以前「ハート形の詰碁💗」にて、
この形で「(黒から)次の攻め手がない」と書きましたが、このあと星のところに打てば白が死んでいました。
よって、白は4のツギではなく4の一路上にヘコんで、黒有利な一手ヨセコウになるのが正しかったです。
正しく打てば白死なので、一手ヨセコウに粘られる黒3のキリが失着というのは変わらず、失題ではないのですが、説明が間違っていました。
大変申し訳ございません。
以前「ハート形の詰碁💗」にて、
この形で「(黒から)次の攻め手がない」と書きましたが、このあと星のところに打てば白が死んでいました。
よって、白は4のツギではなく4の一路上にヘコんで、黒有利な一手ヨセコウになるのが正しかったです。
正しく打てば白死なので、一手ヨセコウに粘られる黒3のキリが失着というのは変わらず、失題ではないのですが、説明が間違っていました。
大変申し訳ございません。
<詰碁解答コーナー>
問題図(再掲)
初手は黒1の一手です。他のどこに打っても白1と打たれるとコウが避けられません。白2と石の下の形にしてきますが、黒3、5が好手筋で、黒7まで鮮やかに仕留めることができました。この手順をひとつでも間違えてしまうと、コウになってしまいます。
たとえば、石の下にハマってから―――
手筋を繰り出しても―――
白12のキリがぶり返してコウになります。
正解図の黒5で7から打ってしまった場合も、ほぼ同じ変化でコウになります。
皆さんこんにちは、tsumebloです。
今回は、妙手紹介シリーズ、第3回です。
久々の囲碁ネタですね。これからは囲碁ネタ増えるはずです!
さっそく紹介していきたいと思います。
1992年8月13日に打たれた第40期王座戦本戦、黒が故・橋本昌二九段、白は趙治勲本因坊(当時)です。
なお、当時はコミ5目半です。
白が1、3と打ったところですがこれはやりすぎで、白1ではAとノビておくぐらいでした。
一見黒が困っているようですが、ここで妙手が出ます。
これは論外。蛇足ながら。
白への様々な利きをにらみながら、黒1のワリコミが妙手でした。
やはり妙手と言えばズバンとワリコむ手か、ペタッとツケる手、そっとオク手のどれか、という感じですよね!
このワリコミは華やかさと鋭さを兼ね備えた、見事な妙手でした。
白は2か3のどちらかからアテるぐらいです。白2と右からアテると当然黒は3の逃げ。今度はどちらにツグか、という問題になりました。
白4と上にツグと、ご覧の通り白参ってしまいました。
白4と下にツナいでみます。
しかし黒5以下、黒大威張りの生き。この後白はAに手入れが必要なので、先手で大きく生きた黒が大成功です。
実戦の進行です。
白は2と左からアテましたが、黒3以下ほぼ一本道を辿り、黒21で一段落。
危機を脱したどころか、はっきり黒優勢になっています。
見事な妙手でした。
<詰碁出題コーナー>
黒先です。コウではいけません。
※見出し画像はイメージです。
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<詰碁解答コーナー>
問題図(再掲)
黒9オク(7)
初手は、黒1と出るしかないところ。白2とアテてきたら、黒3ハネが常用の手筋。黒5とこの辺りをゼロ眼にし、黒五子を捨て、最後は黒9と抜き跡にオイて白死となりました。
白2とサガってくることも考えられます。こちらも捨て石を使い、黒7のコスミが好手で白死となります。この後白Aと黒三子を取られたら、黒3と取り返して白死です。
捨て石詰碁第二弾、いかがでしたか?
まあ天下の張栩様に張り合ったところで勝てるわけがないのですが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
皆さんこんにちは、tsumebloです。
今回は、tsumebloの「大相撲観戦」以外の趣味について、紹介させていただきたいと思います。
数年前まではたくさんありましたが、このところ囲碁に集中しているので、かなり絞られてきています。
まあ、tsumebloの趣味を知りたがる人なんていないか…?
あ、「囲碁」は「趣味」よりワンランク上なので(注・仕事ではない)!
