アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、2007年、カンヌ国際映画祭最優秀監督賞受賞作品ということとブラット・ピット出演作なので鑑賞。違う場所の出来事を連鎖させる技量は見事だが、日本の部分が唐突に感じた。感想は映画鑑賞後にお読みください。
モロッコ:遊牧民の兄弟は父から羊を守る銃を渡されるが、悪意なく放たれた銃弾が
バスで移動中のアメリカ夫婦(ブラット・ピットとケイト・ブランシェット)の妻に命中し、瀕死の重傷を負わせる。
アメリカ~メキシコ:事故に巻き込まれた夫婦の子供の世話役のメキシコ人女性(アドリアナ・パラッザ)は息子の結婚式に出席する予定だったが代理が見つからず、仕方なく幼い子供二人を連れて、自分の甥(ガエル・ガルシア・ベルナル)の車でメキシコへ向かう。
日本:モロッコで使われた銃の所有者ヤスジロー(役所広司)は聾唖の娘チエコ(菊地凛子)の心を汲み取ることができない。
チエコは母を失った悲しみと会話で意思疎通できない苛立ちを慰めるかのように街に繰り出し遊ぶ。
4つの場所と4つの言語を使うことによって監督は映画のテーマを普遍的なものにすることに成功。「言語や文化の違いだけが心に壁をつくるのではない」
世界のどの場所でも心の痛みをかかえている人間がいると主張しているのかと
映画を鑑賞した直後は思った。
イスラム教徒の父は威厳があるはずだが、子供の未熟さを防ぐことはできない。
アメリカ人夫婦は末息子を亡くしたショックから関係がぎくしゃくしている。
日本人のチエコは母と比べて父が自分を理解しようとしていないと不満を述べる。発砲事件について事情聴取にきた刑事を母の自殺を調べにきたと誤解し、父を庇おうとするが、何故か刑事に心の痛みをぶつける結果となる。(このチエコの行動が突飛に感じられて映画に感情移入できずに終わる・・)
メキシコ人女性は息子の結婚式で楽しい時間を過ごし、アメリカに帰る途中、
甥が飲酒運転をしていたため、国境の付近で車から降ろされ、預かっている
アメリカ人の子供二人の命を危険にさらすはめになる。
幼い男の子が「なぜ逃げるの?本当は悪い人なんでしょ」と問うとき、
彼女は答える。「悪い人ではないの。ただ過ちを犯しただけ」と。
その台詞がモロッコの兄弟、アメリカ人旅行者、チエコの家族、メキシコ人の甥に当てはまり、最後は彼女の人生も狂わせる。
モロッコの兄弟が崖の上で無邪気に風をうける姿、メキシコからの帰り道、ドレスをボロボロにしながら助けを求める家政婦の姿が映像的には最も心に残った。
モロッコの砂漠地帯で流れる乾いたギターの音、メキシコの陽気な結婚式の音楽、それにはさまれた渋谷のクラブの喧騒とチエコの世界の静寂。
音の演出も凝っている。カンヌ監督賞に値する作品だと頭では納得する。
叫び。ケイト・ウィンスレットが白い帽子をかぶった(敬虔なイスラム教徒)獣医にさわられるとき、拒絶する叫び、チエコが自分を受け入れてもらいたくて発する叫び、16年間のアメリカでの生活を奪われたメキシコ人女性の嗚咽。
男たちの無力さ。ブラット・ピットの当惑ぶり、ガエルくんの無責任さ、
役所のノーテンキぶりには違和感を覚える。三人が揃って”逃げる”人間。
メキシコ人の中年男や刑事のように”触れ合うこと”を肯定する描写に
戸惑う。触れ合いは大事だが緊密になったり、裸になったりしなくても
表現できるでしょ。プンプン・。
ケイト・ブランシェットが現地のおばあさんから渡されるパイプを吸って
落ち着きを取り戻し、チエコが刑事に心の内をつづったメモを渡したあと、
父と手をつないで終わるラストが腑に落ちないな~。だってネ、
アメリカ人夫婦と日本人の家族は絆を取り戻したように描かれている一方で
モロッコの少年たちとメキシコ人女性は明白に不幸になっている!
上手い映画だ。偏見を捨て、心の障壁をとりのぞこうと訴えているように
見せながら、冷静に考えると、安易にガイドに銃を与えた日本人、
お気楽に異国を旅する欧米人、不法滞在した女性を送還するアメリカを
冷ややかな視線で描いている様に感じられた。モロッコの家族と
不法移民である家政婦に同情する視線が強い。
銃弾=武力を否定するのが監督の意図だったのかもしれないと今は思っている。
東京の摩天楼シーン、実はアメリカに近いように見える東京を選んだのでは
ないかと思った。モロッコやメキシコらしさは演出されているのに、
日本らしさは感じられないからだ。一発の銃弾から悲劇は起きるが、
その銃の所有者が日本人であるというのはかなり不自然では?
銃の所持が違法とされている国なのだから。
こういう不自然さや誇張(チエコの行動)が映画を好きになれない理由だ。
ブラット・ピットが息子と電話で話すシーンが大変上手く使われていて、
予告を観たら作品を観ずにはいられない。期待にたがわず、このシーンで
時間軸がずれる巧みさに息をのんだ。別々の場所で撮影していた俳優たちは、
仕上がった作品を観たとき、どう思ったか。
特に、役所広司。出番少なすぎ
ブラット・ピットの演技は良かったが、映画は好きになれないので、
10年前の彼の写真を載せておきます。