ちぇろりすとの独り言

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『不滅』ってやっぱカッコイイね☆

2005年06月30日 | おすすめクラシック
昨日のyurikamome122さんの記事に影響されて、カール・ニールセン (1865~1931)の交響曲第4番『不滅』を聴いてました♪うちには、ブロムシュテット&サンフランシスコ交響楽団の交響曲全集と、カラヤン&BPO盤の2つの演奏があるので久々に聴き比べ。

ごく最近(と言っても2~3年前(笑))聴いていたニールセンの曲といえば、交響曲第5番の第一楽章の後半部分、“アダージョ・ノン・トロッポ”の部分の弦セクションの美しい叙情性と、その叙情に満ちた平和を打ち切るような金管群の響きとスネアドラムの戦慄的な響きを伴ってダイナミックに展開していく部分がとっても大好きで聴いていたくらいでした。だから『不滅』を聴くのは実に久しぶり

この曲はワタシが高校生の頃はまったアニメ、『銀河英雄伝説』で第4楽章相当部分(この曲は作曲者の意図で楽章分けされていません)がとても印象的に使われていて、それがきっかけではまった曲でした。(友人のフェニックスくんの影響強しです☆)そのころはクラシックのCDなんぞ数枚程度しか持ってませんでしたが、まだ思考回路がいたって単純な青っちろいガキだったワタシを惹きつけるには、十分すぎるほどの魅力をもった曲でした。たしかにこの曲は古典的な交響曲の手法とは違い、かなり斬新な手法で書かれていて、単一楽章形式である、とか、調性感が非常に希薄である、とかいろいろ理屈はありますが、そんな小理屈は抜きに、否応なしに当時の私を虜にしてしまった作品でした。とにかくかっこいい♪ かっこいい曲に青少年(ガキ)は弱いのです(笑) ええ、今でもガキですとも(爆)

非常に単純な感想ですが、なんといってもこの曲の魅力は、第4楽章相当部分“Allegro”の迫力に満ちた英雄的な表現に集約されていると思います。まるでベートーヴェン交響曲第5番『運命』の第4楽章を聴いているような、あるいはショスタコーヴィチ第5交響曲『革命』の第4楽章を聴いているような達成感・爽快感を味わえます。
もちろん、第1楽章相当部分における激しさと叙情の対比も素晴らしいし、第3楽章相当部分の張り詰めた叙情とでもいうような緊張感のなかに、時よりホロっとするようなやさしいメロディーが顔をみせたりするところもとても魅力的です。そして、最後の第4楽章相当部分に向けて弦セクションのキザミが金管のロングトーンに導かれて怒涛のごとくなだれこんで行く様も圧巻です!後はやはり、ニールセンお得意の、曲全体におけるティンパニの非常に効果的な書法、というか目覚しい活躍ぶりでしょうか。

この曲は特定の調性が与えられていない曲ですが、非常にわかりやすくてシンプルに聞こえるのは、いわゆる特定の主題が要所要所でしつこいほどに出てくるからではないでしょうか。ソナタ形式で書かれた第1楽章相当部分“Allegro”の出だしの激しい展開(第一主題)がひと段落し、クラリネットのデュオによって非常に牧歌的な主題(おそらく第2主題)がホ長調で奏でられます。これは今回聴いていて改めて気がついたのですが、この主題がいたるところで、というか要所要所で必ず“ホ長調”で奏でられているんですねぇ。(だからこの曲はものすごい統一感があるんでしょう。)この主題の最初の登場、そして再現部、それから、第3楽章相当部分のクライマックスにおいてのこの主題の変形バージョン、これら全てが“ホ長調”で奏でられます。そして、最後の第4楽章相当部分“Allegro”のクライマックスでもこの主題が勝ち誇ったように盛大に、やはり“ホ長調”で奏でられます。とどめの一発ってやつですね☆ これがこの曲を非常にシンプルでわかりやすくしている一つの要因であるとともに、この主題がこの曲の主役の役割を果たしているのだなと思いました♪(もちろん途中、ト長調やイ長調、ヘ長調、変ホ長調、で出てきたりもしますけどね(笑)展開部とかで。あとは第3楽章相当部分の出だしで嬰ニ短調で少し変形して悲劇的に奏でられたりもしますが・・・)このような特徴的な主題の使われ方は、フランクに代表される循環形式を思わせます。ああ、こんなこと言ってるうちにスコア見たくなってきた(笑)

ちなみにこの曲、日本語訳では『不滅』と訳されていますが、デンマーク語では“Det Undslukkelige”で、“消滅され得ないもの”の意味らしいです。ニールセン自身の言葉によると、「音楽は、生命と同じように消滅し得ない不滅さをもつ」なにかニーチェの超人思想か、キリストの復活、あるいは輪廻転生の思想が反映されているかのようにも思えますけど。。。まあ偉大な人の考えることはよくわかりませんな

昔よくこの曲を聴いていたときは、ブロムシュテットのシンプルでクールなイメージの演奏よりは、カラヤン&BPOの圧倒的なダイナミックスレンジと精緻なアンサンブルに魅了されまくっていました。これらを今回久々に聴きなおしてみて、いったいどのように感じるのか少しワクワクしながら聴き比べしてみました。

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十数年の長い年月をもってしても、意外と趣向は変わらないみたいですね
やっぱりこの曲はカラヤン&BPO版の方がワタシにはあっているようです♪
なんだか今更カラヤン?って感じですがこの演奏は本当に素晴らしいですね
カラヤンもニールセンの『不滅』も永久に不滅です!!ってカンジ?(爆)


菅野よう子と坂本龍一②

2005年06月29日 | 邦楽・洋楽・サントラ

昨日に引き続いて、というか、ようやく本題の菅野よう子氏についてのワタシの印象を述べたいと思います。

彼女は“教授”に比べるとはるかに無節操なクロス・オーバーぶりを見せてくれる作曲家ですねぇ。あまりに身軽にジャンルの垣根を飛び越えていくものだから、どこに彼女の実態、つまり彼女らしさがあるのかがいまいちよくわからない。特に器楽作品(室内楽作品、オーケストラ作品)においては既存の作曲家の二番煎じばかり聴かされる思いだ。なにか、単にその引き出しの多さを見せびらかされているような印象をどうしても持ってしまうのです。ワタシは“菅野よう子版音楽百科事典”を聴きたくて彼女を聴いているのではないのに・・・。

彼女はあの“教授”よりも器用なのは確かだと思います。けれども、同時に“教授”のような、これは菅野よう子のメロディーだ!!と思えるような“刻印”、“菅野よう子印”といったようなものがあまりない。だから一度彼女の音楽をひととおり聞いても一部の作品を除いてあまり耳に残らない。まるで、そのあまりの器用さが彼女のウィークポイントであるかのようだ。
『ブレンのサントラ2』トラック2の曲なんかひどいよ。あれじゃヴァンゲリスという人が音楽を担当した映画『ブレードランナー』のオープニングテーマの焼き直しじゃん。トラック6の“Warriors”も途中でモーツァルト有名なト短調のシンフォニーとまったく同じ調性・同じ節回しで登場。トラック13の“Morning grace”なんかは途中、ベートーヴェンピアノソナタ第8番“悲壮”の第2楽章とそっくりのメロディーラインとコード進行が登場。トラック9はバグパイプ音楽の二番煎じですか・・・。『ターンエーのサントラ1』のトラック8“Final Shore”やトラック20の“旧約の語るところ”なんかオルフ『カルミナ・ブラーナ』そのもの。トラック15“Girls rule”にいたっては『紅の豚』のもじりじゃないですか。
あと、もうひとつ注文をつけたいのは、一つのアニメ作品のサントラであまりにも後半なジャンルの音楽を使いすぎです。坂本龍一氏三枝成章氏や、久石譲氏、はたまた『ブレードランナー』ヴァンゲリス氏などは、彼女ほど無節操ではなく、ひとつの大きな柱をつくってその流れのなかでわざと限定して数々の小曲を作曲していきます。つまりちゃんと全体に統一感というものを持たせているのです。
彼女の音楽が、なにかこれらの王道をやぶる必然を感じさせてくれるのなら、文句はありませんが、彼女のサントラを聴いていてあいにくそういう必然みたいなものは聴こえてきません。器用すぎる人が陥るワナに見事にはまっているという感じです。
このままいくと彼女が本当の器用貧乏で終わりはしないか心配になってくる。もちろん絶大な人気を受けているのは知っているが、この手の作曲家は今後もっとたくさんでてくるような気がします。

と、ここまでは言いたい放題彼女の文句を言ってきましたが、ここからは気に入ったところを書いてみます

器楽作品と比較して、ワタシが彼女の作品群で彼女らしさが出ていると思えるのは、ヴォーカルが入った音楽です。彼女はほとんど必ずと言っていいほど、女性ヴォーカルを使いますね。最近のメカもの系のアニメではこれが主流なんでしょうかねぇ。ワタシはよくは知りませんけど。(昔はむしろ逆のイメージでした。『1st.GUNDAM』然り、『宇宙戦艦ヤマト』然り、『装甲騎兵ボトムズ』然り、『ザブングル』然り。。。
彼女は、この『ターンエー・ガンダム』でも『攻殻機動隊SACシリーズ』でも『ブレンパワード』でもクリスタルな声質の女性ヴォーカルを好んで使用しているように思います。
『ターンエーのサントラ1』のトラック1“Spiral re-Born”は菅野氏らしくていいし、トラック9の“Moon”も美しい。トラック21の“The song of a stone”の女性合唱も、多分にデュリュフレレクイエム的ではあるけれども、とても美しかった。というかワタシの好み『攻殻機動隊SACシリーズ~2nd.GIG』のオープニングテーマの歌もとても好きだし、『ブレンのサントラ2』トラック1の“Light of love”もいい♪トラック10の“Waver”という曲なんかもおもしろかった。トラック12の“Orphan”は、パレストリーナかなにかの二番煎じ的女性合唱でちょっと鼻についたけど(笑)あと、男性ヴォーカル作品だけど、トラック7の“True love”なんかもかなりおもしろかったです。これはなんなんでしょうかね。。。ヒップホップとテクノがまざったような感じと言えばいいんでしょうか。よくわかりませんが(苦笑)とにかくとてもおもしろかった
これらのヴォーカル作品のどれもがけっこう気に入ってます。彼女が作曲したそのほかの当たり障りのない器楽作品に比べてすごくインパクトがあって、美しくって、おもしろいです。BGMのほとんどを占める器楽作品があまりインパクトがないというのは、作曲家としてかなり物足りなさを感じますが、ワタシはまだまだ彼女には期待していますので、今後もっともっと菅野カラーを前面に押し出してほしいなと思います。

本当に菅野よう子という人はつっこみどころ満載なのですが、だからといって彼女ほど器用な人はそうはいないでしょう。ていうかこの業界にはたぶんいないかもしれません。だからもう少し彼女にはいい意味で愚直になってもらいたいなというのがワタシのささやかな希望です。今はまだ自分の可能性を広げるだけ広げて、私はどの音楽業界でもやっていけるんだぞ♪という売り込みもかねているというのが彼女の現在のスタンスなのかもしれませんし(苦笑)、それによくよく考えてみると、ワタシが一番いいと思っている彼女の作品『攻殻機動隊SACシリーズ』の音楽と、今回いろいろ注文つけてしまった(笑)『ブレンパワード』『ターンエーガンダム』の音楽などは作品そのものの対象年齢が違う(と思う)。明らかに大人向けのアニメで、かつスパイシーで、カッティングエッジな『攻殻機動隊SACシリーズ』の音楽とくらべて、もう少し低年齢層の視聴者を見込んでいると思われる『ブレン』『ターンエー』のソフトでちょっとメルヘンな音楽を少し物足りなく感じたというのはむしろ当然なのかもしれません(苦笑)。菅野氏は視聴者層によって音楽の内容を微妙に使い分けているということは十分にありえる話なので。(もちろん製作者サイドからの要請もあると思いますし。) あとは、もちろん作品が違うんだからあたりまえだろという話もありますが(笑)。
それにしても、なにかこう、愚直に菅野カラーをもっともっと出してほしいなあと思う今日この頃です。

