多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

江戸 元禄 人模様  第一話 秋風 その2

2023年01月26日 17時44分01秒 | 時代小説

浪人加藤一ノ辰は、品川の楼閣辰巳屋に番傘を納めた帰り道であった。高級和紙に達筆で「辰巳屋」と墨書して、油紙で仕上げた番傘は評判で注文も多かった。

 そろそろ、あたりが暗くなる夕七ツ゚金杉橋のたもとで橋の左側の欄干の下ににうずくまる若い娘がいた。右脇腹を押さえる姿があまりに痛々しいため一ノ辰が娘に近づいて声をかける。

「娘さんどうしました どこか具合が悪いのかな・・」

 娘はまだ十八くらいに見える。若く初々しい。首筋は汗でびっしょり濡れ、とても尋常には見えない。
「少し下腹が痛いのですが・・」額は汗で光っている。

「大丈夫でござるか。お送りしましょうか」

 娘はか細い声で、

 「お世話になり、ありがとうございます。急に、下腹が痛み出しまして・・しばらく休めば、大丈夫と思いますが・・・」
「それはいけない。やはり送って参りましょう」

 か細い声で娘がつぶやいたが、目はうつろで、髪も着物も乱れている。

「それが・・何も思い出せなくて・・なぜわたくしが、こんなこんなところにいるのか必死でにげてきたような・・・」うりざね顔の娘。

「娘さんあなたのお名前は。家はどのあたりでござるかな」

「それもはっきりしなくって・・思い出せないので・・困っております」

 一之辰はただごとでない様子の娘に異変を感じて、

「はて、どうしたものか」ほんの一刻思い悩んだ。

 娘は息も挙がって苦しそうだ。すっかり弱り切っている。それでも健気に耐えている。端正な目はうつろで冷汗は引かない。
「娘さん。このままここにいるわけには参らん。夜も更けてくる。家が思い出せないなら、落ち着くまで拙者の家で休まれてからにいたしてはいかがかな。拙者はこの近所に住まいおります。鍵屋横丁の長屋に住んでおる浪人の加藤一ノ辰というもので、怪しいものではござらん。拙宅には家内もおりますでな」

 がっしりとした中肉中背の一ノ辰が促す。 娘は何も答えずぐったりしている。娘の額に手をやると燃えるような熱さだ。全身は、汗でびっしょり濡れ、まるで風呂上がりのようだ。
「いや、これはいかん。拙者の肩に」

 華奢な娘の右腕をグイっと抱き上げると、ゆっくりと金杉橋を七軒町に向かった。もうすっかり暮れ、闇が立ちこみ始めた通りに、冷たい北風が江戸湾に向かって吹く。

 鍵屋横丁の木戸を抜けると、井戸端で竹ブラシで歯を磨く寺子屋師匠 菊地三乃丞が声をかける。
「あれ、一ノ辰様。この夜更けに。おや娘御が。いかがいたしましたか。その娘御弱っておられるようだ」
「番傘を納めた帰りにな、金杉橋のたもとまで来てみると、この娘御が、ずっと苦しそうにうずくまっておって、名前も思いだせんそうでな。はて、 どうしたものかと。とりあえず拙宅で休ませてと、背負ってきたところじゃ」

