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5月25日 回想

ゆっくりと方向性を決めていく

決めるということは、譲らないことではない

きっと、何かの上を滑っているのだ

 川面の上を風が滑り

 川床の上を水が滑り

 大地の上を砂が滑り

この家の中を誰かが滑っていった

僕はその軌跡に触れる

取り払うという分別のない行為によって

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5月20日のこと

だんだんと前の住人たちから遠ざかっていく、家、空間、その内部、様相

そして、僕の好む様に方向を変えていく

備え付けられていた物を取り払う

異国の文化に介入する様に

自分が正当に暴力を振るっている様に思えた

それも個人に対する、以前の住人たちへの

壁掛けのフック、カーテンレール、蛍光灯の笠、
埃を払い、引き戸の動きを滑らかにし、窓のレールも、
窓ガラスを拭き、網戸を取り付ける

この家の住人だった数々の人の生活の様相を感じ取りながら、
極力、この家の元の機能へと戻していく。

いまの僕には既に個はない

以前から薄々気付いていた、客観視して個が薄れていく状況を

そして、誰でもであって、誰でもでない、人として生活する。

それは、「個であって、個でない感覚」以前、I先生が言っていた。

あの家の空間を一度、平坦にしたところから再出発する

生きる場を求めることから、生きていることを示すところへと

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5月7日のこと

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常滑にて


これから

断片的な継続性をもって

滞在しようと思う



少し時間ができたら

どうしようもない言葉をかく



ブログのタイトル変更を検討中!!

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2009年5月3日

 

 Tシャツで海へ行った。

 風が少し冷たい

 海鼠が波に揺れる

 打ち上がる

 蠅が群がる

 石を握ると かさかさと 音を立てる

 よく焼けた 陶 みたいに

 貝はぼくだったのである

 それとも 僕は貝だったのである

 同時間で 同じではない
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