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タケル哲学@gooニュース

本家「The Point of タケル」で展開している「タケル哲学」をgooニュースに限定して展開します。

【スペースシャトル】はみ出し素材除去完了

2005年08月06日 | サイエンス
スペースシャトル、修理後も帰還時の安全性に依然懸念の声が (ロイター) - goo ニュース 

耐熱タイルの隙間からはみ出している接合素材を除去する作業が無事終了した。

ニュース映像を見たのだが、案外簡単に引き抜くだけで済んだ模様。

しかし、引き抜いただけで大丈夫なのだろうか?

引き抜かれた跡は隙間になっていると考えられるのだが、それで大丈夫なのだろうか?

その隙間を埋める必要は無いのだろうか。

心配はまだ続く。。。

太陽系第10惑星発見か?(またボツか?)

2005年07月30日 | サイエンス
太陽系に10番目の惑星、冥王星より大?…NASA (読売新聞) - goo ニュース

2004年の春にも、セドナが話題を呼びましたが、今回は冥王星よりも大きいというらしいので、太陽系第10惑星に認定される見込みです。

ただ、朝日新聞の記事
「惑星と認めるかどうかは今後、国際天文学連合で議論されるが、ブラウン教授は「冥王星より大きな天体は惑星以外の何ものでもない」と述べている。惑星の定義はあいまいで、冥王星を惑星と呼ぶことにも異論がある。」

とあるように実は惑星の大きさについての定義がない。
結局、セドナが惑星ではなく小惑星に格下げされたのも「冥王星よりも小さいから」との漠然とした理由だけ。

その冥王星すら、惑星と呼ぶことに異論があるわけだから、この際便宜的な定義付けをしたらどうだろうか?

その天体の(推定)質量などを基準にすればよいと思う。
(難しいかなぁ・・・。)


ついでに衛星についても同様に。
衛星も、大きさについての定義はない。
例えば、地球の周りをサッカーボールサイズの天体(?)が周回していたとしても、それは衛星とは認められないらしい。。。
では、どのくらい大きければ衛星と認められるのだろうか?

現在でも、木星や土星で新たな衛星が見つかっているが、科学技術が進歩して、観測レベルが上がれば、土星のリングの一粒一粒まで解析できるだろう。

そうなったとき、どこまでを衛星と呼べばよいのだろうか?



*スペースシャトル「ディスカバリー」が宇宙にいるこの時期に、この発表は何かウラでもあるのだろうか? NASAと言うかアメリカは、関連した話しを立て続けにリリースすることによって「お祭り」をよりいっそう盛り上げる傾向があるからなぁ・・・。 実はディスカバリーの機体損傷問題から世間の関心を第10惑星発見へと仕向けるためとか・・・。

「地球生まれ」のニュートリノ初検出

2005年07月28日 | サイエンス
素粒子ニュートリノ「地球生まれ」初検出 東北大チーム (朝日新聞) - goo ニュース

今まで見つかっていたニュートリノは宇宙から地球に降り注ぐものを捕らえていたモノであるが、今回の発見は火山活動や地殻移動などで生じたニュートリノを地球の内部から捕らたモノである。

で、何に活かせるか?

いや、何に活かしたいか?であるが、地震の予知などに活かして欲しいものである。


商学部経営学科卒のタケルがサイエンスの分野を語ると、意外な顔をする人が多いが、実は高校時代はチャキチャキの理系。
月刊誌「ニュートン」を購読しているぐらいのサイエンス好きなのであった♪

発射成功!って早いよ、結論が。

2005年07月26日 | サイエンス
[有人宇宙飛行] ディスカバリー打ち上げ、野口さん宇宙へ - goo ニュース

日本時間の26日23時40分ごろ、発射されたスペースシャトル「ディスカバリー」だが、「発射成功!」ってニュースが発射後すぐ流れてる・・・・。

地上に無事帰ってくるまで、「成功」かどうか判断すべきことじゃないような気がする。

日本のメディアまでもが、NASAの「焦り」を受けている気がして、残念って感じ。

(とりあえず無事に大気圏外へ出たようで、なにより。)

「大王のひつぎ実験」の謎?

2005年07月25日 | サイエンス
古代船で石棺運ぶ実験開始 大阪目指し熊本県を出港 (共同通信) - goo ニュース

「「大王のひつぎ実験航海」と名付けられたプロジェクトは、6-7世紀の近畿地方の古墳から、約800キロ離れた熊本県産の馬門石(まかどいし)で造られた石棺が出土している謎を解くため、宇土市や考古学者らが計画した。」と親記事に書いてあるが、「謎」ってなんのことだ?

そんな遠くから、石を運んだことが信じられないのか?
エジプトのピラミッドだって長い距離を運んでるじゃん。

この話の最大の謎は、「なぜ熊本の馬門石が近畿の古墳に使われているのか?」って事実じゃないだろうか。
石を運ぶ技術的な問題・謎なんて小さな問題・謎だと思う。

「なぜ、わざわざ運んだのか?」
この背景を推理・想像することの方が楽しいし、歴史的にも意義が大きいのではないだろうか。