けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

顔だけを動かしてリップスティックで唇を塗る女

2017-09-30 13:00:14 | 日記

朝の山手線電車内で隣に座った20代後半かな~と思える女性。座るとすぐにバッグからリップスティックを出して塗っている。まあ~、どうってことない電車内での出来事だ。が、リップスティックを唇に塗っているその動作を見て鳥肌が立った。
 
驚くなかれ、リップスティックを持った手を動かして唇に塗っているのではなく、少々長い髪をまとめた彼女の頭を動かして唇に塗っている。リップスティックを持った手は固定し、動かすのは彼女の頭だ。右から左へ、上から下へ、そして、前後にも頭を動かして。その間、リップスティックを持った手首は全く動かさなかった。器用そのもの、いや、いつもの朝の日課として塗っている。その様子・動作は、どう見ても、フェラそのものだ。初めて見た異様な光景に体中がゾクゾクと反応した。
 
現在の中華人民共和国が混沌であった時代。日本のスリーパー(平素は普通の市民として生活し、いざ事が勃発した時にスパイとして情報等を提供する)として中国で普通の中国人のように生活していた日本人が寮で彼の朝の動作がどうもおかしいという噂が立ち、最終的に、彼は中国人ではなく日本人で日本のスパイだったということが発覚したという話を雑誌の記事で読んだことがあった。
 
その発覚した、ほんの些細な、ちょっとしたこととは、スリーパーとして中国人の生活をしていた日本人が朝の洗顔後の手拭いの使い方で足が付いたという物語だ。彼は手拭いで顔を拭くときに、当時の中国人がやっていたように手に持ったタオルは動かさないで顔を動かして顔を拭くのではなく、普通の日本人がやるように手に持ったタオルを動かして顔を拭いていた。こんな目に付かない、スパイ教育で欠け落ちた部分で日本人だとばれたのだ。
 
新宿駅から乗り次の新大久保駅で彼女は降りた。東京都の中心部を走る山手線の新大久保駅は外国人、東南アジアの人達が多い地区。今は、一応、平和な時代。彼女の行為は逆の物語だったか。それにしても、ギクッとした経験だった。


コメント

人間だった頃を懐かしみながら

2017-09-26 13:13:04 | 日記

しなやかな豚革の鞭を振り上げ、先祖であるイノシシ以来たいした進化をしていない豚を屠殺場に向かう車に押し込んでいる。その忠実な下僕は、人間の知能を獲得した豚エリートだ。そんな豚人間が元仲間だった豚を屠殺場へ送る役目を担っている。猿を食う人間と同じだ。
 
発声器官は発達途上で、人間の言葉は、まだ、うまく話せない。が、豚由来の野太いブーブーという鳴き声に歌謡曲の抑揚をつけて人間と意思疎通している。豚人間は豚の行動様式を熟知しているので、食肉用豚をだまし整然と屠殺場に向かう車に押し込めることは朝飯前だ。その能力を買われ、人間の知力も獲得した豚は人間社会の一歯車としての地位を得、活躍し、給与として各種の高級残飯を得ているのだ。
 
豚の受精卵に人間の細胞を注入する実験の結果、人間の感覚と頭脳を取得した豚が突然に生まれたのだ。それは、豚の体内で人間の臓器を作る実験が一定の成果を得、二千年代後半から薬品会社による大量生産に移った以降の数年も経っていなかった。
 
人間の細胞を豚の卵子に注入する実験は、半世紀前から懸念されていたことだった。二千年代の異種生体移植研究を通して豚の一部が人間の感情を取得し、それに伴って人間並みの脳細胞も獲得したということだ。西暦三千年の今では、それが通説になっている。
 
脳に直接接続するコンピュータ学習プログラムによって人間の知識を獲得した豚は、最初は彼の脳内に生じた変化に野生本来の用心深い感覚でその結果を隠していた。周囲を観察することにたけていた豚は、小さなずるそうな目でじっと人間のすることを観察していたのだ。
 
