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「異説」 エルネスト・サバト著(抜粋)

2012-03-30 17:39:10 | 抄訳
「異説」 エルネスト・サバト著(抜粋)

 

男は奇想天外…

 感性は直線的ではなく、弁証法的で逆説的である。男性はつねに論理的で現実的な前提から出発し、真の狂気、空想(ファンタジー)、風車小屋に立ち帰る。パルメニデス(訳者説明:紀元前5世紀頃のイタリア生まれのギリシアの哲学者、エレラ学派の祖)、コロンブス、ドンキホーテ、ナポレオンがその例である(誰が言ったか知らないが、次のような言い伝えがある。ナポレオンはナポレオン自身が自力で生み出した狂人だった、と)。他方、女性は非論理的で、非現実的で、無分別である。しかし、激怒という、現実的で保守的な感情をあらわにしつつも、個々の小さな無分別な事柄に執着する。

 したがって、男性は現実から空想へと、外向きに進む。

 女性は空想から現実へと、内向きに移動する。

論理と洞察力

 男性は抽象的なもの、純粋なイデア(観念)、理性、論理の世界に関心が向けられる。女性は具体的なもの、不純なイデア、非合理的、直観の世界の方に興味が向けられる。

 本能は非論理的であるが、人生の問題には本能はうまく働いている。科学者や哲学者ほど、日常生活において奇怪な人間は存在しない。彼らは無限大の世界に通常関心をもっているので、3次元の世界では絶えずつまずいているか、あるいは現世における科学や哲学の影響力について忘れているのである。

 男性は合理的で抽象的なものだけを信用している。だから、科学や哲学の大きな体系のなかへ自ら逃避するのである。したがって、この体系が崩壊すると、<つねに起こっていることだが>失望し、懐疑的になり、自殺願望までもいだくのである。他方、女性は、非合理的なもの、神秘的なものを信用しており、だから、それを信じないでいることは難しい。現に、はじめて見たときの直感で感じたものよりも不条理で馬鹿げたことに直面することはない。

女性の男性化

 西洋の男たちはカネと理性を用いて、極めて男性性の営みである、全世界の支配を実現した。現世界がこうして構築されたのであるが、そこには一方で資本主義が存在し、他方で実証科学と数学が支配している。両方の男性性の産物は本来別々のものであるが、悲しきかな、これらは人類の具体的な現実社会から生まれた。こうしてわれわれは現代人の過酷な二分法に行き着くのであり、これは全く非人間的なものである。つまり、一方で数的記号の世界が確立しており、他方でその体系によって支配されている世界が確立しているのである。肉と骨の生身の人間は、まるでモノ同然と化している。最終的には卑屈で無能なカフカ的主人公になっていくのである。

 しかし、現代の危機は同時に性や制度の危機であることに何ら驚いてはならない。何世紀もの間抑圧されてきた女性は、卑下され、軽視され、そして置かれた状況を恨んでいる。そのため、男性性の文明社会に対して、女性が極めて不幸で逆説的な「妥協」をしたということを女性自身が認めることなく、単に女性運動を武器に(権利の主張を求めて)反旗を翻すことだけを好んでいる。マスクリニスモが関係しないフェミニスモなんか存在するのだろうか。

 女性の男性化は性生活の不均衡を導く。それは集団ノイローゼと、結婚生活の危機という状況を見ると明らかである。大多数の都市部の結婚生活は幸せとはいえない。いたずらに不幸の基盤の上に立っている確立された諸制度を維持することはできないであろう。それらの制度が正しく機能していないと判明したときは、制度それ自体の存在が限界に到達したことを意味する。

 中世の婚姻関係では、女性が男性の僕であったが、しかし現実には世界の中心であった。だが現代の婚姻関係では、「自由」の表徴のもと、本当に、男性性の社会的状況に女性はまるで奴隷のように従属しているのである。理性とカネから成る文明社会が発展し続けるうちに、大きな不快な要因が導かれ続けている。そして結婚生活はやがて崩壊する。これに代わるものは何か、今後の社会において、どのような物質的精神的変化が試みられなければならないか、まさに自己に問うべきときが来ているのである。

 現代文明は女性を男性化させ、深刻な精神的状況をともなって、その存在の本質、つまり、いかなる社会も文化も世の中の道理に逆らわない限り容易には変えることができない生物学上の本質を歪曲させてしまった。この現代社会の根源的な危機が克服されなければならないということならば、女性性をもつ女性を再び呼び戻さなければならない。これは同時に男性も、今提唱している、現状とは正反対の社会的体系を実現しなければならないということを意味しているのである。われわれは抽象的なものを軽視することなく具体的なものにも関心を再び向けなければならない。そして、論理と生、客体と主体、本質と存在を統合しなければならない。別の言葉でいえば、理想的な真の男性性に有利なように男性と女性を二分化するのではなく、男性と女性が手を取り合い結束することを尊重するような社会を生み出さなければならないと考える。

*本テキストの西語原文は07年度神奈川大学外国語学部スペイン語学科で筆者が担当した「現代スペイン語原書講読」の授業で使用した。


                                                                                            【2007年12月16日脱稿】