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2016年米国大統領選挙におけるヒスパニック/ラティーノ票の普遍的特徴とその変容(その2)

2017-05-07 15:13:27 | ヒスパニック/ ラティーノ関連

 

Ⅴ フロリダ州

しかし、フロリダ州の事例はヒスパニック系が同じ出自であるヒスパニック系候補者を支持するという特質を踏襲する反面、それ以外の要因、一つは経済や雇用の重視する共和党支持者がトランプ支持にまわったこと、もう一つは、フロリダ州における民主党支持者の拡大があろう。無論、それはヒスパニック系にも広がってきているといえる。

フロリダ州の共和党予備選では、トランプ45.72%、ルビオ26.99%、クルーズ17.09%、ジョン・ケーシック6.77%であった[1]。この結果からわかるように、マルコ・ルビオは敗退しトランプが圧勝した。フロリダ州出身の上院議員マルコ・ルビオはキューバ系であったが、フロリダ州のマイアミ南部の一つの郡(マイアミ・デイド郡)でのみトランプに勝利した。しかし、このこと自体は、テッド・クルーズと同様に、ルビオがキューバ系で同州のなかでもマイアミ南部にキューバ系が集中して居住している同郡で彼が勝利したことは彼のエスニシティが大きな要因の一つになっていることは理解できよう。近年、このマイアミ南部はプエルトリコからの移住者が集まってくる。これまでは同地域にはキューバ系移住者が多く、いずれにしてもラテン系の割合が高い地域である。プエルトリコはマルコ・ルビオが勝利した(ほかにミネソタとコロンビアDCで勝利)。ちなみに、このキューバ系が多いマイアミ・デイド郡にクルーズも選挙前の3月10日に最後の演説をしていた。つまり、ルビオもクルーズも最後の最後で出自であるヒスパニック系をターゲットに選挙キャンペーンを展開していたことがわかるであろう[2]。ルビオはスペイン語でもメッセージを述べていたこともこのことを証明している。2015年のデータではあるが、Univisionのアンケート結果によると、「候補者が流暢なスペイン語を話すかどうかはあなたの投票に影響するか」という質問をしたところ、影響しないと答えたのは54%であったが、反面、スペイン語を話すものに投票したいと答えたものは39%も占めた[3]。以上のことからも、ヒスパニック系が同じ出自や文化的絆、および地元出身者等に対する愛着の度合いが比較的高いことがわかる。

 しかし、逆にフロリダ州ではトランプが圧勝したという事実は、ヒスパニック系の出自や文化の絆よりも実質的な権益を重視する側面がこの場合優先されたということになろう。つまり、トランプの支援者の多くは白人の中間・下層が中心で、最大の関心は経済・雇用の改善にあると考えられるが、加えてティーパーティ派との決別も意味している。ヒスパニック系がこれに便乗する動きを全く否定はできない。なぜなら、キューバ系の古い世代はティーパーティ派や伝統的な共和党の保守派への支持が主流であったが、2世、3世となるにしたがってキューバ系のなかから民主党支持派が増えている。またプエルトリコ系は概して民主党寄りである。このことは、トランプが重視している経済や雇用政策に関心をもっているのも事実である。さらに、フロリダ州の場合は、ラティーノのなかでもキューバ系とプエルトリコ系が主流であり、メキシコ系とはその一般的な背景が異なる。つまり、キューバ系は難民認定や永住権、市民権を比較的取得しやすい。極端な言い方をすれば、キューバ人は亡命目的で米国に到着した時点から難民認定されるのである。ひいては、今後のキューバとの政治的、経済的関係やその政策に関心をもっている[4]

またプエルトリコ系はすでに米国市民権をもっていることから、移民問題よりは雇用経済問題により関心をもっていた。8月に行ったラティーノ・ボイスの行った調査によると、フロリダ州の場合、投票者本人の最大の関心はどこにあるか、という問いに対し、第1位は経済雇用38 %、第2位は移民問題34%、で、一般的に重要な政治的課題としてヒスパニック系が考えているのは、第1位は雇用経済45%、第2位は移民問題31%となっている[5]。さらに別の調査で、Univisionが9月に実施したアンケートによると、経済・雇用25%、移民問題12%、教育11%となっており、やはり経済・雇用問題が移民問題より関心が高い[6]。さらにUnivisionが10月7日に発表した調査でも、経済・雇用が32%、移民問題13%、教育7%となっている[7]。つまり、このことは、ヒスパニック系ならば、不法移民を含む移民問題を考慮し、反トランプの立場にあると断定することはできないことがわかる。

フロリダ州における8月のワシントンポスト紙の調査で、クリントン46%、トランプ44%で接戦にあること。これをヒスパニック系に限ると、フロリダ州の場合、共和党43%、民主党47%で、4ポイントの差である[8]。他方、Univisionの先の9月の調査では、フロリダ州に限ると、クリントン52%、トランプ27%、ジョンソン5%、ステイン1%であるが、気になることはこの段階に来て「まだわからない」としているのが15%もあり、これが選挙にどう反映されるのかということである。加えて、同調査で、「クリントンはうそつき(liar)だと思いますか」という質問に46%がそうだと答えていることも気になる。いずれにせよ、フロリダ州においても、ヒスパニック系はクリントン支持が多数派である。しかし、米大統領選挙においては選挙人である上院議員を選出するわけで、民主党のパトリック・マーフィが39%、共和党のマルコ・ルビオが46%で、保守派のキューバ系が多いフロリダ州では、トランプの人気低下はマルコ・ルビオには悪影響を与えていない[9]。このことからわかることは、共和党支持のヒスパニック系は、トランプの経済、雇用に期待し、かつヒスパニック系候補に対する愛着の両方が反映されていることである。

 このことをふまえて、2012年のフロリダ州における選挙戦はまさに接戦状態にあり、スイング・ステイト(揺れ動く州)としての可能性を有する代表的な州となっている。CNN調査(2016年9月1日~9月4日)によると、全国ではクリントン43%、トランプ45%になっているが、これを事前登録者に限ると、クリントン44%、トランプ41%になっている。他方、同じCNN調査でフロリダ州に限ると(2016年9月7日~12日)、クリントン46%、トランプ50%になっている[10]。いずれにせよ、このようなアンケート調査は2、3ポントの誤差は寛容の範囲であり、つまり接戦州である証拠といえる。

 オバマの民主党がフロリダ州では2012年と2008年に勝利しているが、2004年と2000年にはジョージ・ブッシュの共和党が勝利しているのである。また、2012年、共和党のミット・ロムニーは民主党オバマに0.9%の小差で敗北したという歴史的事件があった[11]。この意味において、マイノリティ票の最大を占めるヒスパニック系の動向に左右される可能性が高いといえよう。

では、フロリダ州のヒスパニック系の動きはどうか。ニュー・ラティノ・ボイスのオンライン調査が2016年7月下旬に実施されたが、トランプ支持は12.9%にまで下がっている[12]。ちなみに9月上旬時点の同調査によると、11.2%に下がっている[13]。キューバ系は従来共和党寄りであった。しかし時代や世代の変化で反カストロ世代よりも新しい世代が活躍するようになっていった。その好例が全米キューバ系アメリカ人財団(CANF)の強硬路線の修正にもみられる。キューバ系の新しい世代はむしろ民主党寄りのキューバとの通商の自由化を求める。

ここに興味深いデータがある。10月に実施したUnivisionの調査によると、フロリダのキューバ系に限定した調査で、クリントンとトランプの支持率はともに41%になっている[14]。誤差は7.5ポイントとしているが、このデータに信憑性があることを前提に言えば、キューバ系のヒスパニックの共和党支持派と民主党支持派が互角になってきていることを意味している。そのうえで、このたびの大統領選は従来の状況と少し違うことも考慮しなければならない。このことによって、従来の共和党と民主党の壁は見方によってはそれほど大きなものではなく、スイングが必然的に起こりやすい状況にある。より具体的にいえば、トランプは9月のフロリダでの演説で、共和党のティーパーティ的な厳格なキューバの民主化に転換していくことを明らかにしている。つまり、キューバとの国交正常化をはじめるが、キューバの民主化が推進されることが完全な通商の自由化の大前提であるという強硬路線を改めて提唱し、オバマの寛容政策を真っ向から批判したのである。この影響が少なくないかと思われるが、キューバ系の共和党支持率は上がっている。これに対して、民主党側は、1998年にトランプの経営する会社がキューバへの経済封鎖に違反していたということを主張し、これに対抗する。ヒスパニック系票を得ることができなければ、トランプが敗北する可能性は高いといえる。

ところが、フロリダ州のプエルトリコ系には従来民主党支持者が多いことから、フロリダ州のヒスパニック系全体では民主党寄りであることがわかる。また同時に、共和党支持するヒスパニック系はフロリダ州でまだ勢力として大きいという見方もできる。加えて、ヒスパニック系がリバタリアンに13%も流れており、この数値は決して少なくない。ここからの共和党ないし民主党への鞍替えは全く否定できないであろう[15]