彼らは豚仲間のエリートとなり、人間の食料のために飼育されている大食漢のブーブー鳴く豚どもと人間を仲介する豚エリート集団となったのだ。チンパンジーと人間の関係と同じだ。その後も、彼らはその学習能力と旺盛な知識吸収力を駆使して人間社会にも食い入ってきた。
 
下半身も変化し、二足歩行に移ったものも出てきた。短足は変化しなかったが、歩行に使われていた空いた手に負荷がなくなり、蹄(ヒヅメ)が割れ、人間の指のようにグーッと伸びてきた。それに伴って、西暦二千年代に普及していたアンティークものの人間のコンピュータを操作できるようになったのだ。西暦三千年の今では、文字を使って理解する作業はなくなっているのだが。
 
同時に、雌豚どもは、己の裸を恥ずかしく思うようになり、雄豚と共闘して下半身を覆う布を人間に要求してきた。雌豚はさらに、7・8個もある乳房を覆う布やきれいに縁取りされているブラジャーと呼ばれる容器まで欲しがった。エリートの一匹の豚がそれを誇らしげに着けているのを見た他の豚も鼻をブーブーと鳴らし同じものを欲した。一夫多妻社会の雄豚たちは、カード決済経済の中に組み込まれ、付加価値の高い労働を得るために戦々恐々たる競争状態に陥った。乳房が7つある豚の娘が銀髪の体毛を揺らして若い雄豚を誘惑する。哀れな雄どもは、そんな娘豚のご機嫌取りの道具を買うためにかっての人間のように働かざるを得なくなったのだ。
 
「永久歯が伸びてきている」
「まさか、歯が下がってきただけじゃないですか」
「いや、そうじゃない、確かに、伸びている」
歯医者のこんな言葉。
そんな過去の事を思い出し、人間だった頃をなつかしがっている今日この頃だ。

コメント

秘密ですが、” 心”の販売人です

2017-09-24 13:20:20 | 日記
汚職役人に追い出されるまで、どぶ川沿いに小さな店を出して、 "こころ" の量り売りをしていました。袖の下が少なかったようです。今は、ネットショップです。

どんな "心" でも揃っています。薄切り、厚切り、どのようにも工夫します。価格表を添付しておきました。時間と金額が張りますが、"心"の貼り替えやこっそりと他人のものと取替えることも出来ます。内緒ですが、政治家からの特注が多い加工・修復・微調整などはお手のものです。

特別仕様の"心" の入れ子、研磨して見た目をきれいにしておく。ちゃらちゃらと音のする三次元の飾り物付き。今日はあの心、明日はこの心、あの人にはこんな心、何でもあります。

複雑怪奇な "心" は、最新の設備を整えた研究開発部で昼夜ぶっ通しで作ります。どうでしょう、ひとつ、お目当ての人に当社の ”こころ” を送ってみるのは。さぞかし喜ばれることでしょう。お値段にもよりますが、貰った相手の方は嬉しさの余り当社特製の”こころ” 製品をお求めになってあなた様にお返しをすること確実です。
コメント

“空気” を売っています

2017-09-23 13:01:22 | 日記
空気の短冊屋です。山の空気、湖の空気、海の空気を混ぜてきれいな色の短冊を作ります。山の空気の短冊でも、そこに生えている木の種類や密度、谷川の有無などによって色の具合が微妙に違います。その辺を如何に按配して作るのかが非常に難しい。その制作過程は、企業秘密なのでここに記載できません。悪しからず。

遠くのものは取ってくるのに大変なので、具体的に申し上げますと、各種の、各地域の空気を売っている専門店で手に入れるのです。空気の短冊は、あなたの願いを何でもかなえてくれます。でも、空気は気分屋ですから、当社特製の糊で固定し、見栄え良くきれいに揃える工夫も必要になります。自分でやってみたいという方には、そのための学校もあるのでネットで検索してみよう。