菅野よう子と坂本龍一①

2005年06月28日 | 邦楽・洋楽・サントラ
近くのTUSTAYAがまた半額クーポンやっていたので、菅野よう子氏が音楽を担当したCDを借りてきました。
借りてきたのは、『ブレン・パワード・オリジナルサウンドトラック2』と、『ターンエー・ダンダム・オリジナルサウンドトラック1』。実はまだどちらも作品そのものを見たことがないのですが、今回は音楽だけ純粋に聴かせていただきました。(なんで“2”とか“1”とかバラバラなのかというと、これしか置いてなかったからです(笑))

やはり菅野氏は実に器用な方ですねぇ。
菅野氏の音楽は、ワタシの中ではあの“教授”こと坂本龍一氏のアニメ版という位置づけです。(まあ“教授”も『オネアミスの翼』というアニメ作品の音楽書いてますけど(笑)) 二人とも音楽と音楽をクロス・オーバーさせることが実に見事な作曲家だと思うのです。
でも二人に対する印象は似ているようで、かなり異なる部分もあります。あたりまえのことではありますけど(笑)

先に好き嫌いから言ってしまうと、“教授”のほうがワタシは好きです。
“教授”はクラシックから、テクノ、ミニマル・ミュージック、沖縄音楽、ボサノバ、その他の民族音楽、などのジャンルの音楽を、一種の稚拙さ・醜悪さを漂わせながらも、実にいろいろなジャンルを見事にクロスオーバーしていきます。というかとても意識的に、かつ意図的にやっているという印象です。
様々な音楽に常に身投げ状態ともいえる無節操さぶりは、そのジャンルの専門家からするとずいぶん無節操で稚拙な行動に見えることでしょうし、彼らからすると、なんだか部外者に自分の畑をあらされているよな印象を受けなくもないはずです。
例えば彼の『1919』を聞いて、「あんなの、スティーヴ・ライヒの二番煎じだろ!」って言うのはとっても簡単だし、他にもバッハやショパン、ベートーベン、メシアン、ドビュッシーの焼き写しのようなコード進行はいたるところで発見できます。
極めつけは、オペラ『LIFE』。あのオペラ(と言えるのか!?)はあまりにもたくさんのことを詰め込みすぎて、おそらく彼の作品の中で最も醜悪さをかもし出していました。

あの偉大なフーガ・マニアのJ.S.バッハもバロック時代の集大成であるのは今では誰も疑いません。彼のの存在はブクステフーデ、テレマン、ヘンデル、コレルリといった同時代の偉大な先輩の存在なくしてはありえませんでした。しかしバッハにはそれらを集大成する力があった。だからこそバッハがバロック音楽の集大成なのです。
“教授”ももしかしたら大胆にもオペラ『LIFE』で現代、もしくは20世紀音楽の総括みたいなものに挑戦したのかもしれませんが、彼にはちょと荷が重すぎたかなと(笑)。

けれども、ひとつ見方をかえると“教授”は一つの場所によりどころをもとめない一種のコスモポリタンとして、様々な音楽を無知な我々に紹介してくれる、音楽の伝道者的という位置づけもできなくはないと思います。
“教授”はこれらの作品のなかで一種の醜悪さを見せてはいますが、これらは彼一流のやり方で意図的にやっていることなのだと思います。マルクス理論的にいえば、上部構造から下部構造へのシフトとでもいうのでしょうか。小難しいクラシック音楽、現代音楽、そしてわけのわからない民族音楽なるものを、“教授特別翻訳版”で、それも彼お手製のキャッチーなメロディつきで堪能させてくれるのです。

そう。“教授”の音楽をひときわ魅力的にしているのは、独特の少し屈折したようなメランコリーを持つあのキャッチーなメロディーだと思うのです。。『東風』、『セルフ・ポートレート』、『バレー・メカニック』、『Amore』、『TIBETAN DANCE』、『Parolibre』、『エナジー・フロー』、『戦場のメリークリスマス』、『シェルタリングスカイ』『ラストエンペラー』、『嵐が丘』、『アジアンビューティー』、etc.
どの曲も一種、数学的ともいえるようなシンプルさをもち、その多く(もちろん全部じゃない)が短調でつくられてますね。これらの要素があのキャッチーなメロディーを生んだ理由の一つだと思います。先ほどあげた曲だけとっても、どれもすぐ耳にこびりついてはなれないような魅力を持ってると思います。
最近よく聴く『アジアン・ビューティー』の曲も、映画『ラストエンペラー』に出てくる『レイン』という曲におどろくほどの類似点があるのはおもしろいですね。どちらも8ビートのきざみの上に、前者は上行形の音階でシンプルなメロディーラインの構成なのに対して、後者はその反対に下行形の音階で構成されたこれまたシンプルなメロディーライン。上がるか下がるかの違いというかんじ(笑)
この曲もとってもキャッチーなメロディだと思います。教授は本当に売れるツボを知っている作曲家でですねぇ。彼のメロディーを聴くと、「あ!これは“教授”の曲だな♪」っていう風にちゃんと思えるのです。そこが彼の偉大なところだと思います。

“教授”はいつも彼の能力の限界というものを感じさせてしまう作曲家ではあるけれど、それと同時に、この“流浪の民”は類稀れなメロディーセンスをもっていたりする。神は全てを与えてはくれないのですね(笑)
器用さと不器用さが同居したのが“教授”こと坂本龍一氏の印象です。なんともチャーミングな魅力をもった作曲家ではないか、彼は♪ 

ずいぶん長くなちゃったので、とりあえずここで切ります
菅野氏についてはまた明日

へえ~♪Reading Batonですかぁ

2005年06月27日 | なんでもかんでも



バレーボール女子の対ブラジル戦、惜しかったですねぇ~♪ サッカーに続いてあそこまでブラジルを追い詰めるとは!
今回の一連のバレーの放送は今日初めて見ましたが、あの菅山という選手の運動能力、すばらしいですね♪ 身長は大友選手や、杉山選手などよりはるかに劣るのに、あの驚異的なジャンプ力と、あの素晴しいボールコントロールに驚嘆しました。それだけでなくすばらしいレシーブで窮地を救ったりする場面も。ここまで攻撃的で、しかも器用さを持った選手は最近の女子バレー界ではいなかったのではないしょうか。彼女はよほど総合的な運動能力が高いのでしょうね。(こういう選手はどんなスポーツをやっても通用すると思います)彼女の目覚しい働きを見ていて、監督さんのスピード重視のバレーという意図が少しわかったような気がしました。いつまでも吉原選手のようなベテランに頼っていては日本も成長しないし、ただ大型選手を揃えればいいというわけでもないですからねぇ。とにかく菅山選手のようなスーパーエースの出現はチームにとってとても大きな財産でしょう。大山選手や、栗原選手がもっと成長すればチームとしてさらに厚みが増すことでしょうし。もっとたくましくなってオリンピックで活躍してくれることを期待しています!!

ところで、まっしろな気持ちのましろさんからReading Batonというものが回ってきました。Musical Batonの読書版のようですね♪ ワタシのような音楽バカがましろさんのような方にご指名いただけるなんてとっても光栄です。日頃たいした読書量をこなしてないワタシですが、恐れ多くもTRYしてみたいと思います。ちなみにこのReading Baton、どうも2タイプの質問があるみたいなので、ワタシはミックスバージョンで行きたいと思います♪


○最後に買った本(マンガ)

→最後に勝った本は、『靖国問題』(高橋哲哉 著、筑摩新書)と、『日露戦争史』(横手慎二 著、中公新書)。
日本海とオホーツク海が熱いぜー!!(ぇ  
こないだは日韓首脳会談で、報道規制なんかしやがって!報道・言論の自由はどーしたよ!ああん!?これじゃ韓国は三流国家だって言われても文句いえねーんじゃないのぉ!?それに一国の首脳が戦没者を供養してなにが悪ぃっちゅうーのよ!靖国神社はまるでA級戦犯しか祭られてないみたいな言い方しやがって!!そもそもあの極東軍事裁判自体、正統な裁判というふうに定義できるのかそっから議論したまへ脳なしくん その時々の感情だけで物事解決されちゃたまりませんわ、まったく!
ロシアはもうすぐプッチン来るらしいし♪トヨタが進出するもんだから、気をよくしてようやく思い腰をあげたか!ふんっ!!遅すぎるんだおあんたは(笑)
今回こんな本をわざわざ買ってきたのは、この際だからあのギャーギャーこうるさい三流国家のアホどもをきっちり理屈で撃退するためにもしっかり理論武装しとこうと思ってね☆ ホント、感情だけでキャーキャー言われたんじゃたまらんのよ。もう戦後60年ですぜ!? ロシアなんか条約完全無視して千島列島を占領してるのよ!?敗戦国ってここまで卑屈にならなきゃいけないんですか???戦争は避けるべきだけど、これからは言うべきことは今まで以上にはっきり言うべきですよ。正統な権利なんだから。ホントに韓国も中国も目先のことしか見えてない。

以上たいへん見苦しい文章、失礼いたしました

最後に勝ったコミックは『のだめカンタービレ第12巻』


○今読んでる本(マンガ)

→うえでいやに意気込んでましたが、実は今読んでるのは、『ゴシックとは何か』(酒井健 著、講談社現代新書)。
最近ゴシック建築に興味があって、ずいぶん前に買ってほったらかしにしていたこの本を今頃になって読んでます。あのエッフェル塔もサグラダ・ファミリアも実はゴシック・リヴァイヴァルだったっていうのを今頃になって知ったワタシはやっぱそうとう無知だったんですねぇあんな近代的な造型のエッフェル塔とゴシックはリンクしにくいもんなぁ。サグラダ・ファミリアは言われてみればいかにもそうだなと思えるけどね(苦笑)。とにかくゴシック建築のあの宇宙戦艦みたい(初期フランスゴシックにありがちな屋根が2本空に向かって高々と伸びているアレがそう思わせるのです(笑))でもあり、人の体の中のようにグロテスクでもあり、な造型がなんとも人間の醜悪さみたいなものが現れてて好きなのです 特にフランスのゴシックが好き☆


○よく読み返す本、または自分にとって特に思い入れのある5冊

→自分にとって特に思い入れのある5冊ということで。

『罪と罰』(ドストエフスキー著)・・・ちょと月並みかもしれませんが、小説というものをここまでのハイテンションで書ききった人はそうはいないんじゃなかろうか。ちょうど大学に入学した年に読んで衝撃を受けました。ただドストエフスキーが結末でいつも宗教に救いを求めてしまうところが個人的にどうも納得がいかなかったりはしますが。

『天国が降ってくる』(島田雅彦 著)・・・島田雅彦の作品の中で一番インパクトがありました。かなり病んだ作品ですが、それだけに強烈な毒をあびるのが快感です!『忘れられた帝国』とどちらを推すか迷ったんですけどね(笑)

『grapefruit juice』(オノ・ヨーコ著)・・・原作『grapefruit』の文庫版です。この文庫版は、原作から訳者が抜粋したもので構成されていて、33人の写真家の写真が挿絵として新たに加えられています。この本の魔法のような言葉は、言葉の原始的な力を感じさせてくれるとともに、つまらないことで悩んでいる自分をはげましてくれるような不思議な力を持っていると思います。常に携帯するならこの本ですね♪

『リルケ詩集』(ライナー・マリア・リルケ 著)・・・とても美しい詩がてんこ盛り。訳詩なのにこんなに美しいなんて!!リルケはすごい!!

『ジプシー歌集』(フェデリコ・ガルシア・ロルカ 著)・・・とっても官能的かつ音楽的。これも訳詩なのにこれほど魅力を堪能できるのは幸せなことです♪


○好きな作家

まだ生きている日本人の作家ということに限定したいと思います。
その中で特に好きなのは、島田雅彦 ・ よしもとばなな ・ 江国香織 ・ 塩野七生 あたりでしょうか。


○バトンをタッチ (3人)

今回は前回のMusical Batonで回したのとは違う方に回そうと思います♪というわけで、

コンチュウ的生活日記のなつきさん
罪に手向かうべしのbwv54さん
Beautifl Sunsetのとりぷるさん

のお三方、よろしくお願いしま~す

熱い!熱い!!熱い!!!

