思い出のメモ

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千早城跡と国見城跡

2018-11-01 | 
国史跡 千早城跡コースマップ

千早城跡
阪府南河内郡千早赤阪村大字千早
築城 楠木正成
国の史跡に指定されている。鎌倉時代末期より南北朝時代に存在した楠木正成の城である。四方を絶壁に囲まれ要塞堅固を誇ったといわれる連郭式山城、本丸跡には千早神社が建つ。
四方を深いに谷に囲まれ、城の背後のみが金剛山の山頂に連絡する要害の地、金剛山の山頂は標高1125m、城の最高所の標高は673m、比高は175mとなっている。北条軍を引き受け、楠木正成が奇策を用いた攻城戦の舞台となった。
正成は、金剛山一帯にいくつもの要塞を築き、その指令所として千早城を用いたと伝えられています。 金剛山頂付近にその名を残す国見城址も、そういった要塞の一つです。


登城口にある説明板!


四の丸 紅葉が美しい!


三の丸に立つ 標柱!


千早神社(二の丸から本丸が続く)


千早城跡五輪塔(楠木正成の墓説ありと表記)


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金剛山山頂の国見城跡!

国見城跡
奈良県御所市高天
築城 正慶元年(1332)、楠木正成が築いた城砦
天正12年(1584)に佐久間安成が根来寺衆徒・雑賀軍を率いてここに篭城し、岸和田城主・中村式部少輔一氏と合戦を行ったという
 正成は、金剛山一帯にいくつもの要塞を築き、その指令所として千早城を用いたと伝えられている、国見城もその要塞の一つだったようです
本丸跡とされる広場に、海抜1125mの金剛山頂標識が立つ。


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