ピュー・リサーチ・センターによると、オバマは2008年選挙でフロリダのヒスパニック票の58%を得票した。当時の共和党候補者ジョン・マケインの場合、全国のヒスパニック票の31%を得票したが、フロリダ州ではヒスパニック系の42%を得票したのであった。またミット・ロムニーの場合も、全国的にはヒスパニック票の27%を得票したが、フロリダ州ではヒスパニック票の39%を得票した。この意味で、フロリダ州のヒスパニック系では共和党支持率が全国平均に比べて高いことがわかる。換言すれば、フロリダ州のヒスパニック票の開拓の余地がまだ残っており、かつその結果次第でスイングしやすい激戦州であることが予想される。

 

結びに変えて

 以上のことから、2016年米国大統領選挙が、両党の候補者の「特異性」により、きわめて選挙自体につねに問題が生じている。それはすでに述べたように、トランプに限ったことではなく、クリントンにも同様のこととなっている。そのなかで、投票する市民の立場からすれば、どちらの候補者に投票すべきか実に悩ましい事態が起こっている。それは未だ相当数の市民が両候補に対する不信感をもっていることからもわかる[16]。従って、投票に行かない割合が例年並みか例年以上かによっても接戦州ではスイングの起こりうる要因となっている。このような今回の米国大統領選に格別にみられるこのような事態をふまえて、ヒスパニック票が従来通り、民主党を支持し、テキサスやフロリダのような共和党支持のヒスパニック系が多く居住する州では、ヒスパニック系の一部が共和党に投票するという動きが予想される。変容する要因としては、ヒスパニック系は移民問題を最優先していないことはデータ上証明されており、経済・雇用問題を最優先立場では、少なからず白人の中・低所得者を中心に人気を集めているトランプ支持に、ヒスパニック系の一部はまわることが考えられる。この時期にきてクリントン陣営に極めて不利になることが予想されるメール不正問題の再調査などにより、票の動向は寸前まで不透明と言わざるをえないだろう。そして、その投票結果を支えている市民パワーのなかに確実にヒスパニック系が入っているのである。

                             

 

 

 

 

 

【補論】

選挙後の調査をふまえて

 

 今回の選挙では、事前登録者の60.2%が実際に投票した(U.S. Election Projectによる)[17]。ヒスパニック系については、現時点でデータが公表されておらず、2016年事前登録者の2332万9千人のうち、実投票者の実数は不明である。2012年の実投票者は事前登録者の48%であったが、それを上回っていたのかが注目される[18]。ただし、そのことを予想し得る間接的な情報はすでに入手できている。その一つに、フロリダ、ネバダ等のスイングする可能性が高いことが予測されていた州やヒスパニック系が多い州では、例年よりも多くのヒスパニック系が11月8日の投票日に選挙会場にいち早く足を運んでいることがわかっている。フロリダ州では初期実投票者のヒスパニック系はその時までに投票した者の15%を占めており、2012年選挙の最終的なヒスパニック系実投票者が実投票者全体の12%であったので、すでにそれを上回っている[19]。また同じ事態を別調査では、2008年のフロリダでのヒスパニック系初期投票者は26万263人で投票者全体の9.6%を占めていたが、2016年選挙では、59万6146人で全体の14.1%を占めるに至っている。これは2008年との対比では129%増となっている[20]

 選挙が終わって数ヶ月が経っているが、調査は選挙前ほど実施されていない。これから次第に結果が集計されてくるものと期待している。しかし、この限りある調査結果をもとに、ヒスパニック系の選挙における動向や成果について、とりわけスイングステイトと言われたフロリダ州と、根本的に共和党の勢力圏で、かつヒスパニック系人口も多いテキサスの2州におけるヒスパニック票の動向について、若干の考察をして本稿を締めくくりたい。

 

1.      フロリダ州

 フロリダ州はまさにスイングステイトとして注目されていたが、実際、共和党が8年ぶりに勝利した。CNN調査では、トランプが49.0%、クリントンが47.8%となっており、予想通りの接戦であったことがわかる。これを人種別にみると、白人系の場合、トランプが64%、クリントンが32%で、トランプが32ポインも引き離している。しかし、ヒスパニック系の場合、従来、概して民主党支持率が高いと言われているが、実際に、クリントン62%、トランプ35%で、クリントンが27ポイント上である。ヒスパニック系以上に今回の選挙で、ある意味衝撃的だったのは、黒人系票の動向であろう。黒人系の場合、クリントンが84%、トランプが8%で、これは全国的にもこのような選挙結果が見られている。人種差別的な発言などが黒人系の民主党およびクリントンへの支持力を高めたのであろうか。

 ここで問題になっているのは、ヒスパニック系は黒人系に比べ、意外にもトランプや共和党を支持していたことがわかってきているが、果たして、ヒスパニック系のトランプ/共和党支持は本当に30%前後だったか否かという論争である。フロリダのヒスパニックの間でトランプ支持者が多い理由は、伝統的な共和党支持者であるキューバ系が居住しているからである。エディソン・リサーチによる全国出口調査では、全国のヒスパニック系のうち、29ないし28%がヒスパニック系でトランプに投票した者となっている[21]。ところが、ラティーノ・ディシジョンズ選挙前日調査では、ヒスパニック系でトランプに投票しようとする者は全国平均18%で、双方の開きが10ポイントもあることを疑問視する声も多い[22]。しかし、同調査においても、フロリダ州の場合は、それぞれの得票が、クリントンが67%、トランプが31%と算出されているのである。ここで従来から継続する傾向としては、ヒスパニック系には概して民主党支持者が多いが、キューバ系のヒスパニックを中心に、フロリダ州では、共和党支持が根強いということである。このことは今回の選挙結果からも肯定できるであろう。実際、同調査のフロリダ州のキューバ系のみに対する結果では、クリントンが47%、トランプが52%で、トランプ支持者がヒスパニック平均よりも21ポイントも高い。合わせて、フロリダ州在住で、キューバ系に匹敵する人口を擁するプエルトリコ系には、従来、民主党支持者が多いとされているが、同調査でも、クリントンが72%、トランプが26%となっている。同調査を総合的に検討すると、次のことがわかる。

 

①    キューバ系において、共和党支持は高いが、同時に、キューバ系の民主党支持者が少なくないことがわかる。下でも触れるが、世代の違いや育った環境の違いが原因していることが予想されうる。

②    キューバ系住民が9割を占めるマイアミ・デイド郡をはじめ、タンパやオーランドなどの大都市部では民主党が勝利している。共和党は、それ以外の地方都市では白人人口が多いので、共和党が勝利している[23]

 

 そこで、年齢別のデータを対比させておこう。ヒスパニック系18~39歳においては、クリントンが76%、トランプが21%、ヒスパニック系40歳以上においては、クリントンが61%、トランプが37%となっており、若年層のトランプ離れは全国的な傾向ではあるが、これはヒスパニック系についても当てはまることである[24]

フロリダ州はこのたびの選挙で8年ぶりに共和党が勝利し、まさにスイングを果たした。では、ヒスパニック票はこの選挙にどのような影響を与えたのであろうか。プリンストン大学のバレンスエラ助教らの研究によると、共和党を勝利に導いたトランプは、結果的にロムニーよりも得票できず、またクリントンはオバマ以上の得票を得たという[25]。換言すれば、民主党の白人離れが目立った反面、ヒスパニック系や黒人系が民主党を支持することにより、結果的に惜敗したものの、クリントンはオバマを上回る得票を得て、小差までもっていったという見方ができるのである。この意味では、2016年の大統領選挙は国政を左右する極めて関心の高い選挙だったと言えるだろう。

 

2. テキサス州

 テキサス州は連続で共和党が勝利した(トランプ 52.5%、クリントン 43.5%)。しかし、2016年の大統領選挙の投票結果をみると、ヒスパニック系の80%がクリントン支持であった。しかも、ヒスパニック系人口が比較的多いテキサス南部(カメロン、サパタ郡及びエル・パソなど)及び主要都市圏(ヒューストン、オースティン、サンアントニオ、ダラス)において民主党が勝利した。この点ではフロリダと同じ現象が起こっている。

 まずCNN調査によると、白人の場合、クリントンが26%、トランプが69%、ヒスパニック系の場合、クリントンが61%、トランプが34%である。ちなみに、黒人系は、クリントンが84%、トランプが11%になっている。しかし、若年層は人種を問わず、クリントンの支持率の方が高い[26]