「それはいけませぬな。さあ私も手を貸しましょう」

 ふたりはその娘御を一ノ辰家の戸口へと運ぶ。 
「あれ いかがいたしました」

 妻女お里はびっくりしながらも、娘を奥の部屋へと迎へ入れる。

「こんなに濡れて。娘さんあなたのお名前は・・・。お宅はどのあたりですか。とにかくまずこの着物を。わたくしの着物に替えなされ」

 お里はてきぱきと娘の身体をぬぐい、手早く自分の着物を着せた。   娘の目は依然としてぼんやりとうつろで、お里をじっと見やるのみだ。

「額もこのように熱く、とにもかくにもお休みなされ」

 熱さましの漢方薬を娘に飲ます。まだ娘はうつろに天井の一点を見るのみだ。夕刻からの雨も上がって、秋の宵の闇が早めにやってきた。

 ーーいや。困ったことになってきた。娘の親元が分からんが、どうしたものかーー一之辰と三之丞は顔を見合わせた。

 菊池三乃丞は今日は久しぶりに駒込天神下 堀内道場で稽古で汗を流した後、旗本の次男畑山幸太郎とーー久しぶりだ付き合えよーーという誘いで街中で飲んだ帰りであった。 

 「このままでは埒があきませんね。どうですか。裏の大円寺の和尚に相談してみましょう」

 三乃丞も弱った人間をほうておけない性分であった。

「やーそれは助かる。貴公と一緒に事情をはなしてみようかの」

 やっと落ち着いて少し熱も下がった娘を従えて、裏の大圓寺へと向かう。鍵屋長屋は寝静まりあたりは漆黒の闇夜であった。
 長屋のちょうど南側に隣接して、大円寺の小さな裏木戸がある。和尚の大覚方円は少し変わった経歴であった。宝蔵院流の棒術の名手でもあったが、京都知恩院から許され、坊主と武芸者の二つの顔を持っていたが、その話はまた後日にしておこう。方円和尚は長屋の困りごとには、なにかと相談に乗ってくれていた。

 小袖を纏い、やっと少し落ち着いた様子の娘は、それでもまだ目はうつろで腕は小刻みに震えている。必死に思い出そうとしていたが。方円和尚の、今日の般若湯のお楽しみ時刻はとっくに終わっていた。
「和尚様。実は金杉橋の東たもとでこの娘が倒れており、熱もひどく、拙宅に連れ帰りましたが、自分の名前も、なんでこうなったかも、分からない様子で・・いやはや・・困り果てております」と一ノ辰。

「いやそれは困ったな。今宵はもう遅い。まあしばらく記憶が戻るまで寺で預かることにしようかの」

 方円和尚はじっと娘を見定める。

「それは助かります」

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江戸 元禄 人模様ー寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え‐第一話ー1 

2023年01月22日 14時51分42秒 | 時代小説

全20話   週 1-2回 更新予定。

 

 

第一話の -1     秋風  

 

   五代将軍綱吉の治世になり八年目 元禄元年、今から約三百九十年前の江戸の話である。三年前の貞享二年には生類憐みの令が出ている。

 三河以来の直参旗本二千石、菊池左衛門吉行の三男 菊之丞十九歳、二つ下の妹弥生は後妻みとの子である。先妻とよの子、太郎左衛門二十四歳、次男 次郎座衛門二十二歳とは年の差があまりない。

 幼いころから学問と剣術が生きがいの三之丞と、おきゃんな弥生が、芝 鍵屋長屋の寺子屋で、江戸市中の様々な人々とふれあい、ひょんなきっかけで事件に遭遇し、駆け抜け成長してゆく。

 

   さて、ここは神田の旅籠 泉屋六郎の居間だ。一帯の香具師の元締めだ。

「若旦那少しは考えてもらわないと困りますよ」

 角の張ったあか顔の六郎。

「そうは言ってもさあ、仕方ないのさ」

 と越後屋の跡取り息子幸太郎はうそぶく。

「私だって、表向きかどかわしなんてことはできやしませんよ。こうして頭を張ってるんですから。何をおっしゃっているのか、お分かりですか。いくら両国の賭場で大損をしたって、そりゃねえ、大事になるんでござんすよ」

 苦虫をかみつぶしたあかい顔でたしなめる泉屋六郎。

「勘当されたにしろ、心を入れ替えて真面目に家業に精を出すと、親に泣きつけば、江戸でも有数の両替商越後屋の跡取りの身ですよ。今は 文無しでも・・親分に損はさせませんよ。そこを・・頼んでるんじゃないですか」

