けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

人命などどうでもいい、  経済最優先の国

2018-02-25 19:31:53 | 日記

右へ曲がります
お気をつけ下さい

左へ曲がります
お気をつけ下さい

チンチンチンと交差点で警笛を撒き散らしている車

気を付けるのは歩行者ではなくて
車の運転手だろう

本末転倒もいいところだ

気をつけろと言っているのだから事故を起こしたらお前が悪いのだ,と主張したいのだ


コメント

外国人観光客のタ トゥーと温泉、銭湯

2018-02-24 13:00:53 | 日記
全身に刺青を入れた屈強な男たちが銭湯に入ってきて髪や体を洗っている。特別に意識していなくても周囲に威圧感や違和感を与えていることが感じられる。電線にとまっているスズメのように彼らが湯船の縁に腰掛けている、と町中の銭湯に行くという男が話してくれた。

イスラム教徒がヒジャブ(女性が髪を隠すために顔を覆っている布)を付けて歩こうと、ユダヤ教徒が頭にキッパ(河童のお皿のような帽子)を載せたり、重く垂れ下がった髪の毛と真っ黒な長衣を引きずるように歩こうと、シーク教徒がターバンを頭に巻いて街中を歩こうと自由だ。

イラク戦争直前に、真夏の上野動物園で出会った二人の若い女性は(目と全身像で判明)、網戸のように目の部分だけを開けているブルカで全身をすっぽりと覆って動物園見学していたし、付き添いの男は半ズボンの半袖姿だった。
 
超ビキニ姿で銀座を歩いても、今、アメリカで流行っている「パンツを脱ぎ捨てよう」で歩いても(女子高生にもこれに似たのがいる)、それぞれの民族衣装で街中を歩いても、腕・肩・背中のタトゥーを見せて街中を歩いていても、全く問題ない。自由だろう。くだらぬ官憲が余計な口出しをしなければだけれども。
 
が、公共の擬似閉鎖空間内ではどうか。かなり慎重な疑問符が付く。例えば、銭湯や温泉。こんなタトゥー問題を投げかけているヤフー・ジャパンの記事があった。外国人観光客の「タトゥー」温泉体験とおもてなしの行方はいかに。
 
戦後のアメリカ占領軍兵士のように土足で家の中に入り、そのまま畳の部屋に椅子を置いて座る。銭湯で、旅館の風呂場で、石鹸の泡が付いたまま湯船に浸かって洗い流してしまう。そんな笑い話めいたことが明治期の外国人にはあったようだが、今では、どうだろうか。あったら、その現場に駆けつけて、「ウオッホッホッホ」と叫んでみたい。

ゆっくりと横になれる洋式湯船の欧米では、洗濯機で汚れ物を洗うように人間も湯船の中に浸かり、洗い、終れば湯船に溜まった垢と石鹸混じりの湯を抜く。だから、温泉や銭湯に入る前、湯船に浸かる前に陰部と肛門周囲を洗い流し全身に湯をかけてから入るなんてこともしない。

長い歴史に根ざした土着文化を無視した行為に投げかけられた問題。ホテルの個室から飛び出た外国人が日本文化の中にドンドンと入ってゆく。お金が廻ると喜び推奨している政府と民間の受け入れ側とのジレンマ。

オリンピックで世界中から人が集まる。彼らも開かれた日本文化の中に入ってくる。単なる体験として試してみるだけではなく、全身ドップリと浸かって。前回の東京オリンピックでは、旧称 「トルコ」といわれたいかがわしいものに隠れた人気があったとか。さて、今回は、多様な選択肢があるトウキョウ。ラブホの体験、秋葉原のメイドカフェ、デリヘル・・・・・。さて、どれが国際版週刊誌に取り上げられるか。ワクワクする。感染症もあるぜ。こりゃ、一億総活躍・経験社会になるな。