ネット社会ですから、町中にあるお店ではなく、ネット販売のみです。あらゆる種類の空気を販売しています。特注ものも大歓迎です。この “空気” を購入するには、当社のソフトをダウンロードして購入手続きして下さい。URLを下記に記しておきました。アクセスできない? それは困りました。PCは正常ですか。あまりクレームはないのですが、それでもダメですか。多分、あなたは空気の読めない人なのでしょう。

そんな人には、別の商品がお勧めです。「空気を読む」 という名の隠れた優れものです。これも、当社はネット店舗 (ショップ)だけですから、右端にあるクリックで 「購入する」、「購入しない」、「覗き見する」のどれかを押してください。

注文後、二日で “空気” 商品はあなたの手元に届きます。離島地域は一週間掛かるところもあります。その場合は、“空気” が届くまでの間、PCから取説をダウンロードして “空気” の感触を想像しておいて下さい。

ああ、アクセスできましたか。今度は大丈夫でしょう。やっと、あなたも空気を読めるようになりましたね。えっ、自信がない? ご心配 いりません。“空気“ 購入をクリックし、電子マネー “ 100エアシャワー” を送ってください。消費税込みです。

コメント

悲しみに沈む家族に過大な現金を要求する坊主ども

2017-09-20 11:19:56 | 日記
「いかほどをお支払すればよろしいでしょうか」。読経を終って帰り支度をしている僧侶に向かって問うた。坊主は黙ったまま指三本を上げた。葬式の経験も知識もない兄は、あらゆることが土砂降り豪雨のように降ってきた状況の中で不安げに声を出した。「三万ですか」。坊主は首を振った。「三・十・万・で・す・か」。兄は目の前で起こっていることを再確認するように、低く唸りながら唾を飲み込んだ。

十数年前、父が他界した。読経という名の呪文めいた意味不明の言葉を、沈痛の中にどっぷりと浸かってしまっている家族の前で謳いあげていた坊主。一般人には、抑揚を付けた呪文にしか聞こえない。キリスト教のように、聴いていて分る内容ではない。頭を垂れ、とんでもない事が現実に起こったのだということを線香の煙を吸いながらオームのように繰り返していた。

「三十万円です」 との言葉にうろたえてしまった兄。急遽、香典として頂いたお金で工面したと、弟が話してくれた。憐れみと義理人情で包まれた金額は、坊主の読経と線香の煙の中に消えてしまったのだ。父は葬儀用にお金を貯めていたわけでもなんでもない。そんなことには無頓着の人だった。どうやりくりしたのかは知らないが、何とか葬式を済ませ、父が生前に、幼くして亡くなった長女の墓として購入した小さな墓地に埋葬された。

宗教界の人間はどんなことを我々にするのかは知らない。父は財産もなく、なけなしの退職金で建てたおもちゃのような家があるきりだ。そんな家から、悪徳高利貸のように金を引っさらってゆく。まるで押し売り強盗ではないか。人間の弱み悲しみにかこつけて金を強奪する。そのくせ、口達者な坊主たちは人間の進むべき道だとか、その目的とか、何とかとえらそうな口を叩く。こんなシステムは叩き潰すべきではないか。

その後、このような摩訶不思議なことを唱え大量の現金を要求する行為を検証している新聞記事があった。キリスト教関係では、葬儀費用はもっと人間的だ。仏教の僧侶は、聖職者というより墓地経営者や葬式業者なのだ。人間の弱みにつけ込んで現金を要求する商売だ。そして、煙のようなものに価値を付けて販売することは詐欺行為ではないか。そんな行為の連続に税金が掛からないということも大きな問題だ。

自由主義社会において宗教が社会に一定の場所を占めていることを理解するが、それをいいことに、人間の悲しみを、悲嘆にくれていて正常に考えられない者たちに多額の金銭をせびる商売人がいる。毎年墓参りに行くが、そのことが頭から離れない。


コメント