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【えちぅど】オレンジウィンド


 甘い匂いが鼻に届いて、イラッとした。金木犀の匂いだ。人工的な。慎みも奥ゆかしさもない。これは金木犀の香りだと分かるけれど、金木犀の匂いではない。

 秋風が吹いて、前を歩く彼から小さな橙の花が薫る。嘘の匂いだと俺は知っている。横の家の塀から伸びた花の匂いを今嗅いだばかりだから。

 彼は"女友達"からの好意に気付いていない。"友達"だからハンドクリームを塗ってもらったのだろう。"友達"だから相手の腕を取って、その匂いを確かめたのだろう。けれど彼女の真意はきっとそうではない。相手がどう思っているかは知らない。彼に何を求めているのかも。ただ、俺は不愉快だった。見ていて。彼女が友人という立ち位置で妥協している?彼との深い仲を期待している?俺には関係のないことのはずなのに。いいや、ある。何角関係を描いているのかは定かでないし、俺に見えているのは三角関係で、それで俺がひとつの角を担っている。二等辺三角形か?直角三角形か?

「甘い匂いがするな」
 秋風が吹いて、彼が振り向いた。並んで歩くのは照れ臭い。彼が先を歩き、俺はその背中を追う。いい距離感で、これが実質の力関係だ。惚れた時点で俺が下。俺が弱者。
「ハンドクリームの匂いだろう。さっき塗ってなかったか」
 そのまま事実を述べたのにどこか僻みっぽくなった。情けない。
「あ~、これとはちょっと違う。もっと、ふわんって……ふわわ~って」
 ここは住宅地。どうせ近くの家から漂ってきた夕食の匂いだろう……だとしたら、甘くはないな。
「う~ん、もっと、う~ん?なんだろな。洗剤?」
 彼は鼻先を突きつけて俺のほうに近付いてきた。背伸びをして上を向き、前方を確認することもなく、迫ってくる。俺は後退った。リュックが真横にある民家の壁にぶつかった。彼はまだ接近して鼻を鳴らしている。
「おま、え………潰れる!」
 俺は壁に挟まれて、俺の腕を台みたいにして、彼は塀の奥にある庭木を嗅ごうとしていた。自分の腕から同じ匂いがするはずだろう。塗ってもらっていただろう。
「あ、これだ、これ。この匂い!分かる?」
 至近距離から、作られた金木犀の香りがした。秋の柔らかな風が吹いて、さらに強く感じられる。
「この匂い、好きだ」
「キンモクセイの匂いだよ」
「あ、これオマエの柔軟剤の匂いだ」
 彼は無防備に、急に俺に照準を定めて、鼻を突き出してきた。
「待っ………おま、……」
「やっぱ、オマエの匂いだ。見つけた、やっと」

***
2023.10.13
強めの柔軟剤はワンチャン香害。

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