 他方、ラティーノ・ディシジョンズ選挙前日調査では、先に述べたように、ヒスパニック系の場合、クリントンが80%、トランプが16%である。多くがメキシコ系であるので、これに限れば、クリントンは80%、トランプが16%、非メキシコ系については、クリントンが71%、トランプが27%で、若干差が見られる。またメキシコ系の関心は、やはり移民問題(40%)で、次に経済・雇用問題(30%)となっている。しかし、非メキシコ系については、これが逆になり、第1に経済・雇用問題(29%)、次に移民問題(25%)となっている。さらに、18~39歳のヒスパニック系においては、クリントンは79%、トランプは13%、40歳以上においては、クリントンが80%、トランプが18%である[27]。若年層の投票を棄権した者が中高年層に比べて若干多いが、これは従来からヒスパニック系の政治参加の一つの問題である。換言すれば、政治に無関心な若年層が少なからず存在していることになる。この理由が、このたびの両候補に限る問題であるかどうかについては別の検討を待たなければならない。

 

 

 



[1] http://edition.cnn.com/election/primaries/polls/fl/Rep(2016年10月30日最終アクセス)

[2] http://www.sun-sentinel.com/news/politics/fl-marco-rubio-ted-cruz-20160309-story.html(2016年10月30日最終アクセス)

[3] http://huelladigital.univisionnoticias.com/the-latin-vote/(2016年10月30日最終アクセス)

[4] Juan Gonzalez, Harvest of Empire: History of Latinos in America, 2nd edition (New York: Penguin Books, 2011), pp.180-181.

[5] http://www.latinodecisions.com/files/5914/7318/6856/AV_Wave_2_Wave_2_Natl_7_State

_Svy_Release.pdf(2016年10月30日最終アクセス)

[6] http://www.univision.com/univision-news/politics/poll-september (2016年10月30日最終アクセス)

[7] http://www.univision.com/univision-news/politics/poll-october?afs(2016年10月30日最終アクセス)

[8] https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/2016-election/50-state-poll/(2016年10月30日最終アクセス)

[9] http://www.univision.com/univision-news/politics/poll-september(2016年10月30日最終アクセス)

[11] http://www.univision.com/univision-news/politics/exclusive-new-poll-shows-trump-has-a

-big-hispanic-problem-in-florida(2016年10月30日最終アクセス)

[13] http://latinousa.org/2016/09/07/trump11poll/(2016年10月30日最終アクセス)

[14] http://www.univision.com/univision-news/politics/poll-october?afs(2016年10月30日最終アクセス)

[15] http://www.univision.com/univision-news/politics/poll-october?afs(2016年10月30日最終アクセス)

[16] http://www.foxnews.com/politics/interactive/2016/09/30/full-fox-news-poll-results-30/(2016年10月30日最終アクセス)

[17] http://www.electproject.org/2016g(2017年2月24日最終アクセス)

[19] https://www.nytimes.com/2016/11/08/upshot/this-time-there-really-is-a-hispanic-voter

-surge.html?smid=tw-share&_r=0(2017年2月24日最終アクセス)

[21] http://edition.cnn.com/election/results/exit-polls/national/president; http://www.pewresearch.org/fact-tank/2016/11/29/hillary-clinton-wins-latino-vote-but-falls-below-2012-support-for-obama/(2017年2月24日最終アクセス)

[22] http://thehill.com/blogs/pundits-blog/presidential-campaign/310760-study-finds-trump

-faired-worse-than-romney-with; http://www.latinovote2016.com/app/#all-national-all(2017年2月24日最終アクセス)

[23] http://edition.cnn.com/election/results/states/florida(2017年2月24日最終アクセス)

[24] Ibid. (2017年2月24日最終アクセス)

[25] http://thehill.com/blogs/pundits-blog/presidential-campaign/310760-study-finds-trump

-faired-worse-than-romney-with(2017年2月24日最終アクセス)

[26] http://edition.cnn.com/election/results/states/texas(2017年2月24日最終アクセス)

[27] http://www.latinovote2016.com/app/#all-tx-all(2017年2月24日最終アクセス)

 

                                                  (『日本学研究』第2号(1)京都外国語大学編、2017年3月、63-78頁 所収)


2016年米国大統領選挙におけるヒスパニック/ラティーノ票の普遍的特徴とその変容(その1)

2017-05-07 14:57:15 | ヒスパニック/ ラティーノ関連

 

2016年米国大統領選挙におけるヒスパニック/ラティーノ票の普遍的特徴とその変容(その1)

―各種アンケート調査結果をもとにー

 General Characteristics of the Hispanic/Latino's votes in the U.S. Presidential Election of 2016 and their transitions: Focusing on the several election polls

 牛島 万

 

【キーワード】2016年米国大統領選挙、ヒスパニック、ラティーノ、テキサス、フロリダ

Las elecciones presidenciales de Estados Unidos que se realizó el 8 de noviembre del año 2016 atrajeron la atención del mundo entero. El tema de los inmigrantes legales e ilegales en dicho país es sin falta uno de los puntos más discutidos. Los votantes latinos han sido considerados un sector muy importante y decisivo sobre todo en caso de las campañas muy reñidas. Este trabajo tiene por objeto considerar las tendencias de los ciudadanos latinos a través de varios sondeos durante la campaña electoral corrriente, concretamente nos referimos a dos estados, Texas y Florida, en los cuales residen la mayoría de los latinos. 

 

はじめに

 2016年11月8日に米国大統領選挙をひかえ、米国はさまざまな選挙キャンペーンが繰り広げられた。10月下旬において、民主党候補のヒラリー・クリントンが、共和党候補のドナルド・トランプより優勢であるという一定の予想がなされていた。しかしながら、トランプ候補の女性蔑視発言など、その資質に問題があるということで、マスメディアはこぞってこれをとりあげ問題視し、彼の支持率は低迷を続けているかと思えば、ここにきて逆に、クリントン側にとっては打撃的ないわゆるメール問題に対する調査が再び浮上し、このたびの大統領選は、それぞれにおいて「問題ある」両候補による茶番劇的な様相さえ指摘されている。そして、われわれはすでに承知のように、選挙前の大半の予想を覆すかのごとく、トランプ新大統領が勝利したのである。

 さて、近年の米国大統領選挙で注目されているのがマイノリティ票と呼ばれるものである。その最たるものはヒスパニック/ラティーノ票(以下、ヒスパニック票)である。本稿では、まず選挙前に実施されてきたいくつかの世論調査やアンケート調査等をもとに、ヒスパニック票の意義とその選挙における効力について分析及び考察し、今回の選挙動向を各種調査結果をもとに予測する。その際に、従来言われてきたヒスパニック票の普遍的特徴を確認すると同時に、新たな動きについて言及したいと思う。そして、最後に、補論として、選挙後の限られたデータをもとに、選挙前の予想と対比しつつ、若干の分析を加えることにする。

 

Ⅰ ヒスパニック/ラティーノとは誰か

2000年の国勢調査をさかいに、従来の最大のマイノリティは黒人からヒスパニック系にかわった。現在、2010年の国勢調査によると、ヒスパニック系は5500万人に達しており、人口比では全体の16%を占める[1]。従って、1100万から1200万ほどいるといわれている不法入国者は含まれない。そして不法入国者もヒスパニック系が最も多い。

 ヒスパニックとは、スペイン語を公用語とするスペインを含むラテンアメリカおよびカリブ諸国の出自者およびその子孫をさしている。従って、概して、ブラジルはポルトガル語圏であるのでこれに含まないとされる。ヒスパニックと合わせてよく用いられるのがラティーノである。ラティーノはラテン系と関係のある言葉であるが、このコンテクストでは、ラテンアメリカ出自の米国居住者をさす。そして、ブラジルやカリブ諸国のフランス語圏をも含む概念として捉えられるが、ヒスパニックとラティーノは重なる要素が多い[2]。ヨーロッパの不況が主な要因となって、近年スペイン出自のヒスパニックが急増しているが、全体的にはラテンアメリカ出自の、しかも人口的に多いのは、メキシコ、キューバ、ドミニカ共和国、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスを中心とする中米を筆頭とする出自のラテンアメリカ出身者であり、その意味でヒスパニックとラティーノをさす対象に大きな違いはないとみてよいであろう。

 あとは自らのアイデンティティに従って、さらに別の呼称が選択されることがある。国勢調査ではこの点を踏まえて、Hispanic, hispanos/ latinos /Spanishという複数の用語を併用している。白人、黒人等との比較でいえば、ヒスパニックやラティーノが文化的絆であって、人種ではないとする。従って、WhiteのヒスパニックかNo-Whiteのヒスパニックかという区分が統計上なされる。そこで次のデータをみていただきたい[3]

 

 

 

 以下、ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center's Hispanic Trends Project)のデータによる[4]。2012年の大統領選のときに投票権を有するヒスパニック系は2332万9千人で、黒人の2575万3千人より242万4千人ほど少なかった。ところが、2016年の投票権を有する者はヒスパニック系が2730万2千人で、この4年間で17%の増加である。これに対して、黒人はわずか10万ほど多い2740万2千人であり、4年前の6%増に過ぎない。白人は1億5608万4千人で全体の69.1%(2016年)を占めているが、4年前との比では2%増にすぎない。

