今年の1月に、足の大手術を行った私のかあちゃん。
本当はね、その後のことや状況を書こうかなと思っていたんです。
デモ、書けるような状況じゃなくて・・・。
つまり、あんまり治りがよくないみたいなんです。
このサイトでは、あまり後ろ向きな記事を書きたくなかったんです。
でも・・・。
多少おちついてきたので、まとめてみました。
私の母が行った手術は、人工膝関節置換術(人口関節)。
骨粗しょう症の為、膝の関節軟骨が磨り減ったために
人口骨(人口関節)を入れるというものでした。
私は、その時つきそったのですが、
時間は3時間近く。まさに外科とはいえ大手術でした。
術後の夜は、執刀医の先生2名と看護婦さんが張り付いて
夜中まで血液の抜き取り作業などの術後の処置を行ってくれました。
手術の夜は一睡もできず、付き添いました。その夜の月です。
入院期間は、約1か月。
その間、傷病みが激しい母は「痛み」をよく訴え、
退院後もなかなか治りが遅かったのですが、
半年経過し、術後の傷も良くなってきました。
・・・しかし。高齢ゆえなのか、別の場所(足の裏)の
痛みを訴え、その痛みゆえなかなか
普段の生活に戻る事ができない現状です。
幸い、家事は父がフォローしてくれているので
生活がなりたっていますが、
なにより母は痛みから心が疲れてしまっているのを感じます。
甘かったですね~。
内科的病気ではないので、患部を手術しリハビリに成功すれば
良くなると私は思っていたのです。
しかし、人間のカラダは年齢とともに回復力が遅くなります。
(個人差もあります。)
実は、執刀医の先生から
「ガマンせず、もっと早く手術できればよかったな~。」
と言われていたのです。
私は、実家が離れているのでぐちを聞くことしかできません。
それと、待機し、面倒を見ている父に
なにかあったらかけつけるくらいですね・・・。
それが、娘としてできる最大のことでしょう・・・。
そのためにも無駄な心配は二の次。
必要な事を、必要な時やる。
ことを意識してきました。
これからもそうですね・・・。
とはいえ、私も人間です。
ちょっと心の不安を人に聞いていただいた事もありました。
(本当にありがとうございました。)
友人のじゃい隊長が、入院時病院に料理をさしいれてくれました。
じゃい隊長が母に、入院時刺繍入りカーディガンを作ってくれました。
ありがとう!
身体の痛みは、こころから生きる気力を奪うような気がします。
そして、整形領域には術後のリハビリが必須なので
やはり難しいのを実感・・・ふぅ~~~っ。
とはいえ、痛みを持ちながら、母は朝夕歩いていると
聞きました。
歩かないと、筋肉は戻らないから・・・。
かあちゃん!がんばれ!
娘は、影になりひなたになり応援しているからな~!
痛みは日にちうすりですよ~。
もうちょっと・・・です。
・・・祈ることこれはできますからね~。
おちついたら、実家に墓参りもかねて
帰宅したいなあと思います。
おちつかなかったら・・・?
痛む母の気持ちを考えて待とうと思います。
回復を祈りながら・・・。
(今年は駄目でも、なんとかなるさ!の気持ちで。)
実は、母の主治医はベ○ルタ医なんです。
(追記)
かあちゃんが手術したのは、有名な病院。
そして、執刀医の先生も各地からその先生にと手術してほしいと
集まってくる有名な方でした。
「人生を楽しむために、
手術するんだと前向きに思って下さい。」
と術前にこえがけしてくださったS先生には頭が下がります。
ありがとうございました。
尚、人工膝関節置換術の痛みの経過に関しては、個人差があるそうです。
やはりなじむまでに半年と言われていますが、
じっさい手術をした知り合いの方にも聞きましたが、
多少高齢であれば、1年以上はかかると考えた方がよさそうです。
(痛みには、本当に個人差があります。)
くわしくは、コチラをクリック!