コメント

殺し、殺害、殺戮のことばに戦慄を感じない世界

2018-02-24 10:11:19 | 日記
武力攻撃・殺害、殺し・殺人の日常が世界的に蔓延している。ドローン攻撃機によるピンポイントでの殺害。いわゆる遠隔地からの操作による人間殺し、殺戮だ。ラジオで、テレビで、ネット動画で 「殺した」 という言葉が耳に入ってきてもなんとも感じない。更に、誰々を殺した、という戦慄すべき言葉にも鈍感になり、官民上げての賞賛の大合唱が安倍官邸の空気を震わせている。

ピンポイント攻撃といわれるドローンの司令室は安全な米国本土。男たちはサラリーマンのように出勤し殺戮の引き金を引き、その結果を確認しながらテーブルのコーヒーカップに手をのばす。家に帰れば、彼の妻・子供を抱きかかえ、一家そろっての食事、ソファに深々と座って団欒のひと時。洗っても洗っても落ちない血のりの海の強迫観念から逃れるため、異常なほどに秒刻みの職務を己に課し、それを忠実にこなしてゆく。自身の内奥から湧き出る考えを封殺するために、仕事中は全くのロボットに徹するのだ。

オサマ・ビン・ラディン殺戮時の同時映像を見ていたクリントン国務長官らは、銃口が火を噴いた殺戮の瞬間 「はっ、・・」 っと顔が引きつり口を押さえた。大きな目を見開いたままで口を押さえ衛星中継のモニター(画面)を見つめていた。同席していた大統領・副大統領なども身を乗り出すように見ていた。いや、釘付け状態になっていたのだろう、か。(CNN動画より)

米欧有志国による、IS支配地域への空爆の波。ピンポイント爆撃で攻撃目標物と人物に特定されると説明するが、爆風まで制御されるわけではない。多くの民間人は逃げるに逃げられない環境にあるし、その多くは富裕層ではないだろう。粉砕されたアパートのコンクリートと飛び出た鉄骨の間を逃げる親子。ヨーロッパ諸国にまで逃げる大金を仲介者に払える人間はそんなに多くはないのだ。

白昼堂々の殺しのテクニックの見せ合い。物心両面でそれに加担しようとしている安倍政権。鼻腔を心地よくすぐるコンビニで買った淹れたてコーヒーを歩きながら飲んでいる君。次の標的はキミだ! 全有権者の23パーセントの支持で構成するアベ政権から真綿でくるんだ引っ掛け鉤が飛んできて空中高く引っ張り上げられるのは。そう、君だ!その時に慌てふためいても、カツオの一本釣りのようにもう逃げられない。憲法改悪となり、自衛隊が明記されれば兵役は義務だとの声が起こってくる。福島原発爆発も北朝鮮の核攻撃による核物質拡散も同じだと主張する強弁がまかり通り米軍の盾となって君は戦場に送られる。そして、神社仏閣から弾除けならぬ放射能除け免罪符を渡されて。

コメント

心筋梗塞退院一年後の検査入院を経験して

2018-02-13 10:59:57 | 日記
救急車で搬送され、生死の間をさまよっていた2年前。心筋梗塞から復帰し、今も、休みなく歩くリハビリの毎日。退院した日、アパートの前でタクシーを降り、2階にある部屋までの階段をささっと上ろうとした。「うぅッ、上れない」。ゆっくりと歩を進める。が、心臓も足も他人のもののように動かない。ごく普通のアパートの二階まで上がるのに、大きな息をつき、途中、二度休んだ。翌日から、すぐ近くの公園で歩き始めた。公園内にある片道30メートルぐらいの距離をゆっくりと慎重に一往復する。ふぅっと息を吐いた。無理は禁物、段々と距離を延ばせばいいと。帰りは、ゆるい勾配だが階段もある。その階段を上るのも、まるでカタツムリのようにゆっくりゆっくりゆっくりとこなした。そんな状態が数ヶ月続き、半年たった頃から、坂道や駅の階段でないならば、はた目には普通の人のように歩けるようになった。