こうして見ると、ヒスパニック系の投票者は全体の12%で、黒人もほぼ同じである。ただし、黒人の場合、この数年間は12%を維持し続けており、その意味で、すでに黒人人口を上回っているヒスパニック系が投票権者数においても上回るのは時間の問題であろう。しかも、ヒスパニック系の事前登録者の増加率は最大である。この背景には、次の要因が考えらえる。

 一つは、従来、たとえその要件を満たしていたとしても、市民権取得の申請や帰化に消極的である者がヒスパニック系に多いとされてきたが、この4年間で116万7千人が新たに市民権を得た。この数値は、白人は64万4千人、黒人は41万3千人、アジア系は93万人と比べても多い。もう一つの理由として、18歳人口が増え投票権を新たに有する市民が急増していることである。加えて、この4年間で18歳になったヒスパニック系は、321万4千人で、2016年に若年層(18-35歳)は1190万人になっている。この若年層はヒスパニック有権者全体の44%に当たり、白人の場合はこれが27%である。つまり、ヒスパニック系の過半数近くは若年層が占めており、まさに21世紀の政治動向を掌握している新世代であるといえる[5]

一般に、若年層には、政治離れや、選挙人名簿登録率や実際の投票率の低迷というマイナス傾向が見られる。とりわけヒスパニック系はその傾向が最も高い。2012年の選挙において、ヒスパニック系の選挙人名簿登録者のうち実際に投票した者は48%で、白人64.1%、黒人66.6%に比べて低いことがわかる[6]。これがヒスパニック系若年層になると、37.8%まで下がる。しかし、高学歴化と選挙への関心は概して比例していると考えられる。2014年のデータであるが、選挙人名簿登録率は高卒57.6%、大卒74.1%、また投票率は、高卒33.9%、大卒53.2%である[7]。しかし、アジア系や白人に比べると、高卒以上、大卒以上ともにヒスパニック系が最も低学歴傾向にある[8]。その一方で、学歴以外の別の要因による影響も軽視できない。

 

 

 

2000年

2015年

 

高卒以上

大卒以上

高卒以上

大卒以上

大卒以上の増加率 (2000-2015)

白人

83.6

26.1

88.8

32.8

1.26

黒人

72.3

14.3

87.0

22.5

1.57

アジア

80.4

44.1

89.1

53.9

1.22

ヒスパニック

52.4

10.4

66.7

15.5

1.49

               国勢調査局データによる. 単位は%.

 

Ⅱ  世論調査やアンケート調査による大統領候補に対する支持率の動向

 大統領選挙前にピュー・リサーチ・センターや各メディアがこぞって出口調査や各種の調査に乗り出している。この結果がいつも以上に本年は多様な結果を生み、これがまたその後の票の動向に少なからず影響を与えているといえよう。データの恣意性が懸念されるほどに、トランプとクリントンの優位性は対等のものから双方のいずれかが相当有利であるという、10ポイント以上の優位性を与えるデータに至るまでさまざまである[9]

 基本的に同じリサーチにおいても支持率には変動があって当然である。CNN調査の2016年7月18日に、共和党トランプ42%、民主党クリントン49%であったが、共和党大会以後の7月25日には、トランプ48%、クリントン45%となり逆転した[10]。さらに同調査の8月2日では、トランプ43%、クリントン52%と再びクリントンは大きくリードしたのである[11]。しかし、9月6日の同調査では、それまで通り事前登録者に限る調査結果では、トランプ41%、クリントン44%とクリントンが3ポイントほどのリードにすぎない。つまり、このことは接戦状態にあることを意味している。同時に、9月の調査では、事前登録をまだしていないが投票可能なものも含めた調査がなされ、この結果、トランプが45%、クリントンが43%でトランプが2ポイントほどリードする結果となっている[12]

 ところで、9月26日の第1回テレビ討論会の生中継の放映後、CNNはテレビアンケートを実施した。とりわけ日本の報道ではトランプ27%、クリントン62%の数字だけをもってクリントン優勢ということが大々的にアピールされていた[13]。同じ頃のFOXによる同様の調査でも、クリントン61%、トランプが21%、引き分けが12%であった[14]。しかしFOXが第1回テレビ討論会直後に行った別の調査では、双方の支持率はクリントン43%、トランプ40%で(討論会前では41%と40%[15])、その差2ポイントにすぎなかった[16]。加えて、CNNが10月3日に行った調査では、クリントン51%、トランプ45%、しかしリバタリアンや緑の党まで入れると、クリントン41%、トランプ42%、ジョンソン7%、スタイン2%となっている[17]。これは何を意味しているか。クリントンとトランプの大きな格差を生んでいるCNNやFOXの先の調査は、テレビおよびその関連のネット視聴者対象であり、前者の調査の場合、事前登録者として含まれているのは521人にすぎない。また質問の内容は、「テレビ討論を見て誰が次期大統領になると思うか」というものであり、それまでの調査とは質問内容の点で性格を異にする調査であったことが考慮されなければならない。従って、例えば、自分の支持政党ではなくても、テレビ討論会を通じて客観的にみて相手の候補者が有利だとすれば、正直に討論会での負けを認める被験者もいたことが想定される。加えて、両者が互角であるとした者はこの数値には出てこない。以上のことをふまえてのクリントン候補完全勝利のデータが出てきていることはデータを理解するうえで包含されなければならない。10月9日第2回テレビ討論会終了後の翌12日では、クリントン44%、トランプ37%(ロイター)[18]となっており、トランプの女性差別発言等が物議を醸しだしているが、またトランプ勢力は完全に低迷しているわけではないことがわかる[19]。ちなみに、NBCの同日の調査結果では、クリントン52%、トランプ38%、他方、リバタリアンや緑の党まで入れると、クリントン 46%、トランプ35%、ジョンソン9%、スタイン2%となった[20]

第3回討論会以後に実施された最新調査では、CNN調査(10月24日)で、クリントン49%、トランプ44%、ジョンソン3%、スタイン2%で、なおも3.5ポイントは誤差の範囲であるとしている[21]。NBC調査(10月25日)で、クリントン46%、トランプ41%、ジョンソン7%、スタイン2%、FOX調査(10月26日)で、クリントン44%、トランプ41%、ジョンソン7%、スタイン3%、ピュー・リサーチ・センター(10月27日)調査で、クリントン46%、トランプ40%、ジョンソン6%、スタイン3%となっている[22]。以上の結果から、クリントンの優勢が理解できるが、レアル・クリア・ポリティクスの調査では、クリントン252、トランプ126で、クリントンも当選確実とされる270議席にはもう一歩である。そして、スイングする可能性を有する州(160議席)に、フロリダ、オハイオ、ネバダ、アリゾナの常時着目されている各州に加えて、ペンシルバニア、ノースカロライナ、アイオワ、ジョージア、メインCD2と、意外にもここにきてテキサスを入れているのである[23]。逆に、10月27日のCNN調査に基づくと、テキサスは共和党の勝利の可能性が高く、アイオワ、ジョージアでも若干共和党寄りで、RCPではなかったユタ州がスイング・ステイトに加えられているが、その議席数は87と見込まれている。ゆえに、CNNのデータでは、クリントンはすでに現段階で272議席に達していると予想されている[24]

 