2005年06月26日 | おすすめクラシック
サッカー日本代表がコンフェデ杯であのブラジルと大熱戦を演じて引き分けて、それに日本中が熱狂していたあたりから、その熱気に当てられてかどうかは知らないが(笑)とっても暑い!暑い!!暑い!!!
ここまで暑くなると、さすがに好きなマーラーもブラームスもリヒャルトもワグナーも聴く気がおこらない これからイッサーリスのブラームスが届くっちゅうのに何言ってるんでしょうねワタシは

まあ今は生理的にどうしても涼しい曲が聴きたいので、今日は涼むのに最適な1枚をチョイス♪





 【曲目】ピアノソナタロ短調(F.リスト)、ピアノソナタ第2番嬰ト短調Op.19「幻想ソナタ」 (A.スクリャービン)
 【演奏】イーヴォ・ポゴレリチ(Pf)
 【録音】1990年12月、ハノーファー



このCDの中から、

◆ピアノソナタ第2番嬰ト短調Op.19「幻想ソナタ」 (スクリャービン)◆

をご紹介♪

いまだに「ふ○のソナタ」に熱を上げている方々、このスクリャービンの「幻想ソナタ」でも聴いて頭をお冷やしなっては如何?(爆)

この曲は言わずと知れた初期のスクリャービンの代表的なソナタ。おそらくスクリャービンの中では最も有名な曲でしょう。意外と無知なピアノ科の音大生でもけっこうこの曲をやらされるそうなので、この曲をやって初めてスクリャービンを知る音大生の方もいらっしゃるかも知れません。(ちょときつい言い方ですいません)もちろん、ワタシにこんな難しいソナタの第2楽章を弾きこなせるわけもありません。

このCDは、おそらくイーヴォ・ポゴレリチがスクリャービンを取り上げた唯一の録音だと思うのですが、彼の唯一のスクリャービンであるにもかかわらず、ワタシが所有しているこの第2ソナタの録音の中では彼の演奏が一番気に入っています。

ポゴレリチは、多くの方がご存知のとおり、1980年の第10回ショパンコンクールで見事(!?)セミファイナル(第3次予選)で敗れ去ったときに、審査員だったアルゲリッチがその結果に反感を示して、「彼は天才よ!と捨てゼリフを言って審査を放棄してしまったのは有名な話です。そして、そのときの優勝者であるダン・タイ・ソンよりも予選落ちしたポゴレリチの方が有名になってしまったのもあまりに有名な話。
コンクールの功罪というか、矛盾というか、限界というか。。。まあ、それらがあからさまに出てしまった事件ですよね。
この男、このときのスキャンダラスな話題だけにとどまらず、当時はハリウッドスター顔負けの二枚目顔、そして、帝王カラヤンとのチャイコンのプローべでいさかいをおこしたりなど、野次馬達が喜ぶ話題に事欠かないスター性をもったピアニストだった。最近はよく知らないが・・・。
器楽奏者(あくまで器楽奏者)の世界でここまでスキャンダラスな話題に事欠かなかったのは、他にはグールドアルゲリッチミケランジェリフランソワくらいのものではないだろうか。

なんだかずいぶん話がそれてしまいましたが
そんな彼の解釈の特徴もすでにご存知かとは思いますが、とにかく極端です。
ことテンポ設定とデュナーミクに関しては、アーノンクールを初めとする先鋭的なオリジナル楽器奏者達のお株を奪うかのような極端なアプローチ。
遅い楽章はさらに遅く、早い楽章はさらに早く、フォルテも耳が割れそうなくらいでかく、ピアニッシモは極限まで小さく!(びっくり箱じゃねんだからよ・・・)そしてこの人のテクはやはり恐ろしいほどに冴えてますねぇ!今ではアムランとか、ヴォロドスとか、エマールとか、フランチェスコ・リベッタなどが完璧主義の権化みたいに言われているみたいですが、まだ彼らが日の目をみる前の時代の完璧主義者といえば、ポリーニとこのポゴレリチ、ちょっと古くてミケランジェリのおっさんくらいでしたよねぇ。
まあ、とにかくこの人の音楽は付け入る隙がまったくないほど整理されていてとにかく完璧です。タッチもぺダリングもとても磨かれています。もうチリひとつ入り込む隙間のないくらい微に入り細に入り考え抜かれている。彼を擁護したアルゲリッチとはまるで違う音楽性なところがまた笑えますが。だからこの人の演奏を一回聴くとけっこう疲れます。疲れるけど、すばらしい♪圧倒されます☆

このスクリャービンの第2ソナタの演奏も彼の完璧志向と極端な造形力が結実した典型的な一例です。そんな極めて個性的な彼が弾いた演奏ですから、スクリャービンの第2ソナタの演奏史の中では、この演奏は少し異質な魅力を放っているとも言えるでしょう。なにしろ、スクリャービンの演奏史ときたら、あの名教師ゲンリヒ・ネイがウス息子のスタニスラフマリア・ユーディナウラディーミル・ソフロニツキーゴールデンワイゼルフェインベルクリヒテルギレリスホロヴィッツ(ちょと異質ですが)などの錚々たる顔ぶれによって築きあげられた歴史があるのですから。
ただ、彼はモスクワ音楽院の名教授マリーニン氏や、あの日本人初のチャイコフスキーコンクールピアノ部門の覇者、上原彩子の師匠であるヴェーラ・ゴルノスターエヴァ先生の指導も受けているので、しっかりロシアのピアニズムの教育を受けています。だからスクリャービンを得意としていないわけがありません。(まあ、そうとう扱いにくい生徒だったでしょうけどね

この第2ソナタは、まだショパンやリストなどの影響が色濃くみえるソナタではありますが、(第2楽章の無窮動は明らかにショパンの第2ソナタの最終楽章の影響がある)ときに印象派風のテクスチュアを見せたり、このソナタ自体が2楽章で完結、それも両楽章が(楽譜にはAtaccaとは書いてはないが)切れ目なく演奏されることなどからも、スクリャービンの意欲が伺える野心的なソナタだと思う。Andanteの第1楽章を“静”と捕らえるなら、Prestoの第2楽章は明らかに“動”。そもそもソナタ形式はAllegro楽章に持ってくるのが典型のように思えるが、スクリャービンはこのソナタ形式の第1楽章をAndanteという設定にしているのも興味深い。

スクリャービン自身が各楽章のイメージを語っている。

○第1楽章 Andante ソナタ形式 :「南国の海辺の夜の静けさと深い海の動揺、それに宵闇の後に現れる愛撫するような月の光を表現している」

○第2楽章 Presto 三部形式 :「嵐に波立つ広大な海の広がり」

愛撫するような・・・なんて、いかにもあの「法悦の詩」を書いたスクリャービンらしい言葉ですね♪近代の作曲家で一番えっちぃ☆な曲を書いたのは間違いなく、ワグナーと、ドビュッシーと、このスクリャービンですからねぇ。個人的には“官能指数”はドビュッシーが一番高いと思いますが ま、そんなことはどうでもいいか(笑)とにかく「海」なんだそうです。

この曲、他の演奏家の録音では、

・アシュケナージ
・ウゴルスキ
・リヒテル
・ファーガス・トンプソン


の録音がうちにありますが、この第2ソナタの演奏で、ポゴレリチの他にお気に入りなのは、ウゴルスキの演奏です。ウゴルスキは直線的な印象が強いポゴレリチの演奏と比較すると、ずいぶんクネクネしていてアクが強いので嫌いな人はとことん嫌う演奏家ですが、ワタシは大好きです。
とくに、第1楽章の37小節目の表現なんかは、ハっとさせられるものがあります。この1小節は、一瞬バス声部がなくなり、フッと時が止まったような感覚になるところ。スクリャービンはこういう心憎いことをしてくれるのですねぇ。夜の静かな海に魅せられて幸せをかみ締めているとき、一瞬ふと我に返るというか、孤独な一瞬を感じる瞬間でもあります。この小節からしばらくして、左手の16分音符による細かい分散和音の動きに導かれて、静かだった海が少しずつ動き出します。とにかくこの37小節の美しさときたら本当に格別です。もちろんポゴレリチもこの箇所は上手に処理していますが、ウゴルスキほどこの1小節を詩的に表現した人を聴いたことがありません。 まあ、このウゴルスキのCDの白眉は、稀代のスクリャービン弾きであるソフロニツキーを凌ぐほどの圧倒的な存在感で弾かれた第9ソナタ「黒ミサ」の悪魔的な演奏だとワタシは思っていますけど(苦笑)


The Showcase ←こちらがイーヴォ・ポゴレリチの私設ファンサイトです。かなり本格的。

イーヴォ・ポゴレリチ ivo_at_the_ivories  ←こちらのBlogでもポゴレリチが熱いです。上の私設ファンサイトの管理人の方のブログのようです。

たまにはいいよね

2005年06月25日 | Goods

オウ!久々に“メンズ・クラブ”なんて買ってきちゃったぜ!北島康介くんの鍛え抜かれた肉体美がまぶしいー&キモイー(どうしたおぃ
三十路を半年後に控えて、そろそろ男を磨くっかな!!もうお肌も曲がりかどにきてるし(いつもの雰囲気じゃないぞ
それに、やっぱ“メンノン”とか“POPEYE”はいいかげん20代で卒業して、立ち読み程度にしとかんとな。。と言いつつ、ときたま少女漫画コーナーで“のだめ”見たさに“KISS”を立ち読みしてるオレってどうよ?(キモぃ~
ついでにお高いけどスターウォーズ特集やってたんで、“CUT”もいっしょにゲッチュ

男性ファッション誌読者の世代分布において、ワタシがどこまで世間一般の常識と協調路線をとれているのかはよくわかりませんが(笑)、大体ワタシの感じとしては、

・ハイティーンくらい~20代→“メンズ・ノンノ”、“POPEYE”、他。
・30代→“Gainer”、“メンズ・クラブ”
・40代以降→“LEON”

つう感じがしとるのですが、これって普通の見解なのかな!?
だいたいそうズレてはないと思いますが(笑)

10日の発売日にだいぶ遅れて、なんでこんな立ち読みで済むような雑誌をめずらしく買ったのかというと、綴じ込み付録でけっこうお得な特集がやってたのサ★
こりゃ購買意欲をそそられたね♪

たいていこういうグルーミングに関する特集は組まれるけど、こんな別冊でいろんな項目を本格的にまとめてくるのはめずらしいんではないかなぁ。。
名づけて!「コギレイ男の美容作戦」!!(ホントっすよ
洗顔に始まり、髪の毛のケア、ヒゲ、ハンドケア(ここまでやるかっつうの!)、オーラルケア(ナニナニ、ヨン様ヒットの秘密はしっとりうるおった唇??勝手にしろ!ギャボー!!、歯ブラシはやっぱBraun みたいっすよ(笑)、そして最後はフレグランス

何日か前に深夜の通販番組でなんだかよくわからない、石鹸の商品を紹介してました。注目したのはもちろん商品そのものではなく、洗顔の仕方。このなんだかとっても高級そうな石鹸を普通に泡立てて顔につけたら、なにもこすったりせずににそのまま1分間放置 そして1分立ったらただ洗い流すだけ。
これを見て、へえ~なんて思ってましたが、同じやり方がメンズクラブの特集記事にのっていた(笑)オウ!これが今の洗顔のグローバルスタンダードかい!!合点っで~い!!さっそく実行してみると、けっこう効果テキメン!なんか普段よりもプルプルしてる感じがするわ ツヤがあるというかハリがあるというか・・・やっぱ1分間泡をつけたまま放置して、その泡自体が皮膚になじんで毛穴の汚れを自然に浮き立たせてくれるというのがツボなのね。なにもこすらなくていいとは!(もちろんゴシゴシなんかやらないですよ)目からうろこです♪
この後はもちろん化粧水で水分補給です。さすがに美容液まではつけません(笑)美容液に財力をつぎ込むなら私は音楽につぎ込みます(笑)

