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黄道十二無用の用

学会員お断り

千恵子抄

2016-10-09 09:13:13 | 千恵子抄
















あんなに帰りたがつてゐる自分の内へ
千恵子は死んでかへつて来た。
十月の深夜のがらんどうなアトリエの
小さな隅の埃を払ってきれいに浄め、
私は千恵子をそつと置く。
この一個の動かない人体の前に
私はいつまでも立ちつくす。
人は屏風をさかさにする。
人は燭をともし香をたく。
人は千恵子に化粧する。
さうして事がひとりでに運ぶ。
夜が明けたり日がくれたりして
そこら中がにぎやかになり、
家の中は花にうづまり、
何処かの葬式のやうになり、
いつのまにか千恵子が居なくなる。
私は誰も居ない暗いアトリエにただ立つてゐる。
外は名月といふ月夜らしい。


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2016-10-08 16:47:50 | 千恵子抄









千恵子は東京に空が無いと言ふ、
ほんとの空が見たいと言ふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
千恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の上に
毎日出てゐる青い空が
千恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2016-10-02 09:22:09 | 千恵子抄
















国はみちのく、二本松のええ
赤の煉瓦の
酒倉越えて
酒の泡からひよつこり生れた
酒のやうなる
よいそれ、女が逃げたええ
逃げたそのさきや吉祥寺
どうせ火になる吉祥寺
阿武隈川のええ
水も此の火は消せなんだとねえ
酒と水とは、つんつれ
ほんに敵同志ぢやええ
酒とねえ、水とはねえ


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2016-09-25 09:45:17 | 千恵子抄

























三畳あれば寝られますね。
これが水屋。
これが井戸。
山の水は山の空気のやうに美味。
あの畑が三畝、
いまはキヤベツの全盛です。
ここの疎林がヤツカの並木で、
小屋のまはりは栗と松。
坂を登るとここが見晴し、
展望二十里南にひらけて
左が北上山系、
右が奥羽国境山脈、
まん中の平野を北上川が縦に流れて、
あの霞んでゐる突きあたりの辺が
金華山沖といふことでせう。
千恵さん気に入りましたか、好きですか。
うしろの山つづきが毒が森。
そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
千恵さん斯ういふところ好きでせう。


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2016-09-04 12:46:54 | 千恵子抄













工場の泥を凍らせてはいけない。
千恵子よ、
夕方の台所が如何に淋しからうとも、
石炭は焚かうね。
寝部屋の毛布が薄ければ、
上に坐蒲団をのせようとも、
夜明けの寒さに、
工場の泥を凍らせてはいけない。
私は冬の寝ずの番、
水銀柱の斥候を放つて、
あの北風に逆襲しよう。
少しばかり正月が淋しからうとも、
千恵子よ、
石炭は焚かうね。


検索用・片山千恵子