道東を発見する旅 第3の人生

神様の時間の続き、風変わりな人、それを尊重する文化

神様の時間 続き

神様の時間を考えていると、あちこちでその光景を見つけるように思う。

たとえば、ノーベル賞を受賞された大隅先生は、「酵母の動きを顕微鏡で見ていると飽きない」のだそうだ。

自分が眺めている眼下の顕微鏡の世界で、きっと何か新しい発見があるかもしれない、とワクワクしながら見ておられるのだろうか。

誰でも自分だけが楽しんでいる自分だけの時間があると思う。最近、一つ増えた自分の楽しみがある。

イギリスのドラマや映画

有料放送のWowWowを契約してから、映画や海外ドラマをよく見ている。中でもイギリスの映画やドラマがとても興味深くで面白のである。

たとえばドラマである。

本国イギリスではシャーロック・ホームズ以上に人気のある警部モースの若い時期をドラマにした「新米刑事モース」シリーズ、「警部アランバンクス」などが面白い。

イギリスの風景や生活習慣、オシャレな服装を背景にして大胆な発想のストーリー展開や演技上手な登場人物など毎回ワクワクしながら見ている。

今まで知らなかったイギリスの文化や伝統を含めてなぜ、こんなに興味深いのだろう。

そんな時、ノーベル賞に関連して、「日本とイギリスに共通するもの」に関する記事を見つけたので紹介します。

ノーベル賞の発表が始まるちょっと前の新聞記事で、「イグ・ノーベル賞」を題材に科学記者の人の記事だ。

以下毎日新聞10月1日付夕刊、

土記(どき)、「ノーベル賞の他にも」青野由利著より引用する

今年も「股のぞきで見た景色の見え方」で楽しませてくれたイグ・ノーベル賞。どうしても日本人受賞者に目を奪われがちだが、それだけで満足するのは早い。

専門家を説得して作ってもらった「人工ヤギ足」を装着しヤギの群れと過ごした英国のスウェイツさんには生物学賞。

1000人の「ウソつき」に聞いてウソをつく回数の年齢による変化を突き止めた国際チームに心理学賞。左腕がかゆい時に鏡をみて右腕をかくとおさまることを発見した独チームには医学賞。

中略
 

日本人は10年連続受賞と聞けば、世界トップという気がするがどうなのか。

1991年に賞を設立したマーク・エイブラハムズさんにメールで聞くと、「日本と英国が双璧」。

国籍とは別に米国や英国で研究したことのある人は多いので、米英の受賞は結果的に多くなる。一方、日本人の場合はほとんどが正真正銘の日本発と分析する。

それにしても日本人の受賞が多いのはなぜ? 「何度も聞かれた質問」というエイブラハムズさんの持論は、「風変わりな人」に対するとらえ方の違いという。

普通の国では奇人変人がそばにいたら、忌避されたり恥だと思わされたりする。

ところが日本や英国では、変人が好きでも嫌いでも、「自分の国に独創的な人が生まれたことを人々が誇りに思う」という見立てだ。

買いかぶり、という気はするが、考えてみれば本家本元のノーベル賞受賞者にも「変わり者」は多い。結局、根っこは同じで、めざす方向の違いによって行き着く賞の名前が違うだけかもしれない。

そして、もし多様な変わり者を柔軟に楽しめるのが日本人なのだとしたら、私にはささやかな願いがある。

第一に、ノーベル賞受賞だけを特別扱いしないこと。彼らはつい昨日まで、他の科学者と何も変わるところなく、気さくに研究の話をしてくれた普通の人たちだ。それが、一夜にしてVIP扱いされるのは、なんだかさびしい。

第二に、イグ・ノーベル賞同様、日本人以外の研究も楽しむこと。科学ほど国境を超えた営みはないのだから、そうしなければもったいない。

来週は受賞者が公表されるノーベル賞週間。つい「日本人は?」と考えてしまうメディアとしての自戒も込めた願いである。(専門編集委員)

引用終わり

感想

我々日本人とイギリス人に共通するのは「風変わりな人を許容する」社会で、それを反映してノーベル賞受賞者が多いのだろうと書いている。

記事ではノーベル賞、またはイグ・ノーベル受賞者に「風変わりな人」とか「変人・奇人」とレッテルを貼っているが、ドラマの脚本や演出なども、そんな優秀な人たちが作っているから面白いのではないかと考えている。

「風変わりな人」や「奇人・変人」。これこそが自分の世界を持っていてそれを存分に楽しんでいる人であり、自分の考える「神様の時間」を生きている人ではなのかなと思うのだ。

自分の人生を振り返ってみると、幼いころから賢い子だとか、反応が早いとか飲み込みが早いとか言われるタイプであった。

その分、じっくりと考えながら少しづつ物事を進めていく世界を楽しむ事を知らなかったように思う。

若い頃、研究者として実験を始めたとき、上司から「何でもパッパッとやれ」と、素早く結果を出すことを求められた事も影響しているように思うし、トラウマになっているのかもしれない。

今、自分には2、3年前に始めたのだが、難しすぎて続けられていない事がいくつかある。

中断したのは、内容が難し過ぎてなかなか覚えられなかったという事くらいである。その程度でイライラして投げ出している。

神様の時間は、半年だろうが1年だろうがブランクなど全く関係ない。

初心に戻って、あわてず焦らず最初から基本的な事をやり直せばいいのであり、うまくいかなければ時計が動き出す程、一生懸命取り組んでいないだけである。現実を見つめ直してやり直せば止まった時計がカチン、カチンと動き出すと信じることだ。

 

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