多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

競馬小説連載 2 [INJYUSTICE」 多摩川 健

2019年11月04日 10時59分37秒 | 競馬

    石井牧場

 

石井はあまりの惨たらしいメティウスの姿に、息が止まり腹の奥から嘔吐した。涙さえ出ない、悲しい光景だ。

 

サチカゲが、恐怖で立ちすくむ姿を見て、口の中の苦い汁を吐き飛ばし、首を強く抱いてやった。

 

震えの中から、サチカゲの恐怖が伝わる。やがて、ゆっくりと首を石井の方に向けた。見返してやるにはしのびない。深い悲しみの瞳を石井は忘れる事は出来ない。

 

  牧場でも一番優秀な牝馬、メティウスに、ブライアンズタイムをかけ、去年四月の誕生から、ずっと石井が世話してきた。十月に離乳が順調に終了してからも、五頭世話する中で、このブライアンズタイム '96にはとりわけ、将来性を直感していた。

 

「サチカゲ」と呼んで、当歳時から眼をかけていた。

 

曽我も当然自分が引き取る馬と考えていた。

 

 曽我の夢は、ここ五年のクラシック制覇で、国際レースで勝てる馬を育成時から捜し、国際グレードレースで勝利する事だった。

 

メティウスの複雑骨折は、手の施しようがなく、次の日殺処分となった。

 

 母馬が死んでからのサチカゲは、すっかり沈み込み、やんちゃな活発さが消えた。

 

朝運動でも他の親子の後ろを、やっとついて行く姿が痛々しかった。石井は、親父に相談して、しばらく夜はサチカゲの馬房に泊まりたいと言った。

 

「おまえの気持ちはわかるが、あの仔もこれを越えんといかんのだ。一人前の競走馬は、遅かれ早かれ母馬と離れ、本格育成に入るわけだから」

 

「それはわかっているけど、サチカゲにとっては異常な経験だ。走ることへの恐怖を引きずっている。何とかしてやらんと」

 

「毎日話しかけ、励ましてやる事だ。一流の血統だし、ブライアンタイムズは気丈な血統だよ。」

 

石井は十日間程、馬房に泊まり、毎夜三十分程話しかけ、励まし続けた。

 

 

 

 

 

 



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