本当はね、その後のことや状況を書こうかなと思っていたんです。
デモ、書けるような状況じゃなくて・・・。
つまり、あんまり治りがよくないみたいなんです。
このサイトでは、あまり後ろ向きな記事を書きたくなかったんです。
でも・・・。
多少おちついてきたので、まとめてみました。
私の母が行った手術は、人工膝関節置換術(人口関節)。
骨粗しょう症の為、膝の関節軟骨が磨り減ったために
人口骨(人口関節)を入れるというものでした。
私は、その時つきそったのですが、
時間は3時間近く。まさに外科とはいえ大手術でした。
術後の夜は、執刀医の先生2名と看護婦さんが張り付いて
夜中まで血液の抜き取り作業などの術後の処置を行ってくれました。
手術の夜は一睡もできず、付き添いました。その夜の月です。
入院期間は、約1か月。
その間、傷病みが激しい母は「痛み」をよく訴え、
退院後もなかなか治りが遅かったのですが、
半年経過し、術後の傷も良くなってきました。
・・・しかし。高齢ゆえなのか、別の場所(足の裏)の
痛みを訴え、その痛みゆえなかなか
普段の生活に戻る事ができない現状です。
幸い、家事は父がフォローしてくれているので
生活がなりたっていますが、
なにより母は痛みから心が疲れてしまっているのを感じます。
甘かったですね~。
内科的病気ではないので、患部を手術しリハビリに成功すれば
良くなると私は思っていたのです。
しかし、人間のカラダは年齢とともに回復力が遅くなります。
(個人差もあります。)
実は、執刀医の先生から
「ガマンせず、もっと早く手術できればよかったな~。」
と言われていたのです。
私は、実家が離れているのでぐちを聞くことしかできません。
それと、待機し、面倒を見ている父に
なにかあったらかけつけるくらいですね・・・。
それが、娘としてできる最大のことでしょう・・・。
そのためにも無駄な心配は二の次。
必要な事を、必要な時やる。
ことを意識してきました。
これからもそうですね・・・。
とはいえ、私も人間です。
ちょっと心の不安を人に聞いていただいた事もありました。
(本当にありがとうございました。)
友人のじゃい隊長が、入院時病院に料理をさしいれてくれました。
じゃい隊長が母に、入院時刺繍入りカーディガンを作ってくれました。
ありがとう!
身体の痛みは、こころから生きる気力を奪うような気がします。
そして、整形領域には術後のリハビリが必須なので
やはり難しいのを実感・・・ふぅ~~~っ。
とはいえ、痛みを持ちながら、母は朝夕歩いていると
聞きました。
歩かないと、筋肉は戻らないから・・・。
かあちゃん!がんばれ!
娘は、影になりひなたになり応援しているからな~!
痛みは日にちうすりですよ~。
もうちょっと・・・です。
・・・祈ることこれはできますからね~。
おちついたら、実家に墓参りもかねて
帰宅したいなあと思います。
おちつかなかったら・・・?
痛む母の気持ちを考えて待とうと思います。
回復を祈りながら・・・。
(今年は駄目でも、なんとかなるさ!の気持ちで。)
実は、母の主治医はベ○ルタ医なんです。
(追記)
かあちゃんが手術したのは、有名な病院。
そして、執刀医の先生も各地からその先生にと手術してほしいと
集まってくる有名な方でした。
「人生を楽しむために、
手術するんだと前向きに思って下さい。」
と術前にこえがけしてくださったS先生には頭が下がります。
ありがとうございました。
尚、人工膝関節置換術の痛みの経過に関しては、個人差があるそうです。
やはりなじむまでに半年と言われていますが、
じっさい手術をした知り合いの方にも聞きましたが、
多少高齢であれば、1年以上はかかると考えた方がよさそうです。
(痛みには、本当に個人差があります。)
くわしくは、コチラをクリック!
手術は成功しても、その後の回復には個人差がありますよね。特に、痛みは本人でないとわからないことでもあり、お母様もおつらいでしょうし、ご家族も心配のことと思います。
一日も早く痛みが引くといいですね。遠く、パリからささやかながらお祈りしています。
じゃい隊長さまのお心遣いには、感動しました。
老春も17年前母が「パーキンー」で入院妹と3人で看病したのを思い出しました。
人それぞれに備わった「寿命」がキーポイントだったとこの時、思いました。
どうぞ、お母様に尽くせるだけ尽くして差し上げて下さい!
