すごい。90年代初頭のイッサーリスが帰ってきた。
ワタシとイッサーリスの最初の出会いは、サン・サーンスの《チェロ協奏曲第1番》(実際はそのもう少し前に実演で聴いたロココ・ヴァリエーションだったが、ほとんど記憶にない)。
あの頃のイッサーリスは、あの非常に明るく艶やかな音色のガダニーニを操ってその活きのよさを見せ付けていたのがとにかく印象的だった とにかく輝いていた
その後あのパワフルな音量と音色を持つモンタニャーナを操るイッサーリスもたいへん印象深かったが、さらにその後、これまでの2つの楽器とはまるで性格の異なる、室内楽的で非常に繊細な響きを持つストラド“フォイアマン”を貸与されて以来のイッサーリスには正直な話、少々物足りなさみたいなものを感じていた。
リヒャルトの《交響詩「ドン・キホーテ」》(→こちら。視聴可)、サン・サーンスの《チェロ協奏曲第2番》(→こちら。視聴可)、・・・。どれも素晴らしい出来で水準をはるかに越えた演奏なのだが、少しながしすぎているというか、輪郭がぼやけ気味というか、なにやらマンネリズムの気配が漂い始めているように感じていた。
しかし、今回のブラームスはそのイメージを払拭するに余りある。
なんというのだろうか・・・あのガダニーニを操っていた頃の眩いくらいに活きのいいイッサーリスと、デビュー以来20数年間熟成・発酵させて来た彼の音楽性と経験値。これらの点と点が今回の録音で見事にひとつの線で結ばれた・・・つまりひとつの頂点に達した感がある。それだけの気迫をこのディスクに感じる。デビュー以来の再録音だけになおさらだ。
息を呑む演奏というのはまさにこのことかもしれない。
そのイッサーリスのチェロを支える、スティーヴン・ハフのピアノ。
1994年のグリーグ、ルビンシテインのソナタの録音でのこのコンビ。ハフのピアノからは硬質でなかなかにクリアーな美しいタッチを聴き取ることができるものの、今回のブラームスに見るような抜群の説得力、構成力、息の合ったアンサンブルといったものを感じさせるにはまだまだ程遠い伴奏だった。
しかし、3年前(2002年)のフランクとラフマニノフの録音あたりからいよいよその真価を発揮、そしてついにこのブラームス!
なんというのだろうか、このピアニスト。とにかくペダルの使い方が抜群なのだ。ヴィヴィッドな響きから、羽毛がふわっと浮き上がるような、すれ違い様に艶やかな香水の香りがフワっ~と香りたつような甘~い響き、そして隕石が目の前に落ちてきたかのような力強いマッシヴな響き・・・とにかく無駄なペダル操作というものが微塵もない。ペダルの使い方が抜群なぶん、ノンペダルのときの表現力・テクニックも際立っている。そして以前から持っていた硬質でクリアーな美しいタッチ。そして新たに加わった非常に説得力のある構成力と、曖昧さのかけらもないアーティキュレーション、そして非常にアグレッシヴなフレージングとリズム。とにかくブラームスがピアノに託したことを全てやってのけているのだ。彼のソロアルバム、リストの作品集や、フランクの作品集を聴くのがこれから本当に楽しみ☆
むぅ~( ̄~ ̄) 相変わらず華麗な弾き姿♪
彼の英語はイギリス英語にしてはすごくクセのある発音。
彼の祖父がロシア系だからなのだろうか・・・
今年のBS放送で、イギリスのマナーハウス風の館のリビングルームで、イッサーリスがアンナ・マリア・ヴェラの伴奏で同じくブラームスの第1ソナタを演奏していた。
イッサーリスとハフはお互いの創造性と抜群のテクニックによる相乗効果で、こちらの期待をはるかに上回る化学反応を起こしてくれるのだが、マリア・ヴェラ嬢には悪いが、彼女の伴奏はまるで力量不足、1+1が“3”にも“4”にもなってくれるどころか、1+1=1.5がせいぜいといったところ。この曲はいくらチェリストがひとりがんばっても、説得力のある演奏にはならないのだ。それだけブラームスの筆致は精緻を極め、チェリストとピアニストに対等なアンサンブルを要求している。
イッサーリスがテンポを明らかに上げたがっているところでも、彼女はいっぱいいっぱいでそれについてこれずといった鈍いレスポンスに加え、貧弱なダイナミックレンジ、あまい構成力、色彩感のないタッチ、どれをとってもハフのそれにはるかに及ばない。とにかく弱々しくてじれったいピアノだった。
そう、ブラームスのピアノというのは、何か斧で丸太をぶった切るような“ある種の”力強さも必要なのだ。
やはりブラームスのピアノはピアニストを選ぶということだろうか。
まあ、とにかくそれだけこの2度目の録音はすごいのだ。
最後にひとつ。同じハイペリオンレーベルから発売された前作のラフマニノフとフランクのディスクよりも、今回の録音の方が格段に優秀な録音だ。
チェロとピアノという2つの楽器の距離感、音量バランス、程よい残響感、高音域・中音域・低音域のレスポンスのバランス、全てが絶妙にサポートされている。録音エンジニア、プロデューサーの気合の程が伝わってくるというものだ。ハイペリオンレーベルは現在苦境に陥っているという話をあちらこちらで見かけるが、本当にがんばって欲しいものだ。
このアルバムはそういう意味でも格別の1枚
そして何より、かゆいところに手が届くハフのピアノに、まさに巨匠の風格を見せ付けたイッサーリスの存在感
ワタシにとってこのブラームスは、ビルスマ&インマゼールの録音と並ぶ、いや、最高の1枚といえるかもしれない。
ちょっと未練がましいが、クレーメルの無伴奏の再録音よりも、このイッサーリスのブラームスの再録音のほうが、本年度レコードアカデミー賞を受賞するだけの内容を備えていると思うのは、ワタシだけだろうか?
<CDデータ>
【演 奏】スティーヴン・イッサーリス(Vc)
スティーヴン・ハフ(Pf)
【曲 目】・チェロソナタ第1番ホ短調 Op.38(ブラームス)
・森の静けさ Op.68-5(ドヴォルザーク)
・ロンド ト短調 Op.94(ドヴォルザーク)
・バラード ニ短調 Op.3-1(スーク)
・セレナード イ長調 Op.3-2(スーク)
・チェロソナタ第2番へ長調 Op.99(ブラームス)
【録 音】2005年5月
【レーベル】HYPERION
【品 番】CDA67529(海外盤)