見出し画像

お好み夜話-Ver2

6:35

4月27日土曜日午後7時前、お上の決めた連休で人が少なくなった虎ノ門ヒルズ。


病院からの連絡で急きょICUへ。

医者の見立てでは今夜か明日がヤマだどいうが、一縷の奇跡にすがりたいのが身内の心情。
 
もう10日も目を開けず、自力で呼吸もできない状態の弟は、腸に穴が開き血圧が急降下し、首から入れていた透析もできなくなり、ただ人工呼吸器の力で胸が上下しているだけ。
 
昇圧剤の効果もなく血圧は上が40から35、6をさまよい、額に巻いたパルスオキシメーターの酸素量も80から70に下がり、そのわずかな上下をモニターの折れ線グラフと数字でハラハラ見守る弟の家族とオヤジとかあちゃん。
 
時間はクソ真面目に進んでいき、午前0時を過ぎ弟の息子たちを仮眠させ、末期患者のために仕切られた部屋の中に、両足に巻かれたカフに送り込まれる圧搾空気のプシュー、プシューッという音だけが、あたかも弟の呼吸のように響く。
 
血圧が低すぎるために腸に開いた穴の手術も透析もできず、それゆえ点滴すら中止せざるを得ず、まだ温もりのあった手もすっかり冷たくなって、さすっても握ってももはや何の反射もない。
 
できることならこのポンコツオヤジの血圧を全部やりたいくらいだが、もはやそれでも間に合わないほどの数字がモニターに表示される。

まだ若いICUのナースはマメに口の中に溜まった唾液を吸引したり、何かと親身に介護してくれるが、末期の患者をどれだけ見送ったのかその献身に頭が下がる。
 
 
午前3時を過ぎ、椅子から立ち上がったらフラッとしてよろけ、なんだか肩が重く凝って頭が重い。
 
面会者の控え場所で寝てればと言われたが、夜が明けるまでは、夜明け前がもっとも目が離せないと、
「順番からいったらオレが先だからな!先に逝くな‼️」
耳もとで声を荒げてしまった。
 
子どもの頃はともかく、弟とはそれほど仲のいい兄弟ではなかった。
 
このポンコツが19歳の時に家を出てからは、当たり障りのない話しくらいしかしない仲だった。
 
酒を飲んでバカっ話しをするような仲ではなかった。
 
仮眠から戻ってきた弟の息子たちから、酒が好きで一緒に鉄道旅をして酒を飲んだとか、退院して飲めるようになると嬉しそうに日本酒を飲んだ話しを聞いて、弟とサシで酒を飲んだこともないこの飲んだくれのポンコツは、後悔先に立たずな苦い気持ちが込み上がってきて、弟が好んで飲んでいたらしい信州・上伊那の「夜明け前」を必ず手に入れて口を湿らせてあげようと固く誓った。
 
 
そうして夜が明け、なんとか一晩持ち堪えたなと思ったのもつかの間、血圧が30から20に突入し測定不能の❓が表示され、続いて心拍数が数えるように落ちてゆき、モニターから喧しいピープ音が鳴り響き、酸素量も30を切って❓が表示された。

そしてその時がきてしまった・・・。

6馬35分。
 
それでもまだしばらく腕には温もりがあり、微かな脈動のようなものが感じられたが、さすっても呼びかけてももう弟は還って来ず、逝ってしまった。
 
ナースが医者を連れてきて、瞳にライトを当てたり一連の儀式のあと死亡宣告がなされた、その時は6時49分。
 
弟の体から呼吸器や様々な機器を取り外し体を清めて着替えさせてもらう間家族は待合室で待ち、しばしの放心のあと親戚や知り合いの葬儀屋さんに電話をしまくった。
 
それから呼ばれてICUに入り、機器が取り外され身ぎれいにされた弟の顔は、これまでの額に皺をつくり苦しそうな顔とは違い穏やかで、げっそり痩せていた頬は浮腫んだせいでふっくらとして艶があって静かに寝ているようだった。
 
カンファレンスルームに呼ばれて医者から話を聞き、骨髄移植の結果は良好だったが副作用と合併症がでてしまい手の打ちようがなかったかつてない状態だったとのことで、はっきりした死亡原因がわからないので解剖をさせてもらえないかと言われた。
 
そういうことは当然予想できたので事前に話し合った結果、散々苦しんだのでもうこれ以上切り刻まれたくない、といって断った。
 
 
そして葬儀屋さんから遺体をのせる車が来るまで待ち、係りの人にストレッチャーに乗せられて長い廊下を霊安室まで移動した。

霊安室の簡易的な祭壇の背後に安置された遺体にもう一度対面して、主治医から死亡診断書を受け取り(死亡時刻は6時49分とあるが、我ら家族の中では6時35分だ)、迷路のような病院の中を進みエレベーターに乗って地上へ出て、弟の遺体は車に乗せられて家族とともに千住へ戻った。
 
 
徹夜してみんな疲れ切っていたが、通夜と葬儀の前に何としても「夜明け前」を手に入れようと、オヤジとかあちゃんは帰りの電車を途中下車して心当たりの酒屋を2軒回ってみたがどこにもなく、悄然として帰り道を歩いている途中でハッと思い出した。
 
以前どこかでみた記憶があったが、それはなんとアキバのヨドバシカメラの2Fの酒売り場だったことを思い出して方向転換。
 
そして「夜明け前」入手。

これを納棺の前に開けて、口に湿らせてあげよう。
 
こんなことしかできない不肖の兄を許せ・・・。
 
 

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日記」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事