Ⅲ ヒスパニック票の意義

 以上のことをふまえて、クリントンとトランプが接戦状態にあるため、ヒスパニック系をターゲットに事前投票をすすめるキャンペーン、及び事前登録者の投票のそれが支援者や支援団体によって積極的に進められてきている。ヒスパニック票自体は全体の12%を占めるものであり、必ずしも効力をそれ自体がもっているわけではない。しかし、両派が接戦の場合、きわめてヒスパニック票の意義が重視されるわけである。加えて、ヒスパニック系の当該州で占める割合が12%以上の州においては、ヒスパニック票は極めて重視すべきであり、ヒスパニック票には開拓の余地が十分に残っていることも一つの大きな理由となっている。例えば、ヒスパニック系人口の割合が高いことから、全国平均では12%だが、ネバダ、コロラド、フロリダ州では14%[25]、カリフォルニア州18%[26]、テキサスは28%、ニューメキシコは40%となる[27]。換言すれば、2012年選挙では、1120万のヒスパニック系が実際に投票したが、一方、260万のヒスパニック系は事前登録しておきながら実際には投票しなかった。また投票資格を有する2330万のうち、1210万は事前登録をしなかった。それでも2008年に比べると事前登録者は15%増でその4年間でヒスパニック票は150万ほど増加した[28]。もう一つの理由は、ヒスパニック系は特定の政党支持に固執する傾向が白人に比べると低いと考えられている。それは、ヒスパニック系の多様性ということと関係している。従来、ヒスパニック系は概して民主党寄りであった。その傾向は現在も続いている。オバマはヒスパニック票を70%得票して勝利したといわれている[29]。しかし、テキサスのメキシコ系やフロリダ州のキューバ系にみられるように、カトリックの伝統を重んじ中絶や同性婚に否定的である保守的な富裕層のヒスパニック系は共和党支持が原則である。つまり、この点に限れば、テキサスやフロリダは、共和党の白人層との協働が相当以上に可能な州であることを意味している。しかし、トランプの政策や資質の特異性は、共和党の協働を難しくしているといえよう。そして逆に、共和党内部で団結させる要因として、経済・雇用問題が最優先となっているのである[30]。さらに、トランプの移民政策については概して強硬策を続けており、経済・雇用と、移民問題の両方を重視するヒスパニック系は、どうしても民主党のクリントンに流れる傾向にあるのも今回の大統領選の特徴である。テキサス州は1994年以来、共和党の勢力圏であるが、一部の見解として、あと60万のヒスパニックが民主党に投票すれば、テキサスにおいてもスイングすると言われている[31]。その真偽は別として、その程度に今回の選挙は激戦であることがいえよう。他方、フロリダ州は2012年と2008年は民主党であったが、2004年と2000年は共和党であり、まさにスイング傾向にあるといえよう。

 このように、ヒスパニック票自体の特徴としてスイングしやすい側面を持っている。そのスイングが注目される場合としては共和党と民主党が接戦のときである。70%近い白人票で接戦になっているときに、非白人票、とりわけヒスパニック票によってスイング現象が起こりやすい。この背景には、従来のヒスパニック票の特徴にも含まれているが、ヒスパニック系候補に票を入れる場合が考えられる。つまり、ヒスパニックは同じ出自やその言語や文化的背景に親近感をもつ場合が少なくなく、支持政党は二の次という場合もある。以下、テキサスとフロリダの事例をみておこう。

 

Ⅳ テキサス州

元来、共和党の有力な勢力圏であるが、この州においてもスイングが起こる可能性が少し出てきている[32]。その背景の一つは、このたびの選挙戦の特徴であるが、共和党の分裂と、双方の候補者に対する否定的な解釈が完全に払拭されていないことの2点が考えられる。そこで共和党内部の事情についてまず見ておこう。

11月の大統領選にむけて共和党候補を選出する予備選挙で、テキサス州ではテッド・クルーズが選出された(43.8%)。第2位がドナルド・トランプで26.8%、第3位がマルコ・ルビオで17.7%であった。クルーズ、ルビオともにキューバ系の出自であるヒスパニック系共和党上院議員である。もしクルーズが共和党の候補者に選出されていれば、初のヒスパニック系大統領の誕生に一歩近づいたであっただろう。

テキサス州でテッド・クルーズが選出された理由は彼がヒスパニック系であることだけではない。しかし、彼がヒスパニック系であることは一つの理由であることには間違いない。クルーズがティーパーティ派の共和党議員で反オバマ派の草の根的な新勢力であったが、移民問題については包括的改革案を提示した。従って、反不法移民の立場にある共和党保守派の批判を受けてきた。

スペイン語テレビネットワークのウニビシオンUnivisionが2016年2月の予備選挙前に行ったヒスパニック系を対象とした調査では、ヒスパニック系による共和党支持者は、ルビオ27%、トランプ22%、クルーズ19%となっている[33]。ところが、8月下旬にヒスパニック系に行った別のアンケート調査では、ヒスパニック系の70%はクリントン支持、トランプ候補は19%が支持しているにすぎない[34]。2016年2月のウニビシオンのアンケートの時点から、ヒスパニック系は民主党支持が圧倒的に多かった。同アンケートでクリントン61%、ルビオ31%がそれぞれ支持していた。このアンケートで興味深い点は、共和党の大統領候補がルビオではなく、トランプならあなたはどうしますか、という質問があった。それに対して、クリントン73%、トランプ16%という結果が出ている[35]。ここで考えられることは、共和派支持のヒスパニックのなかに、活路を見いだせないで路頭に迷っているティーパーティ派よりも、古き良きアメリカ、つまりホワイトネスと強い国家を想起させるトランプの政策に期待を寄せる反オバマ派が登場してきたと考えると、ティーパーティとトランプはその存在する背景や要因において共通する部分を多くもっているとも解釈できる。またトランプが共和党代表にならないように、民主党にシフトすることもあるだろうし、どちらともいえない者が最終的に投票しない可能性もあるのである。

アトランタ・ジャーナルの8月に実施されたアンケートによると、クリントン44%、トランプ40%で4ポイントほどクリントンが高い。これを2012年の選挙と比べると、ミット・ロムニーは8ポイントの差をつけてテキサス州では共和党を勝利に導いた[36]

 他方、テキサスのヒスパニック系の共和党支持は伝統的に根強いものがある。この州がブッシュ父子のような共和党出身の歴代大統領を選出してきたという長い歴史があるからだ。ただし、この場合のヒスパニック系は中・上層の市民権保有者であり、彼らの関心は移民問題よりも経済・雇用にある。移民問題に関心をもつものはむしろ民主党を支持することが予想される。とりわけ今年はトランプ候補の政策や個性などの特異性により、従来の共和派支持者に分裂、亀裂が起こっている。その点では、ヒスパニック系にしても保守的なヒスパニック系は反トランプの立場に立ち、クルーズ支持にまわったことが推察される。ところが、クルーズが敗れ共和党候補がトランプに決定したことで、もともとヒスパニック系は民主党寄りであることが、その傾向がより高まったことが考えられる[37]。そしてその勢いが大きいからこそ、テキサス州においてもスイングが起こるのではないかと、言われているのである。

では、テッド・クルーズとトランプの差異は何であったか。クルーズはティーパーティ派の保守派で、トランプはオバマ的な民主党路線を打破しようとする革新派であった。不法移民に対する取り締まりの強化という点では一致しているが、前者はその緩和策として包括的な政策を提案していたことに対し、後者は概して強硬案を提示し続けてきた。そして、トランプ候補の場合、より伝統的なホワイトネスあるいは強いアメリカ国家の追求を支持している。テキサスという土地柄、伝統柄から一般にメキシコとの通商等を重視するが、後者は隣国に対しても威圧的である。しかし、後者はこれまで白人の中・下層の支持を受けている。大衆迎合的な政治戦略が展開されている。つまり、ティーパーティとトランプを支持する大衆は重なる部分がある。それは、ティーパーティによる反オバマ政策が失敗した結果、強い米国や伝統的価値観を掲げるトランプに市民の支持が変わっていったことは十分考えられることである。

さて、このような状況のなかでヒスパニック系はこれにどう立ち向かっていくのであろうか。テキサス州には全米のヒスパニック系の19%を占める1020万人が居住しており、2016年の事前登録者数はうち500万と見込まれている。しかし、実際に事前登録する者は例年どおりであればさらにこの半分である。現に2012年選挙では最終的な登録人数は260万であった。さらに事前登録者のうち39%しか実際に投票していないことになり、このテキサス州の数値は、全国平均の48%よりかなり低い。さらにいえば、2014年の中間選挙では、この状況はさらに悪化し、事前登録者数は230万、さらに実際に投票した者は全体の22%、全国平均の27%より低い。このことは、アンケート調査の結果に反して投票を断念するものが例年並みか例年以上の可能性も想定されうる。一つの見解であるが、クリントン優勢、トランプ批判がメディアによって浸透することはその予測が現実のものとなる可能性が高くなる。それは逆にクリントン側に不利益をもたらすことにもなりうる。テキサスが1994年以来継続している根強い共和党支持州であり、共和党の勝利を確実にする要因となっている。2014年の中間選挙でテキサス州内のヒスパニック系は19ポイントの差をつけて民主党を支持した者が多かった。しかしこの数値は、全国平均の30ポイントをかなり下るものであった[38]。以上のことからも、テキサス州のヒスパニック票には、民主党、共和党ともに開拓の余地が残っていることを示唆している[39]

 

 

 

 


[1] http://www.census.gov/prod/cen2010/briefs/c2010br-04.pdf(2017年2月24日最終アクセス)

[2] Lisa García Bedolla, Latino Politics, 2nd edition (Malden, MA: Policy, 2014), pp.3-9.

[3] http://www.pewresearch.org/fact-tank/2016/02/03/2016-electorate-will-be-the-most-di

Verse-in-u-s-history/(2016年10月30日最終アクセス)

[4] Ibid. (2016年10月30日最終アクセス)

[5] 米国生まれのヒスパニック系は3500万いるが、その平均年齢は19歳となっている。

[6] http://www.pewhispanic.org/2016/01/19/millennials-make-up-almost-half-of-latino-eligible

-voters-in-2016/ (2017年1月13日最終アクセス)

[7] http://www.census.gov/data/tables/time-series/demo/voting-and-registration/p20-577.html (2017年1月13日最終アクセス)

García Bedolla, op.cit., pp. 251-254.

