格的にした経験がなく、我流での練習でペース配分もままならず
本番までに、腰 手首 肩を痛め あげくのはてに本番では打った瞬間肉離れ・・・という醜態をさらす事になりましたが、憧れの野茂さんとの対戦で
失礼のない打席にしたいという熱い思いだけで自分なりに頑張った結果でした。
それはメイキングの中で少し紹介していただいたように、妹の主人であり
自身の大学時代の先輩でもあった敬愛する「ナオさん」が40代で急死し
その彼が大の近鉄ファンで、野茂さんのことも教えてくれ・・・
そんな彼に笑われないような結果を残したいと言う思い。そして誰にも言わなかったけれど、プロ野球の楽しさを教えてくれた今は亡き父親に
あの野茂さんと対戦したんやで!と胸を張って報告したいという思い。
友人や仕事関係の知人など、このことを我が事のように喜んでくださった方々へ
何とか恩返しがしたいという思い。
おそらく、私以外の8人 中田さん 松浦さん 堤さん 水間さん 松本さん
久保田さん 横屋さん 真田さん それぞれがインタビューでは語りきれなかった
いろんな思いを抱えて当日をむかえられたんだと思います。
そして、その思いがピークに達したのが本番前の西武ドーム選手サロンでの
待ち時間・・・本番のその時まで野茂さんとの対面はもちろん、野茂さんのウォーミングアップすら見ることが許されず、まさに真剣勝負に挑む控え室状態のサロンでした。最初は軽く冗談を言い合っていたメンバーも徐々に口数が減り
なんとも言えぬ緊張感にさいなまれ、やがて誰が言うともなくストレッチや
素振りが始まりました・・・憧れの人と同じ舞台でCM出演できる・・・という
甘っちょろい気持ちではなく、必ず打つ!という強い思いで!
実はこの撮影には大きなリスクがありました。
野茂さんはトレーニングを積み万全の状態で臨んで頂けるという話でしたが
製作サイドは、もし野茂投手にアクシデントがあった場合は即座に撮影中止
そこまでの尺を編集してCMにするというプランが・・・
その場合打席に立てなかったメンバーは運がなかったと言うことで・・・という
誓約が我々と製作サイドとで取り交わされていました。
その上で、その大きなポイントとなる打順を決めるのが
我々9人による選手間投票だったのです!
彼だけは打席に立たせたいと思う人の氏名を記入しての投票・・・
もちろん自分の名前は無効。
ハッキリ言ってこんな残酷な投票は無いな・・・と心底思いました。
その投票は本番1週間前の神宮室内練習場での練習跡に行われ
結果発表は、なんと本番当日 西武ドームのグラウンドでのウォーミングアップ中にマウンド付近に集められ、スコアボードを見ながら、ウグイス嬢のアナウンスによって発表!という手の込みよう(苦笑) 我々9人はもう胸がはちきれんばかりの思いでマウンドに整列しました。 そして始まった場内アナウンス・・・
一番 真田・・・ 「ウォー」みんな笑顔でパチパチパチ・・・拍手!
二番 釘宮・・・ えっ!? 何で?と俺。でも皆は笑顔でパチパチパチ・・・
三番 松本・・・・パチパチパチ・・・・ 4番 松浦  5番水間  パチパチパチ・・・
6番 中田・・・うん? 微妙か? 7番 久保田 7番かぁ・・・8番 堤・・・う~ん・・
9番 横屋 なんでやねん!  
打順発表が終わった時には、誰一人笑顔のメンバーはいませんでした。
そのまま選手サロンに引き上げてからも重苦しいムードのまま。
やがて誰とも無く「対策」について話し出します。
野茂さんは一人何球までなら大丈夫かなぁ・・・
9人投げるとして3球なら27球だから、許容範囲かなぁ・・・
おい、ファーストストライクは見逃し無しにしようや!
絶対に9番までまわそうぜ!最後はみんなでそう言いあっていました。
野茂さんといよいよ対戦できると言う、緊張感や期待感 そして
ひとりも欠けることなく打席に立ちたいという泣きたいような切実な思い。
この思いを共有した9人は、この瞬間に「戦友」になれたんだと思いました。
そして迎えた撮影本番! 野茂さんの投球練習を見ながら全員が少年のような
笑顔になっていた理由 打順の上位のメンバーが早打ちしていた理由が
お分かりになったかと思います。
自分このこと言うと、初球のストレートを三塁線にライナーで打ち返したが
惜しくもファール・・・惜しくと言ってもこれが限界でしたね〈苦笑)
二球目の内角球にどんづまりのファーストゴロ。走り出した瞬間に
左太もも裏がブチ!と音を立てて切れました。
そのまま崩れ落ち、カメラの回ってないところでベンチまでかつがれてしまいます。そのまま控え室で治療をと促されましたが、全員の打席を見届けたくて
ベンチにうずくまりながら声だけで参加。全員が打ち終わって整列する時には
メンバーに肩を借りなんとか立っていました。
そのあと乾杯の撮影準備のインターバルを利用し、控え室でトレーナーさんに
テーピングを施して頂き、痛みをこらえながらどうにか最後まで撮影に参加
できました。途中キリンの広報さんなどスタッフの方々にはイスを用意していただいたり何かとお声をかけていただき、感謝と恐縮しきりでした。
野茂さんも心配してくださっていたようで
後日、そのことを野茂さんのマネージャーさんに伺いました。
すべての撮影が終了し、ホテルへ車で送り届けていただき
そのまま倒れこむようにベッドへ。翌朝 痛む足を引きずりながら何とか
新幹線で帰阪しました。
この肉離れ、CMはもちろん メイキングやTV「スッキリ」でも肉離れとは
紹介されていません。そりゃそうですよね一般人が撮影で怪我しましたでは
下手すればCM自体が・・・ですもんね(苦笑) スタッフさんから
帰阪したらすぐに病院へと進めらていましたが、もちろん行きませんでした(笑)
こうして いろんな思いの中で撮影が終了し、10月の半ばから
テレビやネットでCMやメイキングが流れ出しました。
特に岩下監督によるメイキングは秀逸で、我々の気持ちを本当に
よく表現してくださったと感謝しています。
最後にそういう舞台裏をふまえて改めてメイキングをごらん頂ければ
幸いです。
https://www.youtube.com/watch?v=HwPtUtokKlg

最新の画像もっと見る

コメントを投稿