まずは…
「初期」が好きです(ここ大事!)。
具体的にはウルトラQ~帰ってきたウルトラマン、そしてウルトラマンレオぐらいでしょうか。
エース、タロウはどんどん助っ人が登場して面白さに欠けるので、除外させていただきました。
特に好きなシリーズは「ウルトラセブン」ですね。奥が深いです。
セブンの中で一番好きな回は、マイナーな回になりますが、第6話「ダーク・ゾーン」です。
ネタバレしてしまうと面白くないので、あらすじなどは書きません。
機会がありましたらぜひご覧ください。
初期ウルトラシリーズに出演されていた方がコロナ脳だったりすると、結構ショックだったりします
その他の特撮作品だと、ウルトラシリーズと同じ円谷プロが手がけた、「ミラーマン」(1971年放送)なども好きです。
最近の特撮作品はCGが多くなり、全体的にダサくなっており残念です。
子供向けではありますが、大人が見てもなかなか理解できないかもしれません。
昔のテレビは素晴らしいですね。
大相撲観戦に次ぐ趣味です。
好きな漫画家さんは、画像の通り藤子・F・不二雄一強ですね。
手塚治虫などもまあまあ好きですが。
F先生(最近、「先生」と呼ぶようになりました)の作品の中では、全般的に好きですが、やはり「ドラえもん」が一番好きです。
「ドラえもん」の中で一番好きな回は、コミックス35巻に収録されている、「ドラえもんに休日を!!」です。
これもネタバレしては面白くないので、機会がありましたら読んでみてください。
他には、SF短編集がすごいです。
たとえば、「気楽に殺ろうよ」などは、これから来る未来なのではないか…と思います。
早くに亡くなられてしまい(1996年、62歳没)、非常に残念です。
5Gの広告にドラえもんが使われていて…
どの作品も非常に面白いです。
最近の人気マンガといえば、「名探偵コナン」「ワンピース」「進撃の巨人」「鬼滅の刃」などで、ドラえもんなどの藤子F作品は時の流れとともに置いて行かれた感じですが、今の時代になっても面白さは色あせません。
今の子どもたちにも、もっと読んでほしいです。
いつか藤子・F・不二雄大全集を全巻揃えることが野望のひとつ…だったりします(全巻普通に買うと20万以上)。
えっ、tsumebloは字だけの本は読まないのか、ですって?
うーん、最近あまり読んでいなくて…。
好みは星新一のショートショートです。
「趣味」と呼ぶには物足りないかもしれませんが。
よく見るチャンネルは、「ゆっくりドラちゃんねる」です。
主に、ドラえもんの雑学を紹介・考察・解説されているチャンネルです。
ものすごいドラオタクで、おそらくドラえもんに関する書籍はほとんど持っておられるようで、ドラえもんを連載していた昔の雑誌にも手を伸ばし始めているようですし、アニメもほとんど見ているようです。
いつも知識・考察力に感心して見ています。
他には、ネット碁に負けた気晴らしに「トムとジェリー」を見たり、音楽を聴きながら何かをしたり…というところでしょうか。
今持っている趣味はこのぐらいでしょうか。
囲碁や大相撲の話以外に、こういったその他の趣味の話も混ざってくるかもしれません。
よろしくお願いいたします。
<詰碁出題コーナー>
黒先です。鮮やかに決まります。
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<詰碁解答コーナー>
問題図(再掲)
黒1ハネは、白の形の不備を衝いたかに見えますが、軽率な一手。白4の抜きで黒△の1子がアタリになるため、手になりません。
白12コウ取る(8)
初手は2の一の急所、黒1のオキ。白2のアテは先手で打てますが、まったく状況は変わりません。黒5の急所から、黒7ハネ、白8ホウリコミはどちらも覚えておきたい手筋で、白12まで、コウが正解です。白10で11と打ってもコウです。
皆さんこんにちは、tsumebloです。
前回、前々回に引き続き、照ノ富士特集です!