[8] https://www.census.gov/prod/2003pubs/c2kbr-24.pdf  (2017年1月13日最終アクセス) http://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2016/demo/p20-578.pdf (2017年1月13日最終アクセス)

[9] 詳細は、http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/president/#(2016年10月30日最終アクセス)

[12] CNN/ORC Poll Results in http://edition.cnn.com/2016/09/06/_politics-zone-injection/trump-vs-clinton-presidential-polls-election-2016/(2016年10月30日最終アクセス)

[13] CNN/ORC Poll Results in http://edition.cnn.com/2016/09/27/politics/hillary-clinton-donald-trump-debate-poll/

[15] http://www.foxnews.com/politics/2016/09/15/fox-news-poll-clinton-and-trump-in-one-point

-race-among-likely-voters.html(2016年10月30日最終アクセス)

[16] http://www.foxnews.com/politics/interactive/2016/09/30/full-fox-news-poll-results-30/(2016年10月30日最終アクセス)

[17] http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/president/#(2016年10月30日最終アクセス)

[19]http://www.foxnews.com/politics/interactive/2016/09/30/full-fox-news-poll-results-30/(2016年10月30日最終アクセス)

 クリントンは女性有権者の支持を7ポイント伸ばし、非白人では15ポイント、45歳以下でも8ポイント増となった。トランプは白人の間で強く、クリントン氏に21ポイント差をつけている。

 ただ、クリントンに対しては61%が、トランプ氏には62%が「正直ではなく信頼できない」としており依然、不信感は根強い。

[20] http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/president/#(2016年10月30日最終アクセス)

[21] http://edition.cnn.com/election(2016年10月30日最終アクセス)

[22] http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/president/#(2016年10月30日最終アクセス)

[23] http://www.realclearpolitics.com/epolls/2016/president/2016_elections_electoral_college

_map.html(2016年10月30日最終アクセス) 

CNNが10月27日に実施した調査に基づくと、テキサスは共和党の勝利の可能性が高く、アイオワ、ジョージアでも若干共和党寄りで、RCPではなかったユタ州がスイングステイトに加えられているが、その議席数は87と見込まれている。

[26] http://www.ppic.org/main/publication_show.asp?i=264(2016年10月30日最終アクセス)

[28] https://www.americanprogress.org/issues/immigration/news/2015/09/17/121325/top-6-facts

-on-the-latino-vote/(2016年10月30日最終アクセス)

[29] 2008年に69%、2012年に71%(一部には75%)を得た。http://www.latinodecisions.com/files/5914/7318/6856/AV_Wave_2_Wave_2_Natl_7_State_Svy_Release.pdf(2016年10月30日最終アクセス)

[30] http://www.impactony.com/inmigracion-domina-la-conversacion-de-los-candidatos-con

-latinos-pero-estudios-demuestran-que-les-interesan-mas-los-empleos-la-economia-y-la-educacion/(2016年10月30日最終アクセス)

[31] http://www.twcnews.com/tx/austin/news/2016/08/10/600-000-new-latino-voters-needed-for

-clinton-to-win-texas.html(2016年10月30日最終アクセス)

[32] “It’s almost time to start talking about Hillary Clinton winning Texas” Business Insider, Aug. 5, 2016, http://www.businessinsider.com/can-hillary-clinton-win-texas-2016-8(2016年10月30日最終アクセス)

[33] http://www.univision.com/noticias/destino-2016/el-voto-latino-es(2016年10月30日最終アクセス)

[34] http://www.latinodecisions.com/recent-polls/(2016年10月30日最終アクセス)

[35] http://www.univision.com/noticias/destino-2016/el-voto-latino-es(2016年10月30日最終アクセス)

[36] http://politics.blog.ajc.com/2016/08/05/ajc-poll-hillary-clinton-has-slim-lead-over-donald

-trump-in-georgia/(2016年10月30日最終アクセス)

[38] Washington Post, August 8, 2016, https://www.washingtonpost.com/national/divided-america-texas-hispanic-voting-bloc-largely-untapped/2016/08/05/9b88a14c-5b23-11e6-8b48-0cb344221131_story.html20161030日最終アクセス)

http://edition.cnn.com/2016/07/12/politics/texas-cuny-study-latino-vote/(2016年10月30日最終アクセス)

[39] 最新の10月28日付CNN調査では、テキサス州では共和党の勝利がほぼ確実とされている。

http://edition.cnn.com/2016/10/27/politics/road-to-270-electoral-college-map-october-26/index.html(2016年10月30日最終アクセス)

 

(『日本学研究』第2号(1)京都外国語大学編、2017年3月、63-78頁 所収)


米国映画におけるヒスパニック/ラティーノ主人公の越境的性格に関する覚書 pdf付

2012-04-05 01:53:26 | ヒスパニック/ ラティーノ関連

I have studied the transcendental characters of Hispanic/Latinos in American movies. The following may be given as a conclusion. Stereotypes of Hispanics are different by gender, and the number of women's stereotypes is greater than that of the men's. There are both positive and negative images of stereotyped Hispanics. Positive images of male Hispanics are masculine, kind to women, but on the other hand, the negative images are spitfire and violent. Positive images of female Hispanics are passionate, motherly, chaste and pure, but the negative images are short-tempered, ignorant, rude, subordinate, etc. From the 1920s to 40s, Hispanic actresses were very popular and there were two types of actress. Some actresses, like Dolores del Rio and Rita Hayworth, emphasized their positive stereotyped images. Others, like Lupe Velez and Carmen Miranda, tried to get rid of their negative stereotyped images and tried to be comedian actresses. They, however, failed to have transcendental characters at last. The transcendental characters of Hispanic heroes could be often seen in the movies in 1980s. In this period Male Hispanic actors were more popular than Hispanic actresses, and such heroes tried to act as transcendental characters in the movies. For laying emphasis on a strong impression of this kind of Hispanic hero, other actors or actresses with stereotyped characters were necessary to act on the movies. In the 1990s, the same kind of stereotyped characters as that in 1980s are greatly acting in the movies, but a new phenomenon is seen in some American movies: A Hispanic hero has changed his destereotyped characters to a stereotyped one and got to have a counter-transcendental character. This means that it is truly difficult for Hispanics to transcend even in the movies. This is because movies are influenced by the reality of our society.

I have studied the transcendental characters of Hispanic/Latinos in American movies. The following may be given as a conclusion. Stereotypes of Hispanics are different by gender, and the number of women's stereotypes is greater than that of the men's. There are both positive and negative images of stereotyped Hispanics. Positive images of male Hispanics are masculine, kind to women, but on the other hand, the negative images are spitfire and violent. Positive images of female Hispanics are passionate, motherly, chaste and pure, but the negative images are short-tempered, ignorant, rude, subordinate, etc. From the 1920s to 40s, Hispanic actresses were very popular and there were two types of actress. Some actresses, like Dolores del Rio and Rita Hayworth, emphasized their positive stereotyped images. Others, like Lupe Velez and Carmen Miranda, tried to get rid of their negative stereotyped images and tried to be comedian actresses. They, however, failed to have transcendental characters at last. The transcendental characters of Hispanic heroes could be often seen in the movies in 1980s. In this period Male Hispanic actors were more popular than Hispanic actresses, and such heroes tried to act as transcendental characters in the movies. For laying emphasis on a strong impression of this kind of Hispanic hero, other actors or actresses with stereotyped characters were necessary to act on the movies. In the 1990s, the same kind of stereotyped characters as that in 1980s are greatly acting in the movies, but a new phenomenon is seen in some American movies: A Hispanic hero has changed his destereotyped characters to a stereotyped one and got to have a counter-transcendental character. This means that it is truly difficult for Hispanics to transcend even in the movies. This is because movies are influenced by the reality of our society.

