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ダイスキだから!

新たな一歩を踏み出すために。

本当に、本当に最後だと分かっていたら

2010-05-17 21:10:36 | 最期のときに
あのね、四六時中こんなことを考えてるわけではないんですけど。

ちゃんと仕事も行ってるし、ご飯もたべてるし。
かなり手抜きではあるけれど、それなりに規則正しい生活をしています。


ときどき、ふぅ~っと頭に浮かんでいろいろと思い巡らせてしまうのです。


あの日、最後のとき、夫は何を思っていたのでしょうか。
願っていたのでしょうか。

まだ意識がはっきりしていたとき、涙を堪える私をしっかりと見ていたあの目。
あれは、すべてを受け入れた眼差しのようにも思えるし、私に何かを訴えていたようにも。


あのとき、たぶん夫はもう死を恐れてはいなかった。
むしろ、生かされていることのほうが辛かったのかも。

もういいよ。十分だ。逝かせて欲しい。と願っていたと思う。

夫がもう苦しくなって話せなくて、最後の力を振り絞って書いた文字は「死なせて」だった。判読できたのはその4文字だけ。


私も、確実に夫の最後が近づいているような気がしてた。
認めたくなかったけど。

望みは捨ててはいけないと奇跡を願いつつも、その一方で夫を苦しみから解放してあげたいという気持ちがあったのも事実。


だから、もうこれ以上延命治療はしないと決めたのだけれど。。。


死を意識しながら過ごした2年の闘病生活。

「いろいろなことがあったけど、精一杯生きたよね。良く頑張ったよね。」
そんな風に言ってあげられてたら、もう少し安らかに逝けたのでしょうか。


でも、やっぱり私には言えなかったな。
そんなに潔くはなれなかった。


夫は、苦しみから解放されて楽になったのでしょうか。


おかげで残された私は、いろいろな想いを今も背負っていますが。
ま、これも仕方のないことなのかな。





あの日のこと(後悔と感謝)

2009-06-23 20:39:24 | 最期のときに
私はベッドサイドで半ば意識的に居眠りをした。
一番大切なときに・・・


ICUのときに事の重大さに気づかず、自分のことを優先して病室に泊まらなかったことを、あんなに後悔したのにもかかわらず。


あまりに苦しそうな夫を見ているのが辛くて、目を背けた。
なにがあっても、しっかり見とどけなくちゃと思っていたのに・・・

一番大切なときに現実から逃げ眠ったこと、目を背けたこと。
このことは一生消せないだろうと思う。


それから・・・

延命措置はしないと決めたとき、主治医に「できるだけ苦しくないようにして欲しい」と言ったものの、現実には夫は相当苦しんだ。
苦しませてしまった・・・

モルヒネでもなんでも使っていいから、もう少し楽にしてあげたほうが良いのだろうか・・・たとえそれが死を早めることになったとしても。

何度、そう思ったか知れない。
迷った・・・

けれど、もしかしたら・・・と奇跡を願う気持ちも捨てきれず、主治医に強く申し出ることが出来なかった。
結果、どっちつかずで、夫は呼吸不全で意識がなくなり最後のときを迎えることになった。





夫は、私と息子がしっかりと手をにぎり、主治医や看護師の見守る中、息を引き取った。

たとえば、ICUとかで家族は外に出され、医師による処置中に逝ってしまうなんてことにだけはならなくて、本当によかった。
それが、せめてもの救い。



「もういいよ。」
「十分がんばったもんね。」
「苦しかったよね。」
「ごめんね。」
「ありがとう。」
・・・・・・・・・・・・・・・

私は、思いつくありったけの言葉をかけた。


息子は

「なんでだよ。」
「早すぎるよ。」

確か、この二言だったと思う。



あの時、私も一緒に連れてって欲しいと思った。。。
でも、息子の顔をみると、その考えは吹っ飛んだけどね。


そして「あの子がいるから、今は行けないから・・・もう少し待っててね。」と言った私。


そんな私を見て、看護師のひとりが
「本当にパパさんのことがダイスキなんだね。」って言ってくれた。





そう、ダイスキ!だから・・・








あの日のこと(続き)

2009-06-22 21:38:17 | 最期のときに
息子が病室についたのは、3時ごろだったろうか・・・

息子に連絡をとって、病院に来るように伝えたとき「そんなに悪いの?今すぐ?」と聞かれ、「うん。すぐ来たほうが・・・」と言うには言ったものの、気持ちはとても複雑だった。
最悪のことを考えての決断ではあったのだけど、そんなことがあってはいけない、考えたくないという気持ちもあり、なんとも曖昧な言い方になってしまった。

夫に、「○○○(息子)を呼んだからね。」と伝えたものの、暗に「もうダメかも知れないの」と言ってるみたいで、そう言ってる自分がとても嫌だった。

しばらくして、神妙な顔をして現れた息子を見て、言葉は交わさなかったけど、夫はなんどか頷いた。
息子もなにも話さなかった。
たぶん、何を言っていいか、分からなかったのだろう。。。




