けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

イタリア

2019-06-26 13:04:53 | 小説


ふと耳に聞こえた不協和音と朝の強い光が
私を何千キロも運んでしまった

あの遠い遠い思い出の国々に
あの遠い遠い思い出のイタリアの町々に

強い明るい太陽が肌を刺す
起きなしに開けた窓

人が、車が、行く
光とほこりが捏ねられた往来を人々が行く

しかとは見えぬけれども
この好ましい毎朝の供え物は
寝起きの肌に、脳髄に
快い清浄剤となる

鈍く反射した往来を見やるとき
人々の行き交う広場を見やるとき

バスや車の行き交う広場を見やるとき
騒々しい車と人々の群を見やるとき

昨日の酔いもけだるさも吹き飛んでしまった
朝の活気がドンドンと体中に染み込んでくる



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「人違いだよ」、初めてのロンドン観光

2019-06-25 09:46:00 | 小説

お前あそこの日本レストランで働いているだろう
え? はっ? 働いてないよ
ウソ言え、ずっと前から働いてただろう、知ってんだから
日本人はみんなそう言って誤魔化すんだよな

ノルウェー最南端のスタヴァンガーからフェリーに乗り
ロンドン北東部の辺鄙な港に着いた
よろよろと港を出たバスから見える栗の大木群に実が付いているのに驚いた
それにも増して、ロンドンの街角で会った日本人にはもっと驚いた

延々と田舎道をうねって走るバスに不安と落胆を覚え
夕方近くにロンドンの地下鉄に乗った
話し声が聞こえない背の高い人々で混雑していた
良質の布地を纏った人々の間に隠れる都会人の粒子が刺さる

市内観光巡りに飽き、あてどもなく歩いていた
レンガ造りの建物群の中をTシャツ姿で闊歩していた
夏季休暇取得で訪れた初めてのロンドン
町には甘い空気が漂っていたロンドン

霞ヶ関で働く人間を押し込んだみたいな地下鉄に幻滅し
フィッシュ&チップスを求めて朝の安ホテル街を歩く
目に入ったのは、人のいないこぎれいなパブで新聞を広げている老人だけだった
乗換駅確認の東洋人の問いに困惑し、ぶっきら棒に答える女性みたいだった
(1980年初頭)
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人形

2019-06-24 09:14:21 | 小説

誰にも、わずらわされることなく
誰にも、惑わされることなく
一人で、いつものところを見ている

丹精込めて作られ着せられた袖口から、襟から
ヒラヒラとなびくスカートから
マチスの絵のような手足が伸びている

人の手を借りて、足や手の向きを変えてもらっても
一人でいつものように
いつものところを見つめている

その眼や首すじや、髪のように
誰にもわずらわさわれることなく
誰にも惑わされることなく

一人でいつものように
いつものところを見つめている
1981年12月24日
Avignon,France(仏国アヴィニョンにて)
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血と刀(カタナ)

2019-06-23 19:05:28 | 小説

私の心臓は張りさけん
晩秋の落日よりも紅い
固体化された厳冬の空気より清い
私の心臓を流れる血

このしぶとく、激しく
一時も休まぬ私の心臓に
極北の冷気と鋭き刃(ヤイバ)で
貫いて欲しい

一瞬にしてほとばしる血潮は
後悔の刃をアカアカと
ぬらすだろう
生温かい私の血でもって

私の敵は喜悦にひたり
最後の勝利を祝うだろう
私の血が刃にこびり付き
さびらすまで

1984年8月


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君は悲しくないのか

2019-06-22 19:48:52 | 小説


エーゲ海の白波さざめく中に
海草と戯れていた君よ

偶然のいたずらで
海草の腕ならぬ猟師の網に手をかけたのが間違いのもと

地中海の太陽と遊び疲れ
ふと伸ばしたその腕のためか

君の内に秘めた深く冷たい体を
ギリシャの太陽にさらそうとしたのか

それとも
深く青いエーゲ海に立つ白亜の家々と競争したかったのか

埃は君の肩や腕にたかってゆくけれど
優しく歌う波はいない

ただ、君の名声を一新に受けるのみ

君は悲しくないのか
常に変らぬ愛をささげてくれた友を失って

君は悲しくないのか
昼に夜に語った友を失って

太陽の光と月の光を失って
君は悲しくないのか

君の今は
満月の友が見せる抱擁の片鱗のみだ

ああ、君は悲しくはないのか
好奇の眼にミロのビーナスなどと呼ばれて
(1,984年12月28日)

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