きんえんSwitter

医者の心の目で日々を綴ります

Ave Verum Corpus

2024年03月07日 | 音楽処方
チェロが縁で知り合ったTさんが亡くなりました。

医者と患者という関係ではなく、あくまでもチェロ友として、時々病院内で会って楽しくおしゃべりをする・・・といったお付き合いでした。

ちょうど1年前、乳がんが再発し、残り時間があまりないことを知ってショックを受けていると彼女の治療に関わっている同僚から連絡を受け、とりあえず抗がん剤治療室の彼女のもとに駆け付けたときの私は、ひょっとしたら医療者としての顔をしていたかもしれません。

でも彼女が開口一番言ったのは、「一緒にチェロ弾きたい」でした。

その場ですぐにチェロ・デュオの曲を検索して、楽譜を印刷し、一緒に練習する日を約束しました。

昨年の2月、小春日和の日曜日に、誰もいないリハビリ室で、1時間ほど一緒にチェロを弾きました。

音大でチェロを専攻した彼女。
年は彼女のほうがずーっと年下でしたが、優しいチェロの先生が一緒に弾いてくれているような雰囲気で、私はリラックスし、とても穏やかで楽しいひと時を過ごしました。

彼女が亡くなる前日、結成したばかりのピアノトリオのメンバーで、急遽、ベッドサイドで1曲演奏をしました。
曲はモーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス。

演奏が始まったとたん、ご家族みなさんが涙を流されていました。

治療によって痛みから解放され、彼女はウトウトと夢と現実のはざまを行ったり来たりしているようでしたが、演奏が終わると「よかったよ~、よかったよ~」と何度も言ってくれました。

実はこの曲は、ご一家にとって、とても思い出深い曲で、演奏後に妹さんが曲にまつわる思い出についてお話してくださいました。

短い時間でしたが、清らかな時間を共有することができました。

清らか・・・思い返してみると、そんな言葉が一番しっくりする気がします。

楽器を演奏している私たち自身も、とても心癒されました。
それは想定外で、少し不思議な感覚です。

翌日も私一人、チェロを携えて、彼女の病室を訪れました。
前日に弾いたアヴェ・ヴェルム・コルプスと、シューマンのトロイメライをソロで弾きました。

「また来るね」と言って病室をあとにした数時間後、彼女は苦痛にまみれた肉体を離れ、旅立っていきました。

そのことを知ったのは、早朝届いた彼女からのメールでした。
彼女自らがあらかじめ用意していた「訃報」が、ご家族の手によって送信されたのでした。


私自身がイメージする音楽療法を実践しているチェリストがいます。
彼女の著書「シューベルトの手当て」(ISBN-10 4865592857)も今読んでいるところです。

あなたが思い描いている未来のビジョンを信じていてください。
あなたにとって理にかなっていると思える方向に進んでいけば、いずれあなたがいる必要のある場所にたどり着けるでしょう
(ジョナサン&オスカー・ケイナー/3月5日・天秤座)


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