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        ☆ 在るがままに ☆

                        
                     徳治 ☆ 日記

2月25日~

2020-02-29 | 日記
2月25日(火)
 朝からゴロゴロしている。 よく昼寝をするようになった。 夕飯を食べてからPCに向かっていたが、億劫になって来た。 夜中のトイレ通いも大変で寝る前に睡眠薬を飲んで眠るが毎夜1時間半か2時間位で尿意を覚え1夜に4~5回トイレ通い。 幸い寝床に帰ってくるとボーとしていてすぐ眠れる。「また楽しからずや 春の夜」って感じ。

2月26日(水)
血液検査の結果は 白血球 8.81/ul → 4.33/ul 血小板 15.0/ul → 133/ul ヘモグロビン 8.5g/di → 7.5g/di 赤血球 2.86/ul → 2.54/ul と落ち着いていて、20 クール 8日目の 抗がん剤投与。 先生に夜中のトイレのを件を話す。「睡眠薬を標準的な量に増やしてみるか」 と1錠を半分にして飲んでいたのを今夜から1錠飲むことにした 「夜起きた時ボーとして転んだりしませんか?」 「大丈夫です。来週の診察の時、様子を聞かせてください」 との事。

 診察の後 「つけ麵」 を食べに行くが

 初めて食べたせいか? 普通のチャーシュー麵 (ラーメン) の方が口に合っている。  

 帰ってくると妹へ電話して子供の頃の楽しかった思い出話をしている。 

 相変わらず夕食を食べた後に胸やけを感じる。 頭もボーとしていて運転には要注意。 新たな援軍を得て侵略軍を阻止だ。 頑張れ!

2月27日(木)
 昨夜から睡眠剤1錠飲む。 夜中の3時頃トイレに行き、そのまま目覚まし時計が鳴るまで眠る。 結果1度目が覚めただけ。 
 朝一番、トイレに行きたが家内が入っていて 「まだか?」 「もう少し」 「まだか?」 しばらくするとツーと左足に温かいものが流れ落ちるのを感じる。 無意識のうちに尿が漏れていた。笑い話にもならない。

 午前中は身体も重怠くボーとしている。 昼から水槽の電球を買いに鳥取のホームセンターへ、ついでに水草も買う。

 「おいり」 を作ろうと思い鳥取のスーパーをはしごしたが、時の流れか何処の店も仕入れてなく出来たおいりを買う。 もう家庭で作る人はいないのかな?

2月28日(金)
 毎日同じ事の繰り返し (違うのだが) で、今日は時間潰しにおいりを持って蠟梅、梅、ねこ柳、を見て回り







 砂丘の見える丘でおいりを食べようと砂丘の風呂の前を通る。 そう言えば 「出入り禁止」 だったな。 

 温かい湯船の中で身体がプカプカ浮いて気持ち良かった事を思い出した。

 若い頃ヨットに乗っていて沈し海へ投げ出され、顔を海面から出し青い空を眺めながら時々口に入る海水を吐出し 「これで死ぬんだな」 恐怖心はなく、そのまま意識が無くなった。 気が付いたら人が多く集まっている浜辺に打ち上げられていた事を思い出した。

 今回も同じ様な事件だったかも知れない。 死ぬ事とは違うけど怖さは感じなかったな。 気を失ったが海水や湯舟の湯を飲まなかったのが良かったのか?

2月29日(土)
 わらべ館へ行ったがコロナウイルスの為か入館者は少なく、「唱歌教室」 は休み。 仕方ない事。


 
 学校も来週からずっと休みみたい。 1月はいぬる、2月はにげる。 早く終息する事を願う。

2月20日~

2020-02-24 | 日記
2月20日(木)
 庭に出て何かしているな? と思ったら、先日出した田舎の家の灯篭にローソクを灯して「カメラ カメラ」写真を写していた。



「大きな風呂入りたいな」「まだ駄目 26 日に先生に尋ねから」 と くどくど言う。 わからない事はないけどちょっとくどい。
 これも病のひとつだが自分を心配しての事だ。

2月21日(金)
 抗がん剤治療の副作用か今まで以上に身体が重怠い。頭もボーとしている。 夕飯は余り食べなかったのに胸やけがする。

チョット無理をしたせいか青谷の寒桜を見て帰ってからゴロゴロしている。





 どうもイライラしていけん。

2月22日(土)
 家でゴロゴロしている。 家内にストレスがたまりそう。 

 ストレスと云えば 先日の診察の時に先生が 「どうですか? タバコは」 「ストレス解消の為に止められません」

 同時に運転中に頭がボーとするのを防ぎ シャキッとさせる効果もあると思う。 都合の良い理屈だ。

 でも、タバコも酒と同じく欲しくなくなる時が来るだろうな。

2月23日(日)
 昼間テレビをみていたら美味しそうな 「つけ麵」 の番組を放映していて、鳥取で 「つけ麵」 を食べさせる店を探しにドライブ。


                                      ヤフー画像より 

 病院の帰りがけに寄ってみるつもりだ。

 明日月曜日から近所のゴミ集積場所の掃除当番で PM 8:00 頃、ゴミ箱の準備に行ったら空のゴミ箱を運ぶだけで息が切れてえらい。 

 抗がん剤治療の副作用だけだったら良いが、そろそろ限界が近くなった?
 町営住宅を2 ~ 3ヶ月借りて、今の住居の始末と 仏壇 及び 墓終い、その他諸々の終活の準備に掛からなければいけないかな? 

2月24日(月)
 中半端な生返事をすると 「そうすると言ったがな」 分かっているけど家内の想いに応えたいばっかり 「 昼から体調がよかったら行こう」 なんて言うと 思い込みがエスカレートして「行くと言ったがな、約束したがな」 最近は荒れなくなったが、以前のように荒れたら困るのは自分だ。

 家の風呂は小さくて大きな風呂へ浸かりたいみたいで、昼から浜坂のユートピアに行く。

 のぼせないように注意しながら半身浴をして 3分 ~ 5分間位 肩まで浸かり、長居は無用サッと上がる。 気持ち良かった。

2月13日~

2020-02-19 | 日記
2月13日(木)
 福祉課より電話あり。 家内の要支援1が確定。 早速いざという時の為に (突然自分の意識が無くなった時) 直ぐに世話になれる 「小規模多機能型居宅介護事務所」 を紹介されるが、普段から顔見知りになっていないと急には無理との事。 福祉課の人と家の近くで出来立ての施設の見学に行く。 家内も調子を合わせて? いたが、帰ってから 「自分と一緒のほうがいい、死ぬときは一緒と決めていだかな」 「そうだね」 と無理強いはしなかったが気にしている様子。「出来たてできれいだけど ボロでも自分の家いい」 と気にしている。 やっぱり無理かな。 その時はどうしたものか? 自分の体調をみてこれ以上 世話が無理と感じた時点で決断するしかないか。

2月14日(金)
 七釜のゆ~らく館でチョコをもらう。 やはり昨日の施設が頭に浮かんでいて 「行きたくない ・ 死ぬときは一緒だと言っていたがな」 「もう昨日の事は忘れよう、この話はなしだ」 幸い荒れなくて良かった。 大荒れになるのが怖くてイエスマンになった自分に責任がある。 無理に入所しても荒れた時の対応に施設の人は困り病院へ連絡を取り、今より強い薬を飲まされる。 何年かして特別養護老人ホームへ。 結局は家内が家内でなくなってしまい生きている意味がなくなってしまう。 今は 統失は顔を隠しているが、その時が来たと感じた時、ふたりで恵のところへ逝くか?  

 夜、友達に電話して、色々と誘っていたが全部断られたようだ。 友達は自分の病を気にしてくれているのか?

2月15日(土)
 食べたいと思ったら腹一杯でも好きなおやつがあれば全部食べてしまう。 自分がタバコを吸うのと同じ事か? 注意する時はきちんと注意しなければ。 三時ごろ城原 ~ 網代 ~ 砂丘を廻ってふたりのストレスを解消する。



 日の当たる場所の眩しさと日陰の暗さを感じる。

 大きく息を吸い込んだり咳をすると横腹が存在を主張する。 困ったものだ。

2月16日(日)
 いわみんホールへプラネタリウムを見に行く。



 20年位前に「いわみアストロクラブ」を立ち上げて「星を見る会 (観望会) 」を開催していたことを思い出した。






     代表的な冬の星座

 私小説 「美奈子」 の投稿を終える。 独りよがりで拙いわたし小説を最後まで読んでくれた方々に 「ありがとう」 と言いたい。

 PM 9:00 時折強い風が吹いているが、ひょっとして 「春一番」 になるかも?

2月17日(月)
 面白い出来事というかハプニングというか、砂丘の風呂に浸かっていて羽田から鳥取空港へ行く飛行機が低空飛行していてずっと見ていたが 「さぁ上がろう」 と上がりかけたが腕力がなく、肩から足にかけてゆうことを効かず湯船に座ることもできない状態。 横向きになろうとするが頭は横向きになるが身体が浮いてしまって肩や足先が底面につかず溺れた状態。 4~5回つづけたが体力の限界で、聞きつけた従業員が湯船から引き上げてくれた。 従業員の方々に大変迷惑をかけた。 のぼせ (湯あたり) ? 抗がん剤の副作用? 解らないが、やはり歳には勝てない。 せめて新婚旅行の足跡を辿る旅行までは体調を維持したい。 女性の従業員に 「もう来ないでください」 と言い渡される。 昨日の強い風は 「春一番」 にならなかった。 夕食は久しぶりにお好み焼を作る。
  追
 今、思うと 家内が番台の女性に 「自分が抗がん剤の化学治療をしている」 と話したみたいて、その女性が自分のためにあのように言ってくれたのかものかも知れない。 10/20 

2月18日(火)
 今季初の積雪。 15cm位 早速家内は庭に出て雪だるまを作っていた。 


   雪うさぎ や 本人は「かまくら」と言っているが、茶室 (田舎の別荘?) の雪かき。

    家内が写す。 嬉しそう。

 明日の朝の最低気温はマイナス氷点下1度になると聞く。 朝一番に起きて中央病院に行く予定。 早くタイヤ交換をし過ぎたかな? 
 普段の冬の感覚を思い出したかな? チョットだけど不安が頭をよぎる。

2月19日(水)
 血液検査の結果は 白血球 3.20/ul → 8.81/ul 血小板 217/ul → 150/ul ヘモグロビン 11.0g/dl → 8.5g/di 赤血球 3.71/ul → 2.86/ul と落ち着いていて、20 クール 1日目の 抗がん剤投与。 幸い今朝は積雪もなく道路も凍っていなかったのでスムーズに病院へ行けたが、体温が37.8℃もあって抗生物質 (セフカペンピボキシル塩酸塩錠 100 mg) を食後に飲むようにと4日分) 貰う。 風邪気もなく、素人考えだが 17日に溺れた時に湯船の中の細菌を飲み込んだせいか? 

美奈子 最終章

2020-02-16 | 私小説
 最終章

 さらに10年が経った。 ちくまではマスターの奥さんがホコリだらけの古いノートを手にして
 「あんた、いいものがみつかったよ」
 納屋を整理していて見つけたらしい。‘70年頃、放浪していた時「Y・ Nに捧げる」と書かれたノートには座ってギターをつま弾いている女性の絵が描かれており、日記風な文章と所々に女性のデッサンが描かれている。
 「なによ これ」
 マスターは懐かしそうにノートに目をやり
 「放浪していた時のノートだ、よく出て来たな。青春時代の… もう30年も昔のわしの姿だ」
 「このY・Nって女性 だれ?」
 「甘ったるい悩みと苦しみをもたらした ビーナスだよ」
 自分なりの芸術と精神と官能の対立を面々と書き綴ったほろにがいノートが今ではひとつの記録としてマスターの前にある。
 「30年間の時空を越えても、同じ感情の繰り返し、何の進歩も感じられない。感動ものだな。お見事と拍手したくなるよ」
 「独りよがりの思い込み? 若いときの方がしっかりしているね」
 「このノートを見て嫉妬しないのか?」
 「やきもち?… それより、もっと店の仕事をして… 手伝って」
 「困ったな」
 「店の事から家の事から、私一人でして もうえらいわ」
 「苦労かけるな おまえ」
 「なにさ おまいさんって言ってほしい?」
 「うん」
 切実に願っている奥さんを感じて、考え込んでいるマスターだったが、しばらくして奥に入ると野焼き用の粘土を取り出して来て粘土を捏ねている。
 「一緒に作ろうか?」奥さんはあきれたというような心境で
 「私はいい」じっと見つめていると茶碗のような
 「茶碗?」「うん」 
 粘土が余ったのか、その胴がだんだん長くなり
 「花瓶?」「うん」 
 途中ガクンと首のあたりが崩れ、失敗したと思っていると崩れたところを利用して人の肩にしてしまった。
 祈っている人のようにも見える。あれよあれよと見ているうちに
 「表もあれば裏もある」って裏は人の顔らしくなってしまった。
 「素焼きだから花瓶はダメだな。植木鉢にしょう」って形が完成、構成点 6,0 芸術点 6,2 なかなかの得点だ。
 作品には石坂洋次郎の小説から取って 「あいつと私」と奥さんが命名する。



 美奈子は小学校3年を頭に2人の娘達の母となり、ますますたくましい?35才になっていた。
 日曜日の午後、美奈子は家族で「ちくま」に行き、のんびりと時を過ごしていた。
 サラサーテのコンチェルトを聴きながら、隣の席で何の屈託も無く無邪気にケーキを食べている子供達を美奈子自身の子供時代と重ね合わせ思い出している。 圭一を想い、家庭をとりまいている今の生活を想い、子供達の家族の未来を考え、そして美奈子自身を考えていた…。
ドアが開いて春樹夫婦がやって来た。次女がめざとく見つけると
 「おじちゃん、おじちゃん」と掛けより嬉しそうに
 「わたし お父さんとお母さんのひみつ 知ってるよ」
 「なに、秘密って」
 小悪魔ように こまっしゃくれた調子で春樹に話しかける。
 「あのね てがみ見たの」
 「人の手紙 だまって見たら駄目だよ」
 「だって みえちゃったんだもん」嬉しそうに続けて
 「おとうさんがね うさぎさんの好きな子供たちのおかあさんが 大好き ですって…」
 瞳を輝かせ春樹をみつめニコニコしている。
 「そうか、よかったね」春樹は子供の頭をなでながら笑っている。
 「そんなの ひみつでもなんでもないわ」姉もまけずに言う。
 「でも…でも ぜったいひみつだよね おかあさん おかあさんひみつだよね、ね、ね」
 必至で美奈子に共鳴を求めている妹の真剣な眼差しが微笑ましい。