なお、この記事は……この文句はもう飽きたのでやめます(笑)。
2017年3月場所、左膝の悪化で優勝を逃した照ノ富士は、場所後、モンゴルへ帰国し入院、治療・リハビリに専念し、その後4月17日から春巡業に参戦しました。
5月場所は初日、二日目の連敗がありましたが、その後11連勝。しかしここでも膝は悪化してしまい、十四日目は白鵬と熱戦を繰り広げたものの最後は体力負けか寄り切られ、優勝を決められてしまいました。
千秋楽は左膝の痛みをこらえて勝ち、12勝に乗せました。
場所後、左膝の遊離軟骨除去手術を受けました。
7月場所はまったく調整ができないまま臨み、結局五日目の取組でまたも左膝を悪化させ、1勝4敗となり翌六日目から休場となりました。
7月場所を全休しておけばかなり違ったと思いますが…。
9月場所の出場は無理と見られていましたが、厳しい治療・トレーニングにより、本人は「動ける体になってきた。膝もほぼ治ったし、この2年で一番いい」と言い、さらに「優勝を目指して頑張る。順調に上げていきたい」と、復活を宣言しました。
膝の状態は非常に良かったそうなのですが星はあがらず四日目まで1勝3敗、さらに五日目の取組で、前に出た時に「膝がズレた」と、左膝を痛めてしまい(もう何回目…?)、1勝4敗となり六日目から無念の休場、再出場は出来ず1勝5敗(1不戦敗)9休で2場所連続の負け越し、ついに大関から関脇へ陥落してしまいました。
「大関から陥落した場所で10勝を挙げれば大関に復帰できる」という特例があり、11月場所はそれを目指しての土俵となりましたが、状態が相当悪かったようでまったく力を出せず初日から4連敗となり、五日目から休場となりました。
2018年1月場所は東前頭十枚目まで番付を落としての戦いとなりましたが状態は悪く、初日、二日目と連敗、三日目から休場となりました。ただ、この休場は膝のけがによるものではなく、糖尿病によるものでした。イケイケだった頃、タニマチのおごりで毎晩のように飲み明かしていたことがたたりました。
1月場所五日目の1月18日にはインフルエンザにまで罹るなど状態は最悪でしたが、0勝のままだと十両に陥落してしまうため十一日目から再出場。
しかしまともに相撲を取れず、0勝8敗7休に終わり、無念の十両陥落となりました。
3月場所は西十両五枚目で迎え、膝はかなり良くなっているものの糖尿病が重症で、状態は非常に悪く、なんとか十五日間皆勤したものの6勝9敗と負け越しに終わりました。
5月場所も初日から3連敗となり、四日目から休場(これは左膝負傷によるもの)。十一日目から再出場したものの勝ち星を挙げられず、幕下陥落が確定的となってしまいました。
この頃は糖尿病の影響で筋肉がどんどん落ちてしまい…、はっきり言ってしまうと「ブヨブヨ」になってしまっていました。
過去に大関経験者、幕内最高優勝経験者が幕下以下に陥落した例はなく、ほとんどの人は「ここで引退するのではないか」と言っていましたが、師匠の伊勢ケ濱親方は現役続行を明言していました。
tsumebloはずーっと「次の横綱は照ノ富士」と言っていましたよ!
なかなか完治しない左膝のけが、重症になってきていた糖尿病のほか、C型肝炎(肝炎は存在しないらしいが…?)、腎臓結石も患い、状況は最悪でしたが…。
6月25日、7月場所番付が発表された日(照ノ富士は東幕下六枚目)に、両膝の手術を受けました。同時に7月場所の全休も発表し、さらに9、11、2019年1月場所も全休し、3月場所はなんと「西序二段四十八枚目」まで番付を落としました。
2017(平成29)年7月場所~2019(平成31)年1月場所までの照ノ富士の地位と成績
その裏では、数回手術を受け、治療とトレーニングを積み、四股などの基本運動も徐々に再開、地道な努力でふたたび土俵に立つ日をうかがっていました。
しかし、さらにその裏では(?)、3度目の膝の手術をした頃には(明確な時期は不明)洋式トイレに自力で座れないほどの状態で、「これ以上みっともない姿は見せられません、引退させてください」と師匠への引退直訴はなんと5回に及びました。
しかし、師匠の伊勢ケ濱親方は「まずはけがと病気を治してから考えよう」と引き止め、5回にわたる引退直訴をすべて退けました。
よく、照ノ富士の復活について「よく腐らず…」などの称賛を多く目にしますが、実はこれは間違いです。
実際は何度も腐りに腐っており、「引退させてください」に師匠が「今までお疲れ様」などと返事をしていれば、その時点で照ノ富士の力士としての人生は、終了していたわけです。
ついに土俵に戻ってきた3月場所は、もちろん状態がけしていわけではありませんでしたが、序二段ではさすがに地力が違い、まるで稽古場のような相撲内容で7連勝(幕下以下は1場所7番相撲を取ります)。もう1人の序二段7連勝、狼雅との優勝決定戦は敗れましたが、それでも三段目復帰を決めました。
2019年3月場所初日、若野口(現・若龍星)を破り、354日ぶりの勝ち名乗りを受ける照ノ富士
また、序二段まで番付を落としたことで照ノ富士は変わりました。
やんちゃだった性格は影をひそめ、今までぶっきらぼうだった報道陣への対応にも敬語を使うようになりました。
糖尿病などの病気の原因になってしまった大好きな酒もほぼ飲まなくなり、「やんちゃ」から「真面目」へと転身しました。
場所ごとに膝の調子は少しずつですがよくなり、5月場所は三段目で6勝1敗、7月場所は幕下まで番付を戻し6勝1敗、9月場所は最初の相撲から6連勝でしたが、7番相撲で自身と同じように番付を落としてしまっている幕内経験者、千代の国に惜しくも敗れ幕下優勝を逃しました。
11月場所は西幕下十枚目で迎え、見事に7戦全勝で幕下優勝、関取復帰を確実としました!