 幸太郎には罪の意識がまるでないようだ。

「そういうことなら、ま仕方がない。少し手をまわしてみましょうかね。私の名前がこれっぽっちも表に出ちゃ困りますからね」

「わかってるって事よ」

 越後屋幸太郎は何を企んでいるのか。

 泉屋六郎は、自分で手を下すわけにはいかない仕事は、昔から懇意の浪人原田典膳に、それとなく依頼していた。今回もそのやり方でやむを得まいと、女房のおきみを使いに出すつもりにした。

「親分・・では 頼みましたよ。江戸から姿を消してくれればいいのさ・・でもね・・あとでみつかちゃ・・困りますよ。そこのところは よろしくね。お礼はたっぷりさせてもらうからね」

 と長身細面の幸太郎は足早に泉屋の居間を出て行った。

 

 

 深川の門前仲町から清住通りを少し東に下った、心行寺の脇を入りその先に、三味線師匠の看板がある。浪人原田典膳はこの二階で居候を決め込んで、すでに四か月がたっていた。神田の泉屋からは女房のおきみが来て仕事を依頼していったが、気が進む仕事ではなかった。

ーーーそれにしても、恐ろしいことよ。あさましい世の中じゃ。実の兄が妹をかどかわし、家督のために消してくれとはなーーー

 馬ずらの典膳は己の生きざまを棚に上げて、どうしたものかと思案していた。

ーー女子供をいたぶる仕事はな・・ここは、芝浦でとぐろを巻く、橋本や上原にやらせようかのうーー

 泉屋には年に数回は裏の仕事を頼まれ義理もある。こうして今のところのんびり暮らせるのも金があるからで、師匠のおよねとねんごろに暮らせて、そのおよねは文句も言わない。ここでもまたしても仕事を横振りの原田典膳だ。

「おい。ちょっと芝浦あたりまで出かけてくるぞ」

「今日はね。河岸からいい魚が入ったんですよう。煮つけや焼き魚にしようかとね。お早いお帰りを」

 およねの屈託のない声をあとにする。

「橋本、上原、そうゆうわけで、女どもをな・・気が進まねえかもしれねえがこれが前金だ。十五日の昼前に娘は女中と二人で、増上寺にお参りに出ることも掴んである」

 典膳は三両を二人の前に置く。

「原田の旦那。いっそ女中を含めて二人をバサッとやっちまったほうが、早いのでは」

 上原は面倒が嫌いな性分であった。

「そうもいくまい。痕跡や死体が出ちゃ困るんだよ。お調べですぐに事情がわかってしまう。女中はやっても、どこか江戸市外の遠くに・・さらにその娘は・・また遠くに始末してもらわねばならん。その手筈とやりようが仕事さ。ここ十日ほどで片付けたら残りは七両。どうだね」

「原田さん。まかしてくれ。足はつかないように処理しようじゃないか。このところ何かとものいりでなあ」

 兄貴分・作州浪人橋本が請け負った。あたりは芝から西に品川方向へ、右に上がった山の奥、うっそうと茂る林の奥の廃寺だ。土地の漁師も寄り付かない。芝浦の海辺までは坂を下ってすぐの距離だ。

   

 十四日の宵。門前仲町の居酒屋で、原田典膳と作州浪人橋本三之助は明日のかどかわしについて、段取りの打ち合わせであった。

「原田さん。準備はできていますよ。上原は伊豆の郷士で船も達者だ。かっさらた後はすぐに寺へ連れ込んで、翌朝明ける前に芝浦の浜から二人を大型の葛籠で運びますよ」

「まさか、江戸湾に沈めようというんじゃなかろうな。ちかまの海はだめだぞ。浮かび出ることもあるからな」と原田。

「そんなドジはしませんよ。少し遠いが品川を回って大磯で、女中を浜の奥の山中に。真鶴、熱海から、網代まで運んで、網代の山奥に娘を。二人ともしっかりと埋めてきますよ」

 濃い髭ずらの橋本は自信顔だ。

「それなら心配なかろう。残金は帰った後でな」

「ところで、どこの娘ですかね!」と橋本。

「おぬしらも知らぬほうがいいだろう・・拙者も知らん」 

「そのほうがお互いに・・安全というわけですね」悪い奴らだ。

 