 みゆきはニヤニヤして圭一を見て何か言いたそうだ。バツが悪いのか圭一は新聞を読んでいて顔をあげない。
 子供達を中心としたざわめきの中で美奈子は思う、圭一、貴方がそばにいてくれるから今の幸せがある。時間は移り変わっていくが変わらないものがあるって事を、身をもって感じさせてくれる家族がある。ありがとう圭一 …

 隣の席に移って来た圭一に美奈子は
 「幸せってこんなものかも知れない」と感慨深く言った。
 「どうしたん あらたまって」
 「ううん なんでもないの」
 今 幸せの余韻に浸っている美奈子自身を感じていた。

 新聞を読みながら圭一が
 「久しぶりに米子に行かないか?相田みつを展をしているよ」
 「そうね、みんなで行こうよ。春樹夫婦、惠子さん夫婦、私達、子供達、マスター夫婦も誘って」
 「善は急げ、さっそく計画しょう。次の日曜日はどうだろう」

 マスター夫婦は久しぶりに遠出をした。日記には、日本海を右手に大山を左手に見上げながら、みんなで米子に相田みつを書道展を観に行く。
 始めに目に入ったのは 「七転八倒・つまずいたっていいじゃないか、ころんだっていいじゃないか、にんげんだもの」
 自分はといえば毎日がつまずきどおしでしっかりしろって言いたくなる。

 「あなたがそこにいるだけでその場の空気が明るくなる、あなたがそこにいるだけでみんなのこころがやすらぐ、そん なあなたにわたしもなりたい」
 マスターは別の意味で感じていたのだが、その書の説明は「Aさんは病弱であまり仕事はしなかったが、亡くなってみると灯が消えたように淋しく、Aさんは仕事をしなくてもまわりの人達の灯になって一隅を照らしていた」そのような意味で、自分の心をみすかされたようで恥ずかしい。

 相田みつをさんのその強さはどこから出てくるのだろう? 生まれ育った環境、それとも宗教。 
 詩は忘れたが「松の木は松のように竹は竹のように」友達は友達の人生を生き、自分は自分の人生を生きている。自分は友達の人生にはなれないのだから、お互いに自覚しながら尊重しあいながら生きていかなくてはって意味だったような。
 何かしら心にびんびん響いて来る感動というか、自分の心の奥をみすかされて引き出してくれているような、不思議な気持ちだ。




 「雨の日には雨の中を風の日には風の中を」
 「日々是好日」 昔から言われている言葉だが、泣いても笑っても今日が一番いい日。私の一生の中での大事な一日だから。
 一度にあまり多くの書を観過ぎたのと、デパートのざわめきで頭の中が混乱してコーヒーが飲みたくなった。 それこそ今日が一番いい日だ。

 春樹の近況はといえば、3年前から有志を募り新年を祝おうって神社で初詣でに来た人と、一緒になって楽しんでいる。
 公民館だよりに投稿を頼まれて懸命に書いている。書き終えた投稿文は
 「新年を祝おうを終えて」
 昨年のミゾレ交じりの暴風雨とはうって変わって、今年の「新年を祝おう」は満天の星空の中で満月が顔を覗かせ穏やかな年越しとなった。NHKの紅白が終わる頃から参拝の方々が集まり始める。お神酒 豚汁 そばをふるまい、子供達もクジをひいて一喜一憂している。新しい年を迎えた0時過ぎから40分頃まで参拝者のピーク時を迎える。家族連れが参道をすれ違いながら口々に「おめでとうございます」「旧年はお世話になりました、今年もよろしく」さわやかな響きが耳に心地いい。
 参拝を終えた方々が暖をとるための焚き火を囲みながら竹筒で作ったコップのお神酒を片手に、女性や隣の人は豚汁を食べながら、真新しい希望を胸に抱き顔はほころび今年の抱負を、夢を語り合っている。女性の方にお神酒とか豚汁を薦めると「いや、あっさりしたそばの方がいい」とそばを美味しそうに食べてくれる。普段は静寂な境内も裸電球とスポットライトに照らされ独特の雰囲気をかもしだしている中で、明るく弾んだ声が賑やかく飛び交う。一変して境内は社交場に様変わりだ。
 仲間の一人が「このような語らいの場を目の当たりにすると楽しくなる」と嬉しそうに言う。参拝者がテントの中に入りスタッフの手伝いをしてくれる。また「理屈を言うのもいいけど、動く事は大切な事だ頑張れよ」とか「えらいけど続けて行く事が一番大事なことだで」お年寄りもアドバイスやら忠告をしてくれる。境内に集まったみんなの顔が輝いて見える「自分らも楽しみ参拝に来た人にも喜んでもらって、この催しをしてよか った」と別のスタッフも笑美をこぼしながら言う。
 大盛況の内に1時をまわり、そろそろかたづけの時間だとスタッフを見ると、みんなの顔が充実感を満喫しているように感じられる。夜遅くまでおつかれさんでした、年賀状の添え書きの文章をふっと思い出した「あなたにとって今年もよい年でありますように…」


 「させてもらっていると思えないかな?」友達の由紀夫は言う
 「してあげたいとは思うけど、させてもらっているってどういう事かわからない、そのへんの心境はもうひとつピンとこないな」そう言いながら春樹はある友人夫婦を思い出していた。
 もう20年近く前の桜が咲く頃、夜1時頃に電話がかかって来て「生まれてくる子供と妻が生きるか死ぬかの状態だ、夜おそくなってから悪いけどA型の血液の人はいないかな、君の力が借りたい」あいにく春樹はO型なので友達に連絡をとりその病院に駆けつけた。このままでは母子ともに危ない、どちらかを犠牲にしなくてはならない苦汁の選択を迫られていた。子供より妻が大事と彼は妻を選んだ。彼は話す、生死の渕を彷徨っている妻を救う為に自分は死んでもいいと思い、代わってあげたいと思っても自分にはなすすべもなかった。

 その友人の言葉を借りると「ここは何処だ、何故このような場所に自分が居るのか、わからなかった、突然カーラジオで尾崎豊の「アイラヴユウ」が聴こえてきて我にかえった。頭の中が真っ白になり涙がボロボロと溢れ出て止まらなくなった…。 何とかしなくては、二人の心を喜ばせ存在を感じあいながら生きていくにはどのように行動したらよいのか、分かっていることは、一歩一歩確実に現実を踏み締めながら希望を持って前進する事が二人の喜びの根源的なものではないのか」
 それからの彼は妻が退院する8ヶ月の間、毎日毎晩病院に行き、今はただ現実の苦るしみを悲しみを和らげて笑顔を感じ合い、楽しく喜びあいながら今を生き抜かなければいけない、まずはそれが先決だ、そのためには死なせた子供を仲立ちとして二人の心の拠り所としての二人だけの宗教を創造し今の苦境を乗り切ろう、二人で宗教を作りだし実践する事が善いとか悪いとかは妻が元気になってから考えればいい、今は二人のおかれている現実と未来の夢を二人だけの宗教を夢中で語り合う、看護婦さんに他の入院患者の事を考えてか「面会時間は過ぎている」と注意されながらも10分程度の逢瀬を楽しむ事が二人の日課となり喜びとなり、日ごと二人に笑顔が還ってくるのを感じられたと言う。

 20年近く経った今でも友人夫婦はその時の出来事を原点とてお互いに感謝しあいながら、押し付けではなく死んだ子供がいて夫がいて妻がいて、お互いのために二人だけの宗教を信じ、その思いを思うまま具体的に実行しお互いの喜んだ顔を観て自分の喜びとする、そのように信じ抜いて行動していくと救われてくるような気がするという。
 春樹は、友人夫婦を思い出しながら、友人夫婦の生き方が由紀夫の言う「させてもらっている」という意味と通じるものがあると思い友人を思い出しながら話す。
 由紀夫は言う。
 「その友人夫婦、もう一歩踏み込んで既存の宗教を考えられないかな、すべての生命はなんだかの形でつながっていて独りで生きているのではなく共生して生きているのだから。たとえば、野球は投手、捕手、内野手 外野手、それぞれの役割があって、お互いに励ましあい、助けあい、信頼しあっているからこそ個人個人にチームの一員としての自覚が芽生えてくる、その絆の中でお互いに尊重し感謝の気持ちが沸いてきて試合になるとみんなの為に自分の為にって頑張る、日常の生活と同じだと思う」春樹は野球にたとえられるとわかるような気がする
 「団体の中の個人、個人が有っての団体、そのへんが難しいな」
 「そうだな、友人夫婦も現実には二人だけの宗教と思って、その宗教を信じきって実践する中で二人の今を感じているのだが、
  まわりの人達の優しい思いやりとか眼には見えない支えとか、
  すべての生命のかかわりの中で暮らすことが出来ているんだと感じてくれたらいいな」
 「自分達だけの幸せとか自分だけの快楽を願うのではなくて、他の人とともに喜び、ともに共感する心を持つことが出来たらいいけど」
  「友人はお金よりも健康が大切だと思うし、健康より心の持ち方がもっと大切だと思って実行しているといつか言っていたな」
 「温かい血を通わせて、親切な心とか、感謝をする心が自然に育んできて、そのような気持ちを積み重ねていく事が、
  すべての生命に対してさせてもらっているんだって心から感じ取れるようになると思う」
 「出来ることなら、そのおかげさまでとか有り難いと思う気持ちを、その友人夫婦が悩み苦しんでいる人達にも感じてほしいと願い、
  その思いを行動に移す気持ちになってくれたらいいな」
 由紀夫はさらに言葉を続ける
 「打算的な狭い自分の眼から見ていた世界から自分の感情を捨て去った眼でみなおすと
  宗教の大いなる道を求めていく活力が生まれて来ると思う、きっと無限のパワーが生まれると信じている」
 「でも、いくら善いことを言っても聴いても、大いなる道を探し求める心がなくては何も感じ取る事ができない」
 「心掛けひとつだな」
 「そう、心の持ち方しだいなのかも知れない」
 由紀夫の言わんとしている事は痛いほどわかる、そのとおりだと思う、神様が守ってくれるとか、救ってくれるとか、仏力を感じるということは日常の生活の中から生まれるものだ。何もせずに努力もせずにただ神頼みでは、いくら神様でも救ってくれるものではない。日常の生活を一生懸命にしていれば必ず神は姿をかえて現れて来ると信じている、
 だから神様と共にいる事を自覚する。由紀夫の価値観とか生き方、自分の周りを大切にする気持ちと同じように春樹も他の人を尊重し大切にする心を持ちたいと思う。他の人と共感し心を通わせる中で、愛のある豊かな心を持つことが出来ると信じて行動しようと努力しているのだが、いつも気持ちの空回りで中途半端な春樹自身を感じている。


 その友達と知り合ってから何年も経っているが、始めてピアスを付けている友達に目が止まる。善いとか悪いとかでなく、ピアスを付ける事で苦しみとか辛さとか、いろんな出来事を乗り越えて来た友達なのだからって思うと、何かしらいとおしく感じる。
 その友達が「もし、奥さんがピアスを付けるって言ったら、あなたはどうする?」
 即答は出来なかったが、私達夫婦が指輪を付けたいきさつを推察しながら思いつくままに書いてみたいと思った。

 妻がピアスを付けたいと言ったらダメだと答えるだろう。私自身の心の裁判では、自分で自分の身体に傷を付ける事は悪い事だと思っている。でも、妻の気持ちが切羽詰まってゆとりが無くなり、心の安らぎを求めて、幸せな心境を得る為にどうしてもピアスを付けると言ったら、この世の光を見ることなく亡くなった恵 おまえに相談するだろう。
 以前、おまえと相談して夫婦で指輪を付けた時のように私が先にピアスを付けるだろう。おまえも覚えていると思うが、母が病院でそっと指輪を抜こうとしているのを感じて、父はその指に黙って指輪を嵌め直し、無我夢中で指を絡めて長い間握り合っていた事を。
 頭の中は真っ白になり、悲しくもないのに涙がこぼれ、面白くもないのに笑いが湧き出る。でも母は父以上におまえを思っていた。以来ずっと父と母は指輪を嵌めている。
 善いとか悪いとか理屈ではなく、縁あって夫婦になったのだから、おまえのお母さんなのだから。善い時は勿論、苦しい時、辛い時、悲しい時はより以上に寄り添い支え合って生きていかなければいけないのだから。
お母さんがどうしてもビアスを付けたいと願ったら、父が先にピアスを付ける。父は「今を、この時を、この場」を大事にしたいから。おまえを大切に思う以上にお母さんとの二人の世界を大切にする。やきもちをやくなよ。

 今更、何でこんな事を思うのかって?その友達と話しているうちに思いを安心してさらけ出し話していたんだ。私ひとりではないって思いが湧いてくる。苦しければ苦しいほど、辛らければ辛いほどその喜びが大きくなる。
 大事なことは、今のあるがままの状態をそのまま受け入れ、友達をとおして自分を見つめ直し、良識の中で信念と情熱を持って今を力いっぱい生きる事だ。だからと言って思いを友達に押し付けては、それこそ余計なお世話だ。そうではなく自分の思いを友達に聞いてもらい、私達を理解してもらいたいのかも知れない。