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004871955


チカノアートの歴史 pdf付

2012-04-05 01:50:25 | ヒスパニック/ ラティーノ関連

The Hispanic population is rapidly increasing. The U. S. 2000 Census reports that the Hispanic population has reached some 35 million, which is 12 percent of the total national population. They will soon surpass the population of African Americans and become the largest minority in the U. S. Although their origins lie in Spanish speaking countries, not all Hispanics can speak Spanish. A significant number, however, speak only Spanish, or are able to speak both Spanish and English. The largest population in the Hispanic community is Mexican American, who identify themselves using terms such as Latino, Mexican, or Chicano. The meaning and usage of these terms, however, are not identical. In this article, Chicano(-a) will be used because of its association with the term as it was used by Mexican Americans to identify themselves as a counter-governmental ethnic group during the times of the escalating Civil Rights Movement of the 1960s and '70s. During this time, Chicano resistance to the government was the basis of not only a political movement, but also a cultural one. They painted murals (wall paintings) expressing symbolic counter-cultural pictures. These murals were greatly influenced by the Mural Movement of 1920s Mexico, which influenced the reconstruction of the Mexican State and integration of the nation following the Mexican Revolution. As with the Mural Movement of the 1920s, the Chicano murals greatly influenced the Civil Rights Movement of the Mexican American people. This article emphasizes the history of Chicano Art as it relates to the social background of the Mexican American people. In the first section of this paper, the 1920's Mural Movement in Mexico and the Chicano counter-culture will be discussed. The second part of this paper presents some concrete examples of Chicano murals and pictures, and explains their political power as it relates to the counter-cultural movement and social background of the Mexican American people. Finally, paying attention to some various changes of the character of Chicano Art, it is concluded that recent Chicano Art has been greatly influenced by a global wave of postmodern culture.

The Hispanic population is rapidly increasing. The U. S. 2000 Census reports that the Hispanic population has reached some 35 million, which is 12 percent of the total national population. They will soon surpass the population of African Americans and become the largest minority in the U. S. Although their origins lie in Spanish speaking countries, not all Hispanics can speak Spanish. A significant number, however, speak only Spanish, or are able to speak both Spanish and English. The largest population in the Hispanic community is Mexican American, who identify themselves using terms such as Latino, Mexican, or Chicano. The meaning and usage of these terms, however, are not identical. In this article, Chicano(-a) will be used because of its association with the term as it was used by Mexican Americans to identify themselves as a counter-governmental ethnic group during the times of the escalating Civil Rights Movement of the 1960s and '70s. During this time, Chicano resistance to the government was the basis of not only a political movement, but also a cultural one. They painted murals (wall paintings) expressing symbolic counter-cultural pictures. These murals were greatly influenced by the Mural Movement of 1920s Mexico, which influenced the reconstruction of the Mexican State and integration of the nation following the Mexican Revolution. As with the Mural Movement of the 1920s, the Chicano murals greatly influenced the Civil Rights Movement of the Mexican American people. This article emphasizes the history of Chicano Art as it relates to the social background of the Mexican American people. In the first section of this paper, the 1920's Mural Movement in Mexico and the Chicano counter-culture will be discussed. The second part of this paper presents some concrete examples of Chicano murals and pictures, and explains their political power as it relates to the counter-cultural movement and social background of the Mexican American people. Finally, paying attention to some various changes of the character of Chicano Art, it is concluded that recent Chicano Art has been greatly influenced by a global wave of postmodern culture.

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004871964


弱者の品性

2012-03-30 17:49:25 | ヒスパニック/ ラティーノ関連
弱者の品性

 

 一部には「品格」と「品性」をほぼ同義語と捉える場合もあるようだが、ここではあえて「品格」ではなく、「品性」であることを強調しておきたい。最近『~の品格』という数冊の新書版が爆発的に売れているが、品格とは本来、社会的、経済的にある程度高貴ないしは富裕で、それ相当の地位や名誉のある人間に対して求められる、究極の品位のことであり、人によっては理想的で実現不可能な場合も少なくない。したがって、一般人、とりわけ弱者や貧者には申し訳ないが概して無縁のものかもしれない(勿論、数少ないが、品格を重んじる[強者ではないという意味で]社会的弱者はおられる)。なぜなら、品格は経済的余裕からおそらく生まれてくる一定の精神的余裕というものがその前提にあると考えるからだ。

 しかし、品性となれば、話は別である。品格を問う以前に、性差ならびに文化や階級の差異にかかわらず、すべての人間に対して「品性」というものが問われなければならないと思う。個々の人間に多少の品性の欠片すらもあれば、人間社会はもっと平和で生き易い社会になるだろうと思うし、品性は程度の差こそあれ、どんな人間にもあってしかるべきであると考えている。品性とは当然のことながら人のモラル(道徳心)を指しており、これは人間としての最低限のマナーであり、社会的ルールでもある。

 さて、周知のとおり、近年、米国の非合法入国者に対する警戒や取締りが徹底している。米墨国境に次々に建設される「鉄のカーテン」や監視カメラはその象徴となっている。しかし、取り締まられる側はこれより一歩も二歩も上手で、厳重な警戒にもあまり堪えていないようだ。

 『ロセンジェルス・タイムズ』紙によると、国外退去処分後、再び不法入国し罪を犯して検挙された件数は07年度539件で前年度の2.6倍増であるそうだ。またこれは国外退去処分件数全体の35%であり、前年度の17%の2.1倍である。ただし、これらは主として、麻薬密輸、組織犯罪、殺人・強盗などの凶悪犯罪に限るものであり、懲役受刑者や軽犯罪者はこれに含まれていない。したがって、実際はもっと大きい数値になるのだろう。

 他方、次のような記事が報じられていた(AP通信)。今月12日、サンディエゴ沖19キロ、メキシコとの国境から北に36キロの海上に浮かぶ不審な小型船(全長約8メートル)が米巡視艇によって発見された。なかには14人のメキシコ人と1人のエルサルバドル人が乗っていた(男性11人、女性4人)。瀕死の重症にいたっているものはなかったが、脱水状態と空腹で力尽き救助を求めるのもやっとだったという。加えて、発見時、船の中には海水が入っていたが、沈没した場合に泳げる者はいなかったらしい。

 テロリズムや不法入国阻止のための対策として、近年、陸路と空路の警備はかなり強化されてきた。しかし、その一方で、海路だけが盲点として残っていた。海路による不法入国は今に始まったわけではなく、これまでも警備はされているが、キューバやドミニカ共和国などのカリブ海諸国とは違って、米国と陸続きのメキシコや中米諸国からの越境手段としては、海路は最も疎遠のものであった。しかし、今日ではそれが最後の要として利用されている。

 サンディエゴとティフアナの米墨国境線としてのフェンスが陸地から海にまで伸びているのは写真等を通じてよく知られていることである。それはある意味衝撃的な風景なのだが、冷静に考えると、フェンスは近海の人が泳げる範囲内に建設されたものであり、むしろ実際の効果よりもイメージによる越境抑止効果の方を期待しているものと思われる。

 この度の不法入国者の話によると、こうだ。国境の近いロサリト(人口約13万人)の海岸からまず第1の船でコロナダ群島(無人のメキシコ領)に行き、ここで第2の船に乗り換えたわけだが、不幸なことに20分後エンジンが突然止まったという。海のルートは陸や空に比べると利用機会が少ないが、使われるならば、通常、夏の時期、とりわけ日中サンディエゴ海流に便乗し、航海中のヨットや帆船に隠れるようにして気づかれないようにして越境できるというわけだ。したがって、今回のように、冬の時期の、しかも夜間に試みられるのは極めて珍しいらしい。昨年(2007年)の半ば以降、越境行為に使ったと思われる小船がこれまでに20数隻も発見されている。このなかには蛻の殻になっていた船もある。

 この度の事件で舵を取っていたのは10代後半から30代前半までのメキシコ人男性3人であった。彼らも貧しくて組織にカネで雇われていたのかもしれない。さて密入国費用は1人4000~4500ドルで、これは陸に比べるとその2倍から3倍の法外な値段であるという。集団密航犯罪は10年以下の懲役である。

 このように、品性のない社会的弱者は強者との戦いに敗れた腹癒せからなのか、自己の自信回復のためなのか、あるいは妬みなのかわからないが、同じ弱者のなかから自分が太刀打ちできそうなさらなる弱者を無理に創出し、これを陥れることで、なんとか自分の優位性を保とうとする嫌いがある。もはや良心の呵責というものもないのだろう。

 第三者的に客観的に見れば、たとえ社会的に経済的に弱い立場に立っている者であれ、一部に同情され賞賛されうるとするならば、その人生はまだ救われるというものであろう。そうなれるかどうかは、その当人に「人間」としての道を外さないという基本的な「哲学」が備わっているのかどうかで決まると思う。この有無を見極める最小の、しかし最も重要な点は、品性の有無に他ならないのではないかと考える。以上のことから、品性は品格よりまず問われなければならない「人間」としての要件なのである。

                                                                       【2008年3月19日脱稿】


右足がメキシコ、左足がアメリカ?

2012-03-30 17:45:03 | ヒスパニック/ ラティーノ関連
右足がメキシコ、左足がアメリカ?