三十路前だから、いくら男とはいえお肌の手入れは重要ですねぇ~ ちなみにワタシは洗顔フォームは最初から泡がシュワシュワ~と出てくるやつを使ってます。まさにワタシのようなズボラちゃんにぴったりの洗顔アイテムね♪
メンズノンノのことをノンズメンメンとか言ってたワタシの友人のようなおバカはほっといて(笑)お肌のお手入れに励むことにしましょう

ジュリアードSQと「不協和音」

2005年06月24日 | おすすめクラシック
あの、フレンチオープンの覇者ジュスティーヌ・エナン・アーデンが一回戦負けですと!?さっきBy The Themesのdognorahさんの6月23日のエントリーを見ていたらたまたま知りました。んなアホな~
あの豪快なテニスが見れないのはかなりショック エナンのコーチがもらしていた心配(→こちらの方の6月18日の記事参照)がそのとおりになってしまったようですな。
やっぱウィンブルドンには魔物が住んでますねぇ。まあエナンが病み上がりっていうのもありますけどね。。。このウィンブルドンで今までどれだけの優勝候補が1回戦で沈んだのを見たことか・・・
ちょと思いだすだけでも、グラフに、ヒンギスに・・・そしてエナンですか。


ええと、気を取り直して毎度♪クラシックアワーのお時間です☆






今週、BSクラシック倶楽部でジュリアードSQの演奏会の再放送がやっていた。
前回の放送で一度観ているのだが、いい機会だからもう一度観直してみた。
2003年6月11日の紀尾井ホールにおける公演で、
曲目は、
・弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131(ベートーヴェン)、他。

内省的で美しい演奏だった。ベートーベンの後期の弦楽四重奏曲の中でもひときわ野心的なこの曲をとても老獪な演奏で聴かせてくれた。

ところで、圧倒的に強烈な個性でこの楽団創設時(1946年)からこの楽団を牽引してきた、ロバート・マン(1st.Vn)がベートーベンSQツィクルスを最後に引退したときは、ものすごいたくさんのファンに引退を惜しまれたことだろう。
そして、その偉大なロバート・マンの穴をいったい誰が埋めるのか注目されるなか、結局2nd.Vn奏者であった、ジョエル・スミルノフがそのまま1st.Vnを引き継ぎ、2nd.Vn奏者に新しくロナルド・コープスを迎えて再スタートを切ったのである。
ジョエル・スミルノフのアプローチはロバート・マンの圧倒的な個性・統率力と比較すると、どうしても物足りなさのようなものを覚えてしまうが、彼の演奏はロバート・マンとは違った内省的な美しさというものがあるように思う。長年にわたって2nd.Vn奏者として、ロバート・マンという強烈な個性を絶妙にサポートしてきたこの男の禁欲的とも言える“渋さ”が、彼の音に漂っている。特に第1楽章での内省的な音楽にはぴったりの印象を持った。
そしてそんな彼を、今まで長年に渡って苦楽を共にしてきたサミュエル・ローズの素晴らしいヴィオラと、ジョエル・クロスニックの豪快で力強いチェロ、そして新しいメンバーであるロナルド・コープス(1997年加入)の繊細なサポートが支えている。彼らのアンサンブルの技術は本当に見習うべきものが多い。
メンバー交替直後のこの演奏を聴いたときは、さすがにワタシも、「これじゃただの繰上げ人事じゃねえか!ウン十年2ndオンリーでやってきた人が1stをやるのは、野球選手が突然ノルディックスキーでラージヒル飛ぶようなもんだろ!(そのくらい1stと2ndの役割というものは違うのです)それにスミルノフさんじゃ物足りねえよ!」とか不遜にも思っていたのですが(←本当に不遜なヤツ(爆))、今回の放送を再度観直してみて意見を改めました

ワタシはこのSQの旧メンバーによる録音で、忘れることのできない1枚があります。
なぜかこのCD、TSUTAYAの中古セールで格安の値段で手に入れたものですが、もうワタシの中ではメガヒットでした!!




【曲目】弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩り」、弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465「不協和音」(モーツァルト)
【演奏】ジュリアード弦楽四重奏団
【録音】1977年10月、12月 30th Street Studio ニューヨーク

この楽団は1946年という、大戦が終わった翌年に結成された楽団だが、それから約30年経ったこの1977年の録音でも、とてもフレッシュで勢いを感じさせる演奏をしている。「狩り」におけるフレッシュで力強いアプローチ、「不協和音」における陰影の美しさ、そしてチャーミングさ・・・。これらの曲は、オリジナル楽器での演奏で、クイケン兄弟のSQの録音を持っているが、オリジナル楽器云々の議論は抜きにして、明らかに生き生きとこれらの曲を表現しているのは、ジュリアードのほうだとワタシは思う。もちろん、マンの奏法はジュリアード出身の弦楽器奏者らしく、弦に対する弓の圧力は終始強めで独特のクセがあり、ビブラートもかなり多めで多少くどさを感じるが、マンの魅力はやはりその大きな音楽性とでも言ったらいいのだろうか、スケールが違う。もちろん曲そのものが持つフォルムを破壊・逸脱することは決してない。だからマンはすごい!!音楽が躍動しているんです!!

6曲あるいわゆる“ハイドン・セット”の中でもっとも演奏頻度が高い2曲、『狩り』『不協和音』は、どちらも抗し難い魅力を持った作品だが、ワタシの好みは圧倒的に『不協和音』のほうに軍配があがる。

というわけでここからは、

弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465『不協和音』

に話を絞ります。

『不協和音』の名前の由来は、この曲の第1楽章の序奏部にある。ここで、当時としては画期的な不協和音が展開され、不気味さを存分にかもしだしている。そもそも弦楽四重奏に序奏部をつけること自体が画期的なことだったのだそうだ。(・・・としったかをかましておきます(笑))

ワタクシ、弦楽四重奏という分野を確立したハイドンの作品は有名どころの数作品しか知らず、ぜんぜん勉強が足らないので、残念ながらモーツァルトのSQの前後関係、そしてモーツァルトのSQ作品そのものを考察するほどの知識がないのであります モーツァルトのSQを語るにはまずハイドンのSQをしっかり勉強しなければなりませんからね(苦笑) 我ながら未熟

実はこのCDを買う前、つまりこの曲を初めて知ることになったとき、私の室内楽の心の師匠からこの曲の作曲家当てクイズをされたことがありまして、そのときこの『不協和音』の序奏部を聴かされました。そのときのワタシの答えが、「なんかロマン派っぽい響きだねぇ。。。シューマン?、ラフマニノフ?、メンデルスゾーン?・・・もう全然わかんねーよームキー」 いくつ挙げても正解を出せないワタシに対して、師匠はニヤニヤうれしそう(笑) 結局最後まで正解を言い当てることはできませんでした。 まだ相当無知だった頃の話ですよ(苦笑) この『不協和音』の序奏部だけ聴かされたワタシには、どう聴いてもロマン派の音楽にしか聴こえなかった!!(爆) 意地悪な師匠だぜ!まったくぅ

うーん、しかし本当にウォルフィちゃん☆は偉大だ
この不気味な序奏が深~い響きで奏でられた後に、突然異次元に空間転移したかのように、まぶしい光にあふれた、快活で瑞瑞しくてとってもチャーミングな音楽が始まるのだからこの曲はさらにおもしろい♪ものすごく二元論的な世界観。テーゼとアンチテーゼ。光と闇。これほどまでの素晴らしい対比は、ベートーヴェンの最後のピアノソナタの第1楽章と第2楽章を彷彿とさせるね。ほんとにドキッっとしちゃうわウォルフィーちゃん
この魅力的な第1楽章を、ジュリアードSQはロバート・マンの魅力的なリーダーシップに牽引されて、豊穣な世界を描いていきます。もう素敵☆素敵☆ 生きててよかったぁ~

ついに来た♪Musical Baton

2005年06月23日 | なんでもかんでも
女子単2回戦で中村敗退、複では浅越組が1回戦突破 (読売新聞) - goo ニュース

ぎゃぼ~!!なんてこったぁ!ウィンブルドンの日本女子勢、シングルス全員敗退だってぇ~
浅越は全仏でけっこう活躍してましたが、今回は同じトップを張る杉山とともにあえなく1回戦敗退。こうなったらダブルスに賭けましょう♪


ところで、とうとう巷で話題のMusical Batonがワタシのところにもまわってきました♪送り主はいつもお世話になっているなつきさんからです。なにげにうれしいのと同時に、なんか自分のところで途切れさせてはいけないという責任重大な感じも。。。早く書いちゃおうっと


ええと、質問の内容は以下のとおりですね♪
ではいきます

①コンピューターに入っている音楽ファイルの容量
→2ヶ月ほど前に、PCのリカバリかけたときに中に入ってる音楽ファイルは全部削除しました。
もともとハードディスクには音楽ファイルはほとんど入れてなかったので、以前もほとんど入ってなかったと思います。ワタシもほとんどの方と同じように、PCで音楽は聴かない主義です。
PCで音楽聴くのは、Amasonで試聴するときくらいかなぁ。

②今、聞いている曲
→先ほど投稿した記事を書いているときに聴いていたのが、お察しのとおり、
◆『逆襲のシャア』のオリジナル・サウンド・トラック
です♪ うう~ 未だに同じように感動できるなんて素晴らしい曲だぁ~!!

③最後に買ったCD
→これも記事に書きましたが、一番最近買ったものは、
◆アバド指揮BPOの最新録音で、交響曲第6番「悲劇的」(マーラー作曲)
です♪感想は記事のほうをご覧くださいませ。


④よく聞く、または特別思い入れのある5曲

→この問題みなさんが苦心されているように、ワタシもおおいに悩みます。
ですが、なんとか気合で絞込み検索かけてみます

◆練習曲嬰ハ短調Op.42-5(スクリャービン)・・・この曲がワタシとスクリャービンの運命的な出会いの曲でした。もう10年くらい前になりますが、NHK教育TVで観た、あのチャイコフスキーコンクールの覇者、上原彩子を育て上げたヴェーラ・ゴルノスターエヴァ先生がレッスンをしていた番組で、この曲と出会いました。もう一発KO!!でしたね!!演奏はホロヴィッツとキーシンが魅力的

◆アシュケナージのピアノで、ベートーヴェン3大ピアノソナタ集・・・この曲は中学生くらいのときにワタシが初めてジバラで買った記念すべきクラシックCDです♪ あの頃は熱情の第3楽章をロックを聴くような感覚でアホみたいに聴きまくってましたね~

◆グレン・グールドのピアノで、インベンションとシンフォニア(J.S.バッハ作曲)・・・このグールドのバッハは、ワタシが最初に聴いたグールドの演奏でしたが、大学時代のサークルのプロフィールに、無人島に持って行きたい1枚としてピックアップしたことがあります♪それくらいグールドの魅力がつまったCDだと思います♪

◆ヴィア・ノヴァSQ&ジャン・ユボーのピアノで、ピアノ五重奏曲第2番(フォーレ作曲)・・・この曲は、ワタシを室内楽のこの上ない魅力的な世界に本格的に足を踏み入れるきっかけとなった曲です。大学時代、フォーレ・マニアの友人にいろいろ聴かされて、フォーレの魅力に摂りつかれました♪いまでもその友人に感謝しています☆

◆ルドルフ・ケンペ&ミュンヘンフィルの演奏で、メタモルフォーゼン(R.シュトラウス)・・・この曲も以前記事で紹介したとおりです。破滅的な美しさです!!!!