 ちくまのマスターはだいそれた思いを抱いていた。今「大河小説」を書きたい衝動にかられているが、何をどのように書いてよいのかわからず、思案にふけっている。
 いつ頃だったか、美奈子が子供達と店に来た時の事を思い出していた。
 ジュースを持っていきテーブルに置いたとたん
 「ちがう ちがう それおねえちゃんの」かん高い声で妹が言う。
 「ごめん ごめん 間違えちゃった」
 「おかあさん おかあさん ミロのおじちゃんまちがえたよ」
 「おねえちゃんのジュースまちがえた、まちがえた」 と万遍の笑みをうかべてはしゃいでいる。
 彼女達がまだ小さい頃にコーヒーの替わりにミロという乳飲料を飲んでいた頃から、私の事をミロのおじちゃんって言っている。なつかしい響だ。
 この娘達も年頃になり「おじさん」って笑いながら彼と一緒に来てこの空間を感じてくれたらいいな。春樹や美奈子と同じように… 。


 これだ、生きている事の楽しさ、生きる事のいとしさ、悲しさ、そして生きる事への執着を自分なりに書き綴ってみたい。例えば北杜夫の「幽霊」の書き出し 『人はなぜ追憶を語るのだろうか、どの民族にも神話があるように個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みの中に姿を失うようにみえる (中略) 蚕が桑の葉を咀嚼するかすかな音に気づいてふっと不安げに首をもたげてみる、そんなとき蚕はどのような気持ちがするのだろう… (中略)  しかし運命というものが僕たちの血のなかに含まれているものだとしたら、母なる自然がそのような音をたてたとしてもなにほどの不思議があったろう』 この文章を真似て書きたい。

 マスターは大きく深呼吸をひとつすると、ぼそぼそと書き始めた。

 「美奈子は岩美高校の二年生 目のくりくりっとしたどちらかと言うと丸顔に近く髪が長い どこかで見たことのあるような普通の女の子だ…

                                                         ( 終 )

     恵存  美奈子さんへ

                                               平成 11年 6月 07日 追加改正

美奈子3ー3

2020-02-14 | 私小説
 五章

 早いもので、あれからいくばくかの歳月が流れた。美奈子は京都の短大を卒業して地元の銀行に勤め。窓口に座って可愛らしい笑顔でお客に対応している。春樹とみゆきは子供の成長と共にいろいろな問題に追われ。奥山はいまだに独身貴族を楽しんでいる。恵子が結婚相手に選んだのは同じ会社の先輩であった「なんとなくいいな」って感じで結婚した「ダンナはやさしいから」ノリで生きているかのように調子よく結婚生活を送っている。
 ちくまは不思議と店を潰さずに現状維持。いつかマスターが言っていた「店が成り立つのは意見の相違だと思う。店の雰囲気と言うか お客の嗜好と言うか みんな好みが違うのだから」それで潰れずにあるのかも知れない。

美奈子は圭一とコーヒーを飲みながら楽しそうに話している。
あれほどつつましやかだった美奈子も自分では気のつかないままに
その可愛らしい唇から
「圭一、出来るの?」
「出来るか 出来ないか ザット イズ ザ クエッション」
「ハムレットね」
美奈子は笑いころげ 圭一もつられて笑っていた。
「迷っていないで行動したら」こともなげに言う美奈子だった。

 奥山は、友達に頼まれ中学生の「卒業ライブ」のビデオ撮りに渚交流館に行く。 演奏の上手下手は別として若い熱気を感じさせる。今の豊な時代、中学生でもこのようなライブも出来る。 世間の人達にとっては意味のない事かも知れないが、理屈ではなく情熱を注いで感受性を育んでほしい。自分に対して悔いを残さない今を過ごしてほしいとも思う。興味のある事だけの情熱と行動かも知れないが?でもそれでよいと思う。遊びを通り越し夢中になり、その事を成そうと体全体でぶつかってくる熱気というか存在感というか青春のときめきがカメラのファインダーを通して伝わってくる。

 テレビを見ていると、少女から試験的に携帯電話を取り上げると、仲間と連絡が取れなくなり不安な表情が画面に映し出される。その少女と行動を共にしていると、友達の携帯がしょっちゅう鳴り、楽しそうにメールのやりとりするのを横目でうらやましそうに見ていたが、しだいに何かしら落ち着かなくなり、しばらくするとうずくまって泣き出してしまった。スタッフがその少女に携帯を返すと笑顔が戻り親指が活発に動き始めた。

 「猿の話」の中に、チンパンジーにとって、もっともきつい罰は仲間から離して単独にする事だという。野生の猿も一頭だけ檻に入れると自分で全身の毛を抜いてしまい神経症をおこしやすくなるって結果が出ている。群れの中で孤独を感じると社会的な生活が出来ないようになっていく。
 猿も人も同じで、孤独の中で自分を解ってくれる人がいると思うだけで、見られていると気づくだけで今まで感じなかったものが見えてくるのかも知れない。孤独と感じるものを癒してくれるものが、共感しあう事が生きるための歓びとして希望としての根源的なものかも知れない。その事を無意識の内に家族に仲間に周りの人々に求めているのではないかな。中学生達も自分達にも言える事だがその事を成しとげたという満足感または充実感を大切にしておごることなく前向きに明日につなげていけたらいいな。友達いわく、人生で今が一番若いのだから楽しくやろう、今という時は二度とないのだから。


 久しぶりに奥山、春樹、圭一の3人が呑みながら話しに夢中になっていた。それぞれに話題が違っていて、春樹は娘の事を目の中に入れても痛くないような語り口で話し。圭一は美奈子のことを。酔いがまわって来ると相手の立場になって考えるって話しになり
「駅前の通り抜けの広場で列車待ちをして駐車している車が通行の邪魔をしていて、その通り道の車の運転席いる女性に
「すみません通してくれませんか」ってお願いしたら
「あなたのためになぜ私が移くの」って言われて怒るのを通り越して呆れたよ」
「そんな人多くなったな」
「へんな事があたりまえになり普通の事がへんな事になってしまう」
「子供の頃の儒教的な生き方を否定しだしたのはいつ頃からだろう」
「個人主義と利己主義がすり替わってしまったような…」
「時の流れだと言ったらそれまでだが、何か寂しい気がする」
「倫理観とか価値観を含めた自分の思いを他の人に伝えても意味のない事のように思えてしまって、何故かな?」

 三人とも酔っぱらって言うことが支離滅裂になり始めた。
「心の中では好意を持って接っして相手のために何かをしてあげたいと思い、相手の中に入っていこうと思うが
 その場になると自分の方からひいてしまい、現実から逃げ出してしまう」
「反対に相手が避けているのかも知れない?」
「意味のない優越を感じて自分が嫌になる時がある」
「いっさいのこだわりを捨て向かいあったらよいと思うのだが」
「自分と他人、自分と社会、自分と自然、自分と自分の中で感じる矛盾をどうする事も出来んな」
「さがし続けるそのプロセスに意義があるのではないのか?」
だんだんアルコールのピッチがあがる。

「話が変わるけど最近、花粉症に悩む人が多くなったな」
「新聞に書いてあったよ、寄生虫の研究者が言うには、
 戦後日本は、国をあげて寄生虫撲滅作戦を始め1964年頃から寄生虫がいなくなり、以後アレルギー症が増えだしたんだって」
「花粉症の治療法は寄生虫と共生すればよいそうだ。 腹の中でサナダ虫を飼うとダイエットにもなり一石二鳥だな」
「特効薬としてサナダ虫を天火で乾し、粉末にして飲むとアレルギー症は一発でなおる、でも後遺症で癌になると言っている」
「上手く利用すれば完全犯罪が成立するかも?」
「話がだんだん見えなくなってきたよ」
「でも夢の中で自分がサナダ虫になって、魅力的な肉体をむさぼり食らい、したたりおちる甘酸っぱい真っ赤な血をすする。
 その柔らかな褥に卵を生み付けてのうのうと生きている」
「共生する善良な寄生虫に変身してその胎内の温かい湯に浸かって身体中をのばし小さな幸せに酔い、
 寄生されている生物に苦痛を与えないように殺さないように気を配って」

奥山が悪酔いしたのか
「君たち親ガニの生の卵を食べた事があるか?」
「食べた事はない」
「以前食べたのだが 定期検診の時、胃に影がある胃カメラで再検査してくださいと言われ病院で検査したが、
 その時はちょっとした胃炎と血圧がちょっと高いぐらいで正常だった」
「それでどうしたん」酒の肴にちょうどよい。
奥山は冗談とも真剣とも解らない調子で話す
「でも 時々胃の辺りでカニが動くんだ。小麦とモルツをブレンドした中和剤を飲んで時を稼いでいるが、アッまた動いた」
「それは癌の前兆だぞ」 圭一が冗談まじりで言う。
「呑み方が足らないのだよ、もっといこう」益々3人のピッチはあがる。

酔いにまかせて春樹が
「この前 会社で会議があって、作業着のまま急いで行くと他の人達は集まっていて、室に入るなりみんなの視線を感じ、
 なんか不安を感じたが、その不安が的中してしまった」
「どうして」
「その場にそぐわない服装だって自分で意識しだしたら、
 なにかしら引け目を感じて思いを旨く伝えられないまま会議が終わってしまった」
「相手に見下され完全に萎縮してしまったって、よくある話だよ」
「服装には関係ないと思っていたが」
「着るものによって気持ちが左右する事もあるって身をもって知らされたよ」
圭一も奥山も酔いに任せて好き勝手な事を言う
「制服を着るとその制服にあった気持ちになり大手を振って歩く」
「歌の文句の(♪ ぼろは着ていても心は錦~)」
「別の意味での筋違いの話で」
奥山も真っ赤な顔で
「子供でも同じ事だな。親心で子供にきれいな服を着せて、でもその場に行きたらみんな普段着の子供達でじろじろ見られる。
 一人だけ浮いてしまって逃げ帰り、もう二度と行かない」
「反対に浮いた事を得意とする子供もいる」
「大人も子供も一緒だな」
「その場に合わない服装を感じる時ってあるんだな」
「そりゃあ あるよ すべてはないが その時の本人の気分で」
したり顔で言う。
3人は久しぶりに呑み 遅くまで騒いでいた。


 何カ月かして奥山は入院した。胃癌である。その日延ばしにしていたが圭一は見舞に行く。病室に入るなりギクッとした。頬はこけ落ち、顔はどす黒く。辛抱強い表情がほほ笑んでいるような。とても奥山とは思えない別人の姿だ。
圭一は感情を悟られないように
「よう どうだ、来るのが遅くなってごめん」
「わし、えらいわいや」
「何 言っとるだいやこれからだで」
圭一はただあいづちを打つだけが精一杯だ。
奥山はさらに続けて
「もういけんかもしれん」
「そんな事言わないで、頑張れよ、日にち薬だから」
つきなみな事しか言えなかった。
「時々、暇を見つけて恵子が話し相手に来てくれる」
「どうしているかな、恵子さん」
「幼なじみっていいな…、おんなじ調子で頑張っているみたいだ」
しばらく沈黙が続いた。

「幼なじみか、何でもしゃべりあえて、その思いを理解し共感して…」
「でも、現実は、あの人はって偏見の目で見てラベルを貼って、
 自分の思い通りにならないとイライラして愚痴を言う。甘えかな」
奥山は遠くを見つめるように
「心にゆとりを持てないから弁解ばかり考えてしまう」
圭一は自分を振り返るように
「今、目に見えない不安を感じあせっている自分を感じる。
 理想ばかり追い求めていつまでも同じ事を繰り返している自分自身をはがゆく感じる」

「呑みたいな」奥山はポツンと言う。
「中浜に行こうか」
「うん」 
「よくなるまで辛抱せないけん」と言うのが当たり前だと思うが、よいとか悪いとかは別の問題として、今を共にしたい一緒に呑みたい。
 点滴の管を持ちながら歩くのもつらそうだ。やっと車に乗り込むと途中でワンカップを買い中浜へと向かった。小春日和の昼下がり、浜辺に車を乗り入れ、ワンカップを片手に乾杯する。何かを話したい 語り合いたいのだが青い空は無口で二人ともただ黙ってチビリチビリ飲む。



 「ホー」と 奥山の安堵の息ともつかぬ声なき声を聞くと目頭が熱くなる。もの心ついた頃からの幼友達でやさしい心のもちぬし。心の友として彼の精神とこころねと愛情と その他もろもろのものを大切にしながら、彼の身の上についてさがせるものはすべてさがし集め、自分の中に彼を感じたいと思うが、頭の中は真っ白で ただこの空間を漂っている空しさと 寂しさと苦しみの中で いかに生きてそして死んでいくのか。 言葉にならないわりきれぬ思いをどうする事も出来ず、海に向かって大声で泣き叫びたい衝動にかられている圭一がいた。