息子と一緒に、もう一度主治医と話した。
真っ白になった肺のレントゲンを見せてもらいながら。

ICUに運ばれたときといい、今回といい、いくら成人しているとは言え、まだ50そこそこの父の危うい状況を受け止めなければならないっていうのは、どんな気持ちだっただろう・・・

ICUのときには私も息子も始めてのことで、頭が真っ白で、事の重大さを認識しているようでしていなかったと思う。


私自身、激しく動揺し悲しかったけど、今回のような痛みは感じなかった。



けれど・・・今回は違う。
動揺よりも、「覚悟しなければならないかも知れない」とハッキリと認識した分、辛く痛く重苦しかった。


以前に少しだけ、ホントに軽くだけど、延命治療について息子と話したことがあった。
当たり前だけど、難しすぎて、結論などでるはずもなく、大きな課題と、重苦しい空気がのこっただけ。



当然のことながら、このときも主治医から一通りの説明のあと、延命措置についての確認があった。

しばしの沈黙のあと、夫の意思も踏まえた上で「もういいよね。」という私に、息子も頷いた。


息子は、ICUでの人工呼吸器をつけ眠らされていた父の姿をみて知っているし、これまで、父がどんなに辛かったか、頑張ってきたかを知っている。


おそらく、息子は息子なりにいろいろ葛藤があった上での同意だったのだろう。



あのとき、私が思ったことは・・・


もしも最悪の結果になってしまった場合には、どちらにしても(延命措置をしてもしなくても)、私は後悔はするだろうなぁということ。

そして、その決断、十字架はすべて私が背負っていこうと覚悟したいうことだった。






『あの日のこと』(追記あり)

2009-06-07 09:40:11 | 最期のときに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あの日。
私の50歳の誕生日。
いつものように病院にいくと、病室に入る前に看護師さんに呼び止められ、あなたの状態が悪いことを聞きました。

いつもの発熱のときよりは悪いのかな?とは思ったけど・・・

そんなに重症だとは思わなかったんだよ。

だって、いつだってあなたはどんなに悪くなっても私のところに帰ってきてくれていたから。


でも・・・あの日は違ってた。
いつもとは違う酸素マスクつけてたし、あなたの目にはまったくチカラがなかった。


私はなるべく平静を装い、
「また、お熱出ちゃったんだね。苦しい?」
と話しかけると、あなたはただチカラなく頷くだけだったね。


そのあと、主治医に呼ばれて延命処置(人工呼吸器をつけるかどうか?心臓マッサージをするかどうかなど)について聞かれたんだよ。

一ヶ月ほど前、同じこと(延命処置について)聞かれたときには、迷わず・・・いや、全身状態が悪いので、呼吸器をつけてもそれは本人にとっては苦しいだけかも知れないと言われ、少し迷ったか・・・それでも、お願いしますと言ったけど。

今回ばかりは・・・「かなり状態は悪いです。今日明日が山です。」という主治医に対して、「もう・・・延命処置はいいと思います・・・が、息子にも今連絡したので間もなく来ると思うので、その後でもう一度、息子と一緒に話しがしたい・・・」と答えたの。


そのあと、病室に戻ったけど・・・

涙が溢れそうで、なかなか、あなたの顔をまともに見ることが出来なかった。
そんな私を、あなたはハッキリと目を開いて何か言いたげに見つめてたよね。
あのときの顔、目、今もハッキリと覚えています。
たぶん、一生忘れない!

そして、主治医からの話を・・・言葉を選びながらあなたに話したの。
あの時、私は少し嘘をつきました。
でも、あなたは自分の体のこと・・・かなり悪いって事、悟っていたのかも知れませんね。



以前に、もっともっと元気だったとき、延命処置について話し合ったことがあったよね。その時あなたは、無意味な(助からないと分かっていて)延命処置はいらないって言ってたけど・・・
でもね、奇跡ってあるんだよね。
移植後、ICUで危なかったときだって、主治医は助かる可能性は10%ほどだと言ったんだよ。でも、あなたは戻ってきた。
主治医に「ミラクル」と言わせたんだよ。


だから・・・だから・・・
やっぱりあなたにもう一度聞いて置きたかった。
いえ、あまりに辛くて、決断から逃げたのかも知れません。

そして、もしも・・・もしも何かあったときには、呼吸器をつけるかどうかを、あなたに聞いたよね。

「このまま、薬が効かず良くならないようなら、治療を続けるには、挿管して呼吸器をつけなければならないかも知れないって・・・
 あなたはどうしたい?」

あなたは、はっきりと首を横に降った。
そして、「もういい。」と言ったよね。
でも、本当にそれで良かったの?

そして、やっぱり私の顔をじっと見たね。涙でぐちゃぐちゃの私の顔を。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あの時、確実に終わりの時が近づいているような気がしたの。

これまで、限界を超えて頑張ってきたあなたに、「もう少し頑張って・・・」とは言えなかった。
でも、何か言わなくちゃと思って・・・

「お薬が効いて酸素マスクが取れたら、お家に帰ろう。」
って言ったら、あなたは頷いてくれたよね。

私は、ひとかけらでも希望を持ちたかったのだけど、あなたはどんな気持ちだったの?
私のために無理してた?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その後、回復の兆しはカケラもなく、苦しく長い夜が始まることになった。