1月に周南市で行われた山口県高校新人大会決勝リーグのパンフレットに掲載したショート・ストーリーをお届けします。
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ショート・ストーリー
「スーパーサブ」 山代 一郎
7月の臨時職員会議はちょっとした困惑の中で始まった。議題は女子バスケット部に1年生の男子生徒を入れることの可否で、顧問の若い沢が説明に汗をかいていた。
「棚田三郎君は、控え選手ながら中学校では期待されていた生徒です。」
県立希望ケ丘高校は今春まで女子高だった。全国的な高校再編の流れの中で共学化が図られ、校名も新しくなった。入学した男子生徒は33名で1クラスに満たない。
「体育館の練習を見つめる姿に最初は生徒も戸惑った風でしたが、私が声をかけると、マネージャーにしてもらえませんか、と真剣な顔で聞いてきました。」
女子バレー部の監督が皆の気持ちを代弁する。
「バスケットが忘れられずサッカー部を辞めた気持ちは分からんでもない。それにしても、周りは女子ばかりだからねぇ。で、部員はどう思っているの?」
「強い抵抗があるわけではありません。ただ、マネージャーは一人いますので……」
「保護者の目にどう映るかも考えないとね。それに、男女間のトラブルも心配だ。」
生徒指導課長の発言に何人かの教員が追随し、無難な結論に落ち着きかけた時、サッカー部の顧問が手を挙げた。
「棚田君は、口数は少ないのですが真面目で、運動能力も抜群です。なぜ本校を選んだのか不明ですが、男子部には女子マネがいるのですから、逆に女子部に男子マネがいてもおかしくはありません。」
それもそうだ、という声がした。最終的に、公式試合では正マネージャーをベンチに入れることにして会議は終わった。
新入りマネージャーは練習前のモップ掛けを黙々とこなし、練習試合の審判も進んで引き受けた。誰の目にも、夏休みが過ぎ秋の大会が終わった頃には完全にチームに溶け込んでいた。年が明け、沢は1月の県新人大会のベンチに棚田を入れた。女子マネージャーが盲腸で入院したためだった。
新チームはベスト4は固いと目されていたが、準々決勝で思わぬ苦戦を強いられた。終了直前で2点リードされ、残りは5秒。打て! 苦し紛れの3Pシュートは明らかに方向がそれていた。ベンチは凍った。だが、相手の手がシューターに絡み笛が鳴った。フリースロー、残り1秒。1本目は決まり、2本目が外れて沢は唇を噛んだ。次が落ちれば負けだ。静まり返ったコートの中をボールはふわりと舞い、きれいな弧を描いてネットを通過した。
ベンチに戻る選手の表情は一様に固かった。その時、棚田が急に立ち上がった。
「♪常磐の森に 射す朝日
希望の峰を 仰いでは―」
沢はあっけにとられた。校歌だった。けげんな顔つきの選手達も、やや音程の外れたその歌声にやがて笑いを隠せなくなった。延長戦は見違える動きを見せた。
帰りの車で、沢は棚田から話を聞いてなるほどとうなずいた。
中学時代、シュート力を買われ棚田はスーパーサブの6番手選手だった。全国大会予選の決勝戦、退場者と交代した彼にすぐ絶好のパスが来た。しかし、シュートをためらった。気の弱さから彼はガラスのサブとも呼ばれていた。次のチャンスで今度こそと跳び上がった瞬間、チェックに来た相手を見て思わずボールをドリブルしていた。結局、全国大会に1点届かなかった。棚田はバスケットをあきらめた。
― 4月、希望ケ丘高校で職員会議が開かれていた。議題の中に、男子バスケット部の創設があった。
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(管理人より)このストーリーは、まったくのフィクションですが、「女子バスケット部の男子マネージャー」は、数年前に山口県内にも実在しました。実在のマネージャー君は、高校卒業後、大学でもバスケット学連組織の運営に携わり、審判としても頑張っています。
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ショート・ストーリー
「スーパーサブ」 山代 一郎
7月の臨時職員会議はちょっとした困惑の中で始まった。議題は女子バスケット部に1年生の男子生徒を入れることの可否で、顧問の若い沢が説明に汗をかいていた。
「棚田三郎君は、控え選手ながら中学校では期待されていた生徒です。」
県立希望ケ丘高校は今春まで女子高だった。全国的な高校再編の流れの中で共学化が図られ、校名も新しくなった。入学した男子生徒は33名で1クラスに満たない。
「体育館の練習を見つめる姿に最初は生徒も戸惑った風でしたが、私が声をかけると、マネージャーにしてもらえませんか、と真剣な顔で聞いてきました。」
女子バレー部の監督が皆の気持ちを代弁する。
「バスケットが忘れられずサッカー部を辞めた気持ちは分からんでもない。それにしても、周りは女子ばかりだからねぇ。で、部員はどう思っているの?」
「強い抵抗があるわけではありません。ただ、マネージャーは一人いますので……」
「保護者の目にどう映るかも考えないとね。それに、男女間のトラブルも心配だ。」
生徒指導課長の発言に何人かの教員が追随し、無難な結論に落ち着きかけた時、サッカー部の顧問が手を挙げた。
「棚田君は、口数は少ないのですが真面目で、運動能力も抜群です。なぜ本校を選んだのか不明ですが、男子部には女子マネがいるのですから、逆に女子部に男子マネがいてもおかしくはありません。」
それもそうだ、という声がした。最終的に、公式試合では正マネージャーをベンチに入れることにして会議は終わった。
新入りマネージャーは練習前のモップ掛けを黙々とこなし、練習試合の審判も進んで引き受けた。誰の目にも、夏休みが過ぎ秋の大会が終わった頃には完全にチームに溶け込んでいた。年が明け、沢は1月の県新人大会のベンチに棚田を入れた。女子マネージャーが盲腸で入院したためだった。
新チームはベスト4は固いと目されていたが、準々決勝で思わぬ苦戦を強いられた。終了直前で2点リードされ、残りは5秒。打て! 苦し紛れの3Pシュートは明らかに方向がそれていた。ベンチは凍った。だが、相手の手がシューターに絡み笛が鳴った。フリースロー、残り1秒。1本目は決まり、2本目が外れて沢は唇を噛んだ。次が落ちれば負けだ。静まり返ったコートの中をボールはふわりと舞い、きれいな弧を描いてネットを通過した。
ベンチに戻る選手の表情は一様に固かった。その時、棚田が急に立ち上がった。
「♪常磐の森に 射す朝日
希望の峰を 仰いでは―」
沢はあっけにとられた。校歌だった。けげんな顔つきの選手達も、やや音程の外れたその歌声にやがて笑いを隠せなくなった。延長戦は見違える動きを見せた。
帰りの車で、沢は棚田から話を聞いてなるほどとうなずいた。
中学時代、シュート力を買われ棚田はスーパーサブの6番手選手だった。全国大会予選の決勝戦、退場者と交代した彼にすぐ絶好のパスが来た。しかし、シュートをためらった。気の弱さから彼はガラスのサブとも呼ばれていた。次のチャンスで今度こそと跳び上がった瞬間、チェックに来た相手を見て思わずボールをドリブルしていた。結局、全国大会に1点届かなかった。棚田はバスケットをあきらめた。
― 4月、希望ケ丘高校で職員会議が開かれていた。議題の中に、男子バスケット部の創設があった。
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(管理人より)このストーリーは、まったくのフィクションですが、「女子バスケット部の男子マネージャー」は、数年前に山口県内にも実在しました。実在のマネージャー君は、高校卒業後、大学でもバスケット学連組織の運営に携わり、審判としても頑張っています。