 圭一はちくまでコーヒーを飲みながら奥山を探していた。いつだったか二人で話をしている時に真面目な口調で
「好きな人がいたんだ、その人もきっと私と同じように大切な思い出として覚えてくれていると思う」
「惠子さん?」
「違うよ」
「自分の知った人か?」
「いや、たぶん知らないと思う」奥山はぼそぼそと話始めた。
「その人とは仕事中に偶然出逢ったんだ。話をしているうちに意気投合して、心が通じるというか
 気が合うというか、同じような価値観を持っていて、何か感じあうものをお互いに持っていたような」
「一目惚れって訳か」
「そうでもない。何でも話をすることができて、その話を理解してくれる心根の優しい人だった、結婚していて子供がいる。
 でも、そんな事は関係なく話し合う事ができる人だ。大丸でのシャガール展を一緒に観にいく約束をしたんだ」
「それで」圭一は興味本位に聞き役にまわった。
奥山は話を続ける
「その人は、息をきらせながら「遅くなってごめんなさい」って無邪気にほほ笑み、その笑顔が何とも言えないんだ。シャガール展の一枚一枚の絵画を観てお互いに感想を喋り合ううちに、その絵画に隠されている心の世界に共感して、心の豊かさを教えてくれるその人をより以上に感じ始めたんだ。… 何度か逢って帰る途中一人になった時からその人を意識しだして、それからは、その人の夫を、子供を、家庭でのその人を想像して、もの悲しくて、愛しくて、その気持ちは募るばかりで、すぐにでも逢いたいと思うが罪の意識を感じて逢ってはいけないと思い、逢ってより以上に共感しあいたいとも思い、せつなくて苦しくてじっとしておれない気持ちになり、ある時、思い切ってその人に 今の思いを告げた「貴女が好きだ、僕は間違っているだろうか」しばらく沈黙のあと
「貴女の無邪気な仕草や優しいほほ笑みに自分を忘れてしまう、貴女と夢の中では同じ時を過ごす事が出来る。
 とても楽しくて、でも苦しいんだ」
じっと目を見つめ合いながら
「貴女も自分を偽らないで」
「偽っていないわ、でも分別を持たなくては… だから…もう、そんないじわる言わないで」
「口にしてもしなくても同じ事だと思う。貴女に逢う度に、共に喜び… 共に悲しみ…
 ともに共感出来る喜びでもあり苦しみでもある…。僕と逢ってはいけないと思ったことある?」
「ええ、何度もあるわ」
「僕も同じだ。悪いことをしているようで逢ってはいけない。でも逢いたい。その繰り返しで毎日が辛い…、貴女が好きだ…」
「私だって…貴方と別れたあと…疑いなくこの空間に一緒に居られたことを喜び。ともに共感できる幸せを感じたわ… でも…」 
 戸惑いを隠すことの出来ないその人と同じ思いである事が解ると、お互いの温もりに触れたくて抱き合いキスを求めた。童話の中で王子様が王女様を見つけだした以上に感激し、その人は上ずった声で「貴方に出逢えたことを私は一生覚えています。貴方も私を覚えていて…」
「僕だって忘れるものか、一生覚えているよ…」

 ある夜、二人で演奏会に行くために、その人は女友達の名前を借りて、今夜遅くなる事を家族に伝え
「始めて嘘をついちゃった」はにかみながら笑う仕草が可愛くいじらしい。
 演奏会の後、友達のアパートに留守を承知で立ち寄った。ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いた感動と、ずっと抑えていた本能に身を委ねようとしていたのだが、玄関に訪問者の気配を感じると無意識のうちに二人は離れ、その人は顔を隠し、逃げるように部屋を飛び出した。奥山は言葉では言い切れない惨めさと、どうすることも出来ない自分自身が情けなく恥ずかしく思った。その人も私以上に惨めな感情を抱きながら夜道を小走りで立ち去ったと思うといたたまれなくなり… 罪の意識を感じた。

 数日してその人から手紙が届いた「ありがとうございました、貴方と逢った日々を大切な一生の思い出としてしまっておきます、貴方に巡り逢う事ができて本当によかったと思っています、かけがえのない宝物を頂いたような、心が豊かになったようなそんな気持ちでとても嬉しく感謝しています、ありがとうございました」 その時以来その人とは逢っていない…」
「その人とは何も無かったのか」
「いや、精神的結び付きはあったと思うが、圭一の想像しているような事はできなかった」
「その人、どうしているかな」
「今も元気で、家庭を 家族をそして自分を大切にしていると思う」
 目を細めて懐かしそうにぽつんと言う
「いつか逢うことがあったら、ヤアーって笑いながら声を掛け合う事ができたらいいな…」 
その人との間に奥山の人生の一部分があったのだなってしみじみ思う。嬉しそうな、哀しそうな奥山の面影が浮かびタバコの青白い煙が目にしみてくる。


六章

 春樹と美奈子が久しぶりにちくまでコーヒーを飲んでいると、恵子が入って来た。
 「一人? 奥山君がいなくなって 寂しくなったな」
 「葬式以来ね、元気?」
 春樹は奥山を思い出して、しみじみと「幼なじみっていいなあ… 耳の痛いことをズケッと言えるし言われる」
 「けど腹はたたない」
 「案外 相手を責めないで許し合っているみたいなところもあって」
 「無神経に土足で踏み込んでこずに 弱いところをカバーしてくれる」
 「親子夫婦でも話せない事でも相談できるし」
 美奈子は話を聞きながら、圭一さんとお互いに尊重しあい許し合えるような人生を送れたらいいなって 漠然と考えている。
 「その事によるけど、理想と現実のギャップが大きすぎて、自分が善かれと思うことを無理に押し付けてしまう」
 「でも家族の中ではそれが一番よい方法だと思っているわ」
 「時々 勝手な甘えの押し付けになってしまって 反省しているのだが」

  暇なのかマスターも顔を出し
 「恵子さんは結婚して3年ぐらいかな」
 「うん4年目」
 「結婚か、知らない者同士が一夜にして離れられない人になってしまう」
 「なぜかな?情が移るからだろうか?」
 「なんかそれだけではない、目に見えない何かがあるような」
 「いつ頃からだろうな、結婚した以上はいっさい目移りしてはいけない というモラルみたいなものが出来たのは」
 「最近ではないかな、明治の初め?戦後?わからない」
 マスターが会話に加わると必ず話の方向が変わってしまう
 「男は基本的にみんなじっとしていられないのだから」
 「おじさんは燃えさかっていて」恵子も負けてはいない
 「男とか女とか年には関係ないと思うけど」
 「貴女が好きだという熱情があって行動に出る。かちかち山の狸のように」 笑いながら言う。
 「私は 誘いながら ジグザグに逃げる恰好をして私を追わせる。もしかしたら貴方が欲しい なんて私から言うかも知れない」
  三人は冗談とも本気ともわからない会話に夢中になっている。

 「嬉しかったわ 楽しかったわって 貴女の心地よい言葉で次の手段を考えさせられたりして」
 「かわいさ やさしさ ゆたかさ いじらしさとかを大切にしながら」
 「官能をくすぐられる事でしだいにふかみにはまってしまい 貴女が欲しいと思うようになってしまう」
 「欲しいのはからだでなくて 全人格的なものだって…」
 「でも いやらしさとか うとましい感じが見えてくると引いてしまう」
 マスターはからかうように「美奈ちゃんはどう思う?」
 「わかんない」美奈子はポツンと言う。そして
 「おじさんと話していると話の内容が落ちるように感じる」
 「でもこれ本当に本当だよ。わし、女の人が大好きだから」
 と真面目な顔をして訳のわからない事を言っている。

 春樹は苦笑しながら
 「ちゃんと男も女も逃げ道を作っているよ。惚れたが悪いかって開き直って押し付けたりする」
 「別の部分で自分を保てれば、しらんふりをしてしまう」
 「よいとかわるいとか別にして、口では 私にはとってもやさしい人だった。なんて言いながら都合のいいようにその事から逃げる」
 「でも、時にはその悦びが人生を変えてしまう。いろいろな形で」
 「駆け落ちした人を何人か知っている。あの人たちはどうしているのかなって思う時がある」
 「でも駆け落ちって、ものすごい熱情とエネルギーと決断する勇気がいるよ」
 「唄の文句ではないけど 人生いろいろだから」
 笑っている三人に つられて美奈子も笑っていたが、半分は別の世界の出来事として話を聞いていた。

 春樹は ニコニコ笑って楽しそうな奥山の顔を思い出し
 「奥山はどうしているかな?」ってつぶやいた。
 「あの世で楽しくやっているわよ」
 恵子はさりげなく答えながら奥山を思い出していた。 
 葬儀も落ち着いたある日、仏前に線香を立てていると「これが出てきたよ」って一冊の日記を手渡された
 「貸して貰っていい?」
 「どうぞ、恵子さんに読んでもらうと正博も喜ぶと思うよ」

 その夜、恵子は夢中で奥山の日記を読んだ。
 奥山の日記(抜粋)
  ○年○月○日
 中学時代の同級生のお母さんに偶然出会う。立ち話も何だからと一緒に紅茶を飲みながら、
 同級生の近況やら愚痴を聞いているうちに
 「お母さんは元気?」知らなかったが母と小学校の同級生だって事だ。
 「香住で孫達に囲まれて幸せに暮らしていると思う」と答える。
 母とは長い間逢っていない。
 「やさしい、ものしずかなおとなしい人で」って昔を振り返って話してくれる。 母の少女時代の事を始めて聞いた。
 幼友達でいつも一緒に遊んでいたとか。なぜか聴きたくないようなもっと聴きたいようないたたまれないような せつない気持ちになる。
 しばらく沈黙がつづき
 「あの人 かわいそうな人で…」ぽつんと小さな声で言う。

○年○月○日
 母は娘時代に私を生んだ事でまわりの人達に引け目を感じていたのかなって改めて思う。遠い昔の夢を掘り起こされているような変に懐かしんでいる私を感じる。母の事も父の事もただ単に私が今を生きているって事を感じ取る為の手段にすぎず、与えられた環境の中で自分自身の生きざまを探しているのかも知れない。

  ○月○日
 従兄弟の浩一さんの話では、母は癌が転移していてもうながくないそうだ。逢いたい 顔が見たい 話をしたい。13歳の夏に始めてあった時「ごめんね、ごめんね」って泣きながらむしゃぶりついて詫びている母の肩を思い出す。それ以後、母の今の家族に対して私の存在がバレたらいけない。母の生活に迷惑をかけたらいけない。と思いながらも、盆・正月に里帰りをするたびに妹弟達となにくわぬ顔で合うマザコンの自分を感じる。

  ○月○日
 香住の病院へ行く。久しぶりに感じる母。私が誰だかわかったのだろうか?わからなくてもよいと思う。ときおり顔をグシャグシャにしながら
 「痛いわいやー」思わず手をさすり握りしめる。
 「座らせてえな」
 「座ると余計に痛くなるけえ、このままで辛抱せないけんで」
 「死ぬんだろうか、恐ろしいなー」
 「あ痛いたたあ、背中が痛い 撫ぜてえな」
 あおむいたままで寝返りがうてないので肩を撫ぜながら何を言ってよいかわからない。
 思わず「今まで一生懸命がんばって生きて来たんだから…」
 「そんなこと言いなんな、よけいに痛くなるがな」
 一瞬悪いこと言ったなって思いながらも「これからはのんびりゆっくり生きようよ」っては言えず
 「これからも一生懸命がんばって生きたらいいがな」
 「一生懸命になあ」
 不思議と落ち着いた気持ちで話せる。死を前にした母に対して何も出来ない私のまどろこしさを感じる。本当の事はわからないが私を生んでから母の人生観が生き方が変わったのでは、苦しんだ年月だったのではないかとも思う。抱きしめたいがせめて手を握り肩を撫ぜながら、意味がわかないけど話し相手になる事が今の私に出来る最大の事ではないのか。

 看護婦が入って来て声をかける
 「おばさん、今日は大きな声がでるなあ、 この人だれだかわかる?」好奇と不審の目で私を見つめる。
 「なべさださん」
 「ほんとに?」って看護婦が私の目をまじまじと見る。
 私はただうなずくだけで精一杯だ。母のしあわせを願い今までずっと母の生活環境から私の存在を隠して来たつもりだったが、死ぬ前に一目でよいから母の顔が見たい。無性にあいたい。そして今日、これから先もう逢うことの出来ないと思う母の存在を、母のぬくもりを、自分の中に感じ取る事が出来た。浩一さん母の事を知らしてくれてありがとう。
 「この人は?」 そう、岩美の浩一さんの知人 なべさださんが豊岡の帰りに見舞に立ち寄っただけ。ただそれだけの事だ。

  ○月○日
  午後1時より告別式。一般弔問の席で焼香する。頭をうなだれた弟妹の後ろ姿に、何もしてあげられないふがいない兄である私を感じる。私にとって母の存在は何なのか改めて考えるが、頭がボーとしていてまとまりがとれない。私をこの世に送り出してくれた人、根源である母がいて私がいるのだから。ありがとうお母さん生んでくれて… これ以上何も書けない。

 恵子は失ったものの大きさを感じていた。奥山正博、幼い頃は兄妹以上に一緒に遊び、思春期の頃の私は貴方を避けていた。なぜか貴方の笑顔の中にひそんでいる陰気な雰囲気が、つかみどころのないやさしさが怖かった。
 短大を卒業し再会してからは、奥山 春樹 圭一達と一緒のグループで何かを企画し行動を始めた時、お互いの役割を認めあい 尊重しながら事を進め、その出来事が私の自信につながった。というより、その行動を通して私の考え方や価値観が変わって来たように思う。
 私の思いをぶっつけて話し、逃げる事なく向かい合い、お互いに納得のいくまで話し合い行動に移す。随所に共鳴共感を覚え、あたたかい心で受け止めてくれる充実した毎日。中でも貴方は最大の理解者であり、私を大人として成熟させてくれた、無くてはならない存在。

 今思うと中学の頃からの貴方の陰気な雰囲気は母の事を知って悩んでいた頃だったのかも知れない。結婚後もよい相談相手になってくれた。かけがえのない奥山がいなくなり、胸の中にポッカリ穴があいたようなむなしさをどうする事も出来ない恵子。そんな恵子をやさしくそっと見守る恵子の夫の姿があった。「レコード聴かないか」惠子は夫に誘われて、そのレコードを聴いた。夫は「私の元気の素となる曲のひとつだよ」惠子は嬉しく思った。私を目を離さないで見守ってくれている夫に、押し付けではないやさしさを感じて有り難いなって思っていた。

 その曲は「ボレロ」といった。目を瞑って聴いた。それぞれのパートが現実の生活の中に脚を入れて進むしかないかのように、一歩一歩同じフレーズを繰り返す。そのフレーズこそが現実から抜け出すただ一つの方法だと信じているかのように… ただひたすら一歩一歩繰り返しながら前へ進む… 
 やがてそれらのパートがふたつみっつと集まり、心地よい速度と力強さを増しながらオーケストラ全体が団結して躍動的に同じフレーズを繰り返す。自分の心に希望が見え喜びを感じた瞬間、曲は完結へと突入し一気に終結する。 
 夫は、何かを思い出すように再びレコードを掛けた。
「聴き始めの頃は突然の終結の寂しさを和らげる為に、どのように聴いたらよいのか戸惑ったが、聴いているうちに充実感を覚え勇希づけられだしたよ」 再びボレロの同じフレーズが続き、惠子は奥山を思った。涙があふれ出て止まらなかった。
「ある意味での行動の美学、または終わりの美学だな」夫はやさしく言う。
「昔から云われている言葉に、逢うは別れの始めとか。思い出に自分がなる時を思うと、今を懸命に生きて悔いだけは残したくないと思うよ」