目立った外傷がなければ、外見からではその人の健康状態は判断するのは困難だ。昼間から公園でゆっくり歩いているズボラな人がいる、と通りがかりの目が言っている。でも、本人の心臓は100メートル競走時の心臓のようにバクバクとしているのだ。体が透けて見える訳でもないし、人は外見だけで判断する。町をブラブラと徘徊して給料を貰っている警察官と同じだ。ふさふさの黒髪の男が真昼間からブラブラしているのだからそう思うのも頷けない事もない。

病院内の共同水場。小太りの高齢の女性が出しっぱなしの水道に歯ブラシをかざして濡らし、分厚く赤黒い舌をベロッと出して舌垢を取ろうと必死に磨いている。哀れか、それとも健康に気をつけているのか。この病棟は検査入院や掛かり付けの医者から送られた心臓や循環器に支障のある人達が入っている。彼女もその一人なのだろう。一見、とても元気そうだ。ステント挿入手術をした患者でも元気な人とそうじゃない人がいる。

退院一年後に実施される二泊三日の検査入院。大部屋の廊下側のベッドをあてがわれた。壁はベニヤ板一枚で遮られている感じで、寝ていてもうるさい雑音が容赦なく入ってくる。看護士などがひっきりなしに廊下を行ったり来たりし、同僚同士で話す声や患者とのやり取り、各部屋を循環している医師と患者との会話、カチャンガチャンと音を立てて移動しているテーブルや物を引き出す音の洪水だ。忙しく働いている看護士や医師には分らないだろうが、ベッドに横になっている患者は安眠できない。大部屋のドアは開けっ放しであり、そのすぐ側に枕があるので夜中でも色々な音が直撃してくる。

「薬が飲み込めない」
「スープも飲めない」
と健康優良児のように体格のいい老人が駄々を捏ねている。担当の看護士が困っている。なんとか食事を取らせよう、薬を飲ませようと試行錯誤している。見回りの医師にも同じことを告げている。本人がかたくなに拒否しているのであれば強制はできない。会社で働いていたときは威張り散らしていた男だったのだろうか。そんな雰囲気が漂っている感じがしないでもない。或いは、虐げられていた会社時代だったのかもしれない。それにしても、「生きてやる」、「まだやることがある」、という気概がないのか、薄れてきているのだろう。二日間だけの付き合いだったが、甘ったれているな、という感じがしないでもなかった。彼らは、病院のベッドに横になってブラブラしていることが日課になってしまったのであろうか。

心臓に酸素と栄養を供給している血管の三次元画像検査。左手首の動脈からカテーテルを入れ、造影剤を心臓に流し込んで心筋梗塞施術後の心臓の動きや挿入されたステンドの具合を見るのだ。U字溝のような箱の中に腕を固定され、手首に局所麻酔が施された。左腕の周りにタオルやビニールが何重にも敷かれた。局部麻酔で痛みは感じないが、カテーテル挿入時に動脈から吹き出た鮮血が肘の方まで飛び散ってゆくドロッとしたものを肘の関節辺りで感じた。カテーテルが腕の動脈内を通り、更に、肩辺りを通過するころまでは動脈内に押し込まれていく圧迫感が微かに感じられた。その後は、大きな検査機械が上下左右に巨大な音を立てて動いている。「一時的に体が熱くなります」と担当医師が告げる。心臓表面に捲き付く血管内に造影剤が注入される。心室内にもカテーテルが入り込み、その細い管から蕨ゼンマイのように円形を作っている管から造影剤がドキンドキンと鮮血を送り出している心室内に造影剤が撒かれる。造影剤注入時には、ブワーという感じで心臓から体中に熱湯が広がる感じだった。心室の下の方にある鶏の肛門部分みたいな箇所はほとんど動いていない。心筋梗塞の後遺症だ、と担当医師が検査終了後に動画を見せながら説明した。「息を大きく吸って」、「そこで息を止めて下さい」、などと共に検査機械や施術寝台が大きく動いていた緊張の検査は、40分で終了した。

