多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

競馬小説 連載6  「獣医・・・ 伊勢 三郎」

2020年01月23日 12時24分50秒 | 競馬

 

獣医 伊勢三郎


 伊勢三郎は、この日高、浦河の地で三代目にあたる獣医の長男であった。父は、浦河の牧場が主な得意先である。
日高の地は、大雪山の南西、北海道のほぼ中心の十勝岳を北限とし、狩勝峠から南北に一千Kmに亘り、襟裳岬まで連なる日高山脈によって、東西に分断され、東を十勝平野、西の太平洋沿岸は、日本でも有数の馬産地を形成している。紋別、新冠、静内、浦河は戦後、競馬の大衆化と共に、サラブレッドの生産で繁栄してきた。
 近年は外国生産で、日本育成の外国産馬が大活躍で、強い内国産馬の生産を目指す中小牧場の努力にかかわらず、当歳時に約束を交わす庭先取引が少なくなり、内国生産馬は売れ残るという状況であった。優秀な牝馬を保有する大牧場や、共同経営方式の大型牧場に、中小牧場が圧迫されるという状態が続いていた。

 三郎は、父を継がねばならないという思いから、札幌の獣医大学を出て、もう七年間、父と共に牧場回りをしていた。 父は浦河町議も勤めており、特に中小牧場の生産振興に尽力していた。
 三郎は、この世界でも大資本の支援を受けた生産牧場が、中小の牧場を吸収していく実態を見ていた。

 辺り一面が牧草でかなたまで晴れ渡り、大地に独特の草の香りがただよう夏の終り、三郎は新冠の池貝牧場へ当歳馬の往診に出かけた。球節に腫れが大きく、立っているのも痛々しい牝馬だ。
打撲のようだった。シップと化膿止めの注射で様子を見ることにした。立ち会いの男は心配そうに、当歳馬に付き添っている。
三郎はその男の、角ばった顔と糸を引くような細い眼に、内心たじろいた。
「打撲だけと思うけど、大丈夫かな?」
「心配いらないと思いますよ」三郎は慎重に答えた。
「伊勢さんは、ここのお生まれですか」
「ええ、父が浦河で牧場中心に診察しています」
男の目に、三郎は何ともいえない悪寒を感じた。
「僕は表といいます。この牧場にきてまだ五年ですが、馬の世話は性に合っているんですよ。じゃあ、伊勢さんはこの牧場以外のことも、良く御存知ですね」
スネイクは同年代の気安さを装った。
「浦河が中心ですから、新冠の方はあまり来ません。それに札幌の大学を出て、私もこの仕事を始めてまだ七年ほどです」スネイクは同年代の気安さを装った。
「浦河の牧場のやり方も知りたいし、一度そちらへ伺っていいでしょうか。今まで機会がないもんですから、浦河の方はよく知らないんですよ」
伊勢は、この細眼の男から、言葉とは別のシグナルを受け取った。ただの牧場回りじゃなさそうだ。この男は何かを企んでいる。
伊勢は何ともいえない不安を嗅ぎ取った。
スネイクも、同世代の若い獣医伊勢に、暗い沈んだ雰囲気を感じ取っていた。自分の少しづつ形になりつつある計画に、この男を引き込んで見ようと思った。この土地と、馬の事には明かるそうだ。

 


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