 のほほんと毎日を過ごしているかのような夫の、惠子の知らない思いやりとか、やさしい心根が惠子の胸にビンビンと響いてくる。そのような夫の姿勢に今まで気づかなかった惠子自身を恥ずかしく思った。今からでも遅くない、夫と心を通わせ、共感しあいながら愛のある豊かな心を持って幸せな家庭を作ることが出来る。 惠子は気持ちの中でやっと夫とひとつになれたと思う。そう感じると、瞑想してボレロを聴いている夫の手を握り締めた。

 圭一は美奈子を中浜に誘って星空を見上げていた。 西空に宵の明星 金星そばで光り輝いて木星 すこし離れて土星 天頂にスバルの星達、冬のスターオリオンが堂々と突っ立っている。 懸命に説明しようとするが言い尽くせないまどろこしさを感じながらも、別の感情が頭の中を占領する。身体中の血が騒ぎ 喉がカラカラになった。
 圭一は美奈子を見つめ、美奈子もしだいに身体が熱くなるのを感じていた。 ふたりともだんだん身体を寄せあうことに陶然としていた。 圭一は欲情をつのらせるのをはっきり感じ 暗がりの中でその唇にキスをする。 美奈子は静かに目を閉じ、すべてを圭一にたくし至高の時を過ごそうとしている。 時間よ止まれ このまま離れたくない 今を感じ合いたい。
 ふたりは本能の出来事に真面目に向かい合い、官能のたかぶるままに身をまかせていた。 膝を引き寄せ 腕をからめ合い 徐々に徐々に美奈子の 圭一の ぬくもりの中に引き寄せられていくかのように…



 悲しそうな 不安そうな美奈子のほほ笑みを感じて 圭一は今まで経験した事の無い感情に押し潰されそうになりながらも 身体を寄せ合い静かにつのる火が二人の中に生きていて その火がしだいに燃え上がっていくのを感じていた。圭一は美奈子が身体をなかばおこし、着ているものを脱ぐのをぎこちなく手伝った。恥じらいを含んだ裸体に圧倒されて目と唇で見る。キスをしながら美奈子の柔らかい肌に肌を重ねた。 美奈子は目を伏せ、おごそかな表情でじっとして お互いに熱い火を燃やし永遠の生命を誓い 結ばれた…
 初体験の緊張からか 刺激が強すぎたのか身体がほてり 眠れないまま また向かい合い抱き合った 美奈子は唇に目に首筋に そして身体中に熱いものを感じ無我夢中で圭一にしがみついていた。

 どのくらい時間がたったのだろう… 感動をやわらかく包み込んでくれる圭一の胸の中で、美奈子は充実感を感じながら眠りについた。
 圭一は、まどろみの中で詩を思い出していた。
  私は 貴女を想う  貴女は 私を想う
  私は 私を考える  貴女は貴女を考える
  私は 私を話す   貴女は 微笑む
  貴女の微笑みの中で 私の不安がしだいに
  歓びにかわっていくのを 貴女は ・・・

2月7日~

2020-02-12 | 日記
2月7日(金)
 渡辺病院へ通院しようと車の所へ行ったら、家内が 「氷が張っている」 今年の初氷。 病院が近くなってドライブ気分を味わえず、何か変な気持ちだ。

 昼ご飯を食べてゴロンとしていると突然 「シャンとせいや シャンと 寝てばっかり いないで」 ちょっとイライラしている。 いつも誰かに言われていた言葉か? ムッとしたがこれも病気のひとつ。 

 雪だるまを作りに牧場公園に行く。 

   20~30cm 位積もっていた。

 山頂までリフトが動いていて、乗ろうとしたが冬場はスキー客だけとの事で今は観光リフトではないから乗れない。 残念。 

 山頂で見る照来の雪景色はきれいだろうな。

2月8日(土)
 スーパー以外家でゴロゴロしていた。 夕食に親子丼を予定しいてだが、けんちん汁もどきを作りたいと昼から材料を買いに行く。 体調の良い時はいいが、辛いものがある。 身体が重怠くボーとして血尿も出て薄いピンクをしている。 がん細胞が進行してきたのか? 最近はチョコレートのような甘いものがむしょうに欲しくなった。 熱は 36.5℃ で平熱だが先が見えてきた?

 焦っている訳ではないが、自分を鼓舞する為に 「美奈子」 をブログへ載せる準備をしている。 3回に分けて載せるつもりだ。 【あまりの独断と偏見に嫌気がさすという方は、速攻でスルーして下さい。】

2月9日(日)
 岩美高校吹奏楽部の第三十四回定期演奏会を いわみんホール へ聴きに行く。




 一回目? 二回目? から鳥取の文化ホールに聴きに行って以来、都合のつく年は聴きに行っている。 

 早いもので、あれから34年経つ。 今の顧問の先生になってからジャズに力を入れて鳥取県でも高校屈指のジャズオーケストラになったみたいだ。 
 岩美中学吹奏楽部の生徒もゲスト共演していて、凄い迫力。 聴いているとジーンと来るものがあった。

2月10日(月)
 明け方、もの凄い雷の音と地響きで目覚める。 雪起こしか? と思ったが、起きてから庭に出てみると薄っすらと雪化粧。



 雷を起こした雲は遠くに去り、今はお日様が透けて見えるような薄い灰色の雲で青い空もチラッと顔を覗かせている。 今年の初積雪? にはならないか?

2月11日(火)
 昼から急に思い立って用瀬の流しびなの館へ行く。 



 タイミング良くボランティア? のガイドさんが説明していて、話を聞く。
 


 気になった雛は天児 (あまかつ) と 這子 (ほうこ)  平安時代に幼児の災厄を祓うもの、安産のお守り、災難よけ、として作られた。
 天児は人形の原点、這子は縫いぐるみの祖型と言われているとか。 内裏雛 (だいりびな) は雛壇の最上段に飾られる雛で、男の雛を内裏雛というと思っていたが高貴なお方夫婦になぞらえて作られた男女一対のお雛様を指しているそうだ。

2月12日(水)
  CTの画像診断報告書。
検査部位:  胸部~骨盤部 単純CT   検査実施 20 02 12  読影医  井上千恵。
所見: CT of the chest abdomen and pelvis without CE、前回CT (19 11 06) と比較しました。

胸部 :
肺転移を疑う結節は指摘されません。 
右肺上葉内側、中葉S4、左下葉S6の結節性病変は不変~やや増大。 肺転移を疑います。

両肺の軽度気管支壁の肥厚を認めます著変 (-) 
著変気管支喘息や気管支炎などによる変化を疑います。
縦隔および肺門リンパ節腫大 (-)
心拡大 (-) 心襄液貯留 (-) 胸水 (-) 

腹部および骨盤部 : 
右水腎、水尿管は同程度です。 下部尿管内の軟部影充満、径に概ね変化ありません。
骨盤部レベル尿管拡張は著変なし~ やや縮小しています。増大 (s/o)
右尿管口付近の軟部吸収域は、最大割面で 21×22mm → 10×21mm 大で縮小しています。
腎レベルの傍大動脈リンパは縮小を維持しています。左腎 : np, 

肝臓に小襄胞を認めます。 
左副腎腫大、淡い低吸収域あり、過形成疑い。著変 (-)
胆襄、脾臓、膵臓、右副腎 : np, 腹水 (-) 
前立腺腫大あり。前回同様です。

Impression
多発肺移転 (s/o) : 不変~ やや増大
右尿管癌 : 尿管径、上流の水腎症に変化なし、尿管口付近領域で腫瘤縮小
骨盤部レベルで著変なし~ やや縮小。 尿管口付近領域で腫瘤縮小。
傍大動脈リンパ節転移 : 縮小維持。

 肺への転移については 「様子を診て抗がん剤を変えてみよう」 悪くなっていたらノーベル賞を貰った先生の研究した抗がん剤を試してみようとの話。
 今更ジタバタして逝く時は逝くのだから覚悟は出来ているつもりだ。

 血液検査の結果は 白血球 1.03/ul → 3.20/ul  血小板 128/ul → 217/ul ヘモグロビン 34.4g/dl → 11.0g/dl 赤血球 3.62/ul → 3.71/ul と落ち着いていて、来週から 20 クール 1 日目の 抗がん剤投与の予定。

 昼から冬用 → 夏用へタイヤ交換。 今年は一度も雪の上を走らなかった。

美奈子 3ー2

2020-02-10 | 私小説
 三章

 透き通るような秋晴れの午後、美奈子はホテルのロビーでコーヒーを飲みながら考えていた。つい3時間ぐらい前に春樹の妻となったみゆきの三々九度の盃の時、みゆきの瞳にキラッと光った涙は何だったのだろう。幸せを感じての、それとも雰囲気にのまれての… どちらでも良いような絵空事のような気持ちをどうする事も出来ない自分を感じていた。

 その時のみゆきは邦楽の調べの中に心の友を思い出していた。学生時代の一番苦しい時、辛い時、世の中のドロドロとした不条理を感じた時、共に語り共に行動していた悦子を 高田悦子を、若くして死んで行った友を… 強い者に巻かれろっという世間の退廃に、なげやりな世間の風潮に、でも世間に負けたのではない。たしかにそれらの出来事はその死の引き金になったかも知れないが、彼女自身の矛盾に潰されたのだ。
 たえず何かを感じ取ろうとその事を遂行しようと努力するのだが、思いどおりに事がはこばないと不満がつのり愚痴が出る。悦子自身を責めてしだいに孤独になる。アパートに行きても電話をしても留守の時が多くなり、しだいに疎遠になってしまったが、悦子の死を知らされた時にみゆきは、やはり死をえらんだのかと真っ先に思った。

 通夜の席で奇麗に装飾された棺桶の中に、化粧をほどこし今までに見たことが無いやさしい顔の悦子が横たわっている。彼女は自分の天球を誰かに預けて始めて自由奔放にしているかも知れない。
「悔しかったらこっちに来たら」なんて言っているような穏やかな顔を目の当たりにして不思議と涙は出なかった。学生生活の終わり頃はただもう何もかも殺伐としたカラカラに乾いた悦子を感じ取っていた。この世界で悦子は何を言いたかったのか? 
 私にとって悦子は打算とか利害を抜きにして、私の悩みを悦子の生き方の中での出来事を例にとって、心の有り様を話してくれる。心の底にある感情をさらけ出して話し合う中で、自分の気の付かないものを教えてくれていた。ありがとう悦子。

 二人は言葉の遊びとごまかしながらも会話が弾む。
「目に見えるものがすべてではない。聞こえてくるものがすべてではない。私は幻想という言葉には反対だ。私達の内部の世界はすべて現実であり、おそらくは目に見える世界よりもっと現実的で、非論理的に見えるからといって、真理をすべて幻想とかお伽噺とか言って片付けてしまうのは自然がなんであるか知らないことをみずから認めているようなものだ」
「すべて突き詰めて行けば私達の生命の原点は宇宙の誕生」
「箇条書きにしてみようか」
 悦子は書き始めた○ 宇宙の誕生 ①水と森は生命の原点である ②杉の木や欅は花粉を撒き散らす ③木は生物学的には性はないが時には男性的であり時には女性的で相対主義の原点でもある ④杉の木を主人公にして生殖本能を剥き出しの文章を書けないか
「地球誕生いらい混沌とした地球の中で約9億年昔生命が誕生、その生命の源が水であり、海藻であり、進化して陸に上がり草木となり森となる」
「動物の誕生はずっと後の事」
「木にも水にも生命があるのだから」
「花粉は魔法の噴水のように吹き出し生命に息吹をあたえ 霊的なものに変える」
「私は今不思議な場所にいる、静寂の中をただよう淡い黄緑色をした濃霧に似た精液に優しく抱かれて…」
「黄緑色の中から…生命が匂い立っている」
「沈黙の音の中でまどろんでいると 木精達がそっとやって来て ねむっている間にその種をそっとおいたから妖精は私の中に残り春を歌う」
「花粉情報が出だしたら杉の木達の恋の季節」


                                   ヤフー画像より
 涙にまみれたぐじゃぐじゃの顔を見て
  「泣いているの?」「いや花粉症なの」
 この安らぎとも癒しともつかない 生命をはぐくむ空間を思うまま、感じるままに書き表す事が出来たら

『大きな河を挟んでマングローブのような森がありました。その中の若い一本の木が対岸に生えている一本の木に好意を持ち、話がしたいなって思っていました。
 その木は吹いてくる西風に乗せて大きな声で叫びました。
「オーイ 対岸の木よ あなたのために何かをしたーい」
対岸の木も東風に変わるのを待って答えてきます
「オーイ 対岸の木よ あなたのために何かをしたーい」
 二本の木は遠く離れてお互いの声を聞き取るのが精一杯で何も出来ませんでした。
 二本の木は森や野の神パーンに
「私たちは私達二本の木のために何かをしたい。もっと間近で視たい。聞きたい。嗅ぎたい。触れ合い肌の感触を確かめたい。でも私たちは大地に大きな根をはっていて、とても逢う事が出来ません。お願いです 逢わせてください」と懇願いたしました。
パーンはいつも春が近くなると、森に住む妖精達や季節の女神達と一緒に踊りながら春を楽しんでいます。パーンはこの二本の木の魂を木精神として招待する事にしました。間近で感じ合う二つの木精は感動と歓喜と官能の中で時は過ぎて行きます。

 シラーが詩の中で『 …やがて 生命達は最高の美に至上の愛に征服されている歓びを自認します。
「我々の偉大な英雄的精神にかけて 我々はなげくのをやめよう そして 大地に神々の栄光をうけつがせよう」
そう パーンは死んでしまったのです。すべてを残して… 』
 私と共鳴する意識の世界の感動をとおりこした別の心の働きを「仰向いて空をながめているのに、心はうつむいて井戸をのぞいているような感じだ」と言っていた。また「無意識の中での抑圧された気持ちの夢が大切になってくる…」とも。