検査カテーテル挿入時に切られた動脈が結合するまで、手首をぐるっと包む透明プラスチック製の器具が付けられ、空気圧で圧迫し止血する。6時間そのままで、夕方に取り外される。医師が透明プラスチック内の圧縮空気を抜きかけたとき、動脈から鮮血がピュッと噴き跳びでた。「こりゃ、ダメだ」、と驚く医師。直ぐに透明プラスチック内の圧縮空気を元に戻した。医師は、どうしようかと逡巡している。しばらく考えていたが、覚悟を決めたように手袋を嵌め、「7分間止血します」、と自分自身に言い聞かせるように宣言した。腕の下にタオルを敷くように女性看護士に言い、右手の親指で心臓に近い側の動脈血管を強く抑えて血流を止め、左手で透明プラスチック器具を外した後で反対側の動脈の血管も強く抑えた。「椅子がないか」、と看護士に問う。座り、止血する医師。「このまま押さえ続け、両親指で拍動を感じながら徐々に緩めてゆく」と話す。いくらベテラン医師とはいえ、ベッドの横にあった箱のような簡易椅子に座った状態での処置だ。医師の気持ちをやわらげようと言葉を交わした。二リットルの血液が失われると死に到る、動脈からの血液は拍動と共に吹き上げる、などと話していた。話すことによって医師も気が落ち着いたのであろうか、指の圧迫を徐々に緩め、7分後には止血された。素晴らしい。さすがは外科医だ。止血後に、左手首の部分をぐるぐると包帯で巻かれたが、多少の不安もあった。夜中に破れて吹き出てしまったらどうするのだ、と。

一昨年の10月初旬に救急搬送され、集中治療室から一般病棟に移されたときにいた看護士がこの病棟にいた。何かの資格に合格したのであろうか、看護師二人を伴って担当の患者回りをしたり、医師とペアで患者の間を回っていた。退院日の早朝、看護士二人を伴ってこの看護士が巡廻してきた。止血部分の様子を見ていた。「毎朝、腕立て伏せをしているが、このまま継続しても大丈夫か」と聞いた。すると、「右手ですれば」と言い放ち、ケタケタと嘲るように高笑いして次ぎの部屋へ移動して行ってしまった。二人の看護士は黙っていた。ふざけるな、と思ったが何か言うのは我慢した。検査で入院した初日でも、男の看護師が、「トイレに行くのについてゆきます」と言ったので、付いてこなくても大丈夫、と答えたら、「みんな、そういうことを言って転ぶんだ」と、怒気を含んだ声で反論していた。この病棟の看護士たちはイライラしたのが多いのだろうか。夜勤もあるし、時間内にこなす仕事量が多いのであろうか。高齢者が多いので、何度言っても分らなく、毎日、同じことを繰り返しているのが面倒臭くなり腹立たしくなっているのかもしれない。でも、それが彼らの・彼女らの仕事ではないか。病院内の医師・看護士らの勤務状態を記した新聞記事などを読むと、仕事時間がキチキチのような勤務形態のようだ。一昨年に2週間ちょっと入院していたときも、担当の医師二人がいつも巡廻に来るので、安心できるいい所だと思ったが、走り回るように時間を制約されていて疲れないのかとも思うようになっていった。

退院時から一年間、血液をサラサラにする薬を二種類飲んでいた。6時間たっても、切った動脈部分の止血がなされないぐらいに血小板が少なくなっていたのだろう。髭剃り時の傷でも、血が止まらなく、固まらなかった。1日半ほどたって顔の皮膚がくっ付いてようやく血が流れなくなる日々だった。退院翌日以降からはバイアスピリンだけになり、そんな症状もなくなっていった。

コメント

江戸の桜並木の名所、今はスカイツリー

2018-02-06 09:43:13 | 日記
山手線の田端駅。南口の改札口を出てその先に伸びる土手を斜めに削ったような道を上る。坂道を下ってくる人は多いが、上ってゆく人は少ない。藪の中には桜の大木が伸び、幹に寄せられた真新しい自転車が何日も同じ状態で置いてある。坂を上りきった直ぐ横の土手側にも捨てられた自転車が、飼い主を待っている忠犬ハチ公のように排気ガスに晒されている。