老春も苫小牧の空から一日も早いご回復を「祈願」しております。
こないだうちのばーちゃんが亡くなったんだけど、骨になったとき、足に入れてたでっかい金属が出てきました。ものすごく重たいものでした。こんなん入れてよく歩いてたよなぁ~って思ったくらいです。
今のは軽量なんだと思うけど、やっぱ異物を身体に入れるんだから、大変ですよね。
それにしても、隊長のししゅうすばらしい
隊長!!!!! すんばらしいです。
後で例の件はメール入れときます。
ボワシエールさんのお母様も一昨年、入院されたのでしたね~。
海外と日本の往復、大変だったとお察しします。
でも、身内のことですから、距離を理由にしてられないのよね~。
国内ですが距離があるので、私も、同じ立場に立っています。
とりあえず生活が成り立っていれば、まあいいかと
割り切ることにしました。
後は、家事負担の掛かっている父によく連絡し
いろんな事を聞いています。
好物を送ったりね・・・。
ボワシエールさん、ありがとうございました。
看病大変でしたね、センパイ。
そうなんですよね・・・。
元気になってもらいたくても、親とはいえ考え方や生き方の相違もあり、加齢の状況も加わり、
また、身体の痛みは平静の精神を揺り動かすので
なかなか励まそうにも難しいのが現状です。
外科の痛みの場合、回復を根気強く待つのが
家族としてはいいような気がします。
それと、どんな病気の人が家にいる場合も同じですが、共倒れを防止することが最大のキーポイントだと思っています。
ハイ。センパイ、私はできる事をやろうと思っています。
ここは、「無理をしない勇気」です!未歩さんの名言ですね~。
共倒れ防止に今は比重をかけ、家事フォローをする
父とよく電話で話します。
好物も送っています。
(母は、愚痴を聞きますが。)
そして、真の「SOS」が出た時、うめもも出動したいと思います。
(必要な時、必要な力を効率的に働かせるのがいいんですよね?センパイ?)
そのための杞憂(心配)は、全面的にやめたいと決意しています。
じゃい隊長、老春センパイのサイト見ているそうですよ~。
「あんなにフレッシュでお若くて情熱的な方は、なかなかいませんよ・・・。」
とセンパイのこと誉めていましたよ 。
何回か不安をこぼしてしまいました。
聞いていただいたことで、少し乗り切るのに
ラクになったのだと実感しています。
そのせつは、本当にありがとうございました。
ヘッドのおばあさま、亡くなったのですね。
大変でしたね・・・。
では、今年は初盆ですか?
そうなんです。火葬後に金属片が出てくるといいますね。
現在は患部や病院にもよるようですが、
人口骨をいれるみたいです。
耐久年数もあがっています。(10~15年)
でも、足がまっすぐに曲がらなくなるとか
正座が出来なくなるので、その生活習慣になれるのも
時間かかるかもです??
まず、痛みが消えるまでガマン強く待つしかない
と思っています。
幸い、おっとの両親がまだ介護が必要な状態ではないのでありがたいと思っています。高齢で独立した生活をしていますから、丁寧な生活フォローは必要です。
隊長は、料理も裁縫もなんでもできるんですよね~。
ホラも一流だしぃ・・・。
なんにもできない私とは、ま逆の存在です。
あ、ホラは吹けるか・・・
ぶぉ~ぶぉ~(法螺貝)。
でもそこは Thunder Qeen なんですから、きっと乗り越えて回復されると信じてますよ。
それにしても、
じゃい隊長のお心遣いにはいつも感心させられます。
やはり、女性の方が膝や腰が悪くなりますね~。
出産や女性ホルモンの減少の影響で骨密度が
落ちるんだそうです。
(私も、気をつけないと・・・。)
痛みは他人にははかれないので、
忍びない思いありますよね・・・。
姑は腰が痛く、やはり整形でなかなか改善しない時
狂ったように、病院周りをしました。(針とか・・・。)
慣れてしまった今は、現在の整形のお薬を飲んでいます。
現在、骨を強化する医科むけのカルシウム剤は馬鹿にできないほど効き目があるのだとか。
骨折をしないということが、老いには大切なことですね・・・。
リハビリが難しいです~。
今日、父から電話があり
「墓参り帰ってこないのか?」と言われました。
以前、母にそれを言ったら、
「娘とはいえ、自分の事で精一杯だ。」
と答えられ、痛みを抱える人と家族の認識の
違いを実感しました。
母、リハビリ・・・さぼってるみたいです。
やはり、なかなか根気は続かないですね・・・。
その必要性に自分で気付くまで、何も言わないつもりです。
姑もそうですが、歩く事の必要性は医師に
言われても、人間はつらいことから逃げたがるものです。(姑、逃げまくってます。腰痛いから歩きたくないのです。)
痛くなったり、歩けなくなった時、
やっと重い腰をあげるんです。
隊長は、本当に出来た方ですね~。