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CANTUS OMNIBUS UNUS

Cantus popli,cantus mundi.
Cantus omnibus unus.

「新しい歌」―No.250

2010年06月27日 19時55分57秒 | 曲語り
作曲:信長貴富

無計画なブログだったけども、最初から最後はこの曲、と決めていた。
(最初はやはり信長さんの「初心のうた」だったか、懐かしいね)

高い人気の一方で
「深みがない」だとか「ポップすぎ」とか、「結果、どこが演奏しても同じ音楽になる」みたいな
批判があることは百も承知。

それでも、僕はこの五曲がうたう飽くなき「うた」への渇望に心からの共感を抱かずにはいられない

タイトルとは裏腹に、特別、“新しい”技法が用いられているわけではない
むしろ、どこまでも素直。ありきたり?なのかもしれない。
しかし、「うた」とは何かという難問を解き明かす一つのヒントがここにはある。
そうした意味ではまさに「新しい歌」。

要するに、めっちゃ好きなんです。はい。
オリジナルが男声というのも良い。

1.新しい歌(Federico Garcia Lorca/長谷川四郎)

―もろもろの物 もろもろの風
その中心にせまる歌だ
とこしえの心の喜びに
最後には安らぐ歌だ―



2.うたをうたうとき(まど・みちお)

―うたを うたう とき
わたしは からだを ぬぎすてます―



3.きみ歌えよ(谷川俊太郎)


―きみ 歌えよ
きみのこと 洗いざらい
ひとりで 歌えよ
こわれたギター 抱きしめて
歌えば 歌えば 歌えば ああ
誰かがいつか 耳すます―


4.鎮魂歌へのリクエスト(Langston Hughes/木島始)

―《セント・ルイス・ブルース》を 演ってくれ
死んだら ぼくのために
すばらしい音楽が 欲しいんだ
あそこ 空の高みでは―


5.一詩人の最後の歌(Hans Christian Andersen/山室静)


―私は枝の小鳥のように歌っただけです―

__

言葉、ハミング、ヴォカリーズで、
あるいは指慣らしや手拍子、口笛でもって、ただひたすらに「うた」がうたわれる。

―もろもろの物 もろもろの風  その中心にせまる歌だ―


男声合唱とピアノのための「新しい歌」より 5.一詩人の最後の歌

自分の耳に間違いがなければ、おそらくお江戸さんのもの
今年も、チラシ(?)が工夫されてますね

ただ、この曲の場合は2000年の六連での初演時の演奏が圧倒的に素晴らしいと思う。
粗はあるけど、200人程の歌い手たちの熱気がすさまじいです。
ワグネルの録音で聴いても感動できるのできっと生はすごかったんだろなぁ
二台ピアノの初演の時も、それはすごかった!

誕生してから10年経っても「新しい歌」は未だに「“新しい”歌」であり続けています。
きっとこれからも多くの人々に歌われていくことでしょうね。

__

合唱の世界は底なしに奥が深く、また歓びに満ちている。
一生かかってもその全てはみえないだろなぁ!

そして一人でも多くの人が、一緒にうたってくれますように。

静かな雨の夜に―No.240

2010年05月26日 22時17分35秒 | 曲語り
今年の春は何だか天気の悪い日が多い


別に雨は嫌いじゃない
天から落ちてくるものを眺めるのは単純に面白い
降る直前のあの匂いにも、時にはっとさせられる


濡れるのはあんまり好きじゃないけど、
それでも、たまにはジーン・ケリーよろしくSing in the rain~♪してみたい衝動に駆られる。
あれは実際、かなり恥ずかしいから、まだやったことはないんだけどね


ここ数日の雨みたいな、だらだらうっとうしく降りつづける雨にはさすがに閉口する。
特にバイオリズムが底に堕ちているときは、どうしようもなく厭な気分になって、外へ出たくない。
ポタポタ屋根をうつ雨の音に耳を傾けながら、ぼんやりしている。
はた目には物思いにふけっているように見えるかもしれないが、
何一つ高尚なことを考えているわけでもなく本当にぼんやりしているだけ。時々寝ている。