幕下優勝・関取復帰を果たし、万感の…
そもそも大関・幕内優勝経験者が幕下以下に落ちたことが前例のないことですから、そこから戻ってきたというのは、もうとんでもないことです。
こんな経験をして、いったい何歳なのか?
ベテランかと思ってしまいますが、上がるスピードがものすごかったので、実はこの時、まだ28歳になる直前だったんですね。
場所後、11月27日の番付編成会議にて、正式に照ノ富士の関取復帰が決まりました。
2019年1月場所は西十両十三枚目で迎え、初日から盤石の十三連勝。早々と十両優勝を決めましたが十四日目、千秋楽と錦木、大奄美に連敗してしまいました。
十両になると1場所十五番、毎日相撲を取るので、まだ体力が戻りきっていない照ノ富士は最後の2日間は疲れで大変だったのだと思います。
14勝以上ならばすぐに幕内に戻れそうだったので、少し残念でしたが、まあ調子があまり戻っていない状態ですぐに番付を上げてしまうと、相手のレベルが上がり大変厳しくなるので、これでよかったのだと思います。
3月場所は東十両三枚目で迎え、場所前に少し肘を痛めた(右だったか左だったか忘れました…)ため、10勝5敗と「照ノ富士にしては」イマイチな成績でしたが、それでも幕内復帰を確実としました。
5月場所の番付は東前頭十七枚目の幕尻(幕内で1番下の番付。一応この場所は西前頭十七枚目が一番下だったのですが、数字が同じなら西でも東でも幕尻と呼ぶようです)にしこ名が載り、ついに幕内まで戻ってきましたが、コロナ騒動により5月場所は中止。
7月場所、ついに幕内の土俵に立ち、順調に白星を重ねます。
優勝争いは十日目終わって全勝・白鵬、一敗で新大関の朝乃山、関脇正代、そして照ノ富士という状況でしたが、独走かと思われた白鵬が十一日目、十二日目と連敗して首位から転落したトタン、右膝を負傷したとのことでさっさと休場してしまいました。
白鵬のことですから、右膝負傷は休むためのウソではないか?とtsumebloは思います。
正代も十一、二日目を連敗し、3敗に後退。
朝乃山、照ノ富士は星を伸ばし、11勝1敗どうしで十三日目、直接対決が組まれました。
両者ともに右四つを得意としており、立ち合いで両者同時に左上手をつかみ右四つがっぷりに組み合う展開となりましたが、照ノ富士がうまく朝乃山の上手を切り、寄り切りで勝利、単独先頭に立ちました。
しかし十四日目は少し硬くなったか正代に敗れ、2敗に後退。
朝乃山が照強に勝つと、朝乃山に12勝2敗で並ばれてしまう展開でしたが、照ノ富士の兄弟子・照強(年齢は照ノ富士が上ですが、照ノ富士は高校卒業後間垣部屋に入り、その後伊勢ケ濱部屋に移籍してきたので、中卒で伊勢ケ濱部屋に入門してきた照強の方が兄弟子となる)が足取りで朝乃山に勝利。
千秋楽は12勝2敗照ノ富士VS11勝3敗御嶽海、11勝3敗正代VS11勝3敗朝乃山という、優勝争いに残る4人はすべて直接対決が組まれ、照ノ富士勝てば優勝、敗れれば照ノ富士・御嶽海・正代VS朝乃山の勝者による優勝決定巴戦となる状況でしたが、照ノ富士が両上手を取って引き付ける万全の内容で御嶽海を寄り切り、30場所ぶり(5年ぶり!)2度目の幕内最高優勝を果たしました!
膝の状態は場所ごとに少しずつよくなっているよそうです。
中編で照ノ富士が初優勝し、師匠の伊勢ケ濱親方から優勝旗を受け取る写真を載せました。優勝旗を優勝力士に渡すのは審判部長の役目で、優勝力士の師匠が渡すわけではありません。
初優勝した場所はたまたま、伊勢ケ濱親方が審判部長だったのですが、その後「貴の乱」に巻き込まれ、審判部長辞任。
7月場所の表彰式ですが…?
どの写真を選んでも理事長のハ○頭が…
実はこの場所が、伊勢ケ濱親方が審判部長に復帰した最初の場所。
偶然とは思えない、すごい偶然ですよね!
