◆靖国問題、ワシントンは中国の態度に批判的

2006年06月11日 | 国際
                      6月9日 古森義久

「小泉純一郎首相あるいはその後継首相は中国からの圧力で靖国神社参拝を中止するようなことがあってはならない」。

 中国政府や日本の親中志向の、例えば経済同友会の人たちが聞けば激怒するような言葉である。米国議会の超党派の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」のラリー・ウォーツェル委員長がついこの5月なかばに語った意見だった。

 日中関係の緊迫にからんで話題となる靖国参拝問題では米国がどんな反応をみせるかは日本にとっても、中国にとっても重大関心事である。日本にとっての同盟国米国、中国にとっても最大の影響を受ける超大国の米国がどのような態度をとるかは、日中間の靖国論議を根本から左右しかねないのだ。

 その米国の態度については日本のマスコミの多くや、自民党内の森喜朗氏や加藤紘一氏のような有力政治家までが「ブッシュ政権も含めて米国側は小泉首相の靖国参拝に反対している」というような構図を描いてきた。

 だがワシントンで実際に考察する限り、この構図は事実と反する。まずブッシュ政権は靖国問題には一切、関与しないという姿勢をはっきりとさせている。さらに日本と中国が関係を緊迫させても、よほど険悪とならない限りは介入や調停はしない、という態度である。しかも中国の強硬な対日姿勢に対しては批判さえにじませる。

確かに米高官のなかには小泉首相の靖国参拝に反対の意向を表明する人はいる。民主党リベラル派でクリントン政権の高官だったジョセフ・ナイ氏、カート・キャンベル氏らだ。米国側の官民がその旨を小泉首相に伝えるべきだとまで主張する。だがあくまで少数派の意見である。

 米国議会でも下院国際関係委員会のヘンリー・ハイド委員長が日本の首相の靖国参拝への反対を表明した書簡をワシントン駐在の加藤良三日本大使や下院議長のデニス・ハスタート氏あてに送ったと伝えられた。だがハイド議員は、いま82歳。米国議会全体でももうほんの数人しかいない、第二次大戦で実際に日本軍と戦った経歴を有する議員である。これまた議会では超少数派とされる。

 一方、ワシントンでその他の領域をみると、日本の首相の靖国参拝に正面から反対する識者は意外なほど少ない。米国側としての反対の意向を小泉首相に直接、伝えるべきだという意見の持ち主は、さらに少なくなる。それどころか日本の首相の靖国神社参拝を非難せず、中国側の態度をむしろ批判する識者が意外なほど多かった。とくに中国を専門に研究してきた人たちの間にその傾向が強いことが分かった。冒頭で紹介したウォーツェル氏はその典型である。

 ウォーツェル氏はまず中国の対応について「他国の政治指導者の神社参拝を自国の外交の中心部分に据える国は全世界でも他に例がない」と皮肉りながら、「靖国問題は日本の内部問題、内政問題であり、中国が日本の内政を非難の主標的とし、靖国を通じて日本の内政を変えようとしている限り、日中関係の改善は望めない」と述べるのだった。

 「靖国を通じて日本の内政を変えようとする」というのは確かにそのとおりだといえよう。中国は次期首相には中国の要求を容れ、靖国参拝を控える福田康夫氏のような政治家の出現を望んでいる。中国の要求を容れる首相でなければ、日中首脳会談には応じない、というわけだ。ウォーツェル氏は「中国は靖国を通じて小泉首相以降の日本の政治を自国に都合よいように再編成しようとしている」とも述べた。「だが中国はその実現が難しいことをやがては認めざるを得ない」という認識をもはっきりと表明するのだった。 (中略)


タシック氏は1971年に米国国務省に入って、職業外交官となり、中国を専門とするようになった。中国、台湾、香港と中華圏には通算15年駐在し、92年にワシントンの本省にもどった。国務省本省では情報調査局の中国分析部長のポストに就く。2001年からヘリテージ財団に入り、中国専門研究員となった。