―いつまでもこうしてひっそり坐っていたい―



静かな雨の夜に
詩 谷川俊太郎
曲 松下耕


日ごろはどうも松下作品とは縁遠い生活をしているが、この作品は外せない。
本当は全5曲からなる同題の組曲なのだが、まだこの終曲しか実演に接したことがないのが残念。
実はわりとテキストの持ち味を部分的に破壊してしまうことも多い合唱曲の中で、
詩と曲がいい感じに相乗効果を出している稀有な存在だと思ってる。課題曲になったのも納得。

混声版もあるけど、男声版は無。
女声をオク下げで歌ったら怒られるかしらん?(w


まぁいいや。
そのうち幸せのほうが俺に挨拶にやって来るだろう

(…違う曲)

「いつからか野に立つて」―No.230

2010年05月02日 00時19分20秒 | 曲語り

以前、お知らせしたようにこのブログも末期。
ホントに好き勝手にやっていきたい。

もともと、ストレス発散が目的の一つだったこともあり、
結果的にはご覧の通り、愚痴・不満の掃き溜めになってるな

___

無伴奏男声合唱組曲「いつからか野に立つて」

詩:高見順
曲:木下牧子

生きていて避けられない人間の負の感情―苦しみや悲しみ、憎しみ。
そんないやぁなモノを暖かく包んでくれる、そんな作品だと思ってます。
今まで何度、この曲に励まされたかなぁ
本当に大切にしたい曲。

2003年信州大学グリークラブ委嘱作品。
(信大グリー、いい仕事した!)


―ひとびとの
悲しいおもいが
昇天して虹になる
悲しみが美しく
天を飾るのだ―

組曲の代表選手。
虹のように弧を描くやわらかな旋律に
キノマキ独特のぶつかりがここちいい和音。
全日本の課題曲になったのも納得です。
ホントにいいフレーズだと思いませんか?…

―病気だから彼は大きな声で怒鳴らない。
人の邪魔はしない、
人の生活に文句はつけない、
自分が苦しんでゐるから人を苦しめない。―

前曲や次曲とは対照的にコミカルな8分の6拍子。
苦労した人ってたいがい、いい性格だ。


葡萄に種子があるように

―青い葡萄が
酒に成るやうに
私の胸の悲しみよ
喜びに成れ―

ぼんやりとした響きにはじまり、
クライマックスに向かって、徐々にましていくその明るみ・広がり。
そして余韻を噛みしめるかのように再び音の輪郭はぼやけていく。
シンプルだけどしっかりした曲と詩。
何となく酔いつぶれている主人公の姿がみえるような気もしなくもない。
やけ酒?


―今日も亦私は人を憎む―

―生きることは憎むことであるか―

―私の憎しみが私を悲しませる―

作品全体で動と静が交互に出現する構造も組曲の懐の深さを助けているのかな。
テキストの言葉通り、ギラギラした力で満たされた曲。
いつも人を憎んでしまう自分が嫌で嫌でたまらない。


―どの辺からが天であるか―

ゆったりとした時間が流れている。
第3曲同様、じんわりきます。


いつからか野に立つて

―いつからか野に立つて
天の一角へ右の手を差しのべ
それだと叫ぶのが
この私のならはしとなった―

終曲は男声合唱らしくダイナミックかつエネルギッシュかつドラマティック!
かっこいい!
カタルシスの塊ー

そぉれぇだっーそれだっーそれだーそれだー

 

この組曲がなんで素晴らしいって、
とにかく男声合唱という形態にフィットしている。
たぶん女声や混声ではこの作品の魅力は出てこないと思う。
これ以外の木下さんの男声作品にはいまいちピンとこなかったのだけど、
この全6曲だけは心の底から歌いたくてたまらない。

多くの男声合唱人にとっても同様なようで
アンコンの男声部門の曲目等見ても、
この作品の楽曲がたくさん入っていて「それ以外無いのかよ…」と逆にちょっとさびしくなってしまうほど、、

_____

何といってもなにコラの演奏がすばらしい。
何度聞いても最初の和音で鳥肌。やわらかいなぁ


全曲聴きたい方はこちら
何気に一番最初に買った合唱のCDだ。
もう、なにこらは別格だね。。
5月9日にKOBELCOでコンサートだそうですよー

 