西日暮里駅に向って歩く。土手の稜線に沿って歩く。ガタンガタンキーと大きな音を立てている列車やスーと滑るように走り去ってゆく新幹線を見下ろす景観が開けてゆく。前方には、直角に水平線を切るようにスカイツリーがその全貌を見せている。視界を遮られることなくスカイツリーを見渡せる貴重な場所の一つだろう。東北方面へ向う新幹線が速度をあげて行く地点なのかスルスルシューとパンタグラフを擦る音が響いてくる。

JR線の走る駅からせり上がっている土手の上に道が続いている。左手側は遮るものがないから、マッチ箱の家屋や資本主義の論理でテンデンバラバラに建設されたビルやマンションと呼ばれるアパートが林立しているのが目に入る。車道も歩道もコンクリートで固めてある味気ないものだが、それらの頭上に開けている大空は大きく見える。道路の右側に所狭しと建つ灰色のマンション群がなければ、風が桜枝を揺すっていた江戸時代の人々の気分を満喫できる。上野公園の西郷さんの銅像辺りや西洋美術館から上野駅に到る場所道から見える、尻尾を切られた格好のスカイツリーではない姿が見える。

その昔、ヴァン・ゴッホも見たであろうパリのサクレクールの丘から見えるパリのエッフェルタワーのようにその全貌を見せているトウキョウのスカイツリー。その周辺もパノラマ写真的に見える数少ない穴場ではないか。雑誌などにはあるのかもしれないが、この場所から撮られた写真が掲載されたものを見たことがない。どうして、みんなここからスカイツリーを撮らないのだろうかと不思議な気持ちになる。何しろ、葛飾北斎の富士を見るような絶景かなの風景なのに。この場所で四季折々にスカイツリーを撮ったなら、北斎の浮世絵に負けないような写真が撮れるのではないか。絶景かな、絶景かなと急ぐ足を故意に緩めて稀有な風景を満喫しながら西日暮里方面へ向う。

春たけなわならば桜の古木が大枝を広げて線路からの騒音を遮っている。真夏は、鼓膜が割れてしまうかと思うようなアブラゼミの大合唱が西日暮里駅近くまで続く。初めての地を歩くときは、ほんの短い距離でも遠く感じるものだが、田端と西日暮里駅間は楽に歩いてゆける。マンションと呼ばれるアパート群がなければ東京の名所となるのであろうが、残念だ。

健脚の持ち主ならば、西日暮里駅から上野駅まではひたすら真っ直ぐに南へ向って歩くだけ。途中に彫刻美術館や人心を惑わして税金のかからない金儲けをすることが上手な宗教という名の寺院が道の両側にある。苔むした墓などなく、ピカピカ光る権威と金権の象徴の墓石が林立する寺の間を縫っている道。谷中に近いためか、夏場には外国人の観光客にも出会う。東京芸大前まで来れば、上野の美術館・博物館・科学館・動物園などが目と鼻の先。その辺で休み、疲れを取り、脚の調子が良好ならばアメ横まで足を運こび、いつも満員の中華の露店や大粒の牡蠣と酒を給する立ち食いの店、南国の果物をその場で切って1串100円程度で売っている果物店、何時行ってもアジア系の若い旅行者が列を作っているたこ焼き店、お客のまばらな中東のケバブ店などを見て回ったり、休憩がてらに食してみるのも悪くはない。

注意:(数年前、アメ横に進出して間もない中国系の露店のことを書いた。数週間後に、コピペではないかと驚くような新聞記事があった。ふぅ~ん、オレのブログを見たのかな、と思った。それでもいいか、とそのままにして置いた。それからしばらくして、使っていたヤフーから「コピーされた疑いの記事がある。覚えがあるなら申し出てくれ」というポップアップがあった。クリックするとやばいところに誘導されるものかなと思ってそのままにしておいた。そうではなかった。明確な証拠はないが、その全国紙の記者にコピペされた可能性が高い。今回は、そんなことをしないで欲しい。使うなら対価を払ってもらいたい。)


コメント