じぶんをよく見せようという打算をもって行動するなら偽善なのでしょう。
それでも、そのうちその行動が無意識にできるようになるのであれば、
偽善ではなくなってくるのだとおもいます。
はじめは偽善でも、形からはいってもいいとおもいます。
たとえば、席をゆずるとか。
目に付いて、「嫌だな」とおもったポイ捨てされたものをゴミ箱にもっていくとか。
バス停まわりの吸殻を拾うとか。
はじめは、なかなかできな . . . 本文を読む
今日の音楽は、バッハの曲です。チェロの演奏で、わたしもよくCDをかけっぱなしにして、何度も何度も聴く曲です。
なんていうのかなぁ。。。。バイオリンやピアノもすてきだけれど、チェロの音は呼吸に似ているような。暖かく包まれているような音色がすきです。
バッハの作品というのも、宇宙の調和の旋律のように感じられて、わたしにはとっても心地よいです。
最初はフランス語かで、解説が入りますが、そのうち演奏がは . . . 本文を読む
なにももとめなくても
もう もっているの
すべて
それに きづいているひとと
きづかないひと
わすれているひと
たまにおもいだすひとがいる。
それだけ。
すべてのものは完璧に。
それぞれのお役目があって。
きづくかきづかないか、それは受け取り手にまかされているけれど。
すべてが活かされている。
星の時間でみたら、「瞬間」の「いま」「ここ」を共有できていることは、奇跡。
. . . 本文を読む
生きる意味 。
何のために。
魂の成長のため。
うまれるまえにしんじゃうこども。
そもそもむすばれなかった精子と卵子に意味はあるのか。
生まれてからも、病気や障害をもって、あるいは戦地で死とむきあわざるをえないこども。
息をしているだけの老人。
なんのために?生きていることにいみはあるのか。
そのこたえは、わたしたちのなかに。あるいは神のなかに。
大きな営みの中であらゆるものが、あるべ . . . 本文を読む
こんなにうつくしいものが、すぐ傍にあるのに、すこし目を・こころをむければ、誰でもが等しく受け取ることができるのに。
険しい顔で迎える朝。きっと仕事のこととかいろいろ考えているんだよね。時間を無駄にしないため?
でも、そんなゆとりのないこころでおもいつくことって、きっと狭められているとおもう。
接客のときだけ笑顔でも、それはつくったもの。仮面みたいに、張り付いているだけで、こころはよろこんでいな . . . 本文を読む
ミクシイのコミュニティで、「優しい人・必要とされる人になりたい」「本当の友達がほしい」という書き込みがありました。
そのことについて、おもうところがあったので、書き込んだものです。
優しさは心の現われで、行動をともなうもの。
気品を保ち、周囲に不愉快なおもいをさせない気配りが自然にできる人。
必要とされる人。そんなものに、あこがれなくてもいいとおもう。
必要やねん、とすがってくる友達に良 . . . 本文を読む
普段の生活では、あたまのいうこと、たとえば、「こうするのがあたりまえ」「こうあるべき」「こうしたらはずかしい」とか、
いままで教えられたこととか、習慣とかにとらわれてすごすことが多いですよね。
会社や学校にいって、なんとなく時間をすごして、家に帰ってなんとなく食事して、なんとなくテレビやネットをみて過ごす。
そういう生活も悪くはないですが、テレビや音楽・携帯を消して、じぶんのこころをみつめ . . . 本文を読む
一歩一歩さんよりお話がありましたので、ひふみの祝詞などの唱え方を御紹介しますね。
ひかりの和(輪)をひろげてゆかれているお仲間で、瑞希さんという方がいらっしゃいます。「天地を結ぶ虹色の糸」というブログで、まさに御紹介されていましたので、御案内しますね。「天地を結ぶ虹色の糸」の「徒党を組む輩に注意あれ」という記事です。
こころがざわめき、暗闇に突き落とされたような緊急のときには、
一旦一呼吸 . . . 本文を読む
光りをイメージしながら唱えるものに、「光明真言」というものもあります。
ご真言
おん あぼきゃ べぃろしゃのぅ
まかぼだら まに はんどま じんばら
はらはりたや うん
意味は、このようなものです。
「おん」の一字を唱うれば
三世(みよ)の仏にことごとく
香華(こうげ)燈明飯食(おんじき)の
供養の功徳具(そな)われり
「あぼきゃ」と唱うる功力(くりき)には
諸仏諸菩薩もろともに
二 . . . 本文を読む
スピリチュアルが広く受け容れられたのはいい風潮ですが
過去生・オーラ視・ヒーラーや気・カードや石にこだわる(とらわれる)人々も
増えてしまったのが気がかりです。
知識が安易に手に入るだけに、それらにとらわれることも。
過去がどうであれ、いまのオーラが何色であれ、石に守ってもらわずとも
そういうことはどうでもよくて。。。。
いま、もっともこころを注ぐことは、「自分」が「透明な光の器」となっ . . . 本文を読む
この世にうまれおちることを
のぞんできたのです
この両親とこの体を授けていただいて
「いま」・「ここ」に、在ることができるのです。
この奇跡に感謝します。
そして、この体をもつゆえに
あらゆることをあじわい・たのしみ・いつくしむことができることを
そして、おなじくこのときにうまれおちた同胞たちと
心をかよわせあうことができることに
感謝します。
いまは、暗闇にまよう同胞も . . . 本文を読む
いろんな思いがあふれてきたならば
それはいまもう一度みつめなおしてほしいっていう、こころの素直な思いだよ。。
ふっとうかんできたきもちたちを、あるべき場所にかえしてあげてください。
なにかしようとおもったならば、そのことを後回しにしたり
はずかしいからと、またこころの淵に沈めないでください。
ふがいない自分。できなかったじぶん。
そのときは、それが精一杯だった。
まなぶことがたくさんあっ . . . 本文を読む
光とか空気とか水とか、そのほかのいろいろなものたちで
「わたし」の宇宙はなりたっていて。
それはどの生物でもそうで、ウィルス・バクテリアからメタセコイアとかきりんも
それぞれの「宇宙」をもっていて。
生きているってすごいね。
だれひとりとして、小さな羽虫を創り出すことはできなくて。
みんなそれぞれ、命のリレーをしていて。
それがなんの役に立つのかなんて、人間以外は考えなくて。
朝になると、 . . . 本文を読む
すこしまえには、「世のため・人のために」なにごともおこなう
という言葉が、親から子供へ何度も言い聞かせられていたものです。
江戸の商人の間では、はたらくというのは、「傍が楽になる」ことをせよ、ということだったそうです。
お客様の信頼をうらぎるような商売は決してしてはならないことになっていたはずです。
売る人と買う人が顔見知りで、つながっていて。
遠くから品物をもってくるのではなく、地場 . . . 本文を読む
政治家・官僚・経済界で力の在る方々。
選挙の前だけいいこといって、
議会では、重箱のすみをつつきあうようなことをいいあっている。。。
この国のいまを誰もが憂いているのに。
いまのままではよくないとおもっているのに。
みんなが変わりたいとおもっている。
けれど、変わりたくないと固執している人々が邪魔をしているような。
志のあるひとが、志の低いひとたちに幻滅してこころをすり減らすような社会は . . . 本文を読む