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元禄 江戸 人模様ー寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控えー 予告

2023年01月19日 20時34分07秒 | 時代小説

 

  江戸 元禄 人模様  

         ーー寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控えーー(短編)

 

 

各 短編を少しずつ 紹介の予定です。

 

作者:小出 健司   ペンネーム:多摩川 健

生年月日:1943年

メイル:  kkoide492000@yahoo.co.jp

略歴:早稲田大学1967年卒業 東芝入社 調査・企画・営業・海外・退職

    マレーシア9年在住 2015年帰国現在に至る。

 

概略:現在の日本文化のある種の源。江戸時代中期・五代将軍綱吉・柳沢吉保の元禄時代。江戸・芝・七軒町、鍵屋長屋の寺子屋師匠・旗本三男坊・菊池三之丞を狂言回しにこの長屋と周辺の庶民の生活と、義理と人情、侍と庶民、悪と正義、様々な事件に立ち向かう三之丞と弥生 庶民の勇気と懸命な生きざまと二人の成長をえがく。

 

 

短編の内容・・・・三十話の予定  

      第一話 秋風        第十一話 時次郎の仕掛け 

       第二話 ひつけ      第十二話 与力 山内与十郎 

       第三話 泥棒村      第十三話 大八車 

       第四話 大山詣り     第十四話 久保田藩騒動 

       第五話 いかさま賭博   第十五話 三味線のお竜 

       第六話 作之進の仇討   第十六話 やっちゃばの峰吉

       第七話 板前 三次    第十七話 金春湯 

       第八話 座頭の和一    第十八話 絵師 梅島 彩庵 

       第九話 伊織の仇討    第十九話 学者 松永 宝来

       第十話 富くじ魚屋の松次 第二十話 金魚売の朝治

               

         各短編 WORD 60行 20P以内 約9000文字 

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元禄 人 模様 -寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控えー

2023年01月11日 17時55分28秒 | 時代小説

短編の内容・・・・三十話の予定   第一話より週二回程度 公開予定。 

      第一話 秋風

       第二話 ひつけ 

       第三話 泥棒村

       第四話 大山詣り

       第五話 いかさま賭博

       第六話 作之進の仇討

       第七話 板前 三次

       第八話 座頭の和一

       第九話 伊織の仇討

       第十話 富くじ 魚屋の松次  

               

         各短編 WORD 60行 20P以内 約9000文字 

             

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元禄 人 模様ー寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控えー

2023年01月08日 15時22分40秒 | デッサン・雑感

皆様  今年も大変お世話になりました。何とか新しい春80歳を迎えられるのも
> 皆様のおかげです。生きて元気な限りよろしくお付き合いください。
>
>  暇に任せ・・「元禄・江戸・人模様ーーー寺子屋師匠  菊池三之丞 事件控えーー」
>
>   9月から短編・・一話 WORDで約25枚 10000字くらい。17話くらいまで・・好き勝手に書きました。
> まだ修正・追加・校正前ですが・・・
 正月にでもお暇な折に か~~~るく ご照覧いただき 感想やご批判いただければ
> 幸いです。添付順不同ですが・・・概要などからご笑覧ください。
>
>  数社 当たりましたが・・・80歳デビューの新人をプロモーションしてくれそうなところは今のところ!!??です。
> 文芸社が初期のプロモーショ代 2-300万円でといっておりますが・・・競馬大穴も当たらないので・・・保留中。

>  来春・・・20話から…30話くらいは行けそうですので・・・自費出版・・店頭置き・・・販促無しが・・70-100万円の
> 相場のようですが‥‥何とか…競馬で・・・大穴あてるか・・・奇特な出版社あればなああああ!! 笑い!!
何か良い伝手があればお知らせください。
>
>  皆様とご家族に‥一層良い 御年しとなりますように。 ( 多摩川 健) 

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