 悦子は懸命に自分の生き方をみつけようとしていたのかも知れないが、人間的な感情に溺れながら生きている私は、研ぎ澄まされた感性を活かし切れなかった悦子の死をきっかけに、悦子の分も懸命に生きる事を誓った。
 当時の出来事を思い出し目頭が熱くなり祝詞を上げる神官が、周りの人々が潤んで見える。みゆきの手が小刻みに震えている、横で春樹が優しく見つめて、あたたかく包み込んでくれるのを感じながら。


 披露宴の帰り、美奈子は話し相手がほしかった。楽しい嬉しいはずなのに胸にぽっかり穴が空いたような虚しい感じだ。今頃、兄夫婦は飛行機の中で、幸せをかみしめながら顔を見合わせ笑いさざめいているだろうな。さみしい圭一さんの顔が浮かぶ。電話を入れたが圭一の母が受話器の向こうで「ああ、美奈子さん、圭一はまだ帰ってないけどおめでとう。賑やかな式でしたでしょう…」美奈子は感謝の気持ちを込めながら式の模様をかいつまんで話し受話器を置いた。
 何か大切なものを忘れているような、現実と幻影がぐちゃぐちゃになったような。圭一さんのほほ笑みを感じると私は勇希をもらい、元気の素となり思わずほほ笑みを返す。圭一さんが喜びの心でニコニコってほほ笑み、喜びを与えてくれる。そのほほ笑みをもらった私に喜びが伝わって来る。私の喜びがニコニコってほほ笑みとなり圭一さんに返っていく。ほ笑みを繰り返す事で心が温かくなるような気がして嬉しくなる。友達ってありがたいなって感謝しているのだが、この間「ちくま」でコーヒーを飲みながら圭一さんとのささいな事での口論を気にしていた。

「なんか最近元気がないな、どっか悪いのか」「いや別にどこも」美奈子はつっけんどんに答える
「えらさを苦るしみを友達にしてささいな事に歓びを見つけだしたら」
「でも、えらいものはえらいし、苦しいものは苦しい」
「バカバカしいって笑うが 人それぞれの考えは違うけど大切な事はお互いにお互いを感じ合う事だと思う」圭一さんの言う事もわかるけど何か違う。

「ようし決闘だ」 圭一は手を突き出し美奈子の手を取ると指を組んで指相撲を始めた。圭一の柔らかく あたたかい そしてたくましい手を感じる。 
 美奈子は頭の中をバラバラにして新に組み立て直したいと思う。最近知り合った朴直とした雰囲気を漂わせている人や純真な友達と話をしているうちに、私の中のいやらしさやずるさが見えて来てどうしょうもなくなる。目先の感情に振り回されている美奈子自身を寂しく思う、今、圭一さんの優しいぬくもりが ・・・ 腕を通して伝わってくる。

 ちくまのマスターの話だから、どこまでがほんとうか分からないが
 コーヒーを飲みに来たお客が呆れた顔で言う。「横の駐車場で高校生がキスしていて、女の子が口がスッキリしたって恥ずかしげもなげに言う」
 いつ頃からだろう高校生が人前で手をつないだり男子の肩に頭を預けたり女子の腰を抱いて歩くのは当たり前の事になってしまった。その事に対しておじさんおばさん達は批判するが、同年代の人達はとがめたりしないとても寛容だ。
 その時代 時代の感性に時代差があるから「昔は~」って言っても意味のない事かも。おじさん達にとっては破廉恥な高校生。横目で見て自分には関係ないって通り過ぎる人。「人前でそんな事するものでない」と注意をすると「人に迷惑を掛けていないから、何をしてもいいがな」「……」注意していたおじさん達は黙ってしまう。
 高校生達にとって軟弱なつまらないおじさん達に対して自分を主張しても、おじさん達のズルさにただ反抗するだけの事かも知れない。
「今頃の若者は…私の若い頃は」ずっと昔からいつの時代も同じ事の繰り返し。または性を感じる年頃。男は女を思い女は男を思う。自然な事だとは想うが割り切れない気持ちのはけ口を男女の間に求めてはいけない。
 男女の関係は物質的なものであってはいけないと思う。そのような若者の行動を話すと「うらやまし~い」って言う大人もいる。自分を含めて大人達はだらしないというか品のない人がふえたみたいで、かえって若者達の方がしっかりしてまわりの方が悪いなって思う時もある。でも自分がその場に出くわしたら「理屈は解らないが悪いものは悪い」って言うつもりだって力んでみたが ・・・


4章

 鹿児島空港を飛び立って3時間ぐらい過ぎていた。行き先はナウル共和国。海鳥の糞が堆積して盛り上がった島。人口は約8000人。あと10年程(今世紀末)にはリン鉱石が採掘されつくし消えて無くなる島。友好の為に成田でも関空でもなくて鹿児島に週一便、飛行機を飛ばす赤道直下の島ナウル。

 ナウルに期待を胸に抱きながら、みゆきは披露宴での奥山君のスピーチを思い出していた。
 「みゆきさん春樹君、今日はおめでとうございます。司会の方から共通の友人としてお二人の弱点を話してくれと頼まれて、ヨォーシとばかりに今日の来る日を楽しみにしていました。幼なじみで悪友の同じサークルで行動しています奥山と言います。1年ほど前に渚交流館でライブがあった時、春樹君はみゆきさんではなくサークル内の恵子さんを誘いました。彼女も幼なじみですが、そのライブに春樹君と行こうとしていましたがその事を知ったみゆきさんは私達に相談をしてある企てをしました。 渚交流館のライブ以来、春樹君とみゆきさんは以前よりずっと親しくなり、今日のこの良き日を迎えることになりました。私がなぜ詳しく知っているか不思議に思う人がいると思いますが答えは簡単。ちくまでみゆきさんに相談を受け、そこでマスター夫婦、当の恵子さん達と相談をして、春樹君をゴツンとしてやろうって話ですぐまとまりました。そのメンバーはみなこの席にいます。あとは言わなくても想像出来ると思います」

 真相を言うと、ライブの休憩の時間。春樹はロビーでみゆきがある中年の男性と親しそうに話している姿を目にした。一緒に来ていた恵子が春樹に 
 「あの人、私の知り合いだけどドンファンなの、とても発展家だし女性にも手が早いそうよ」春樹はイライラしたがその場は黙っていた。

 それから数日してみゆきに逢った春樹は
 「どお、こないだのライブ楽しかった」
 みゆきは神妙に
 「今度、何かある時は、私を誘ってねっ」

 機中でコーヒーを飲みながら
 「みゆき、以前交流館でのライブの時のあのおじさん誰?」
 「それより、なぜ恵子を誘ったの?」
 「なぜって、私がみゆきを好きだって事わかっていただろう。私はみゆきの気持ちがわからなかった。
  試すつもりではなかったけど恵子さんをとおしてみゆきの気持ちを知りたかった。ただそれだけだよ」
 みゆきは窓の外を眺めながら「ようし、ハネムーンベービーかんばるぞ」と決意を新にしていた。

 やがて空の色と海の色の区別がつかないはるか彼方にポツンと黒い島陰が見えて来た。
 しだいにミクロネシアの島々が真上からの太陽光線に照らされて視界に飛び込む。

  
 
 紺碧の空、水平線の彼方に浮かんだ真っ白い入道雲、ライトブルーの外洋にぽっかり浮いたようなサンゴ礁、その環礁に囲まれ鮮やかなエメラルドグリーンの内海、中央に濃緑を主張している火山のような本島、丘のようになだらかな地肌の見える島を囲んでいるエメラルドグリーンの海、その島は沈んで廻りの環礁だけ残っているサンゴ礁、大小のさまざまなサンゴ礁で出来た島々の上空から眺める。箱庭のような宇宙の縮図のような、永い歳月をかけて創り出された生命を育む楽園。 おおげさに言えば、神懸かり的な雄大な自然の造形を目の当たりにして、ただ凄い凄いと見入ってしきりにみゆきに話しかけている春樹だった。 みゆきは「月の通り道が違うから面白いよ 真上に月が出ているから」圭一が言っていたのを思い出していた。

 その頃ちくまでは
「もう、本当に貴方って漠みたいに夢ばっかり食っているのだから」
「そんな事ないよしっかり現実を見つめ仕事しているのだから」
「口ばっかり」
 夫婦が口論しているところへドアが開いて、美奈子が入って来た。
「いらっしゃい」笑顔がかわいい。
「美奈ちゃん近ごろ娘らしくなったな」
「城原に遠足だったの、疲れた」
「わしもこの間、岡山の観光バスの案内で行って来た」
 お客の一人が廻りの島と色の違う黒島を見て「あの島、色が違いますね」さすが見る目が違う
「あの島は今から約2億年前に、駟馳山の噴火で飛んで来た岩石です」
「ほうってバスの客は見入っていたで」
 奥から聞いていた奥さんが
「また冗談ばっかり言って」
 お客さんが来るけはいがしてマスターは一瞬「今日は忙しくなる」と思ったが、入って来たのは圭一だ。他のお客がいない事をいいことに結構騒いでいる。奥山君 恵子さんも加わり、ますます賑やかくなった。
「あの連中どうしてるかな」
「赤道直下で毎日赤道祭をしているよ」
「島の中央に線が引いてあってヒョイと赤道をまたがったら南半球」
「反対の方にまたがったら北半球」
「昼夜問わず赤道祭が出来る」
「楽しいけど えらいな」
「何が?」
「まつり」
「一週間帰ってこられないね」

 突然マスターが「宣言する」と大声で叫んだが廻りの人達は振り向いてもくれない。ただ美奈子がキョトンとして
「何を?」
「わしの味方は美奈ちゃんだけだ。よく聞いていてくれた。これからは、まじめに、のほほんと暮らす事を宣誓する」
 横で奥さんがまた始まったとガクッて肩を落としたのを圭一は見逃さなかった。


 春樹とみゆきは結婚の報告をかねて一カ月ほど前に倒れて入院している叔母の見舞に行く。本人は元気でただ右半分が麻痺していて不自由そうだ。付き添いに大阪に嫁いでいる娘が看ていて、兄弟夫婦5人でローティーションを組んで毎日を過ごしていると言う。長男の嫁も子供が小学1年を頭に3人。この娘も乳飲み子を抱えて大変だろうなと思う。ベッドの横の冷蔵庫のドアに孫の書いた文が目につく(おばあさんの大好きなもちを食べて早くよくなってください。一人より)文章の下におばあさんと子供の絵が描いてある。長く居てもと少し雑談をして帰り道、車の中でみゆきに半年ほど前に米子にある特別養護老人ホームに入っている友人の伯母の事を話していた。清楚で気品があり、とても人なつっこく尋ねていきたら大変歓こんでくれて、懐かしんで昔話から今の事まで話はつきない。部屋は小綺麗にかたづいていて悠々自適な生活をしている。強がりでなく子供達には世話にならないと言う現代的なおばあさんって感じ。若い頃はタイプの違う美人で廻りの人達からもてはやされただろうなって思う。
 二人ともパートナーに先立たれて 彼女達二人の少女時代、結婚生活、 今までの生活を想像しょうとするが、頭の中で八方にちらばってしまい無理に思もおうとすると、どうしても変な先入観がじゃまをしてしまう。それぞれにそれぞれの価値観があるのだから、いずれであっても不思議ではないような。
 身体の具合が悪くても病院の中で家族と何だかんだ言い合っているおばあさんと、老人ホームで一人生活をしているおばあさんを見比べてみゆきに話している春樹だった。

 ちくまのマスター夫婦は、列車に乗り城崎温泉へ向かった、岩美駅を発ってしばらくしてトンネルを抜けると松林の中に、こぢんまりとしたダークブラウンの建物が見えて来た「見える 見える」と満遍に笑みを浮かべてはしゃぐ夫にいとしさ?を感じながらまじまじとその建物を見つめる、後に長細く続く砂浜、そして日本海、未だに紅葉?を残している松林の中に建物の色合いのせいか近くで見るよりも古めかしくひっそりと佇んでいるように感じられる渚交流館を見る…奥さんの発案で、二人でのんびりとした旅をしようと思い立ち、各駅停車の列車に乗り城崎温泉へ行く途中、後の席の浜坂で乗った観光客が車掌に尋ねている「途中下車したいのだが」その車掌は始終笑顔で受答えし「100キロ未満は途中下車出来ませんが、田舎ですので香住駅の駅員と相談してみてください」なんとなくOKって感じ、そのあったかい対応に親しみを感じ、車掌を目で追って行くと車輛の後で乗客の方を振り返り「JRをご利用くださいましてありがとうございます、今日も一日思い出に残る楽しい旅をしてください」って言っているかように帽子を脱ぎ、頭を下げて次の車輛に消えていく。妻も気づいたらしく顔を見合わせて互いにほほ笑む、二人とも安心感をゆとりを持てたような、心が豊かになったような気持ちになり時のたつのも忘れて会話がはずむ。
 城崎温泉の洞窟風呂に全身を浸りながら列車の中の出来事を思い出している、今までは感じた事のなかった車掌の心づかいが嬉しくて湯煙の中で自然に顔がほころんでいく、温泉の温かさと、ぽかぽかとしたやさしい春の日差しを一緒に浴びたような贅沢、その観光客もカニ三昧または大乗寺を楽しんで充実した一日になっていると思うとなんとなく嬉しくなる、思いつくままに小さな旅に出て温かい湯に浸かって身体中をのばし久しぶりに小さな幸せを感じる事が出来て本当によかったなって感慨にふけっている。


