星空自慢の宿 帯広八千代 YH Starry Sky Inn

日高山脈が綺麗に見える
北海道十勝 帯広 星空自慢の宿
大きな畑と森と空がいっぱいです。

いちじょうの雲

2021年04月04日 20時54分00秒 | 


難しい時代を生き、向き合った人の
言葉はとても強く、僕の心に響きました。
世の中に疑問を持つこと、
生きにくい自分の周囲に対して疑問を
持つこと・・
そしてなにより近い先、遠い先の未来が
皆に対して平等にあることを、あらためて
考えさせていただきました・・・
司馬遼太郎さんは歴史小説を通じ
未来ある若者へ多くのメッセージを
残してくれていたと、僕も高校生の頃
片っ端から読みまくり・・思っています。
・・・
下は僕の大好きな(坂の上の雲)の
入りの文章です、数年前に
NHKのスペシャルドラマの中で
渡辺謙さんのナレーション
でこの文章が朗読された時、
僕はなんとなく背筋を伸ばして
聞きいってしまった事を
思い出しました
秋山真之、天気晴朗なれど・・・
とても有名な打電文を打った人
秋山好古、僕は愛媛県からお出でに
なったゲストさんに必ず好古さんは
英雄ですか?なんて聞くことにしてます
まーまー小さな小さな
僕の雑学のひとつです・・・

ぼくにももう一度か?できれば二度  
雲だけを見つめながら
坂を登って行くような時を
作れればなんて夢みています。、

まことに小さな国が開化期を迎えようとしている。小さなといえば、

明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

産業といえば農業しかなく、
人材といえば三百年の間、
読書階級であった旧士族しかなかった。

明治維新によって、
日本人は初めて近代的な
「国家」というものを持った。
誰もが「国民」になった。

不慣れながら「国民」になった日本人たちは、
日本史上の最初の体験者として
その新鮮さに昂揚した。

この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、
この段階の歴史は分からない。

社会のどういう階層のどういう家の子でも、
ある一定の資格を取るために、
必要な記憶力と根気さえあれば、
博士にも官吏にも軍人にも教師にもなりえた。

この時代の明るさは、
こういう楽天主義から来ている。

今から思えば実に滑稽なことに、
米と絹の他に主要産業のないこの国家の連中が
ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。
陸軍も同様である。

財政の成り立つはずがない。
が、ともかくも近代国家をつくりあげようというのは、
もともと維新成立の大目的であったし、

維新後の新国民達の少年のような希望であった。

この物語は、その小さな国がヨーロッパにおける
最も古い大国の一つロシアと対決し、
どのように振る舞ったかという物語である。

主人公は、あるいはこの時代の
小さな日本ということになるかもしれない。

ともかくも、我々は
3人の人物のあとを追わねばならない。

四国は伊予松山に、三人の男がいた。

この古い城下町に生まれた秋山真之は、
日露戦争が起こるにあたって
勝利は不可能に近いといわれた
バルチック艦隊を滅ぼすにいたる作戦を立て、
それを実施した。

その兄の秋山好古は、
日本の騎兵を育成し、
史上最強の騎兵といわれる
コサック師団を破るという奇蹟を遂げた。

もう一人は、俳句、短歌といった
日本の古い短詩型に
新風を入れてその中興の祖となった
俳人、正岡子規である。

彼らは明治という時代人の体質で、
前をのみ見つめながら歩く。
登って行く坂の上の青い天に
もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、
それのみを見つめて坂を登って行くであろう。