⑤BATONを渡す5人

ふぅ~ ようやくここまでたどりつきました(苦笑)
さっそくご指名タイムの時間です♪このBatonをお願いする5人のお方は、

ぽぽろんろんがらくた小屋のぽぽろんろんさん
Are You Real?のchinstrappenguinさん
まっしろな気持ちのましろさん
ホロヴィッツを目指してのウィルソンさん
bwv1008の徒然日記のbwv1008さん

よっしゃぁ~♪あとはみなさん頼みますぅ~

三枝成章の音楽

2005年06月22日 | 邦楽・洋楽・サントラ

今日は久々にガンダムヲタ的話題を1つ。とは言ってもちゃんとクラシックとリンクさせながら書きますよん♪

劇場版Zガンダムの第1作目が公開されて一月ほど経ちましたが、なかなか好調のようですね♪
個人的には、なんでGacktがテーマソング歌ってんの??って感じですが、まあいいでしょう(笑)
やっぱガンダムやるなら森口博子じゃないとねえ(笑)

まあそんなわけで久々にガンダムのサントラ聴きたい気分になったので、なんとなしに『逆襲のシャア』のオリジナルサウンドトラックのCDを引っ張りだしてきて聴いておりました♪ 作曲は三枝成章氏。
三枝さんは、ワタシが高校1年生のときにNHKの大河ドラマでやった、真田広之主演の『足利尊氏』のときのサントラを聴いて以来知ることになった作曲家です。
このときのサントラのメロディーの美しさが大変気に入って、このとき以来三枝さんのファンになりました
三枝さんという人は武満徹や、芥川也寸志や、矢代秋雄などといったアカデミズム路線とは明らかに違う(もちろんアカデミックな作品を作ることは簡単にできるでしょうが・・・。たしかかなりアカデミックな作品で、チェロの無伴奏作品を図書館で聴いたことがあります。)、明快で古典的な技法を使って豊穣な音楽の世界を描くので、一般に受け入れられやすい作曲家であることは確かだと思います。
個人的には、チャイコフスキー、グラズノフ、ラフマニノフ、メトネル(スクリャービンは含めません。あまりスクリャービン的なものはワタシには聞こえてこないので)といったロシアのモスクワ音楽院の楽派の音楽、そしてブラームス、エルガーといった主に後期ロマン派の作曲家達においを強く感じます。
内声の処理がうまいところや、類稀なメロディーセンス、弦楽器の豊穣な響きなどはチャイコフスキーやブラームスを彷彿とさせてくれます。
とにかくこの人の音楽は耳に馴染みやすい♪1番の売りは間違いなくメロディーの美しさにあります☆これほどいとも簡単にメロディーが次から次へとポンポン出てくる人は作曲が楽だろうなあ~と思います。生まれもった才能としか言いようがないですね(苦笑)
そういや、たしか『足利尊氏』のサントラCD持ってたはずなんだけど、たしかmukamukaくんにあげちゃったんだっけ??(ォィ
今度機会があったら返してとは言わんから聴かしてケロケロ

そしてその『足利尊氏』から数年後、1998年に阪神淡路大震災のためのチャリティーコンサート、“1000人のチェロコンサート”という前代未聞のコンサートが企画されました。このギネス記録にもなった記念すべき“第1回1000人のチェロコンサート”にワタクシ参加したのですが(ついこないだ“第3回1000人のチェロコンサート”が行われたようですね)、このとき三枝さんの委嘱作品が1曲ありました。
それが、『チェロのためのレクイエム』でした。
このとき弾いた曲の中では、クレンゲルの『ヒュムヌス(賛歌)』(『賛歌』は実際はトップが弾いただけでしたが(笑))と並んで群を抜いて美しい曲で、1000人という普通では考えられない人数のチェロによって、この美しいメロディーにあふれた曲が奏でられたのでした。
このとき、あらためて三枝さんのメロディーメーカーとしての抜群のセンス、美しいリリシズム、内声の美しさ、すばらしいオーケストレーションを再確認しました。
弾き手としても本当に気持ちよく弾けました♪(『チェロのためのレクイエム』はこちらのCDで聴くことができます♪)

最近の三枝さんは、ワタシが大好きな作家の島田雅彦と組んだ2作品のオペラ(『忠臣蔵』『Jr.バタフライ』)が記憶に新しいところ。二つともTV録画はしてあるのですが、いくら大好きな作家と作曲家のコンビだからといって、日本語で歌われるオペラに対する偏見は、恥ずかしながら未だぬぐえず、VTRはお蔵入り状態です 三枝さんすいませんm(_ _)m

こんな三枝さんもアニメ業界でもしっかりいい仕事をされてます。今日の話題の『逆襲のシャア』ですが、これはガンダムシリーズの唯一の仕事ではなく、TV放映版の『Zガンダム』、『ZZガンダム』のサントラも担当されてます。『Z』、『ZZ』は、TV放映版のサントラなので、音楽の印象は少し薄いですが、さすがは才能溢れるメロディーメーカー♪ 耳に残る旋律がてんこ盛りです
しかし、やはり彼のガンダムシリーズにおける仕事ぶりにおいては、まちがいなくこの『逆襲のシャア』がナンバーワンだと言わねばなりません

一般に映画におけるサントラは、音楽が映画の内容よりも主張しすぎては映画としてだめだし、かといって何も音楽がない、あるいはつまらない音楽が鳴っている映画ほど味気ないものもない。つまり映画におけるサントラの理想的な姿は、登場人物の心理の良き代弁者であったり、場面展開に大きな役割を果たしたり・・・、ときには『2001年宇宙の旅』のメインテーマに使われたリヒャルトの『ツァラトゥストラ・・・』みたく映画そのもののイメージを規定しちゃうまでの存在感を示すことも・・・。『2001年・・・』の場合のベストマッチは本当に幸福な例だとは思うが。
三枝さんの『逆襲のシャア』における仕事ぶりも、まさに映画の内容とベストマッチという印象。この映画とこの音楽は切っても切り離せない幸福な例の1つとしてワタシの記憶にいつまでも残っている。

この『逆襲のシャア』全編を支配する、1つのテーマが実はあるクラシック音楽の1作品と酷似しているのをご存知だろうか。
もちろん主要な登場人物それぞれに特有のテーマは与えられてはいるが、この映画全体を支配しているテーマが明らかにブラームスの弦楽六重奏曲第1番の第2楽章の変奏曲のテーマに酷似しているのだ。三枝さんがこの弦楽六重奏のテーマに着想を得たのはほぼ確実と断言してもいい。それほどまでに似ているのです。あの出だしの上行4度の跳躍はとても印象的ですね♪
だから、この『逆襲のシャア』前編を支配するテーマは、実はブラームスへのオマージュという見方もできる。(ちょと強引かな(苦笑))
この接点に気がついたとき、さすがに「なぁ~んだよぅ~」って思ったけど、しかしこの『逆襲のシャア』の素晴らしいサントラの価値が下がるわけでは決してないと思います。名だたるクラシックの大作曲家たちが、過去の巨匠へのオマージュとして、1つのテーマを借用し展開させて素晴らしいヴァリエーションや、シンフォニーを数多く残していることからも別に不思議とも思いません。三枝さんもこの1つの主題を軸に壮大な交響的世界を作り出しただけなのだから♪とにかく素晴らしいものは素晴らしい。この1つの主題を変形させて、いくつものまったく印象の異なる素晴らしい曲を作り上げてしまうのですから。それにしてもこの人のオーケストレーションは実にうまいというか、ツボを得ています♪

ところで、最近のアニメ音楽でのヒットはやはり菅野よう子氏ですね。
最近の菅野よう子氏(作曲家)のアニメ音楽界での活躍ぶりはもの凄いものがありますが、変に器用すぎて器用貧乏的なデメリットも見え隠れしてしまう印象が少々あるといえなくもない。とにかく器用さにかけては天下一品なだけに、今後はもっとインパクトの強い曲をジャンジャン書いて欲しいのだが。
とにかく、攻殻機動隊SACシリーズでの彼女の仕事ぶりには脱帽でした♪ 特に2nd.GIGの主題歌はもう素晴らしいの一言に尽きます!!


※三枝さんの公式HPはコチラです

※今日取り上げた、ブラームスの弦楽六重奏曲(全2曲)に関してはワタシの過去の記事 をごらんください。オススメCDを紹介してます♪


音楽の捧げ物

2005年06月20日 | おすすめクラシック
昨日のオケ。今期に入ってからの練習ぶりを見ていると、一ヶ月前の定演が終わってから指揮者が練習で我々に求めるレベルが少し上がったのは確実のようだ。
まあ、最初から練習内容を細かくやる・やらないに対する賛否両論はあるけど、明らかに以前より練習においての緊張感が増してるのは間違いないようだ。3年でここまでくれば本当にたいしたものかも。

一ヶ月前の定演のDVDがようやく届いたので帰ってからそれを観る。
1年前とは明らかに違う。「未完成」や「アルルの女」をメインにやっていた頃とは違って、今回は初めて前プロ・中プロ・メインという最も一般的な形式のプログラムをやったわけだが、まだまだ荒は目立つものの、以前のように管がまるで吹奏楽のようなノリの勘違い吹きをすることがなくなったし(別に吹奏楽を批判してるわけではありません。念のため。吹奏楽とオケとはまるで違うので。)、弦もまとまった響きとして聴こえるようになってきた。エキストラが入る人数も明らかに減ってきていて本当に団員がつくり挙げた演奏会という雰囲気になってきた。1,2年後にはほぼ全員が団員でできるようになるのも夢ではないかもしれない。
なにしろ30人もエキストラに頼って、演奏会をしてるなんてアマオケもあるらしいし。なんかそんな見栄を張って本来の実力以上の曲をやるのも悲しいよね。。。
まあ、次のチャイ5でまたどれだけ成長できるのか楽しみ
相変わらず、アメリカ式の外側の配置に慣れないワタシがいるが(苦笑)・・・

練習後に、ある練習を覗きにオケ仲間のおうちへ。今回、いつもオケ仲間から誘われるサロンコンサートへの出演(2週間後)を、はじめのうちは断っていたのだが、結局メインとアンコールの2曲のみ参加することになった。というか成り行きでそうなってしまった(笑)

曲は、
・「音楽の捧げ物」よりトリオソナタ(全楽章)(J.S.BACH)
・ドッペルコンチェルトから第1楽章(J.S.BACH)

大学時代、バロック音楽研究会という室内楽サークルに入っていたので通奏低音のいやらしさは身にしみてわかっている。・・・通奏低音、スキじゃないんだけど今回は曲が曲だけにやっぱり出たいなぁ☆ということで(笑)
ちなみに今回は、あいにくチェンバロを使用できないので、ピアノで代用。
今回ちょいと心配なのは、このダークトーンで薄モヤがかかったようなトリオソナタの全楽章を、20数分にわたってお客様たちに聴いてもらうのは少しきつくなかろうか?ということかな。。。いくら名曲で大好きな曲っつったって、愛好家以外の人に全楽章聴いてもらうのはちょとしんどくなかろうか 。。。まいっか、頼まれただけだし(苦笑)

このバッハの「音楽の捧げ物」のトリオソナタ。とうの昔に自分の“今後絶対やる曲リスト”入りしていた曲だったのだけど、なかなかやる機会が今までなかった。トリオソナタだから退屈な通奏低音をだらだらやっているわけではなく、この曲はちゃんと1声部をまかされるのだ。大バッハ様の後期を代表する曲だけに魅力的じゃないわけがない!!

