多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

競馬小説 連載4 「出会い・・・香港」

2019年12月02日 11時19分03秒 | 競馬

出会い・・・・香港

 

 スネイクは、生暖かい香港特有の、澱んだカビ臭い風をゆっくり吸いながら、北京道を横切ってスターフェリーターミナルの方向に向かった。

今度の計画で、高垣三郎、鄭調教師と中環(セントラル)の中華料理店で、八時に待ち合わせていた。

ちょうど尖沙咀の交差点を渡ろうとした時、観光客らしい日本人女性の声に振り返った。

 「ワア!危ないじゃない! 急に押して… アアッ、 ストップ。何するんですか!」

ーーしかし、遅かったーー

香港人の押し屋と、もう一人の若いTシャツの男が、ショルダーバッグをひったくると、赤信号を突っ切って、オーシャンターミナルの方向に、飛ぶように走り去った。

「大丈夫ですか。背中をひどく突かれたようでしたが」

花柄ワンピースの女は、走り去った男を追うのをあきらめた。振り返り、男を見た。

細い不気味な眼だ。動転した眼は警戒している。

「ええ、でもバッグに貴重品がなかったから。少しお金は入っていたけど、パスポートと航空券はホテルに置いて来たし……カードは別に持っているから」

パニックにもならず、落ち着いて話す女性にスネイクは興味を感じた。

やや大柄で、すっきりした細顔の女からは、シャンプーの香りがした。

「日本からでしょう。いつお帰りですか」

「一ケ月のフリーチケットで来て、こちらに仕事がないか捜しているんだけど……来週には帰るつもり」

依然警戒しながら、冨士子はスネイクを改めて見た。

蛇のような眼だけでなく、何か得体の知れない雰囲気を感じた。

「パスポートとチケットが残って不幸中の幸でしたね。

今日は早めに帰った方がいいでしょう、お役に立てませんでしたが気をつけて」スネイクは交差点を渡りはじめた。

「あのう、よろしかったら……」

 ーーなぜ自分から声をかけたのかしらーー

偶然の出会いとはいえ、何かこの男に惹かれる所があった。

 

 彼女には単刀直入に切り出す方が良さそうだ。

計画全体を、明確に伝える。多分彼女は聞き入れる。

スネイクは冨士子に対する直感にかけた。

「面白い計画があってね。急にこんな話しで戸惑うかも知れないけど、ゾクゾクする金儲け計画なんだ。どう、興味ある?」冨士子はフッと目を上げた。

飲茶の店は、こういう話がやりやすい。友達連れや、会社仲間、子供を連れた家族が、ゴチャゴチャ話す喧騒は、警戒という雰囲気にはほど遠い。

蝦焼賣(エビシューマイ)を食べる手を止めて、冨士子はスネイクを見た。切れ長の目の奥に凄味が駆けた。この女とは共有出来る。スネイクは、直感が当たりそうだなと感じた。今は、一気に話すにかぎる。

「キイワードは馬。舞台は競馬。時間は三、四年がかり。日本と海外で同時進行させたい。時間と手間の掛かる冒険だ。見返りは全体で二十億円以上。仲間四人として、一人五億円強と言うところかな」冨士子はスネイクから目を反らさずに聞いている。

スネイクも冷静に話し、冨士子の様子を観察した。迷っている。

冨士子はゆっくり烏龍茶に手をのばしながらつぶやいた。曖昧なまなざしではない。

「でも、それって犯罪でしょ」

スネイクが冒険といった内容を見抜いている。当然だ。

「そういうこと。細心の注意と分担が重要で、徐々に進行させて、目標に到達したら、そこで完了。解散ということさ。計画の各々を分担する仲間は、時間と忍耐が必要で、冒険と言ったのは、そういう意味さ。鋭利であるよりも、時間の中で自分をおし通せるメンバーを必要としているんだ」

今度は冨士子が真剣に質問した。

「うまく行くと思う? 失敗の確率と、その時の保証は考えてあるの」なかなか慎重だ。

「君は、競馬のルールを知っているかい」

「知らないわ。ルールって?」

「順番。オーダー順ということさ」

「それがどうしたの?」

「強い馬が順番に勝利して、クラスを上げて王者が決まる。どこの国の競馬も、そうなっている」

「だから?」

「それを利用するのさ。下のクラスから勝った馬が一流なら、計画通りに使ってくる。時間とタイミングが読めるんだ。これが一番重要な事だ。順番に試して様子を見る。計画の未熟な点を修正していく。そして王者のクラスで最後の勝負だ」

「はじめのクラスで失敗したらどうするの?」

「致命的欠陥のある計画は解散。そのリスクはメンバー均等以上にリーダーが負う」

スネイクは、肝心な所だと感じながら、タバコを吸いたいが、数分我慢しようと思った。

「修正出来るミスなら、続行するってことさ」

「ストップ、ゴーは、誰が決めるの?」

「それはリーダーだ」

「あなたなの……」

「計画全体は俺が考えている」話しは峠を越えたと感じた。マールボーロライトを一本口にして、火を付けた。

 一応話した、後は富士子の決断だ。

二人用テーブルで深く煙を吐いた。

回りのさざめきが一挙に耳に入って来た。

冨士子はずっと遠くの、家族連れの騒がしさを見ていた。

迷い考えているな。

スネイクは黙って待つことにした。

数分がすぎただろうか。

「面白そうね。冒険して見ようかしら」

特徴のあるデザインの、チソットの時計に手をやる。大きく開いた胸元から魅惑的な白い谷が見えた。

上体を乗り出して、真剣な口調だ。

「それで、何からどうやるの?私はどんな役割を分担するのかしら」「君には日本で三、四年がかりの仕事をしてもらう」

スネイクは、計画の概要と、スケジュールを示した。

富士子には先ずは競馬を勉強してもらう。

全体の構想は見えているが、細部の詰めと、信頼出来る仲間は、これから補強することも、素直に話した。

「ずいぶん時間がかかるのね。成功の保証もないけど、自分を試すいい機会かも知れないわ。このまま年を取りたくないし……」中国復帰一年前の香港九龍の五月はまだ過ごしやすかった。

 

 

 

 


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