 奥山は恵子を誘った。
 「どこか行こうか」
 「うん」
 「温泉に行こうか?」奥山は熱い風呂に入りたかった。
 「湯村か吉岡温泉」
 「ドライブがてら湯村にしょう」
 少女と大人を同居させたようなロングヘアが色っぽい不思議な魅力のある恵子だ。
 車窓から流れる風景を見ながら恵子はため息交じりで
 「相談ってほどのものではないのだけど 中村さんから告白されたの」
 「恵子自身はどう思っているの」
 「わからない」
 「中村君はよく知っている。嫉妬ではなくて、他人の悪口は言いたくないが、自己主張が強くて理窟っぽく厳しい人だから、恵子には合わないと思う」
 「じゃあ 中村さんとの話しはやめよう」
 恵子は以外とさばさばとした表情で言った。
 「話しを変えようよ」
 「ちょっと大回りになるが照来の方を廻って行かないか」
 やっとバスが通れるほどの細い山道を抜けて行くと牧場公園に出る。田舎の原型のような照来盆地を見渡しながら、正面の山の中腹を蒸気機関車が煙をはいて走っていたら面白いな、なんて思いながら缶コーヒーを手にしている。

 奥山はしばらくためらっていたが、最近 気持ちがスカッとしない原因を恵子に話し意見を聞きたくなった。
 「愚痴ではないけど、あるイベントのスタッフの一人としてチケットの販売を頼まれて」
 「貴方は顔が広いから多く売れるね」
 「それがそうでもないんだ。最近、対人恐怖症で」
 「なんでも思ったことをやってしまう行動家だと思っていたのに」
 「うん 自分でもそう思っていたけど 何かみんなに頼みにくい。何故かなってずっと考えていたのだが、ある事に気が付いたんだ」
 「どんな事?」
 「今まで自分のして来た事は、何をしても表面上はお金には関係なく、感情と熱意で行動していたから、
  実際にお金のからんだチケットの販売には何かしら割り切れないものを感じだしたんだ。
  始の勢いは何処へ飛んでいきてしまった。他のスタッフには悪いと思うけど」
 「そんな事、始からわかっている事じぁない、子供みたいな…」
 「そうだな… それに勉強不足でそのイベントに対して尋ねられても何も答えられない。
  ますます他人に対してチケットを売る事が憂鬱になって 話をするのも億劫になり、その話から避けようとしている」
 「致命的ね」
 「ただ、知りあいに頼のべば売れるかもしれないが、それはしたくない。 独りよがりかも知れないが、押し付けになるって逃げている」
 奥山はさらに言葉をつづけて
 「本当は知り合いと金銭的な利害関係を持ちたくないのかも知れない」
 「それっていいのがれ?奥山は自分のしたい事は懸命に頑張るが、あとの事は関係ないと知らんふりをしているって、他の人から言われたりして」
 恵子は痛い所をついて来る
 「そうだな、奥山は感じるままに動く。それが感動だって皮肉を言われて。まあ、言いたい人には言わせておけばいいのだが」
 「だったら簡単じゃあないの。売れなかったって返せばすむ事じゃない」「そう言ってしまえば それまでだけど」
 「他のスタッフから 奥山は…なんて無視されて。そのうち、友達が ひとり減り 二人減り 最後に誰もいなくなったりして。
  そうなったら私が話し相手になってあげるから… なるようにしかならないのだから」
 そう言いながら、そのようになる事を期待してか ニコニコ笑って奥山を見つめている
 奥山も一緒に笑って
 「独りぼっちになったらたのむで、話し相手になっていな。 そうだ営業は駄目だけど肉体労働で頑張りますって労働者になる。
  でもショックだった。自分か営業に向いてないって感じたのが」
 「今 わかったの? 営業は難しいのよ」
 恵子に話して ちょっとだけ気持ちが楽になった奥山は
 「そろそろ行こうか」
 「湯村に向かって レッツゴー」

  

 湯村の町中を散歩しながら、荒湯の湯気がもうもうと立ち込めている中で奥山は惠子に
 「わかっている?」
 「ええ、わかっているわ」
 今までの恵子らしからぬ態度でまじまじと奥山をみつめ、そして惠子自身に言い聞かせるように
「だめ だめよ 絶対だめ、結婚はだめよ…、正直言って貴方に抱き締めてもらいたい時もあるわ、
 でも…貴方は子供の頃から私の事を一番よく知っていて、なんでも相談出来る信頼のおける人だから…」
「・・・ ……」
「… 貴方を尊敬していて兄以上の人だから… これから先もずっと何で も話せる相談相手でいたい… お願い…」

 見上げれば澄みきった青い空が、廻りには燃えるような新緑があった。

美奈子 3ー1

2020-02-08 | 私小説
  【あまりの独断と偏見に嫌気がさすという方は、どうか速攻でスルーして下さい。】

創作『美奈子』

 始めに
 生きている事の楽しさ、生きる事のいとしさ、悲しさ、そして、生きる事への執着を自分なりに書き綴ってみたい。 例えば北杜夫の 「幽霊」 の書き出し 『人はなぜ追憶を語るのだろうか、どの民族にも神話があるように個人にも心の神話があるものだ。 その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みの中に姿を失うようにみえる (中略) 蚕が桑の葉を咀嚼するかすかな音に気づいてふっと不安げに首をもたげてみる、そんなとき蚕はどのような気持ちがするのだろう ・・・ (中略) しかし運命というものが僕たちの血のなかに含まれているものだとしたら、母なる自然がそのような音をたてたとしてもなにほどの不思議があったろう』 北杜夫の作品を真似て書きたい。

       昭和五十八年六月七日        梅沢圭一


   主な登場人物    美奈子 恋いに恋いしている少女
             圭一  夢にあこがれている青年
             春樹   美奈子の兄
             みゆき  春樹の婚約者
             奥山  幼なじみ
             恵子   幼なじみ
             喫茶店 ちくまのマスター夫婦

   一章

         


 美奈子は岩美高校の二年生。目のくりくりっとしたどちらかと言うと丸顔に近く、髪が長いどこかで見たことのあるような普通の女の子だ。来年になれば大学受験があるので今年の夏は兄の春樹や友人と一緒に大山でのキャンプに加わった。その友人は春樹の親友であり、美奈子の幼なじみ梅沢圭一と、春樹の恋人郷田みゆきの四人である。山陰線の普通列車に乗り込み伯耆大山駅で下車。バスに乗り換え30分ほど行くと深緑の眩しい大山の麓のキャンプ場に着いた。
 さっそく男二人はテントを張り、美奈子とみゆきは夕食の準備に取り掛かった。夕食はカレーライス、四人とも食欲は大盛である。愉快にはしゃいだのは梅沢圭一、と言うのも彼はひそかに美奈子を意識していた。どちらかと言うと奥手の方だが、笑顔のまぶしい美奈子が好きでたまらなかった。子供の頃から一緒にいると自然に気持ちの盛り上がりをみせる。美奈子と何らかの縁があるのではなんて勝手に考え、今回のキャンプに運命的な感動を覚えていた。顔にはそんな気持ちを出さずにいるので、他の二人もまったく気づいていなかった。

 みゆきがナップサックの中のインスタントコーヒーを出し温めている間、圭一は一人草むらに腰をおろし、まだ夕日に赤く映える大山を見ながら自然の雄大さに酔っている。美奈子はそんな圭一を眩しくながめながら、以前にもどこかでこのような風景を見たことがあるような。これから先の圭一との出来事が予測されているような変な気持ちのままに圭一に近づき声をかけた。
「きれいね」
「うん、こんなきれいな夕焼け、見るのは久しぶりだな」
 まわりの山々が薄黒く遠くに感じられ、遥か遠くに見える米子の街の灯が 弓ヶ浜半島が、その先にある日本海が胸のときめきをより以上に感じさせる。

 オレンジ色に燃えていた夕焼けはいつの間にか夜の帳に包まれ、圭一は瞳を輝かして熱っぽく語る美奈子と同じ価値観を持っているような気がして、何かのかたちで今を共鳴したいと思うのだが、美奈子に話し掛けると拒否されるって考えると何も言えなくなる。プライドとか見栄とかを捨てて恥じをさらしてもかまわないと思うのだが… 美奈子とは波調が合いお互いに尊重しあえる相手だと思う。自分の思いのたけを話したい 語りたい、恋いにあこがれを感じその想いを夢中で語る牧童のように…

 ふいに美奈子が空を見上げて「アッ一番星」その瞬間、美奈子の腕が圭一の腕にふれ、思わず二人とも手を引いた。へんに生温かく体中の神経がその一点に集中し、圭一は気持ちの動揺をどうする事も出来ず「あれは金星だよ、ビーナス」声が上ずっていて言葉にならない。
 美奈子は煌々と輝いている金星を見つめている。圭一はうわのそらで星を追っていた。高く昇って来た北斗七星の曲線を描いて西空を追って行くと春の夫婦星牛かい座のアルクトゥルスとスピカ。その側で火星が情熱をたぎらせ赤く光り輝いている。天頂に?マークの反対の形をした獅子座のレグルスが、いつも仲のよいふたご座のカルロスとポルックス、その北西の方でカペラが寂しそうにしている。美奈子は圭一の横にごく自然に座りながら
「圭一さん、男と女の間に友情が成り立つと思う?」
「そうだなあ、男と女と言うより人間としての友情は成り立つと思う」
それだけ言うと二人の間に沈黙が続いた。

 コーヒーの準備が出来たみゆきはテントの側でタバコを吸っている春樹にコーヒーをすすめながら
「あのふたり・・・」
「あの連中に今コーヒーは要らないよ」
なんてわかったような事を言いながら
「その辺散歩しないか」
「うん」時々春樹は思う事がある。みゆきと会いながら自分の独り相撲ではないかなって感じる。自分自身無理をして行動する必要はないのだが みゆきに自分のきもちを押し付けているような、なぜか気持ちが揺れ動いている。なぜかな?だれかが言っていたが「人生は自分の思ったように信じる事で思った事に近づく。またそのようになるものだ」と言う。よい方向に思ったらそのように不安を感じて悪い方向に思ったらそのように、だったら前向きに思ったほうがよい。自分自身への挑戦なのだから、今を悔いなく感じて行きたいと思う。
 二人は手を組んで寄り添い白樺の林を抜けながら木立の間を夕日がやさしくこぼれ落ちている風景を感じ合い、美奈子達の見えないのを確認すると、二つの体は自然とひとつになってしばらくは動かなかったあたりは薄暗く木の葉がしずかに揺れ動いる。

 春樹達がしばらくしてテントに帰って来ると、美奈子と圭一はお互いを意識してぎこちなくコーヒーを飲んでいた。美奈子は二人に気づくと「どこへ行っていたの」すねたような口調で言った
「ちょっと 散歩ねっ」みゆきは春樹のほうへ顔を向けながら
「さあ、キャンプファイヤーしよう」
うきうきしながら拾ってきた枯れ木や割木を積み重ねた。
 美奈子は燃えるファイヤーの向こうで炎にゆらぐ圭一の姿を見つめていた。みゆきが歌い出した「♪ 君の行く道は 果てしなく遠い だのになぜ歯をくいしばり 君は行くのか・・・」合唱になった。
「すこしならいいね」みゆきは缶ビールを取り出し「乾杯」輪唱が始まり、合唱になり、ソロになった、ゆれる炎が四人を赤く照らしていた。時間も経ち燃やすものがなくなりかけたころ「そろそろ眠ようか」歌に酔いムードに酔いビールに酔って、楽しい一時が終わるのは残念だが春樹の終わりを告げる声でテントに入った。両端に圭一と美奈子が中に春樹とみゆきがテント独特の雰囲気の中で夜は更けていきた。

 圭一は寝苦しかった。キャンプの興奮もあるが、さっきわずかに触れた美奈子の温もりが感触が頭の中を走る。美奈子の髪の毛が触れるともなく触れると触覚を意識し、寄り添うぐらい近寄ると胸がときめき、柔らかな温かい手が触れた瞬間ポルティージが上がる。美奈子の話し声が歌声がそのしぐさが甘く残っている。この秋結婚しようとしている春樹とみゆきの楽しそうな会話を思いだし何かしら息苦しさを、身体中のほてりをどうする事も出来ないままに、圭一はそっと忍び足でテントを抜け出した。
 夜も更けて2時を廻っているかもしれない2~3歩あるいて、ふっと空を見つめると「あっ」と息をつめた。満天の星だ、ベガがいる、アルタイルも、デネブ、そしてアルビレオも、平地では見られない星々が今にも降ってきそうな、ちょっと手をのばせば両手でつかみ取れそうな星の数だ。何もかも忘れて見いってしまう。夢中になって星を探した、カンムリ座が、かみのけ座が、南の空にはアンターレスがその不気味な色で光り輝いている。そのさそりを狙ったいて座が弓を引き絞っている。後ろにくろく大山がシュリエットのようにそびえ、まるでオリンポスの山々の姿を思わせる。弓ヶ浜半島が混沌としたカオスの中で生まれ変わったように黒く浮かぶ。その先の日本海の遥か遠くにいさり火が何十何百とまるでその向こうに大きな国があるかのように輝いている。圭一の目に熱いものを感じるのをどうする事も出来なかった。その潤んだ瞳に言葉では言い尽くせない感動をやさしく包みこんでくれる星空があった。しばらくは茫然とその天頂を見つめ偉大なる自然に身をまかせていた。

 テントの中で、美奈子はじっとカンテラの小さな灯を見つめ、横で寝て居るみゆきをうらやましく感じていた。何の目標ももたない自分が不安だった。友達の何人かは男性からもらった手紙を見せつけて自慢している。私も書きたい 貰いたい。美奈子自身、悲劇の主人公のような何とも言えないせつなさをさみしさを感じる。幼馴染とはいえ圭一さんは兄の友達だ、私の恋の対象にはならないような。でも圭一さんと同じ価値観を共有したい。何の屈託もなく語り合える友を圭一さんあなたに求めている。ふいにみゆきが寝返りをうって春樹と抱き合って眠っているように見える。みゆきの温もりが伝わってくるシートを通して大地の匂いを、その生暖かい甘酸っぱい感触を久しぶりに感じ取ったように思う。