というわけで、今日はその

「音楽の捧げ物」BWV1079のトリオ・ソナタ(J.S.BACH作曲)

をご紹介。

この曲はクラシック愛好家の中では有名な曲だけど、一般にはほとんど馴染みのない曲だと思う。
バッハの最後の作曲である、あの偉大で感動的な『フーガの技法』が作られる少し前に作られた、まことにユニークな動機から生まれた作品集の中の1曲だけに、とても興味深い曲だ。
この「音楽の捧げ物」という曲集は、自身フルート愛好家であるフリードリヒ大王が、バッハに対して即興で与えた半音階進行を少し変形したような特に魅力があるとはいえない1つの主題を、バッハがそれを元に類まれな作曲センスによって作曲したものを編んだ曲集。
この「音楽の捧げ物」はトリオソナタの他には、美しい6声のリチェルカーレがおそらく最も有名だろう。この6声のリチェルカーレは新ウィーン楽派のウェーベルンが後に見事な編曲を残していることでも有名だが、この原曲のリチェルカーレもフリードリヒ大王の挑発的な注文、つまり、「6声を2手で弾けるようなフーガを作曲してみせよ」というとんでもない注文にバッハが見事に答えて作られた名曲だ。これもいつかは弾いてみたい。ウェーベルン編曲盤もオケでやれたらうれしいことこの上ない

まあそんなわけで、昨日この曲をさっそく初見で全楽章弾いてみた。
この曲の第1楽章の地の底からわきあがってくるような深いダークな響きと、闇の中に一筋の暖かい光をともしたようなフラウト・トラヴェルソの暖かい響き(今回はモダンフルートですが(笑))、そして憂いを帯びたヴァイオリンの音色、そしてそれをささえるチェロの深い音色(←ほんとか?)・・・もうすべてに感動。第2楽章もバッハの面目躍如としかいいようのない高密度のポリフォニーがこの楽章のもつ推進力とあいまって、非常に力感あふれる構成。(←あくまで合奏練習中のワタシの脳内妄想(爆))
第1・第2楽章は本当に弾きながら感動できるのですよ

この曲はソナタ・ダ・キエーザという“緩・急・緩・急”による教会ソナタの形式でつくられている。もちろん全楽章でフリードリヒ大王の主題が扱われるが、規模の大きさから言っても、その類まれな構成力から言っても明らかに第2楽章がこの曲の中心なのは明白だ。第2楽章の主要主題がポリフォニックに展開しつつ、その中にフリードリヒ大王の主題が絶妙なタイミングで顔を見せる。非常に力強く魅力的な音楽です♪

この曲、チェロ的には技術的に難しいところはほぼ皆無。(あくまで“ほぼ”(笑))
たしか第4ポジションより上は使わなかったと思う。一部を抜かしてほぼ初見可能レベルだった。(安心しました。なにしろ本番が2週間後だから(笑))
けれども問題は、いかに“シンプルに”、“音楽”、“歌”を作り上げるか。
そして、思っていたとおり、やはりその中でも一番のネックは第4楽章Allegro。
もうひとつのAllegro楽章の第2楽章は4つの楽章の中で最も長い楽章だが、4楽章ほど音楽が掴みにくいわけではない。
それに比べ、この第4楽章は、とっつきにくい半音階進行や、無理やりとも見える掛留音、タイが出まくるし、まるで練習曲かと思うような連続する下降形の音階が速いパッセージで出現したり。。。それも発音の鈍いG線とC線でそんなことをやらされるのである。ひぃ~(XoX)
でも偉大なバッハせんせのためなら

おそらく聴いている方も、この第4楽章を1度聴いただけでは、この曲がいったいどんな音楽なのか、すぐには掴みづらい印象をもたれるかもしれない。ましてや我々のつたない演奏では・・・。第4楽章を魅力的に弾くにはやっぱりムジカ・アンティクワ・ケルンのようにスタイリッシュな演奏ができないとなぁ。でもバロック・ボウもってねーし誰か一日でいいからバロック・ボウレンタルしてくれぇ~

この「音楽の捧げ物」は手元に2枚の録音がある。
クイケン兄弟の演奏と、ムジカ・アンティクワ・ケルンのもの。
どちらも甲乙つけがたい秀逸な演奏。

クイケン兄弟の演奏は第1楽章と、第2楽章が特に素晴らしい。本当に兄弟の息がぴったりと合っていて、第1楽章のダークな雰囲気といい、第2楽章の非常に説得力ある力強い語り口は、本当に素晴らしいとしか言いようがない。この曲の究極の名演と思わせるほど 

おもしろいのは、普通どちらかというとアンティクワ・ケルンのほうが先鋭的で極端な演奏をするイメージがあるが、ことテンポの設定に関しては全く普段とはことなる感想を持った。クイケン兄弟たちのほうがテンポ設定が明らかに極端なのだ。特にクイケン兄弟がとった第2楽章の速さときたらもうハンパじゃない。でもカッコイイ♪ 反面、ケルンのテンポ設定は意外にも普通。

話をクイケン兄弟の演奏に戻します。クイケン兄弟は第1・第2楽章で素晴らしい集中力を見せてくれますが、第3・4楽章の処理はあれ??という感じでちょっと説得力に欠ける印象。第1・2楽章でみせた説得力・集中力が第3楽章でいきなり消失してしまう感が否めない。第3楽章がダレてしまう原因は遅すぎるテンポ設定にあるようにワタシには思える。第4楽章もどこか重苦しくメリハリにかけるようなイメージがある。(第4楽章のメリハリのなさはテンポ設定にあるとはさすがに思わないが)
というわけで、4楽章全体で見ると少しバランスが気になる。(すいません、えらそうなこと言って

それに比べ、全4楽章にわたってバランスのよい演奏を聴かせてくれるのがムジカ・アンティクワ・ケルン。先に述べたようにテンポ設定はとくに極端な印象を受けない。(あえて言うなら第3楽章が多少速く感じる程度。)彼らの演奏を聴いて、第4楽章が初めていい曲に聴こえた(苦笑)だがフレーズの鋭い処理の仕方が、ああやっぱりケルンだな(苦笑)というのはもちろんありますけど

まあ、いずれにしろどちらも甲乙つけがたい魅力をもった演奏です。どちらもすばらしい楽団なので




【曲目】J.S.バッハ:「音楽の捧げもの」BWV1079(全曲)
【演奏】シギスヴァルト・クイケン(Vn)、 バルトルド・クイケン(Fl-tr)、ヴィーラント・クイケン(gamb)、 ロベール・コーネン(cemb)
【録音】1994年 オランダ,ハールレム教会



【曲目】J.S.バッハ:「音楽の捧げもの」BWV1079(全曲)
【演奏】ムジカ・アンティクワ・ケルン、ラインハルト・ゲーベル(指揮)
【録音】1979年2月ミュンヘン

ジュリーニ死去

2005年06月16日 | おすすめクラシック



大指揮者カルロ・マリア・ジュリーニ死去、91歳 (時事通信) - goo ニュース

20世紀を代表する偉大な指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニ氏が死去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げますm(_ _)m

ジュリーニと言えばクリント・イーストウッドと一卵性双生児と見紛うくらい似てまよね♪(←何を藪からぼうに(笑)・・・)
まあ、んなこたぁどうでもいいんですが、20世紀に生きた指揮者の中で、“ダンディ三羽ガラス”という人たちがいます。
それがカルロス・クライバー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、そしてこのカルロ・マリア・ジュリーニ。みなさん素敵なおじ様たちですよねぇ もう惚れ惚れ

もちろん“ダンディ三羽ガラス”なんてのはワタシの勝手なネーミングですが(笑)

どうです?信じちゃいました??

ここからはちょとマジメに(笑)
ワタシはジュリーニの演奏にはあまり入れ込んでこなかったのですが、ひとつだけ忘れられない演奏があります。その演奏がシンフォニーの演奏でないのは残念ですが、このバックのオケの演奏をとても気に入って何度も聴いていたので取り上げることにします。本当はマーラーかブルックナーあたりを取り上げたかったんだけど、あいにくありません そう言ってるうちに、この人のマラ1とマラ9のCDが欲しくなってきた(笑)

ジュリーニに対するワタシの印象は、とてもしなやかで、音質はとても温かみがあり、素敵なお父様的な演奏とでも言うんでしょうか(苦笑)なにかとても安心感を与えてくれる演奏という印象があります。オケ奏者にも聴き手にもとても自然に呼吸をさせてくれているという印象もあります。イタリー出身の指揮者(アバド、ムーティなど)に共通するしなやかなカンタービレというか、どんなフレーズも歌にしてしまうそんな魅力も感じます。

そんな印象を持ったこのCD。





【作曲者】フレデリック・ショパン
【曲目】ピアノ協奏曲第1番・ピアノ協奏曲第2番
【ソリスト】クリスティアン・ツィメルマン(Pf)
【指揮者】カルロ・マリア・ジュリーニ
【管弦楽】ロサンゼルス・フィルハーモニック
【録音】1978年11月、1979年11月 ロサンゼルス
【レーベル】独グラモフォン UCCG-3402

ソロのツィメルマン(ツィマーマン)は、2000年にこのショパンの2つのコンチェルトを再録音していますが、こちらは最初の2曲まとめての録音。ツィメルマンの若さあふれる情熱に、ジュリーニがやさしく包み込むようにバックアップ。ツィメルマンがとても心地よく弾けている感じがよく伝わってきます。ロサンゼルス・フィルは、この演奏でしか聴いたことがないのですが、どうしてなかなか素晴らしい♪やっぱりジュリーニの魔法のタクトがすごいからなんでしょうか。。。

この2つのコンチェルトのうち、ワタシのオススメの演奏は第2番の演奏です。
ショパンのコンチェルトは実際に書かれた年代と実際の番号が逆になっていて、第2番の方が先に書かれたというのは有名な話で、第1コンチェルトよりも、この第2コンチェルトのほうに祖国のポーランド人は親近感を持っていると言われています。
そういう背景を別にしても、やはりポーランド人であるツィメルマンの音楽性はこの第2番のほうが合っているとワタシは思います。特に第1楽章が格別。情熱的で瑞々しいピアノ、そしてジュリーニの包み込むような息遣い、すべてが絶妙のバランスの上に構築されている感じがするのです。ちなみにワタシは第1コンチェルトを聴くならブーニンを聴きます♪
ジュリーニのシンフォニーの演奏を紹介できなくて残念ではありますが(それは他の方におまかせすることにします(苦笑))この演奏でもジュリーニの類まれな音楽的センスを汲み取ることは十分に可能だと思います。

それにしても、昨年のカルロス・クライバー、今年の春先のガリー・ベルティーニと、指揮界の巨星が次々と逝ってしまうとは・・・なんとも悲しいことです ワタシの大好きなクルト・ザンデルリンクは今年93歳。。。長生きしてね"ぇ~ん


追記('05・6・16)
よくよく考えてみたら、もうひとつジュリーニの演奏のCD持ってました
またまたコンチェルトなんですが、ホロヴィッツのピアノで、モーツァルトの第23番のコンチェルトです。こちらも非常に美しい演奏。最晩年のホロヴィッツ爺の無邪気な演奏によりそうかのように素晴らしいジュリーニのバックアップがひかります 名演です。
ワタシとしてはショパンよりむしろコチラのほうがオススメかもしれません(苦笑)


【作曲】モーツァルト
【曲目】ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488、ピアノソナタ変ロ長調K.333
【ソロ】ウラディーミル・ホロヴィッツ(Pf)
【指揮】カルロ・マリア・ジュリーニ
【管弦楽】ミラノ・スカラ座管弦楽団
【録音】1987年3月ミラノ
【レーベル】独グラモフォン POCG-20056


セ・リーグ監督切り~♪

2005年06月15日 | すぽると!

突然ですが、プロ野球のセントラル・リーグの6球団中、どの監督が一番魅力的な監督か、ワタシの独断と偏見で批評してみようと思います♪
評価はの数が多いほうがいい監督・その反対がダメ監督。最高は6つです。
いつもそれなりに見ている野球中継と、そこそこみるスポーツニュース程度の半端な知識をもとに語るので、監督、チームの情報は球団によってかなり偏りがあることをあらかじめお断りしておきます。

実はワタクシ、中学時代元野球部員だったんですが(うそじゃないっす(笑))、入部の理由が部員が1人足りないから入ってくれと頼まれて、仕方なく入部したいきさつがあります。野球はキライじゃなかったけど、小学生からテニスに一番のプライオリテイを置いてやってきて、それなりに成績を収めていたワタシとしては、野球はそんなに入れ込む気でやらなかったスポーツです。おかげでたいした活躍もできず、あげくに、おまえの打ち方はテニス打ちじゃーんとか言われるし(笑)←だってしょーがねーだろ!テニスがメインなんだからよー。無理やり入れたのはおめーらだろーみたいな(爆) なぜそんなことになったのかと言えば、ワタシがいた中学も高校も硬式テニス部がなく、ワタシは個人的にスクールに通っていたということです。

あれれ・・・なんか話がだいぶそれましたね(笑)
とにかく、今日これから書く勝手な監督批評は、各監督がとる細かい戦術の内容などの細かいテクニカルな面の分析はほとんでできないので、かなり勝手な素人批評になることを前もってお詫びしておきます。

じゃあさっそくはじめますか!