 タシック氏は中国の靖国非難についてさらに語った。

 「中国の靖国参拝非難は日本弱化戦略の一端でもある。だから小泉首相がたとえ中国に折れて、参拝の中止を言明したところで、中国側はさらに歴史認識、教科書、政府開発援助(ODA)、日米同盟強化策、台湾問題などにからめて新たな非難材料を次々に持ち出してくる、というのが米国の中国専門家たちの大多数の意見だ」。

 日本がどう対応すべきかについては、タシック氏は次のように語った。

 「小泉首相は中国の圧力には断固として反撃し、一定以上の日本糾弾には代償がともなうことを知らしめる一方、日本国内の異論には別個に対応すべきだ」。

 「小泉首相らは日本側には戦犯とされた人でも死後はムチを打たず、国を守ろうとした他の戦没者たちとともに、その霊を追悼することに社会的、精神的、道義的な深い理由や文化があることを説明して諸外国からの理解を得ることができるだろう」。

では米国はこの日中間の靖国問題にどう反応すべきなのか。タシック氏は熱を込めて語った。

 「米国にとって日本は同盟国であり、中国は潜在敵国だから、米国は靖国問題に限らず日本を支持すべきだ。ブッシュ政権もそういう政策をとっている。米国が日中両国間で中立の第三者として調停するなどという考えは根本で間違っている」。

 なんとも力強い日本支持の姿勢なのだ。

 しかしタシック氏も前記のウォーツェル氏も共和党系、保守系の人物である。同じ中国専門家でも民主党系の意見となると、どうなのか。そこでもう一人、共和党系ではない中国専門家に日中両国間の靖国問題への見解をたずねてみた。クリントン政権で東アジア担当の国家情報官や国務省中国部分析官を務めたロバート・サター氏である。同氏はいまはジョージタウン大学の教授となっている。

 サター氏はまず中国側が靖国参拝反対に固執する理由について語った。

 「中国側のナショナリズムが主因だが、中国当局は靖国問題をプッシュしすぎて、そのナショナリズムの虜(とりこ)になってしまった。日本側が首相の靖国参拝をやめない限り、首脳会談に応じないという硬直した方針を打ち出したために、中国は引くに引けなくなってしまったのだ」。

 「中国側の日本の扱い方はそもそも偏向しており、長年のその偏向がいまや最も対決的な政策へとエスカレートしたのだといえる。靖国に関する中国の強硬な対決政策は、中国自体のアジア全体へのアプローチにとってきわめて非生産的かつ深刻な問題となった」。

 「東南アジア各国などは、問題があればとにかく話し合い、譲歩し合い、議論を進めるというプロセスを重視する。だが中国は靖国に関して話し合いを拒み、日本との対決の姿勢だけをとる。これはアジアにおける隣国への適切な接し方ではない」。

サター氏は1970年代から米国政府の国務省、中央情報局(CIA)、議会調査局、上院外交委員会などに勤務し、一貫して中国専門官として働いてきた。政治的には前述のように民主党寄りである。

 そのサター氏も米国は靖国問題には絶対に介入や干渉をすべきではないと明言する。

 「ブッシュ政権は小泉首相の立場を尊重して、靖国問題には一切、批判などを述べていない。また述べるべきでもない。日本は米国の重要な同盟国であり、ブッシュ大統領が小泉首相を当惑させる意見を述べるはずがない。同盟の重みを考えれば述べるべきでもない」。

 「日米両国間では靖国に象徴される戦争の歴史の問題はすでに解決されてしまった。米国側がそれをいま蒸し返すことはきわめて非生産的であり、米国社会一般はそもそも靖国問題を重視していない」。

 米国側で中国の実態をよく知る人たちは日中間の靖国問題についてはこうした考え方なのである。米国の中国研究者ではだれ一人、「とにかく小泉首相が靖国参拝の中止を宣言すれば、日中関係は改善される」などと主張する人はまずいないようなのだ

国家安全保障を考える(第24回)[古森義久氏]/SAFETY JAPAN [コラム]/日経BP社
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/24/


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