 外に出ていた圭一が帰って来るような気配がした。美奈子は思わず目を閉じ眠っているふりをした。静かに入って来た圭一はすぐ横になって、おおきくため息をしていたがしばらくすると静かな寝息が聞こえてくるような気がした。美奈子の胸に重くのしかかっている。これから先の目に見えない不安と焦り?喜びと幸せ、色々な思いが走馬灯のように駆け巡り美奈子は寝付かれなかった。
 いつ頃だったか「ちくま」のマスターのラブレターを思い出した。マスターに言わせると、岩美町の全女性に夜も眠らずせっせと書いていると言うが、もう40歳を越えていると思うが顔に似合わず以外とロマンチストで、時折新聞折り込みをしている。ラブレターはこのような文章で始まる「あの眩しかった少女たち、今どこにいるのだろう、そして、その少女たち その後どうなっただろうか。幸せになれただろうか、不幸になっているのだろうか、いずれであっても不思議でないような気がするのだが… 追伸 ちくまでコーヒーを飲みながら、三木卓の文章を思い出したりして。こんど貴女をいざなうよ…それではまた」なぜ思い出したのかな。ちょっとおじんくさい文章だが憎めない人だ。あの夫婦にも私の知らないドラマがあるのだなって思う、夜の帳につつまれたテントの中で三人の寝息を、生暖かい大地の温もりを自然の息吹を感じながら美奈子は・・・



 二章

 さわやかな5月の青い空と風に誘われるままに、春樹とみゆきは海辺の松林の中を散歩している。ここちよい海からの風とやわらかな木漏れ日を受けながら町の芸術家達の造形の世界が広がる。そう、ここは渚交流館を囲むように新しく出来たデートスポット渚の散歩道。ところどころに置かれたベンチに座り彫刻を鑑賞している人達。若さを語り合い自分を主張している茶髪のふたり。小さな子供達と楽しそうに話している家族連れ。カフェテラスでジュースを飲みながら談笑しているおばさん達。
 町民ギャラリーに入ると、やさしく郷愁をさそうBGMの流れる中に、地元出身のアーチストの作品の世界。牧草をしとねとして無数の天使の卵達が、古いリヤカーの上に、錆びた自転車の荷台に、猫車の中に横に干し草の甘酸っぱい匂いに包まれて…  柔らかなカクテル光線に映える。

   

 みゆきはやさしく包み込まれているような安らぎを感じ
 「この部屋 ザワザワして」
 「そう 下界に降りて行く卵達が集まっているから」
 「気持ちが昂揚しているような」
 「魂の運命が決まるのだから」
 「そういえば 人間になりたい卵が少ないのだって」
 「きれいな花になりたいとか犬になりたい 私は猫になりたいって卵もあるし
   下界で撲滅している生物になりたい卵が多いいのだって」
 みゆきは春樹の温かさを感じながら
 「今夜ここに泊まりたいな 明日の生命達に囲まれて やさしくて甘いフルートの旋律を聴きながら
  卵達と明日を語り合い楽しい夜にしたい貴方の腕枕と干し草を褥として」
 「いいな そろそろ若いすばるの星々達が金峰山の空に上って天を翔る」
 「星達を感じながら卵達の未来を そして今を生きている私達を思う時 があってもいいね」
 「そうだね 」
 二人の廻りでは恋人同志が肩を寄せ合い手をつないで見入っている。

 ふたりは静かに沸き上がってくる小さな幸を、ほのぼのとした歓びをかみしめながら木漏れ日がやさしく照らす渚交流館を後にする。

 あるイベントで圭一は会場でひとりもくもくと台本を読んでいる美奈子を見つけると
 「よう久しぶり」
 「来ていたの?」台本に忠実に事を実践しようとしている姿を目の当たりにしてもっと楽に行動したらと思うのだが。イベントが終わり帰る頃になって物凄い雨が降り出した。雨にうたれながらカミナリの轟音を耳にしながら全身ずぶ濡れながらも、後始末をして廻る美奈子の誠実さに感動すらおぼえていた。圭一は感じるままに美奈子を想って感情とか愛情とかが入り乱れて揺れる心情を本音で書いてみたいと思う。
 何年か前、北杜夫にあこがれて友人達と詩を作り、その詩を朗読し合っていた時を思い出していた。その雰囲気を美奈子と感じ合い、彼女の前で朗読をする。最高の歓びであり熱いときめきの瞬間でもある。今、圭一の求めているものは美奈子の歓ぶ顔を見たい。美奈子の笑顔をとおして自分を感じ取る歓びを今の気持ちを大事にしたい、その思いを一気に書いた。

 圭一は決心をして美奈子をちくまに誘った。 コーヒーを飲みながら
 「こないだは雨で大変だったね、詩を作ったの 聞いてくれるか」
  圭一は高ぶる気持ちを押さえ詩を朗読する。楽しいとか 好きだとか そんな気持ちはあとで想う事で 心の中は真っ白になりその声は震え心臓は今にもはりさけんばかりだ、歓喜と感動が一度に襲って来たような感じだ。
 その詩は
 「始めにあったものは何だろう その瞳 唇 髪の毛 歩き方 声 口のこなし ほほ笑み 時折感じる憂いを含んだ眼差し そのすべてのしぐさ 貴女のほほ笑みをとおして会話や雰囲気を楽しみたい 不安の材料を抱えながら貴女のほほ笑みに出くわすと 不安を忘れてよし頑張るぞって気持ちになる 貴女のほほ笑みは精神的活力剤、何かを始めれば忍耐力がありその事をやりとげてしまう そのような美奈子さんが好きです…」

 圭一は朗読し終わると震える手で一気にコーヒーを飲み美奈子を見つめた。美奈子も突然の朗読に身体中の血が頭に上り酔いしれたように瞳が宙に浮いている。とまどいを隠せない歓びと感動で圭一を見つめ直した。二人とも瞳が潤み声にならない声で話し合っていた。カウンターの奥で一部始終を見ているマスターと奥さんが顔を見合わせながら「にたにた」笑っている。

 その夜、美奈子は夢を見た。圭一を懸命に捜しながら、何処にいるだろう?圭一は何にこだわっているのだろう?何に執着してうろうろしているのだろう?私を有頂天にさせた圭一のほほ笑みが、やさしいうなずきやそのしぐさが頭を占める。でも、なぜか不安がつのる。逢いたい、逢ってその笑顔を感じ安心したい。独り言をいいながら必至になってあっちこっちを捜し回っているうちに「こだわっているのは私自身ではないのか?圭一に支えてほしいのは私ではないのか」って自問自答している私がいた。
「やあ」聞いた事のある声にふりむくと圭一が笑いながら近付き美奈子の頬を両手ではさみ熱っぽく顔中にキスを… 妙になまなましい感触を覚えくすぐったさに目を覚ました。 静かな夜だ 美奈子は今の夢を思いだし微笑んでいた。興奮して眠れないままに美奈子は春樹に聞いた春樹の友人の事を思い出していた。

 その友人は役場の職員で、共働きをしているとても仲のよい夫婦だ。いつ頃だったか夜中の12時頃に電話がかかって来て、生まれてくる子供と奥さんが生きるか死ぬかの状態だ。A型の血液の人はいないかな、君の力が借りたいって。あいにく春樹はO型なので友達に連絡をとったが、後で聞くと子供より親が大事と子供をあきらめたって事だ。
 約一年間毎日毎晩病院に行きて、他の入院患者に疎まれ看護婦さんに注意された事。また病院に行く途中、ラジオで流れている尾崎豊の「アイラヴユウ」を聞きながら頭中が真っ白になり、涙がボロボロと溢れ出て事故を起こしそうになり乗用車を止めた事など… 奥さんも今は元気に通勤しているが毎日仕事に行く前に病院に寄って注射をしているとの事。なぜ思い出したのだろう。

 美奈子は眠ろうと努めた。ところがこんど美奈子を襲った夢は、ホラー映画のような、ねばっこく執拗なものだった。いつのまにか、にぶい光に照らされた草原のような所に美奈子が立っていて、足の廻りはベビの群れに取り囲まれ、足首からしだいに身体の方へ上って来そうで戦慄が走る。遠くを見ると丘陵の所では獣じみた群衆が入り乱れ祭りの準備をしているような。そしてその丘陵には古代のギリシャが種族の青春を願う為に祀ったという神が石像や木で造られたものでなく、動いて異様な姿で横たわっている。群衆は神を崇め生け贄を捧げようとしていた。美奈子は恐怖で身体中がすくむが、この光景から目を背ける事はおろか、髪の毛ひとつ動かす事が出来ない。やがて群衆の手で生け贄に裸の女性が捧げられ… 
 その生け贄は美奈子自身であり、抵抗しながら必死で逃げようとするが逃げ切れるものでなく、足も手も動かなくなり絶叫し、涙が止まらず永い時がすぎたように感じる。神の手が美奈子を掴むのを感じた時 美奈子はふと自分が笑っている事に気づいた。疲れ果てながらもうっとりと身をうちまかせた声のない笑いをしていた。あまりにも刺激が強すぎ頭の奥がしびれ考える力を失い、このような夢をみている自分が恐ろしく無意識のうちにお母さんを圭一を捜していた。お母さん 圭一 助けて… そばにいて お願い…

 圭一は顔色が冴えず元気のない美奈子の事が気になっていた、友達と一緒に美奈子を梨花ホールに誘った。地元オーケストラの定期演奏会「ベートーベン7番」圭一の大好きな曲のひとつで演奏を期待して聴く。いよいよ2楽章だ 不滅のアレグロ、哀愁と慰めが徐々に盛り上がり生々とした力強い音階が奔放に活動して内側から沸き起こってくる。いつ聴いても感動に酔いしれてしまう。第二楽章が終わると同時に第二バイオリンのリーダーが席を離れる。第三楽章が始まるのを待っているが、なかなかその人が現れない。会場はシーンとしている。しばらくして第二バイオリンの次席の人が席を立ち、そのリーダーの席に着こうとするが指揮者が次席の人を制して、退場したその人を静に待っている。観客の中でささやきが聞こえる「どうしたんだろう」「弦が切れたのかも知れない」5分も経っただろうか、やっとその人が席に着きバイオリンの調弦を始めるが、あせっているのか弦をはじく音だけが会場に響く。頭の中が真っ白になっているのか、なかなか上手くいかない。楽団員と観客、全員の眼が耳が小さなバイオリンの音に集中する。ますます音が合わない。コンサートマスターの手がさりげなくそのバイオリンを受け取り調弦を始める。ピチカットが心地よく聞こえる。音が合って来てそっとその人に渡す。そして何事もなかったかのように第三楽章は始まった。洗練された商業楽団(予備の楽器を持っている)とは違った田舎の音楽好きの団体。みんなでこの第七を成功させようとしている指揮者の度量と、コンサートマスターの団員への思いやり。会場全員が一体となり「7番」を謳歌したような、あたたかな嬉しい気分になる。美奈子は圭一の手をまさぐっていた。何かを与えてくれるようなあたたかい手だ。圭一が力強く握り返してくれる。たくましく今までの不安が嘘のように吹っ飛ぶような安堵感と言うか幸福感というか圭一の温もりを感じていた。

 圭一は習いたてのパソコンを使い「星のカレンダー」を作って美奈子の前に置いた。「星と話をしよう 楽しいとき 嬉しいとき 星と話をしよう 寂しいとき 苦しいとき 星と話をしよう 自慢していいじゃないか 愚痴をこぼしていいじゃないか 星と話をしよう ちょっと頑張ればかなう夢を 星と話をしよう 星と一緒に話をしよう」でき具合はイマイチだが美奈子は歓んでくれる。
  そばで友達がイラストを見ていて「あっ魔女がいる」そう圭一にとって美奈子は魔女なんです。笑顔のまぶしいかわいい魔女だったのです。どんな時でも真面目に取り組み、他の人から信頼され、やさしくて頑張り屋の恋人なのです。

2月 1日~

2020-02-06 | 日記
2月1日(土)
 大樹寺のウラクツバキを見に行く。

 暖冬の為か満開を過ぎていた。それでも見応えがあった。 

 今年の結婚記念旅行は38年前の新婚旅行と同じコースを廻る事にして、ヤフートラベルで予約した。 楽しい旅行になる事を願う。

2月2日(日)
 思い通りにならないと荒れはしなくなったが不機嫌な態度を取るようになった。 でも、暫くすると (その思いを転換すれば) ケロッとしている。
 元気になったのは嬉しいけど、振り回されっぱなしだ。 タバコを吸う量か元に戻った。 砂丘の風呂へ行く。

2月3日(月)
 節分、昼ご飯は恵方巻きを食べる。


 昼からゴロゴロしていると姉より電話あり、義兄は目が悪く医者に通っているとか。 お互いに歳には勝てない。

 炬燵で何かゴソゴソしていたが、「がおー」 鬼の面を作っていた。 


 気に入って本家のおばあさんに見せたいが、今日は老人ホームに行っていて留守。 明日行く事にした。残念。

2月4日(火)
 昨日作った鬼の面を本家のおばあさんへ見せに行き、一緒に歌をうたって帰ってくる。 

 昼前、友達に誘われて鳥取のカラオケボックスへ行く。 昼ご飯はカラオケボックスで食べ午後2時頃迄3人で歌う。 たくさん歌って疲れた。

 午前中電話をかけた後、携帯電話の画面が真っ暗になり、どうしても画面が表示され無いのでカラオケの帰りに鳥取のドコモショップに寄る。 原因は電源が入っていないとの事。 電源の入れ方を教えてもらう? 笑い話にもならない。

2月5日(水)
 寒いなぁと思っていたら夕方から霰が降り出した。 屋根から落ちる雪ずりの音がする。 今夜は雪が降るが明日の昼前位までの予報が出ている。 もう20年位経ったか? 若い頃に書いた私小説 手前味噌の 「美奈子」 をブログへ載せたくなって編集をしてみようと企てる。

2月6日(木)
 朝起きてビックリ、積雪は路上には無いが初積雪?。

 屋根に数ミリあるだけ。

 車にも少しあるだけ。
 

 家内も雪うさぎも作れなくて残念そう。

 昼から寒くて吉岡温泉一乃湯へ行く。

                          ヤフー画像より
 今日は熱い方の湯もぬるく 44.2 ~ 42.3 度。 

 予報では明日の朝は -4 度位迄 冷えるらしい。