いや~、改めてすごい復活ですよね。
しかし、復活劇はまだまだ完結しません。
9月場所の番付は、tsumebloは西前頭二枚目を予想していましたが、優勝したのが大きく、一気に東前頭筆頭へ。
初日貴景勝、二日目御嶽海にいいところなく連敗し、まだ上位ではキツイか~、と思いましたが、三日目から7連勝。
この場所は八日目で全勝・1敗が消える大混戦で、7勝2敗とした照ノ富士も優勝争い先頭の一角に入っていました。
しかし十日目隆の勝に敗れ、十一日目に勝ち越したものの、十二日目に阿武咲に敗れ優勝争いから脱落。
この頃から、押し相撲に苦戦する姿が散見されるようになります。
しかも左膝に痛み(毎場所終盤になると痛みは出るそうなので、この場所はかなり激しい痛みだったと思われる)が出てしまい、残念ながら十三日目から休場となりました。
それでも勝ち越したので、11月場所は三役に復帰、東小結に就きました。
番付を駆け上がる時も落ちる時も小結をすっ飛ばしたため、照ノ富士が小結に在位するのは初めてです。
初日から7連勝と好調(七日目の若隆景戦は珍しくまともに下がる相撲でしたが)でしたが、八日目、九日目に連敗。
十日目以降は立て直し、千秋楽、1差を追い、単独首位貴景勝との直接対決に臨み、浴びせ倒しで勝利、優勝決定戦に持ち込みました。
しかし膝の疲労があるため、千秋楽に2番取るのはきつく、優勝決定戦では一方的に敗れてしまいました。
優勝は逃しましたが、13勝2敗は立派な成績、大関再昇進への大きな起点となりました。
今年1月場所は、成績次第ではこの場所で大関に戻れる可能性もありました。
東関脇で迎えましたが、序盤は押し相撲に苦戦し、六日目まで3勝3敗。
七日目からは自分の相撲を取り切り、十日目に隆の勝相手に土俵際の逆転を喰った以外は朝乃山、正代の2大関も破って星を伸ばし、11勝4敗で大関再昇進への足固めとしました。
また、今年1月にNHK・総合テレビで放送された「逆転人生 傷だらけの天才力士~照ノ富士 奇跡の復活劇~」にて、モンゴルからの留学生、3歳下のツェグメド・ドルジハンドさんと、2018年2月に結婚していたことが、3年越しで明らかになりました。
復活の支えになったのは、伊勢ケ濱部屋の仲間達や、番付を落としても応援し続けてくれるファン(tsumeblo?)はもちろんですが、奥様がの存在が一番大きそうですね。
1月場所後の2月11日、富岡八幡宮にて結婚式が行われました。
3月場所での活躍は、前編に記した通りです。
照ノ富士の土俵復帰~大関再昇進まで
一気に番付を駆け上がってきた2014,5年頃にはあまりなかった緻密さで、再び大関の座を掴みました。
「特例なしでの大関再昇進は魁傑以来2人目」と各メディアは報道していますが、魁傑の大関から陥落した後の最低地位は前頭六枚目。
照ノ富士は序二段四十八枚目なので、比べるのは間違っていますよね。
3月場所後の3月31日、正式に大関再昇進が決定し、同日、大関昇進伝達式が行われました。
照ノ富士は「謹んでお受けします」とシンプルに口上を述べたのですが…、なんだかこの伝達式に出ていた力士は、照ノ富士に見えないんですよね。
あんなデヘデヘしたしまりのない顔ではなかったと思うのですが。興味のある方は調べてみてください。
現在、大関として迎えている5月場所が進行しています。
先場所膝を悪化させたので、心配して観ています。照ノ富士は膝の状態がいいとやや強引な相撲を取るのですが、今場所はよく前に出ているので、やはり膝の状態はあまりよくないのだと思います。
それでも8勝0敗の単独トップで、期待してしまいますよね。
今日、直近10番で1勝9敗、復活後も4戦全敗、難敵中の難敵、髙安との大一番です。
今場所こそは勝ってほしいです!
復活劇はこれにて一旦完結し、これからは再び横綱を目指すことになります。
怪我があるので無理はせず、頑張ってほしいですね!
以上、3回にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。
ここから更新頻度を上げていきたいです!乞うご期待!
<詰碁出題コーナー>
黒先です。「張栩の捨て石詰碁」に再び対抗すべく、載せました。前回の捨て石詰碁はひどかったので。
「張栩の捨て石詰碁」はあの後入手し、上・下巻を2周しましたよ!
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