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車止めピロー:旧館

  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

中村あけ海さんの百首から

2010年02月21日 | 五首選 - 題詠2010
061:奴
 船底で死んだ奴隷を夜の海に投げるみたいに辞表を出した


074:あとがき
  かみあとがきれいに残った首筋を宮下ならばどうしただろう
071:褪
  窓際にいつづけたんだ 三木さんの社員証だけ褪色してる
014:接
  泣きそうなときは倉庫の片隅で接着剤を嗅いだりします
003:公園
  夕焼けの公園で営業二課の加藤が鳩になっていました


出される辞表として最も適切なすがた。
死んだ奴隷を夜の海に投げるみたいに。

生命をなくした乗員は投棄するしかない。
荷物になるからだ。衛生上もよろしくない。
なによりクサっていく同乗者を見るのは、忍びない。
仲間は、だらりと海を漂って見えなくなり二度と回収できない。
関わりを無くした仲間は仲間でなくなり、事態は自分の手には負えなくなる。

放り出した辞表は、奴隷であったかつての自分自身の身代わりだ。
ひとつの社会的な死。そして解放。
死体は暗い海の底を目指すが、魂は海上の遥か上方を漂っている。
それまでの奴隷という身分と、乗っていた船を同時に自ら捨てるのだ。
受理されるかどうか、それにすらもう関心は無い。
怒りと悲しみが伴うのは、その船に未練があるときのみ。
遺体は捨てられたと同時に忘れられ、船もまた同じなのだ。

  積載に適した船荷かいつもいつも試され試されして私たち   理阿弥

映子さんの百首から

2010年02月13日 | 五首選 - 題詠2010
015:ガール 
 ワタシも と 思う気持ちの 恐ろしさ

   五十五に棲む ガールの肉片


087:麗
  キミのその オッパイ飲ませる横顔に

    『麗しい』って言わせてよボク
060:漫画 
  漫画だね 漫画かよってナによそれ

    ゴルゴ13 ムズカシイのよ
057:台所 
  泣き場です キッチンなんて ウソばっか

    台所ナンテ 泣くところだよ
023:魂 
  魂に 愛してるって 云ってみた

    お腹と胸と 空に向って


ボーイはいくつになってもボーイだ、とはよく言われる。
あにはからんや、ガールもか。「肉片」の語が生々しく響く。
恐ろしさ、は素直な感想だろう。
おそらくそこに、未来の自分の姿をみていて、
しかもそれは無意識だから、恐ろしさの源泉が分からないのだ。

この方の歌の魅力ってなんだろう。
どの歌にも衒いやかっこつけがなく、まっすぐに響いてくる。
奔放な歌は、技術や理屈では書けない。
嘘の無い魅力に人は惹かれる。
悲しくも、奔放さとは必ず失われるものなのだが、
映子さんの自由なガール性こそは、
長く輝き続けるだろう、いくつになっても。

  怖いほど直ぐなる世界永遠の少女の窓に映る街並   理阿弥

tafotsさんの百首から

2010年02月13日 | 五首選 - 題詠2010
004:疑
 書割の空に騙されないくらい疑り深きスズメバチたれ


062:ネクタイ
  二度と見ることなき君のクロゼット 贈りしネクタイ馴染みてあらめ
028:陰
  静物に陰をつけゆく絵の外の光の在り処を確かめながら
007:決
  「問題は解決しましたか?」に幾度「いいえ」を押して なにもなんにも
003:公園
  真夜中が照らされている 公園の廃パイプ椅子の影の黒さよ


日中、天気のすごく好いときに仄暗い喫茶店などから外を眺めていると、
真っ青な空があまりに鮮やかで、本物だとは信じられないことがある。
西海岸か、と突っ込みたくなるようなスカーンと抜けた空。
ハイビジョン用カメラで撮って、地デジ対応40型テレビに
写されるために用意された、そんな綺麗すぎる空。

そしておもわず呟いてしまう。「嘘くせェ・・・」
行き交う人達がまるでお芝居の登場人物のように思えて来るのだ。
彼らにとってはいつも通りの、本物の空。
店を出て同じように闊歩するためには、期待される「役」を
自分も演じる必要があるのかもしれない。
街に似つかわしくない鋭い針は、隠していなければならない。
そんなふうに各々が直隠しにしながら溜めた力を、一気に放出する一刺し。
それがこうした短歌の一首一首となるのだろう。

  真理さんのうなじの匂い持ち込んで行けゼンニックウ書割りの空   理阿弥

夏実麦太朗さんの百首から

2010年02月10日 | 五首選 - 題詠2010
064:ふたご
 あるだろうふたごクラブに暗黙の一卵派閥と二卵派閥は


077:対
  集合の多対多対応語るとき数学教師はややも華やぐ
065:骨
  さば缶のさばの背骨をかみ砕く煮えきらぬわが性思いつつ
054:戯
  戯れにロシアンLOOKチョコレートバナナを嫌うわれら集いて
043:剥
  剥がされた光GENJIのポスターのなかなるひとのそれぞれの今


観察し・分析し・ラベルを貼り・安心する。
生存するために身につけた人間の習い性。
世代で、学歴で、性別で、血液型で、職業で、財産で、見た目でラベリング。
言語を獲得することの本質は「分ける」ことにある。
これは「赤くて」「丸い」から「林檎」だよ、というふうに。
すべての人間はまず区別することを身につけてしまうものなのだ。
そのあとに「平等」を学ぶのは、大変に難しい。

あるでしょう、もちろんふたごクラブの内部にも。
少数派は希少さゆえに優越を感じ。
他方は多数派としての優勢を誇る。
さらには、兄姉派閥と弟妹派閥まで。
人あるところ閥のあり。
面白さだけではない、普遍性をもった一首。

  今朝われは奴隷階級 幼らが仕分けをしきるごっこ国にて   理阿弥

松木秀さんの百首から

2010年02月08日 | 五首選 - 題詠2010
082:弾
 弾丸は銅製にせよとハンターに命令届くエゾシカの猟


089:泡
  釣り船の近くに泡の浮き上がり人魚姫また一人消えたか
085:訛
  置き薬のセールスマンが時おりに聞かせてくれる青森訛り
080:夜
  冬の夜の寒さを元素にたとえれば晴れたる夜は銀にも近し
041:鉛
  冬空は鉛であるから雪こそは歌舞伎役者のかつて白粉(おしろい)



鉛害を防ぐために銅弾を使えというのは、
残酷さの中の優しさを思わせ、一見アイロニックだ。
しかしそれを人間の身勝手と見るのもまたひとつの身勝手。
増えすぎて生態系に深刻な影響を与えているエゾシカは、
現地では食料としての利用が広まっているとか。

猟銃で命を奪う瞬間とか想像もつかないけど、
鳥類や哺乳類を食べるために殺すという行為は、
一度経験したほうがいい、するべきだ、と思う。
どなたかが殺してくださった命を、ただ暖かいところで
享受している、99%のうちの一人としては。

  蝦夷鹿も鯨も鶏もありがたく我と仲間の血肉として   理阿弥