「木とともに 人とともに」―No.220

2010年04月11日 22時40分26秒 | 曲語り

一週間のご無沙汰でしたー
いやねぇ、年度始めって忙しいんですよ、ホントに。
あぁ、まだ勧誘ポスターつくってないぃ…

「木とともに 人とともに」

曲:三善晃
詩:谷川俊太郎


何か春っぽい曲だよなぁと思ってこの曲集。



木とともに 人とともに

1999年の「上野の森コーラスパーク」のテーマ曲としてつくられたんですって。
童声合唱の譜面も書かれていますが
こっちのバージョンはまだ聞いたことがないのだなぁ

―声よ湧け 私のうちに
花々の声 水の声
そよ風の声 いのちの声―


―声よ湧け あなたのうちに
思い出の声 明日の声
物語る声 初めての声―

いろんな声がいろんなとこから湧き上がってくる。
交わされる声たちはやがてひとつの声に。
いのちの、はじめての、声。


(いつも思うんですが、谷川さんって
なんでこんなに合唱にぴったりの詩を書かれるんですかねぇ…
そんじょそこらの指揮者よりよっぽど「合唱」を知っているよ)



―かたわらにいないと
あなたはもうこの世にいないかのようだ
窓から見えてる空がさびしい
ひろげたまんまの朝刊の見出しがさびしい―


もともとは独唱曲として作曲されたもの。
やわらかなメロディも、ちょっとジャズっぽいピアノも素敵。
そして、これまた詩がいいのだぁ…

前後2曲と比べると若干地味な気もするけど
自分のお気に入りなのです。



生きる


―生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと―


教科書に載っているくらい有名な詩かつ超名曲なのだけど、
「生きる」ことを歌っているわりにはどうもお通夜みたいな曲で好きになれない、、、、というのは冗談。

あえて短調にすることで
一つ一つの言葉の重み・輝きがより明らかになってる気がする。
実力ある団が歌ってくれると冒頭の2節で鳥肌。


―人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ―

 


今は明るい気分になりたいので表題曲の演奏。


合同演奏ということもあるんだろうけど
独特の興奮・賑々しさがあって好きです。


あー混声歌いたーい


三つの抒情―No.150

2009年12月02日 21時06分38秒 | 曲語り

作曲:三善晃

登場が遅くなってしまいました。
この人なしで日本の合唱は語れない。
誰もがそう認める、大芸術家。
信長さんや輝昭氏はじめこの人の影響を受けた作曲家も一体何人いることか。。
器楽曲でも多くの作品を世に送り出しており、
合唱のみならず、戦後日本の音楽界をリードしてきたといっても過言ではないでしょう。

そんな氏の女声合唱処女作がこの作品。
1962年に作曲され、今なお、歌い継がれ名作とたたえられています。
いや、正直これを超える女声合唱曲はもうできないと思うよ。うん。
シンプルながらも女声の持つ質感―それは野蛮な男声には微塵も感じられない(笑)―
を最大限にいかした曲だと思うのです。
また歌もさながら、全曲を通して脈々と流れ行くピアノがまた本当に素晴らしいんだ!

共に若くしてこの世を去った二人の詩人、中原中也・立原道造のテクストも
美しく、心にじんわり沁みわたります。
なんで昔の人って、こんなに日本語が巧みなんでしょうね、、


1.或る風に寄せて(詩:立原道造)

(前略)

おまへのうたつた とほい調べだ――
誰がそれを引き出すのだらう 誰が
それを忘れるのだらう……さうして

夕ぐれが夜に変るたび 雲は死に
そそがれて来るうすやみのなかに
おまへは 西風よ みんななくしてしまつた と


2.北の海(詩:中原中也)

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

(後略)


3.ふるさとの夜に寄す(詩:立原道造)


やさしいひとらよ たづねるな!
―なにをおまへはして来たかと 私に
やすみなく 忘れすてねばならない
そそぎこめ すべてを 夜に……

いまは 嘆きも 叫びも ささやきも
暗い碧の闇のなかに
私のためには 花となれ!
咲くやうに にほふやうに

この世の花のあるやうに
手を濡らした真白い雫の散るやうに――
忘れよ ひとよ……ただ! しばし!

とほくあれ 限り知らない悲しみよ にくしみよ……
ああ帰つて来た 私の横たはるほとりには
花のみ 白く咲いてあれ! 幼かつた日のやうに

 


とにかく、これほどの名作ともなると、その魅力を言語化することは
私なんかには無理です。
ちなみに歌うことも無理です。
※福永陽一郎氏による男声編曲版もありますがそれは邪道です(笑)

だからこそ、今の若い子たちには是非挑んでほしいなぁ。
僕の分まで、、、

楽譜。