



















あのしやれた登山電車で千恵子と二人、
ヴエズヴイオの噴火口をのぞきにいつた。
夢といふものは香料のやうに微粒的で
千恵子は二十代の噴霧で濃厚に私を包んだ。
ほそい竹筒のやうな望遠鏡の先からは
ガスの火が噴射機のやうに吹き出てゐた。
その望遠鏡で見ると富士山がみえた。
お鉢の底に何か面白いことがあるやうで
お鉢のまはりのスタンドに人が一ぱいゐた。
千恵子は富士山麓の秋の七草の花束を
ヴエズヴイオの噴火口にふかく投げた。
千恵子はほのぼのと美しく清浄で
しかもかぎりなき惑溺にみちてゐた。
あの山の水のやうに透明な女体を燃やして
私にもたれながら崩れる砂をふんで歩いた。
そこら一面がポムペイヤンの香りにむせた。
昨日までの私の全存在の異和感が消えて
午前五時の秋爽やかな山の小屋で目がさめた。
検索用・片山千恵子
























千恵子はすでに元素にかへつた。
わたくしは心霊独存の理を信じない。
千恵子はしかも実存する。
千恵子はわたくしの肉に居る。
千恵子はわたくしに密着し、
わたくしの細胞に燐火を燃やし、
わたくしと戯れ、
わたくしをたたき、
わたくしを老いぼれの餌食にさせない。
精神とは肉体の別の名だ。
わたくしの肉に居る千恵子は、
そのままわたくしの精神の極北。
千恵子はこよなき審判者であり、
うちに千恵子の睡る時わたくしは過ち、
耳に千恵子の声をきく時わたくしは正しい。
千恵子はただ喜々としてとしてとびはね、
わたくしの全存在をかけめぐる。
元素千恵子は今でもなほ
わたくしの肉に居てわたくしに笑ふ。
検索用・片山千恵子

















暴風をくらつた土砂ぶりの中を
ぬれ鼠になつて
買つた米が一升
二十四銭五厘だ
くさやの干ものを五枚
沢庵を一本
生姜の赤漬
玉子は鳥屋から
海苔は鋼鉄をうちのべたやうな奴
薩摩あげ
かつをの塩辛
湯をたぎらして
餓鬼道のやうに喰ふ我等の晩餐
ふきつのる嵐は
瓦にぶつけて
家鳴震動のけたたましく
われらの食慾は頑健にすすみ
ものを喰らひて己が血となす本能の力に迫られ
やがて飽満の恍惚に入れば
われら静かに手を取つて
心にかぎりなき喜を叫び
かつ祈る
日常の瑣事にいのちあれ
生活のくまぐまに緻密なる光彩あれ
われらのすべてに溢れこぼるるものあれ
われらつねにみちよ
われらの晩餐は
嵐よりも烈しい力を帯び
われらの食後の倦怠は
不思議な肉慾をめざましめて
豪雨の中に燃えあがる
われらの五体を讃嘆せしめる
まづしいわれらの晩餐はこれだ
検索用・片山千恵子





















――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
うつとりねむるやうな頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬のはじめの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。
あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、
むしろ魔もののやうに捉へがたい
妙に変幻するものですね。
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
ここはあなたの生れたふるさと、
あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸はう。
あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、
すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。
私は又あした遠く去る、
あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、
私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。
ここはあなたの生れたふるさと、
この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。
まだ松風が吹いてゐます、
もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
検索用・片山千恵子