まずは、読売巨人軍監督、堀内恒夫氏。(評価:
この方、ワタシが見る限り、およそ監督向きじゃないね。病み上がり(それも大病)っていうハンデもあるし、清原とは仲が悪いみたいだし、スカウトが取ってくるピッチャーがことごとく使い物にならないヤツばかり、おまけに故障者続出、など、いろいろ問題は抱えてると思いますが、それにしてもです!!
このひと、その時々の感情が表情に出すぎ 
勝ってりゃニタニタ・ヘラヘラ笑ってるし、負けてりゃ肩落としてションボーリしちゃってるし。あんたは感情だけで野球してんのか!ホントにこの人について行こうって気がまるで起こらない監督ですね。H野監督みたいに憎まれ役を進んで買うわけでもないしね。そんな元気もないんでしょうが(笑)
とにかく今そこに起こっていることに一喜一憂しすぎだよ それじゃ上司として失格でしょ。以上。早く原くんと変わんなさい。そのほうが寿命も延びると思います。

次。中日ドラゴンズ監督、落合博光氏。(評価:
昨年いきなりリーグ優勝を果たしただけあって、さすが落合さんです。
その前年までは、あのド派手で目立ちたがり屋の奥方と、悪趣味を絵に描いたような成金マイホームを見せびらかし、それから、あらゆる人間を小ばかにしたような、人を食った“迷”解説で、放送スタジオの雰囲気も、お茶の間の雰囲気も奈落の底へ突き落としていた落合氏ですが(笑)、この方、監督になって少しはイメージアップが図れたんではないかと思います。
事実すごいんだけど、勝ってても負けてても、ニタニタと人を食った笑みを浮かべ続ける姿を見ていると、さすがにちょとキモイ ありゃ絶対、宇宙人はいってますな もう少し普通になってタモ~

次。広島カープ監督、山本浩二氏。(評価:
12球団中、一番お金をかけていないチーム、広島カープ。よくやってますよ、実際。頭が下がります。そしてそれを率いている山本監督も。
それにしても、これほど悲劇的なチームがあるでしょうか。主力の江藤を巨人にかっさらわれ、これまた主力だった金本は阪神で息を吹き返し今やチームの主軸として八面六臂の活躍ぶり、町田も阪神(だっけ?)で代打の切り札として大活躍、中継ぎの要だった玉木はいつのまにか楽天に移籍して中継ぎとして重要な仕事を果たし、主軸の一人だったシーツまでもが阪神に鞍替えしまたしても主軸として活躍、あげくの果てに少し前まで正捕手だった西山までいつのまにか巨人のキャッチャーの補助要因として移籍。(巨人戦で阿部の代わりに西山が出ているのを見たとき、一瞬唖然とし、まさに口アングリ状態になりました(爆)) お金たくさん持ってる巨人と阪神に輸出して資金を稼いでいるわけね
哀しいっ!哀しすぎるっ!!
昨日はエースの黒田が先発したにもかかわらず、交流戦最下位チームの日ハムに乾杯し、今日もプロ初先発のダルビッシュに手も足も出ない。山本監督が寂しそうに肩を落としている姿を見るのはちょと哀しいね。MAZUDAも売り上げ好調なんだからもうちょとお金だしてあげればいいのにさー。この選手輸出超過のかなしいチームの現状を救ってさしあげましょうよ。とにかくこれじゃあ山本監督の魅力を出す以前の問題な気がするよ。

次。ヤクルトスワローズ監督、若松勉氏。(評価:
ヤクルトというチームはあまり興味がないので、チーム事情はまったく知らないに等しいです。知ってるのは、春先に偉大な古田選手が2000本安打を達成したことくらい。
若松監督は、6球団の中じゃどう見ても一番地味な方ですなぁ。
なんだか、勝ってても負けててもションボリしてるように見えてしかたがない
なにをそんなに困ってるのかなあって。。。
しかし、野村監督がこのチームを常勝球団として率いていたころと比べると、今はだいぶ落ちぶれましたねぇ。石井和久投手はMLBに行っちゃうし、エースの藤井はパッとしないし、あの怪力ペタジーニももういないし。。。ほんとに戦力低下が著しい。そんな中、今上位を争っているというのは、やはり大黒柱の古田選手とこの監督のすごさなんでしょうね。
堅実さとしぶとさはなかなか見るべきものがあると思います。欠けてるのは派手さや華やかさだけか。。。

次。阪神タイガース監督、岡田彰布氏。(評価:
阪神強いですねぇ。井川くんがぱっとしないことを除けばもう言うことないんじゃないでしょうか。岡田監督の野球の特徴はあんまりよくわかんないので、なんともいえないのですが、1年目の成績を見たときは、やっぱり星野さんのようにはいかないかな。。。なんて思ってましたが、2年目の今年、確実に結果を出そうとしている岡田監督がいます。やっぱりこの人もすごいんだねぇ。

最後に、横浜ベイスターズ監督、牛島和彦氏。(評価:
この方、けっこう好きです。まず粘着質じゃないところがいい。たいていの監督は、堀内さん、あるいはノムさんみたいにジメジメ~っ、ジト~っとした人が多いんですが、この方は実にさっぱりしている印象があります。プロフィール見てみたらワタシと同じB型やんけ。B型バンザーイ
こういう監督の気質は、ベイスターズというチームカラーにとっても合うと思います。ベイスターズは、もともと細かい野球をするチームではなく、少々オオザッパで爆発的な打線を持った若いチームという印象があります。そのオオザッパな魅力を、さらにオオザッパだった前監督の山下氏はこのチームの魅力を生かすことができず、ついに功なり名なり遂げることなく牛島監督にバトンタッチしたわけですが、この牛島監督。ある意味オオザッパさが魅力だったこのチームに、彼はしたたかで緻密な野球を自然に取り込みつつあるのではないかという印象をもってます。この44歳という若さと、大阪生まれの明るい性格と、野球解説者としても評価が高かったこの人の緻密な頭脳によって、山下監督の暗黒時代からこのチームは脱皮を遂げようとしているように見えます。
そしてさらに見逃せないのは、あの田村選手の活躍。ワタシ、田村選手大好きなんです。インタビューなどを聞いていてもぜんぜん浮ついたところがなく、誠実でさわやか~な印象♪ そして、この人の、生まれ持った天性の武器、黄金のリストをバネにくりだされる魅力的なホームラン。うーん芸術的 テニスでも野球でも“強靭なリスト(手首)”はものすごい武器になりますね♪

なんだかんだ勝手放題言いまくってきましたが、セ・リーグ6球団中、上司として一番魅力があるのは牛島さんだと思います!!

流石はハインリヒ・シフ♪

2005年06月12日 | おすすめクラシック
本日放送のN響アワーの話題から。

ワタクシ、ちぇろ弾きなだけに今日のN響アワーで取り上げられたチェリスト、ハインリヒ・シフをとりあげないわけにはいきません
ハインリヒ・シフは、1952年にオーストリアのグムンデンに生まれた、ドイツ・オーストリア系のチェリストの中でも実力・人気ともにナンバーワンのチェリストです。
ドイツオーストリア系の有名なチェリストで他に思いつくのは、モーツァルテウム音楽院出のクレメンス・ハーゲンくらいでしょうか。。(まだまだいるかもしれませんが(笑))

ハインリヒ・シフは、1972年(彼が20歳のときですね☆)のオーストリアのグラーツで開かれた国際現代音楽協会音楽祭で、あのロストロポーヴィチ(チェリスト)のピンチ・ヒッターとしてルトスワフスキのチェロ協奏曲をみごとに弾ききって、名声を勝ち得た方です。

彼の使用するチェロもまた名器中の名器で、1781年製の“ガリアーノ”と、1698年製の“ストラディヴァリウス”といった2つの名器を弾きこなします。最近はストラドの方を使用しているようです。ガリアーノの方は、どちらかというとツヤっぽく鋭い音で、ストラドの方は暖かくて深みのある音で音量も非常にあります。


今日取り上げられた演奏は、1984年にN響と共演したチェロ協奏曲第2番(ハイドン)から第2・第3楽章と、1990年にやはりN響と共演したチェロ協奏曲(ドヴォルザーク)の全楽章。

個人的には彼の弾き方だと古典のハイドンはコテコテになりすぎるのではと心配していましたが、それは無用の心配に終わりました 非常に端正な構成力とやわらかくのびやかな音で素晴らしい演奏でした。別に古楽的なアプローチでなくても、演奏内容さえすばらしければなんでもいいのですっ とにかくいいものはいい 名演というのは演奏スタイルによって左右されるものではないことを見事にしめしてくれていましたね♪(念のために・・・ワタシは古楽も大好き人間です☆どちらか一方を否定するような分らず屋ではありません。)
指揮のホルスト・シュタインもやはりシフと同じオーストリア生まれの指揮者。二人の相性は抜群だったと思います。シュタインの明るい音づくりと歯切れのよさがシフを上手にサポートしてました♪

つづいて、ドボコン。
こちらも素晴らしいとしか言いようのない名演。こんなにこのコンチェルトを安心して聴けることはなかなかないです。
シフはこの大曲を、どのパッセージも決してこれ見よがしにゴシゴシ弾いたりしません。第1楽章の美しい第2主題での彼の語り口は耳元でやさしく語りかけるようなうっとりするアプローチで第1主題との対比が素晴らしい。第3楽章でのコンマスとのデュエットも美しかった!!

このコンチェルトは様々な悪趣味な演奏(例えば、マイスキーに、ロストロに、ジャン・ワンに・・・挙げたらきりないね(苦笑))で手垢に染まりまくっているのですが、シフは本当に端正なアプローチと、美しい音で、この大曲をたいへん見事に弾ききってくれました。こういう演奏を生で聴きたいね~♪


実は、ワタシがシフの演奏を初めて知ったのがこのドボコンの演奏です。
このCDでのシフは今日放送された1990年の演奏よりもさらに10歳若いときの演奏です。コリン・デーヴィスとアムステルダム・コンセルトヘボウのサポートも完璧。名演です。
ワタシが買ったCDは『THE GREAT COMPOSERS』というシリーズで特別販売されたもので、現在は中古CD屋さんにでも行かない限り入手は困難だと思いますが、以下に紹介するCDで全く同じ演奏を聴くことができます。
おまけに2枚組で近代の有名なチェロ協奏曲を4曲も聴くことができるお得盤です☆



Disc1
■ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調 op.104
ハインリヒ・シフ(vc) 
コリン・デイヴィス(指揮)コンセルトヘボウ管弦楽団
1980年12月アムステルダム、コンセルトヘボウにおけるデジタル録音

■プロコフィエフ:交響的協奏曲 op.125(チェロ協奏曲第2番)
ハインリヒ・シフ(vc) 
アンドレ・プレヴィン(指揮)ロサンジェルス・フィルハーモニック
1989年4月、ロサンゼルス、UCLA、ロイス・ホールにおけるデジタル録音

Disc2
■R.シュトラウス:交響詩『ドン・キホーテ』 op.35
ハインリヒ・シフ(vc) 
ディエトマル・ハールマン(va) 
クルト・マズア(指揮)ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
1989年6月、ライプツィヒ、ゲヴァントハウスにおけるデジタル録音

■シューマン:チェロ協奏曲イ短調 op.129
ハインリヒ・シフ(vc) 
ベルナルト・ハイティンク(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1988年12月、ベルリン、イエス・キリスト教会におけるデジタル録音



というわけで、今日は大満足N響アワーでしたぁ


※お詫びと訂正('05・06・13)

 ホルスト・シュタインをオーストリア生まれの指揮者と書いてしまいましたが、間違いでした。
 ドイツのヴッパータール生まれだそうです。すんませーん 

最終回がいちばんヨカッタ♪

2005年06月11日 | LOVE☆TV
いやいやいや(苦笑)、最近携帯のメール受信時の着信音をダースベーダーのテーマにしてます☆
なんか気分いいです♪一瞬だけ“ベイダー卿”気分ですよ(笑)
こないだまではBoAちゃんの“メリクリ”のオルゴールバージョンだったんですが、(←季節はずれもいいとこだろ(爆))いよいよ梅雨入りした関東地方のこのいや~なジメジメ感を吹っ飛ばすためにこの壮大なテーマに変更です♪いや~実に気分がいい!!