 連日のように米大統領選の州予備選に人々の関心が集っているが、この選挙でも大票田であるヒスパニック系は重要な鍵を握っている。そこで候補者はヒスパニック系の得票のためキャンペーンを大々的にするなどして奮闘努力している。ところで、ヒスパニック系にエールを送っているのは彼らだけではない。移民を送り出しているメキシコの大統領もその一人だ。

 先週の水曜日、米国を訪れたメキシコ大統領フェリペ・カルデロンはカリフォルニアのメキシコ系移民団体のリーダーたちと会談したが、次のように述べたそうだ。

 「移民は米国とメキシコが現在もっている状況に明らかに合致して起こっている当然の現象である。米墨両経済は相互補完的である。それはまるで、靴の右足と左足のようだ。米国の経済は資本集約型で、メキシコの経済は労働集約型である。資本と労働は経済活動を生み出す二つの(生産)要素である。労働なくして経済成長が成り立たないのと同様に、投資なくして経済成長はありえない。このことが相互補完的である両経済において実現されることは、隣接している両経済圏でなされることを意味する」

 加えて、カルデロンは、移民問題は不法労働者の問題も含めて、両国の共通問題であるとアピールした。米墨両経済にとってメキシコ人ならびにメキシコ系米国人の労働力が極めて重要かつ不可欠であることを主張する。さらにこれに麻薬問題撲滅も絡めて、メキシコは米国ならびにカリフォルニアとより親密な協力関係を構築しなければならないと訴えたのであった。

 カルデロン大統領の発言はある意味まったく落ち度がない。グローバリズムの時代にマッチした完璧な発言内容である。しかしだ。彼の発言は、同胞である自国民を米国労働市場における単純労働力のコマに等しいと明言しているようにも受け取れるのだ。弱者の痛みが心底からわかっていない発言は万国共通の多くの指導者のそれにも見られるものであるが、所詮他人事のようにしか考えていないその態度に私は憤りすら感じるのである。しかも、この大統領発言に限れば、メキシコ政府は自国民の経済的社会的向上に対する責任と擁護を実質上放棄し、米国政府に丸投げに近い形で委ねてしまっているに等しいといえよう。

 アメリカかぶれのメキシコ人のことを皮肉混じりにvendido「買収された」という形容詞を使って表現するが、現在は国家レベルでも同様のことが起きつつあるのだろうか。今から160年前、メキシコ国民は「北の巨人」米国との戦争を支持し、戦いに挑んだ。当時も現在と同じく、国家の経済基盤も乏しく、兵力の面で劣っていたメキシコ軍の敗北は何よりもメキシコ人たちが予想していたことだった。しかしながら、誇り高きメキシコ軍人は国への忠誠と軍人としての威信に誓って、最後まで戦い抜き、見事に敗れ去ったのであった。その象徴がメキシコ国土の半分を奪われるという史上まれに見る屈辱であった。それでも、メキシコは勇ましかった。

 今日的な競争社会のなかではとりわけ、自己の保身を優先するために体裁をうまく整え、それぞれの時勢を乗り越えようとする強かさがどうも必要なようである。ときには自尊心や倫理観を捨ててまで生きようとするその様に腹立たしいほどの生命力を感じる。グローバル時代の国家もこれに同様である。そのために逆に勝ち組と称される人や組織や国家をその実態以上に過大評価し怪物化させている面があるのも事実である。しかも相手はすべてお見通しである。

                                                                 【2008年2月19日誕生日に脱稿】


「弱者」が優越感に浸る方法とは

2012-03-30 17:02:12 | ヒスパニック/ ラティーノ関連
「弱者」が優越感に浸る方法とは

<ヒスパニックがヒスパニックを取り締まる?>

 昨年(2005年)12月に米下院で不法労働者取り締まり強化の法案が可決され、以降すでに小さなデモは起こっていたが、上院でこの審議が開始された本年3月以降、大規模なデモへと発展している。3月25日ロサンゼルスで50万人規模のデモが開始されて以来、5月1日には110万人規模のデモが全米で展開された。下院が可決した法案とは、①不法労働を重罪とする、②ヒトの越境と麻薬密輸規制のための国境付近の警備強化を目的に、千キロ以上にわたるフェンスの設置をする、③不法労働者の摘発・逮捕の強化に加えて、それを「承知で」雇用した者に罰金(一件あたり25000ドル)を科すなど、極めて厳しい法案内容である。

 他方、上院では、これとは逆に比較的寛容な法案が提出され、①国境警備の強化と不法入国者の摘発、②ゲストワーカーとして一時的に入国を認め、3年間の契約(更新1回可)の末に、合法移民としての永住権などの資格が認められる可能性が提示されている。この法案を受けて5月15日、ブッシュ米大統領は異例の声明を発表し、従来の国境警備隊の人員不足を一時的に補充する意図で、監視システムやフェンス設置業務などの後方支援に当たる6000人の州兵を国境に配置する考えを明らかにした。また、すでに在米の不法労働者に対しては自動的「赦免」は認めないかわり、短期的雇用身分を取得させ、将来的には法令違反に対する罰金や納税義務、英語能力など一定の条件を満たした上で、市民権取得への道が開かれるべきであると提案した。これを受けて、5月25日、上院では上記法案が可決された。

 このように両院の法案内容はかなり食い違っており、共和党内部に分裂を生んでいる。ブッシュ大統領をはじめ共和党穏健派に対する同党保守派の批判が高まっており、協議の難航が見込まれる。州政府以下の地方レベルでも共和党穏健派に対する批判がある。共和党の支持基盤であるキリスト教右派やネオコン(新保守主義)、あるいは白人低所得者層やネイティヴィスト、アフリカ系など他のマイノリティ集団からも穏健派の移民擁護策に対する反発が起こっている。今年11月は中間選挙をひかえており、ヒスパニック系の得票や党内の結束は共和党の勝敗の行方を左右する重要な要因であることから、移民問題に対して慎重に対処していかなければならないという現実もある。事実、移民法案の採択は中間選挙以降に先送りされるという見方が強い。

 ところで、ブッシュ大統領は州兵を非武装的任務のためにリオグランデ国境に配置、増強しつつある。州兵は制度上、戦争に出ることはないとされながらも、実際にはイラク戦争などにも多くの州兵が派遣されており、制度と実態との乖離は大きい。また州兵として派遣される大半が、黒人やヒスパニック系の低所得者層の若者である。このように、州兵の派遣によって、メキシコ国境付近の「軍事化」増強にも結びつき、州兵として派遣される低所得者やマイノリティが、ある意味「同胞」である越境者を制圧するために、彼らと戦闘を繰り広げることは十分に想定できることである。加えて、ヒスパニック系越境者を「犯罪人」同様に見下し、非人間的な対応をとることに躊躇の気持ちすら持たない同胞のヒスパニック系住民を訓練によって育成し、ヒスパニック系の内部に優劣という格差と人種差別主義を故意につくり出そうとしている。テキサス州の国境付近に監視カメラを24時間体制で作動させ、これをインターネット中継することで、一般の市民でもネット上に映し出された越境者を通報できるようにする計画がテキサス州知事ベリーによって発表された。悲しきかな、まるでヴァーチャル・ゲーム感覚ではないか。

 移民法案と並んで登場してきたのが、「外国人犯罪者排除法のための明確な法執行」法案(Clear Law Enforcement for Criminal Alien Removal Act: Clear Act)である。これは最初2003年に議会に提出され、同修正案が05年夏に提出された。同法案は州政府や地域の役人に、すべての連邦移民法を執行できる権限を与えるもので、移民法を遵守しないものを「犯罪人」とみなし、国家犯罪情報センター(National Crime Information Center: NCIC)のデータベースに情報を提供するというものである。要するに、州警察や市警察に移民法執行の権限が与えられ、管理体制を強化する意図があるようだが、こうなると、いわゆるテロリストやその他の犯罪者の摘発が疎かになる可能性がある。また、ヒスパニック系がまるで犯罪者のごとく取り調べられる可能性があるために、積極的に警察に情報提供する者も減るだろう。ヒスパニック系というだけでことごとく取り調べられ、人権侵害にもなりかねないことが概して憂慮されている。

 世界中にグローバリゼーションが浸透、強化されつつあるなかで、ボーダレス(脱越境)があらゆる分野において推進されており、もはやそれを制止することは難しくなってきている。だが、ヒトの移動だけは従来通り、ボーダーが維持、強化されており、また2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、国内の外国人に対する取締りはむしろ強化されてきている。本年はラテンアメリカでは大統領選挙のラッシュ年であり、グローバリゼーションに対抗する反米的なポピュリスト政権の誕生が増えてきている。スペインのサパテロ政権同様、「左派」政権が優勢であるラテンアメリカ諸国であるが、他方、メキシコでは7月の選挙の結果、次期大統領は右派の国民行動党(PAN)のカルデロンに決まったように、左派的ポピュリスト政権が支持されない親米的な国もある。米国の移民問題は出自国であるラテンアメリカ諸国の経済や移民政策とも連動しており、この意味で問題はより複雑である。                      

 【2006年7月31日脱稿】

* 『イスパニア図書』第9巻(行路社発行)掲載の拙稿一部抜粋。
  詳細は当該雑誌をご覧下さい。