さてさて、昨日の溝口さんちの肇くん♪
3回連続放送の最終回。

とってもよかったです!
昨日は“言葉”と“音楽”の対話がテーマだったようですね♪
なんとあの日本が誇る大詩人、谷川俊太郎氏を迎えてのコラボでした!

谷川さんが登場して、まずおっしゃったのは、「言葉は音楽に対していつも恋して、失恋している」ですって
なんというか、さすが大詩人は言うことが違うなぁ
それに対して、溝口さんも「言葉にせまりたくて音楽をやってます。言葉には明確な意味があるけど、音楽は意味づけが非常にあいまいで、聴き手によって受け取られ方がいかようにもなる音楽は、言葉の持つ力にはかなわないからうらやましい・・・」とかなんとか言って、返してました(苦笑)
“言葉”と“音楽”は、お互い永遠に嫉妬しあう関係なのね☆ 仲が良いこと

ワタシが見ていておしろかったのは、やはり二人のダイアローグです。

まずは「言葉」と「音」の即興的な対話。
谷川氏が、適当に単語を与えて、それに溝口さんが即興で答える。
谷川氏が思いつきで“ビッグ・バン”とか“カップヌードル”とか“爪楊枝”とか“地平線”とか“鍵括弧”といった、まったく脈絡のない意外性のある単語を次々と与えて、溝口さんのチェロからどのようなフレーズが抽出されれるのかを楽しんでいたご様子でした。
谷川さんのいい意味で挑発的な問いかけに、苦笑いをうかべながらも、まじめに即興で答える溝口さんの様子がおもしろかった 会場のお客さんたちも非常に楽しんでいたご様子☆

そして最後に・・・ 待ってましたぁ!詩と音楽のコラボ。
谷川氏の『願い』と『平和』という詩を朗読するかたわら、溝口さんが即興で音楽をつける。
このシリアスなテーマの詩に溝口さんが選んだ調はD-minorでした。
なるほど。さすがだなと思いました。
こういう祈りのイメージをもった二調の無伴奏の音楽でワタシがすぐ思いつくのは、もちろんバッハのD-minorで書かれた無伴奏チェロ組曲第2番と、D-majorで書かれた無伴奏チェロ組曲第6番。
このニ調というのは、深い哀しみ・祈り、そして希望、明るさ、穏やかさを表すのにもってこいの調だなと♪
ああ、チェロってこういう祈りをテーマにしたような音楽大得意なのよねといまさらながらに共感です
ニ短調ではじまった音楽は、途中、微妙な転調を繰り返しながら動きをつけていき、最後は希望あふれるニ長調で締めくくられました。

すばらしかったです 

溝口さんは自作曲の演奏でも、インプロヴィゼーションでも、ことさらに技巧を誇示するようなことはほとんどないのですが、彼のインプロビゼーションは、とてもよいセンスを感じます。とても自然体でこちらの心にしみこんできますね。ブラボーでした
今日みたいなコラボまたやってもらえるとうれしいな


 カッコよすぎ(苦笑)

マーラーって奥が深いのヨ♪

2005年06月09日 | 演奏会&CD評
【曲目】交響曲第4番(マーラー)他
【指揮】ダニエル・ハーディング 
【ソリスト】ドロテア・レシュマン(ソプラノ) 
【管弦楽】マーラー室内管弦楽団 
【録音】2004年1月27,28日 トリノ


人間、最初は全然受けつけなかったものでも、知らないうちに慣れちゃうものなんですね(もちろん時と場合によりけりですが)
実は、1月ほど前に購入したこのハーディング&マーラー室内管のマラ4。(おもいっきり衝動買いだったんですが)
とにかくこの演奏、最初は全然受けつけなかったんです。
音楽(演奏)が古典派以前の音楽を演奏するように整理されすぎているし、テンポも速めでちょっとセカセカしている印象、そして、やっぱりどう考えても音が薄い。。。
買う前からある程度想像はついていたのですが、やっぱり実際聞いてみると納得がいかなかった。

いや、このことは買う前からわかっているつもりだったのです。
なぜかって、ハーディング&マーラー室内管とい言えば、現在ではもっとも古楽的なアプローチですばらしい演奏ができるベルリンフィル以上の腕利きが集まったモダンオーケストラであり、室内オケゆえフルオケとは明らかに音の厚みが違う。

だから容易に想像がつくことだったのです。マラ4ってマーラーの中では一番室内楽的なシンフォニーだしまいっか(笑)とか思って。。。

それで、ハーディング&マラ管大好きなワタシはついついこのCDに手が伸びてしまった。
案の定、最初はまったく受け入れがたい演奏だった。
でも、ようやく慣れました。

このような演奏を21世紀のマーラーの理想像!などとおおげさなことを言うつもりはありませんが(苦笑)、何かとても新鮮味を感じる演奏であったことは確かです。

でもやっぱ彼らの演奏は生で聴かないとすごさが伝わってこないな。。。
それに、このヴァージンクラシックスの録音技師の仕事ぶりははっきり言ってあまりいいとはいえない。
なんか音に立体感がなさすぎるんだもの。
音が薄く感じたのはこの録音自体にも相当問題がある気がしてならない。こんな低レベルな録音を続けるようなら、さっさとヴァージンクラシックスを見捨ててメジャーレーベルでなくてもBISとかに移籍してもっと良質な録音を残して欲しいなあ。
彼らほどの演奏家たちにも彼らのファン(ワタシも含む!)にも、ヴァージンクラシックスはいい仕事で答えてないような気がするよ。




続いて、日曜に放送されたエッシェンバッハ指揮・フィラデルフィア管弦楽団のマラ5。
たいへん素晴らしかったです!!

この曲の不条理さ・精神分裂病的な曲調・人間愛を、このオケの凄まじいまでのダイナミクスレンジを持って、そして深~い響きをもって表現してくれました。
唯一心残りなのは、第1楽章の第1トリオ(だと思う。たぶん(笑))のまさにクライマックスで1st.Tpが・・ピロポロぴろり~ん♪って感じでほとんど音にならない音になっちゃったとこくらいかな(苦笑)
ク~└(>o< )┘もったいない!!他は完璧!!もう、聴いてるあいだずぅ~っと背中ゾクゾクしてましたYO!

第4楽章のアダージェットでは太陽光のとどかない深海に沈潜してゆくような、マーラーの、アルマに対する深~い愛の告白を聞いたような気にさせられました♪ああ~なんて贅沢な響きなんだぁ~
ワタシのこのアダージェットのイメージは深海にただようプランクトンの気分なんですよ←深海にプランクトンなんかいねえか!

あと、ここのヴィオラ・セクション素晴らしいっ!!
これほど美しく・大きく・太い音で響いてきたヴィオラ・セクションは初めて!!ヴィオラってこんな輪郭がはっきりしてデカイ音出たっけ!?ってくらいすごい!!主席の方の音もそりゃあでかくて美しいっ!!
あと、コンチェルトの時のオーボエの主席(マラ4の演奏は別のじいさん)、すごく気に入りました!まさにワタシ好みの音とフレージングセンス!!
この演奏を聴く前は、「な~んだぁ~( ̄~ ̄)  エッシェンバッハかよ~( >o<) パリ管との「悲劇的」最悪だったぜ~。。。チェッ!なんでヤツが・・・」←なんてバチ当たりなやつ(苦笑)
なんて思って全然期待してなかったけど、いい意味で期待を裏切りまくってくれました!!




さて、今日はマーラーの演奏の話題づくしですが、最後にとどめの一発!!(爆)というか、思うところを。
なんというか、2002年のラトルのベルリンフィル就任演奏会でのマラ5や今日冒頭で紹介したハーディング&マラ管のマラ4などの演奏と、フィラデルフィア管などのアメリカのオケをはじめとするマーラーの演奏を比較するのはある意味非常におもしろいことだと思ったのです。

なぜかって、アバド時代から徐々に試みられてきた様々な音色の使い分けという作業がラトルの就任によりさらに推し進めるカタチになり、モダンも古楽もなんでもこなせるスーパー・オケになることを目標としているベルリンフィルに対して、20世紀の伝統的な厚みのあるフルオーケストラの音をそのまま体現しつづけるフィラデルフィアのマーラー。

おもしろいじゃないですか!

どちらが正しいなんて、もちろんそんな大それたことは言いません!!

けど、やっぱフィラデルフィア管のような音でマーラーやってほしいってのが本音だな。

中途半端に古楽の響きの影響をうけたマーラーはどうもこじんまりして、整理整頓されすぎていて、おまけにラトルのあの悪趣味な芝居がかった指揮もそれに加わり、ベルリンフィル(ラトル指揮)のマーラー、ほとんど最悪。。。(あくまで個人的見解です)

ベルリン・フィルがアバド時代からやってることは、ある意味壮大な実験です。モダン楽器を使ったオケが、ほとんどすべての時代の音楽をその時代にあった解釈・アプローチ・音色で完璧に、それも納得のいくような演奏ができるのかという壮大な実験。この特権はベルリンフィルにしか与えられてないとでもいいたげだ(苦笑)いくらスーパーオケだって、そんな都合のいいことできるわけないだろうに(プっ

ワタシは古楽は古楽界のスペシャリストたちの演奏の方が数倍大好きだし、マーラーの演奏はアメリカのオケやウィーンフィル、などのほうが数倍大好き。
主席指揮者が存在しないウィーンフィルなんかじゃ、たまにラトルがベートーベンを古楽的なアプローチでやったって、ラトルなんぞに魂を売り渡すような連中ではない。当たり前。
20世紀のモダン・オーケストラの音はそれはそれで大いなる遺産なのです。だってマーラーは明らかに20世紀のオケの音を思考して作られた音楽ですよ。
だから、何も古楽♪古楽♪する必要はないのです。
“なんでも屋”なんて都合のよいものはこの世の中にはありません。あるとしたらそれはまやかし。なんでも屋を目指したばっかりに大事なモノを失うことほど悲しいものはありません。
スペシャリストにまかせればいいのにさ

ただ、マーラー室内管は相変わらず素晴らしいです☆理由はここが室内楽オケであるというのが理由の大半を占めることは明らかです。だからベルリンフィルには無理。(余暇にベルリン・バロックゾリステンなんてやってるけどさ・・・)

でも、ベルリンフィルだからこそ、もともとあまり特徴的な音を持たないオケだからこそ、世界に冠たるスーパーオケだからこそ、そうせざるを得ないのでしょうね。いや~たいへんだ、たいへんだ。
でもホントのスーパーオケなら、マーラーをモダン楽器で20世紀らしい壮大な音でしっかり表現して、古典派以前の音楽はちゃんと古楽器に持ち替えて、その時代の解釈・アプローチ・音色でしっかり表現する。これをやらないとねぇ(苦笑)
もしかしたら、いずれはそうなるのかもしれませんが、とにかくここまでできてホントのスーパーオケだと思うんです。おそらくアバドに始まりラトルが推し進めている流れの到達点はここにロックオンされているのかもしれませんが(笑)

どちらも極められない中途半端オケなんて聴いてて虫唾がはしってくるのですよ(苦笑)マーラーらしい厚みのある音も出せず、古楽にはなりきれない・・・なんか哀しい

ただ、今これに一番近いところにいるのが、ラトルのベルリンフィルではなく、ハーディング率いるマラ管かもしれないなと思うのはワタシだけかな?。。。(もちろん完全に納得はしてないですが)


いずれにせよ興味深い問題です♪
今後、この世界が認めるスーパーオケ(ベルリンフィルのこと)の動向を気長に見守って行くことにしようではありませんか。カッカッカッ